その鈴の音に恋をして   作:ふゆい

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 お待たせいたしました。第五頁でございます。


第五頁

『僕なんかに関わると、ロクなことはないよ』

 

 ()はかつて、傷だらけの身体を隠すことなく、悲しみに溢れた瞳で私を見つめながらそう言った。頭に生えた二本の小さな角。私達人間にはない、明らかに人外である特徴を持った彼は、口元だけは微笑みながらも、その奥に悲壮感を湛えた表情で私に警告を行った。それは彼なりの気遣いで、彼なりの優しさだったのだろう、と今になって分かる。

 だけど、私は。

 当時の私はまだ子供で、そんな気遣いなんてものは知らなくて。自分を犠牲にして思ってもいないようなことを言う不器用な半妖に対して、何一つの遠慮なしにこう言い放ってやったことを覚えている。

 思い切りのいい平手打ちを一つ、呆けたようにこちらを見上げる彼に向けて、腹の底から。

 そう、その台詞は、確か――――

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「いつまで寝てんのよ、この寝坊助騒動娘」

「あいたっ」

 

 ぺちっと額を叩かれる痛みで咄嗟に目が覚めた。手で押さえつつ視線を動かすと、あからさまな呆れた表情で私を見下ろす親友の姿。辺りを見渡せばそこは見覚えのある広い和室。どうやら私は今、稗田家の一室にて目を覚ましたらしい。

 どうして私は今ここにいるのか。未だはっきりとしない意識の中で、なんとか直前の記憶を呼び戻す。私は確か、倉鬼と共に無縁塚に言って、妖魔本を探していて……。

 

「……あ」

「思い出した? この馬鹿」

「思い出したけど、さっきから呼び方が辛辣すぎない?」

「むしろ呼び方の変化くらいで済んでいることを光栄に思いなさい。私がもう少し幼かったら、アンタのことぶん殴ってるわよ」

「あー、うん、まぁ……確かに」

「事の重大さを分かっているなら、少しばかり私の御説教に付き合いなさい」

「はい……」

 

 冗談めかした言い方ではあるものの、内心めっちゃ怒っているであろう阿求の迫力は凄まじいものがある。日頃から倉鬼に対して説教ばかり行っている幼馴染ではあるが、今回はその例にも増して怒っているようだ。それもそうだろう。私の今回の失態は、倉鬼と仲が悪い(自称)彼女からしても許されるはずのないものであるのだから。彼と私の幼馴染として、そして幻想郷の人間を守る立場の稗田家当主として、彼女の行いはなんら間違ったものではない。

 阿求は世話係のお姉さんにお茶菓子を頼むと席を外させ、改まって私の方に向き直る。

 

「……そういえば、なんでそんな髪が濡れてるの阿求」

「あの糞馬鹿半妖野郎に霧の湖に投げ捨てられた」

「えぇ……?」

 

 あまりにも突拍子が無さ過ぎて一瞬冗談かと思ったが、彼女の忌々しげな表情を見て真実だと悟った。倉鬼と阿求が喧嘩するのはいつもの事だけれど、身体の弱い彼女を泉にぶち込むとは……余程のことが彼女達の間で起こったのだろう。二人の仲はたまに私には分からないものがある。

 コホン、と咳払いを一つ。

 

「まず状況を確認しておくけれど、あの半妖は今永遠亭に入院しているわ。というか、搬送されたっていうのが正しい説明かもね」

「は、搬送!? な、なんで倉鬼が……」

「日頃使わないくせに無理して限界以上の能力使ったからよ。下級妖怪倒すために五倍速までチカラ跳ね上げたせいで身体が耐え切れずに入院中。ま、しばらくは安静ね」

「命に別状とかは……」

「それはないらしいわよ? まぁアイツは腐っても妖怪だし、回復力だけは人並み外れたってところかしらね」

「よかった……」

 

 大事はないということを聞き、不謹慎ながらも安堵してしまう。十中八九私のせいだとはいえ、彼が無事であるのは幼馴染として素直に嬉しい。もし彼に何かあっていれば、このまま正気でいられたかどうか定かではない。あぁ見えても大切な幼馴染だ、無事で何よりである。

 安心感から溜息をつく私を見やると、一瞬微笑ましい表情を浮かべながらも顔を引き締めて空気を戻す。

 

