その鈴の音に恋をして   作:ふゆい

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 大変お待たせいたしました。


第十一頁

 忌々しい鴉天狗に攫われた先は妖怪の山。秋の紅葉に染まる木々は目を見張る程ではあるものの、道中何度も命を失いかねない危機にあった身からすればまったく喜べない心の色彩。あと少しで黄金の焼き芋に舌鼓を打っているところだったというのに、この怒りは誰にぶつけるべきだろうか。いわずもがな、射命丸文とかいう憎き妖怪だろう。

 

「あやや、そんなに怒らなくても良いじゃあありませんか。同じ山の妖怪の(よしみ)でしょう?」

「今すぐその口を閉じて僕を里に返すんだクソ鳥類。後、僕は別に妖怪の山コミュニティに所属した覚えはまったくない」

「手厳しいですねぇ。ですが、私も一応は妖怪の山ネットワークの一員でして。形式上だろうが何だろうが、仕事はこなさねばならないのですよ」

「僕には関係ない話だ」

 

 妙に食い下がってくる鴉天狗を切り捨てつつもどうにか脱出の糸口を探す。現在僕が置かれているのは妖怪の山の頂上。つまりは湖の畔、とある神社の一室である。ついこの前新しく現れた巫女の本拠地でもあるのだけれど、現在その巫女様とやらは僕らのお茶菓子を用意しに席を離れている。というか、何故妖怪間の話を人間側の神社で行っているのだろうか。セキュリティもクソもない。

 だが、射命丸はへらへら笑いながらあっけらかんと言い放つ。

 

「私としてもあまり口煩い上司に監視されたまま行動するというのは避けたいのですよ。千里眼とか使われたらひとたまりもありませんが、現在白狼天狗は休暇に入っておりますので」

「呑気なもんだね……」

「それに、守矢神社であれば神様達の庇護下でもありますからね。何か起こった時に対策が取りやすい。私の責任も軽くなります」

「本音はそこじゃないか」

「当然。私は常に最低限の責任と最高の自由を以て生きることをモットーとしておりますので」

 

 相変わらずひん曲がった根性をしている射命丸に溜息すら出ない。()()()によると幻想郷ができる前から生きている最古参らしいのだが、どうしてこいつはしれっとした顔で下っ端とかやっているのだろうか。能ある鷹は爪を隠すとはよく言われるけれど、鴉までもが真似をする必要はないと思う。傍迷惑この上ない。

 

「……それで、僕を攫ったのは一体全体どういう理由なのかな?」

「あや、これはこれは。ようやく話を聞いてくれる気になりましたか」

「聞くとは言っていない。ただ、ここで無視し続けても里には帰れそうにないから、さっさと済ませたいだけだ」

「結構結構。いやぁ、巫女の監視を掻い潜って里まで赴いた価値があったってものですよ」

 

 飄々、という二文字が誰よりも似合う妖怪の挙動にいちいち苛立ちを覚えるものの、ここで逆らったところで実力的に敵う訳もない。僕はあくまでも半妖で、相手は年季の入った生粋の妖怪だ。彼女が本気を出せば、僕なんて一瞬で紅葉の一枚と化してしまうだろう。それでもこの鴉が僕に最低限の節度を持って対応してくれているのは、今はどこに行ったかもしれない()()()のおかげか。どちらにせよ嬉しくはないけど。

 射命丸はあくまでへらっとした態度を崩さないまま、それでも瞳の奥に大妖怪特有の威圧感を秘め、こう言った。

 

「いい加減に、母親の代わりに山の四天王になることを容認してくれませんかね、桂木倉鬼」

「……僕は半妖だ。妖怪の山を治める化物の一角になんてなれる器じゃないと思うんだけど」

「そうですね。貴方自身は能力を持った妖怪……いえ、どちらかというと人間に近いくらいの存在でしょう。お世辞にも、私達天狗の上に君臨できる力は持っていない」

「だったら……」

「でも、大切なのは実力じゃなくて肩書きなんですよ。鬼の力(・・・)を持った者が妖怪の山にいる。それだけで組織というものは綺麗に、統率して動くことができるのです」

「……星熊さんと伊吹さんに任せたらいいじゃないか。それこそ、どこぞで仙人の真似事やってる茨木さんでもいいし」

 

 幻想郷でも随一の知名度を誇る鬼の二人の名を出してなんとか逃げ道を模索する。茨木さんに関しては自身がおにであることを隠しているようなので、流れで生を出した以外の何物でもないが、前の二人は話が別だ。そもそも、この二人が妖怪の山を取り仕切っていたのだから、最後まで責任を持つべきだろうに。

 ……それがたとえ、僕の母親が関わっていたとしても、僕には関係のない話なのだから。

 しかしながら目の前の鴉天狗はそれが気に入らないらしく、苛立たしげに烏帽子の位置を弄ると軽く舌を鳴らした。

 

「それ、分かって言っているでしょう? 勇儀さんは地底に引き篭もっちゃったし、萃香さんは幻想郷をどこへやら。華仙さんはそもそも自分の立ち位置すらふわふわしているし、頼るとか任せるとかそういう次元じゃないんですよ」

「だからと言って半端者の僕に頼るのはもっと違うだろうに」

「こっちだって本当は貴方みたいな雑魚妖怪に頼みたくなんかないですよ。ただ、今は妖怪の山の威厳を最低限保つことが必要なんです。この神社の神様だとか、寺とか聖徳太子とか……ただでさえ既存の有力者相手に逼迫している状況だっていうのに、新参の化け物が増えてきて大変なのよ。あーもー、なんでこう中間管理職ってのは貧乏くじを引かされるかな」

「素が出てるぞクソ鴉」

「ここでくらい素を出させてよただでさえいつも気ぃ張って疲れてるんだから」

 

