その鈴の音に恋をして   作:ふゆい

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 どうも。初めましての方もお久しぶりですの方も、よろしくです。ふゆいです。
 誰がヒロインのお話か楽しみにしている人もいるのでしょうか。タイトルで一発で分かります。僕の作品を以前読んで下さった方ならどんな感じになるか予想がつくかもしれません。時偶に砂糖吐きたくなる可能性(高)
 さてさて。そんなこんなで今回も、幻想郷の端っこでまったり恋愛。のんびりほんわか、でも不器用な恋愛譚。興味を持ってくれた人は、是非とも本編へお進みを。
 それでは。


第一頁

 ――――シャンシャン、と鳴り響く鈴の音色で、僕はいつも目を覚ます。

 ほとんど毎日といっていいくらいの頻度で聞こえてくるその鈴の音が、僕の一日の始まりを告げる。普通なら起きるまでもいかない小さなさえずり。それでも、僕にとってはどんな騒音よりも意識を覚醒させる魔法の目覚まし。

 

『おじさーん! 倉鬼(くらき)起きてますかー?』

 

 部屋の外。玄関の方から聞こえてくる少女特有の甲高い声。僕の名を呼ぶその声に、自然と笑みが零れるのを自覚する。父の返事、靴を脱いでこちらへと近づいてくる足音。恒例となった一連の流れを頭の中で反芻しつつ布団を畳む。まだ寝巻のままだがそこまで問題はないだろう。彼女(・・)のことだ。たとえ僕が半裸でも今更気にすることもあるまい。

 トントントン、と階段を昇る音。布団を押し入れに仕舞い、部屋に常備しているお茶とお茶請けを卓袱台の上に準備。今日は彼女が好きな濡れ煎餅を用意してある。喜んでくれるといいのだけれど。

 そんな事を考えていると、襖が勢いよく開かれた。

 

「おーはよっ、くーらきっ!」

 

 弾けるような笑顔で部屋へと入ってくる小柄な少女。着物は紅色と薄紅色の市松模様に、若草色のスカート。飴色のふんわりとした髪を鈴がついた髪留めで二つに結んでいる。その柔らかな色合いと天真爛漫とした本人の雰囲気も相成って、どこか小動物を彷彿とさせるちんまりとした可愛らしい女の子。こう見えても齢は十五なのだが、とても年相応には見えない。寺子屋に通っていると言われても信じてしまいそうな程だ。

 彼女の名前は本居小鈴。人里で貸本屋【鈴奈庵】を営む一家の一人娘だ。

 小鈴はくりっとした目で僕を見ると、やや呆れたように溜息をつく。

 

「倉鬼ったら。もうお日様が真上に来ているのにこんな時間まで寝てるなんて」

「睡眠は人生で最も有意義な時間なんだよ、小鈴。それに、今日は僕の仕事も休みだからね。たまにはゆっくり寝て過ごすっていうのもいいかなと考えていたところさ」

「駄目よ。そんなカビカビした生活してちゃ。その内布団と同化してお布団の妖怪になっちゃうわ!」

「布団の妖怪か、それもいいかもしれないなぁ」

「なに呑気なこと言ってんの。ほら、そのボサボサした寝癖整えてあげるから、ちょっとそこに座って」

「もう座ってるけどね」

「つべこべ言わないのー」

 

 もう、と今日二度目になる溜息を吐く小鈴。腰に手を当ててやれやれと言わんばかりに肩を竦める姿はまるで弟に手を焼く世話好きな姉だ。僕との関係は正確には幼馴染になるのだろうけど、そういうのもいいなと思わないでもない。

 彼女に促されるままに、向い合わせに腰を下ろす。

 

「顔が赤いけど、大丈夫? 風邪でも引いた?」

「なんでもないよ。それより、髪をお願いします」

「はいはい」

 

 接近による内心の動揺を気取られるわけにはいかない。我ながら顔に出るなぁとは思うが、そこは言いくるめてどうにかしていこう。とにかく、今は平常心で身を任せるしかない。

 僕の言動に少し首を傾げる小鈴だったが、ほとんど毎回恒例の流れなので特に気にすることもなかったのだろう。櫛を手に取ると、予め洗面所から持ってきていたらしい水を張った洗面器を傍らに、僕の髪に触れ始めた。

 

「……ホント、男にしては柔らかい髪よねぇ」

「女々しいとはよく言われるけど、よもや髪まで女々しいなんてお笑いもいいところだけど」

「まぁ珍しくていいじゃない。こういうさらさらした髪の方が自慢の角も映えるでしょう?」

「半妖です、って宣言しているような角は自慢でも何でもないんだけどなぁ」

「そぉ? 私はカッコイイと思うけど。浪漫じゃない、角」

 