「確かに、今回は倉鬼もアンタも無事だった。それは素直に喜ぶべきことでしょう」

「う、うん……」

「でもね、小鈴。それは今回襲ってきた妖怪がたまたま下級妖怪で、たまたま倉鬼が間に合って、たまたま近くにナズーリンさんがいたから助かったようなもの。言ってしまえば、奇跡みたいなものね。偶然に偶然が重なって奇跡的に生還できただけ。もしまた今回のような事態が起これば……もし歯車が一つでも噛み合わなかったら、アンタ達のどちらかは死んでいたかもしれないの。それは分かる?」

 

 阿求の問いかけに、気圧されながらも頷く。

 反論の余地はない。その通りだ。現に今回でさえ私は死にかけた。妖怪に自由を奪われ、命を刈り取られる寸前まで追い詰められていた。実際、倉鬼が仮に一瞬でも遅れていれば、私は間違いなく三途の川に直送されていただろう。いくら相手が下級妖怪であろうが、私はか弱い人間でしかない。能力が発現したとはいえ、戦闘力はゼロにも等しい弱者にしかなりえない。

 幻想郷は全てを受け入れるが、同時に全てを拒絶する。

 妖怪が幻想郷の主導権を握る限り、私達人間に許された役割は彼らを畏怖することだけだ。私達が妖怪を恐れるからこそ彼らは存在できる。外の世界で生きられなくなった妖怪達を生存させる機構。それは私のような無力な人間の存在価値。妖怪の気まぐれで一瞬で命を落とすような、よわっちい存在。

 倉鬼がいなければ、まず間違いなく死んでいた。

 

「そして、その事実を分かっていながら、アンタはあまりにも無鉄砲が過ぎるわ。いくら護衛役のアイツがついているからって、好奇心だけで許される範疇を越えている。はっきり言って、自殺行為としか思えない」

「う……」

「妖魔本に関してもそうよ。博麗霊夢という調停役(ストッパー)がいるから、彼女が解決してくれるから少々無茶をしても大丈夫。それで周囲に迷惑をかけても自分さえよければ気にしない。少しでも道を誤ればすぐに崩壊してしまうような危ない橋を、周りを巻き込みながら走っていく。そういう騒動起爆剤(トラブルメイカー)だという自覚が、果たして今のアンタにあるのかしら?」

「……たまにやりすぎちゃうなって自覚はあるよ」

「でも、それを直そうとはしない。それは今までアンタの近しい人が致命的な被害に遭っていないから、でしょう?」

「それは……」

「もし今回の騒動で倉鬼が死んでいたらどうしていたかしら? もしそうなった時、アンタは『やりすぎた』って反省するだけで済んでいたのかしら?」

「…………」

「失った者は取り戻せない。だからそうならないように善処する。それが常識ある人間のやることよ」

 

 少し厳しいようにも聞こえる阿求の言葉だが、冷静になって考えると正論極まりない。

 昔から、落ち着きのない子だとよく言われてきた。何かある度に好奇心に従って倉鬼や阿求を連れまわし、いろんな所へ探検に出かけていた。幻想郷縁起の中で危険地帯とされている場所にさえ、満足な護衛を連れていくこともせず。当時は何とも思っていなかったが、今になって考えると相当無謀な行為だ。自殺行為、と揶揄されても文句は言えない程の愚行。

 そして、私がそれほどの無茶を繰り返してきたのは、心の中で「なんだかんだ大丈夫」という甘えた考えがあったからではないだろうか。どれほど無謀を重ねようと、想像を超える酷い事態にはならないと。

 どうせ倉鬼が死ぬわけがない、と。タカをくくっていたから。

 

「……倉鬼、怒ってた?」

「私の知ってるあの半妖は、アンタがどんだけ無茶しようと怒らないわよ」

「阿求は、怒ってるよね?」

「当たり前でしょ。アイツが怒らないからその分私が叱らなくちゃ。甘やかしてばっかりだとアンタ調子乗るし」

「……ごめんなさい」

「珍しく本気で謝ったわね。でも、本当に謝るべきは私じゃなくて他にいるでしょ? アンタが少しでも自分の行いを反省して、謝りたいと思ったなら、さ。真っ先に謝るべき相手が、一人いるんじゃない?」

「阿求……」

「無理無茶無謀はアンタの根っこだから、すぐに変えろとは言わないわ。そんな簡単に内面を変えられるなら、人間苦労しないし。……だから、今回アイツを傷つけたことで少しでも反省したのなら、次回以降気をつけなさい。アンタの無謀で時には痛い目を見る奴がいるってことを、心の隅にでも刻んでおきなさい」

 

 そう言うと阿求は立ち上がり、部屋の襖を開けて廊下へと出て行こうとする。

 