 いつの間にか正座を崩して胡坐を組みながら大仰に肩を鳴らす射命丸。もうさっきまでの慇懃無礼な態度はどこへやら。すっかりくだけてフランクな言動が残されていて。まぁ僕としてはこっちの雑な射命丸の方が慣れているから、変にキャラを作られても気色が悪いだけなのだけれど。

 ていうか、こいつも大概長い付き合いなのだから分かっているだろうに。

 

「アンタの胃痛を治す手伝いをできなくて申し訳ないけれど、もう何回も言っているように僕は人里の生活をこれでも気に入っているんだよ。妖怪の山なんて閉じこもった場所で暮らすのは死んでもごめんだね。……それが、あの馬鹿母の尻拭いって言うのなら尚更さ」

「貴方の存在が、その人里を危険に巻き込む可能性があるっていうとしても?」

「僕は僕の大切な人達が無事ならそれでいいし、その為にはなんだってする。……でも、最優先事項は手のかかる幼馴染の子守でね。ただでさえ手が足りないのに、これ以上の人数を面倒なんて見ていられないよ。他を当たってくれ」

「……力づくでも首を縦に振らせてやろうかしら」

「止めておいた方がいいよ。だって、ほら……紅白巫女が来てる」

「えっ」

 

 俺の頑なな態度に業を煮やしたのか、団扇片手に鳥肌が立つくらいの殺気を向けてくる射命丸ではあったものの、最恐最悪暴走巫女の名前を出した途端に顔を青褪めてキョロキョロと周りを見渡していた。どんだけ怖いんだよ、というツッコミを入れたいところではあるけれど、僕は僕でやるべきことがある。

 懐に手を入れて取り出すのは一枚の御札。護身用に、と博麗の巫女から一枚渡されていたのが功を奏したらしい。射命丸の目が離れているのを確認すると、間髪入れずにお札を地面に貼って発動する。

 

「あっ、馬鹿桂木貴方騙したわね――!」

「帰ったら博麗の巫女にチクるからな覚悟しておけよクソ天狗」

「転移の御札なんてずるいわよ! こら、待ちなさ――」

「さらばっ!」

 

 慌てて手を伸ばして来る天狗ではあるが、そこは博麗印の転移札。いくら幻想郷最速を謳う射命丸文であったとしても僕を捕まえることはできない。さすがに僕自身の『速度を操る程度の能力』程度では彼女のスピードに適わないことは明白なので、非常に助かった。

 一瞬の暗転と引っ繰り返るような浮遊感。乗り物酔いのような感覚に襲われたかと思うと、目の前に広がるのは見覚えのある小さな神社。だが、さっきまで幽閉されていた守矢神社とは違う、少しだけ古びた印象を抱かせる場所。周囲を木々に囲まれたその場所は、幻想郷では知らないものなどいないほど有名な、悪名高い神社で――

 

「誰の神社が悪名高いのよコラ。萃香と一緒に素揚げにしてやろうかしら」

「ごめんなさい」

「やーい怒られてやんの倉鬼の間抜けぇー」

「アンタのことも言ってんのよ穀潰しが。両方の角へし折って漢方薬にしてやろうか」

「うぇぇ、ごめんよ霊夢ぅ~」

「……クソチビ」

「あぁん? 半妖の分際でくびり殺してやろうか」

「二人とも?」

『すみませんでした』

 

 嵐のような流れで最終的に二人して額を石畳に擦り付ける始末。隣で角を踏みつけられているのは紛れもない大妖怪の酒呑童子であるなんていったい誰が信じるだろう。こんなチビで酒臭いヤツが妖怪の山の頂点だとか笑うに笑えない。

 だけどそれ以上に、幻想郷のすべてを牛耳る実力者が目の前の華奢な女の子だという事実も目を疑うレベルだろう。見てくれは十代半ばだが、下級妖怪なら名前を聞いただけで震えあがる程の災害。幻想郷の調停者、博麗霊夢。通称、博麗の巫女。

 博麗の巫女はもはや癖になったらしい溜息をつくと、僕の横腹を幣で叩く。

 

「暴力反対」

「面倒事を持ち込む奴に人権はないわ」

「今回は射命丸から逃げてきただけなので面倒事とかはないんだけど」

「アンタ自身が面倒事そのものだって言ってんのよ。鬼の子供、それも元山の四天王の倅だなんて酒の肴にもなりゃしないわ」

「じゃあそこの現山の四天王はどうなんだよ」

「萃香はたまに役に立つからいいのよ」

「そうだそうだー! お前みたいな色ボケ半妖とは違うんだぞー!」

「お前が鬼じゃなかったらぶん殴ってた」

「やってみろよ半妖。その半端な速度しかない拳でやれるものなら」

「……帰る」

 

 伊吹さんに煽られるのは死ぬほど腹立たしいことこの上ないが、どうせ勝てないのは事実なので大人しく手を引くことにする。ここで変に食い下がって乱闘にでも発展しようものなら、そのまま永遠亭行きは確実だ。下手すると冥界まで送られる可能性も否定できない。

 

「人里まで送っていこうか? また文のやつに捕まるのも嫌でしょ」

「……お願いします」

「一人で里にも帰れないとか情けない鬼だなー」

「……三倍速」

「あいだっ!? てんめ、能力全開で石ぶつけやがって――」

「萃香五月蝿い黙ってて。ほら行くわよ桂木」

「んべー」

「……桂木」

「すみません」

 

 せめてもの意趣返しとして石を投げて舌を出しておいた。余計な挑発行為に博麗の巫女からの殺意が半端無いので、すぐさま押し留めはしたけれど。

 相も変わらず、鬼も天狗もマトモなやつはいないらしい。

 

 

 

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