 小鈴がそっと僕の角に触れる。眉の上、額の辺りに生えた二本の小さな角。純粋な人間には存在するはずがない異形の証明。

 半妖。それが僕を示す種族だ。何の半妖かは後日説明することもあるだろうが、とにかく僕は半妖とかいう半端物なのである。人間でもなく妖怪でもない。どっちにもなりきれない中途半端な未熟者。人間と妖怪のどっちのコミュニティにも属さない僕は周囲に喜ばれるような存在ではない。それでも、僕がこうしてそれなりに生活していけるのは、味方してくれる方々、そしてなにより目の前でせっせと髪を整えてくれているちんまりとした少女のおかげだ。僕が半妖だと知りながらもまったく気にすることはなく、それどころか仲の良い友人として接してくれる本居小鈴。こんな僕にも笑顔を向けてくれる、優しい優しい貸本屋の娘。

 そんな彼女に、僕は――――

 

「ほら、終わったよ。うん、今日も完璧な仕上がりね」

「水で濡らして櫛入れただけだけど」

「やってもらってるくせに文句言わないの」

「うん。ありがとう小鈴」

「ふふん。もっと感謝してもいいわよ!」

 

 えっへん、とささやかな胸を張る。どこまでも純粋無垢な彼女を前にすると、色々考えている僕が馬鹿馬鹿しくなって、疲労が抜けていくのを感じた。癒し、リラックス。言い方、表現はさまざまあるだろうが、僕にとって本居小鈴という少女は一種の精神安定剤的な役割を担っていると言っても過言ではない。

 道具を軽く片付けると、濡れ煎餅を片手に二人して茶を嗜む。もう昼時らしいが、たまにはこうやってのんびりお茶をするのも悪くない。

 が、彼女はそもそも何やら用事があって僕の下を訪れたようで、濡れ煎餅とお茶に精神が敗北しかけていた所をなんとか持ち直すと勢いよくこちらに顔を向ける。

 

「って、こんなところで呑気に煎餅食べてる場合じゃないわ! そもそも今日は倉鬼に見せたいものがあって」

「えい」

 

 濡れ煎餅を口に差し込むと、抵抗せずにもきゅもきゅ咀嚼する小鈴。なんだこの可愛い生物は。

 

「ちょっ、倉鬼! だから今日は」

「ほい」

「……んくっ。見せたいものが」

「はい」

「んきゅっ。あるから、とにかく私の家に」

「ほれ」

「うぅぅぅ! 私の話聞きなさいよぉ……!」

「ごめんと言いたい」

「はっきり言えっ」

 

 言葉を遮って口にどんどん煎餅を詰め込んでいく。抵抗すればいいのに律儀に全部食べるもんだからいっこうに話が進まない。本人もそろそろどうにかしないといけない(というかたぶん口内の水分全部もってかれてる)ことに気が付いたのだろう。目の端に涙浮かべて上目遣いでぐるぐる唸っている。エロい。というか可愛い。変な性癖に目覚めそうになるくらい泣き顔が可愛い。

 もうちょっとだけ意地悪したくなったものの、さすがにこれ以上の蛮行はやりすぎであろうと判断。素直に頭を下げると、小鈴の話に耳を傾ける。

 

「それで、見せたいものというのは」

「ふふっ、聞いて驚きなさい倉鬼」

「えぇっ!?」

「早い! まだ何も明かしてない!」

「だって驚けって」

「聞いてからに決まってんでしょうが!」

 

 額に手刀食らった。痛い。

 

「能力、ってあるじゃない? ほら、貴方も持ってるみたいなやつ」

「あぁ、慧音先生の【歴史を食べる程度の能力】みたいな」

「そうそう。そういう能力について見せたいものがあるから、ちょっと今から私の家に来てほしいの」

「どういう展開かだいたい先が読めるけど、他でもない小鈴の頼みだ。僕は溜息と共に外出用の服を手に取ると、そそくさと着替えはじめた」

「小説風に語ってないで早く着替えなさい」

 

 冷静なツッコミが今だけは嬉しいよ、小鈴。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「さて、そんなわけで鈴奈庵へとやってきたわけだけど」

「なんで明後日の方向に顔向けて独り言言ってんの」

「気のせいじゃないかな」

 

 色々とマズイ会話を交わしながらも店内へと入っていく。

 人里でもそこそこ有名な貸本屋【鈴奈庵】。本の貸借だけでなく、販売や売却、果ては製本、印刷まで行っているというなかなかのハイスペックなお店だ。古本の品揃えもさることながら、この店がそれなりに有名になっている理由が一つ。「外の世界」から流れてくる【外来本】を取り扱っていることが挙げられる。

 幻想郷にはない技術で作られた外来本。しかも、その内容は独創的かつ斬新なものばかりだ。幻想郷では想像もできなかった技術が書かれた指南書が流れ着くこともあり、鈴奈庵は数いる知識人達の行きつけの店となっている。

 そんなこんなで鈴奈庵。店内に入っていくと、聞き覚えのある声が僕を出迎えてくれた。

 