「茶菓子の準備が遅いみたい。私は様子を見てくるから、アンタはどっかで暇でも潰しておきなさい」

「……素直じゃないね、阿求は」

「うっさい馬鹿娘。とやかく言ってないでさっさと倉鬼に頭下げて来なさいっての」

「……ありがと、阿求」

「ふん。礼を言うくらいなら迷惑かけないでほしいわね」

 

 嫌味を零しながらも、柔らかい笑みを残して部屋を後にする阿求。昔から変わらず私を諫めてくれる、かけがえのない親友。倉鬼とはまた違った意味で、私にとっては失くしたくない大切な人達。

 ありがとう、と消えた背中に投げかけて布団から出る。枕元に置かれていたいつもの服に着替えると、髪を整えてから稗田家を後にする。向かうは倉鬼が待つ永遠亭。しかし、そこに辿り着くには妖怪がひしめく迷いの竹林を通って行かないといけない。だからまずは慧音先生の家に寄ろう。危険は少なく、最小限に。彼に迷惑をかけない為にも、できるところから。いつもならばおそらくは一人でも永遠亭に向かっていただろうが、それでは駄目だ。私が自分から成長しないと、また彼や阿求に迷惑をかけてしまう。それじゃあ昔と変わらない。今回阿求に怒られたことや倉鬼を傷つけてしまったことから、一つでも多く学ぶのが私の仕事なのだから。

 お気に入りの鈴をリンと鳴らしながら、慧音先生の家へと走り出す。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

『そんなの、どんとこいってやつよ!』

 

 自らと関わることをやめさせようとする彼に対し、かつての私が放った言葉はそんな感じだった。今思えば無責任にも思えるその台詞。しかし、当時の私は非日常に憧れる夢見る少女で。艱難辛苦にぶち当たることを危惧する彼の存在は、むしろ騒動起爆剤として私の心に火をつけた。

 他人を傷つけたくないから、と周囲を拒絶する彼の姿は、私にとっては到底受けいれられるものではなかった。同時に、そんなよわっちい姿を見せる彼自身を許すことができなかった。

 他人に迷惑をかけるくらい、なんだというのだ。むしろ友達なら迷惑をかけてナンボというものだろう。

 当時の自分はどこまでも純粋で子供だったから、そんな考えしか頭になかったのだ。迷惑をかけようがそれは仕方のないことで、私だろうが彼だろうが遠慮することはない。一歩間違えればどうなるかなんて考えもせず、ただ目先の事だけを見ていた私は無責任にもそんなことを言っていた。

 だけど、そんな気持ちで放った言葉が……よく考えもしないでぶつけた台詞が、どうやら当時の彼には届いてしまったらしい。

 きょとんとした顔で私を見ていた彼はさらに呆気にとられたように口をあんぐり開けると、信じられないと言わんばかりに目をパチパチとさせていた。しばらくして頭の理解が追い付くと……我慢が出来なくなったのか、目を細めて息を吹き出す。

 それはまるで、今まで溜めていた孤独感や悲壮感といった感情を吐き出すかのように。

 

『キミは本当に……僕みたいな疫病神と友達になってくれるのかい?』

『むしろ友達になろうよ。貴方と一緒にいて騒動が起こるなら、それは逆に願ったりだわ』

『変な人だね、キミは……』

『生憎と、平々凡々な生活には飽き飽きしている身だからね』

 

 そう言って笑みを浮かべる。今まで他人の温もりを味わったことがないであろう、孤独な半妖に向けて。幼いながらも、目一杯の感情を込めた笑顔を、彼へ。

 ――――その時倉鬼が浮かべた表情を、未だに私は忘れない。

 

『……参ったな。これじゃあ拒否する理由がなくなってしまった』

 

 内心複雑そうに、それでいてどこか嬉しそうに。髪をがしがしと掻きながらも、隠せない笑みを誤魔化そうと。視線をあちこちに泳がせる彼は、なんでかとても可愛らしくて。

 しばらく虚空を見やった後、彼は――――

 

『それじゃあ僕はキミを守るよ。僕のせいで騒動に巻き込まれて危険な目に遭うだろうキミを、僕は全力をもって……総力を挙げて、守り抜くことを誓うよ。……新しい、初めての僕の友達を、絶対に守るよ』

 

 不器用な、不格好な。それでも彼なりの精一杯の笑顔を浮かべて。誠心誠意の感謝と共に。

 私の手を固く握り、両目の端に涙を溜めながらも、確かな微笑みを向けてくれたのだ。

 

 

 

 

 

 




 主人公不在。
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