「あれあれ、誰かと思えば倉鬼じゃない。今日も小鈴に引きずられてるの?」

「あぁ、誰かと思えばあっきゅんか。今日も小鈴に媚び売ってるのかい?」

「あら、そんなわけないでしょう? そっちこそ、小鈴を籠絡しようって画策しているのが見え見えよ?」

「あはは、何を言っているのかこのドチビは」

「うふふ、背が低いのはお互い様でしょうこのヘタレ野郎」

「あはははは」

「うふふふふ」

「ふ、二人ともなんか怖いわよ」

 

 紫色の髪をしたちびっこ(僕的判断)と静かに睨み合う。置いてけぼりを食らった小鈴が冷や汗流しながら何やら顔を引き攣らせているが、この件ももはや様式美となりつつあるので無駄に突っ込むような野暮なことはしなかった。うん、それが正しい。

 若草色の長着の上に黄色い着物。赤いスカートを身に纏うちんちくりん少女。その名は稗田阿求。ちびっこめいた外見からは考えられないが、人里では知らない者はいないとさえ言われる名家、稗田家当主その人である。阿礼乙女とも呼ばれる彼女は幻想郷の妖怪、人間、英雄について書き記されている【幻想郷縁起】を編纂する為にこの世に生を受けたという、考えようによっては選ばれし存在なのだ。色々制約もあるようなのでそこら辺はあまり触れないでおくが、妖怪からも人間からも一目置かれている女性だと言えば収まりもつくだろう。

 そんな阿求であるが、これまたどうしてか僕こと桂木倉鬼(かつらぎくらき)とは犬猿の仲である。きっかけが何であったかはうまく思い出せないが、とにもかくにも犬猿の仲なのである。顔を合わせれば威嚇と喧嘩を繰り返す、ある意味では一周回って仲が良いのではないかと錯覚するほどのいがみ相手。何故そんな二人が顔を合わせるのかと言われれば、互いの親友が他でもない本居小鈴だからに他ならない。まぁこれでも意外にうまく回っているから、怨敵だとしても許容する心の広さは重要なのだろう。

 

「なんか失礼なこと考えてるわね貴方」

「そんなことはない。僕はいつだって清廉潔白な考えしか持っていないことで有名なんだ」

「嘘おっしゃい。貴方の表情の変化ぐらい私が見逃すわけないでしょう。完全記憶能力舐めない方がいいわよ」

「怖い能力だね相変わらず」

 

 些細な変化すら見逃さない彼女の記憶力は相変わらず感嘆、驚嘆の言葉に尽きる。阿礼乙女が代々持つ能力、【一度見たものを忘れない程度の能力】だったろうか。便利な能力だとは思うが、よもやこのような形で活用されることもあろうとは思いもしなかった。というか、この能力が、僕がこの少女を苦手とする理由の一つでもある。そう、今まで何をしてきたかを阿求は完全に、それこそ写真を撮ったかのように鮮明に覚えているのだ。それを逐一報告されたり掘り返されたり。毎度毎度チクチクといびられる僕の気持ちにもなってほしい。おかげで下手なことができない。まったく大変迷惑な話だ。

 そんな幻想郷縁起編纂者との毎度お馴染み威嚇合戦もある程度の終結を見たところで、話を小鈴にシフトする。そういえば、能力がどうとか言っていた気がするが。

 

「そう、能力よ! その能力について見てもらいたいから二人を呼んだの!」

「幻想郷縁起編纂者として私が呼ばれたのは分かるけど、なんでそこの半妖が呼ばれたのかは甚だ理解に苦しむわね」

「なんだあっきゅん。僕がここにいちゃ不満なのか?」

「あっきゅん言うな。えぇ、おおいに不満だわ。悪い事は言わないから、できれば今すぐにそこの暖簾を潜ってお天道様の下で踊り狂ってくれないかしら、裸で」

「身ぐるみ剥いで竹林に放置してやろうかこのアマ」

「もー! 喧嘩してないで私の話を聞きなさいってばー!」

 

 ぐるぐると唸って睨み合う僕と阿求。このままでは話がまったく進まない。小鈴の制止を受けて仕方なく口を噤んでやる。ふん、命拾いしたなあっきゅん。僕の本気を見る前に仲裁されたことを末代まで感謝するがいいさ!

 心の中で互いに呪詛を唱えつつも、何やら数冊の本を店内カウンターから取り出す小鈴に視線を戻す。

 

「それって確か、お前が店の売り上げ勝手に使って仕入れたやつじゃ……」

「し、しーっ! 裏にお母さんまだいるんだから静かに!」

 

 だんまり決めこまないといけないような状況にしたのはどこのどいつだ。

 

「とにかく、この本について……というか、これに関係する能力が、ついに私に発現したのよ!」

 

 カウンターに置いた数冊の書物。その中から適当に一冊取り上げると、何故か満面の笑みを浮かべて興奮気味な様子の小鈴。彼女が抱きかかえている本の正体を知っている身としては、あっきゅん共々溜息をつくしかない。二人して目を合わせ、肩を竦める。

 

 ――――【妖魔本】

 

 普通とは違う危険要素たっぷりの本――――小鈴が笑顔で抱き締めている書物が、ずばりその一冊であった。

 

 

 

 

 

 

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