「と、とりあえず果物の詰め合わせと暇つぶし用の本各種、それと厄払い用にこしらえた厄除け魔符を……」
「パチェ?」
「ひぁっ!?」
不意に背後から話しかけられ、普段の冷静さからは想像もできないような素っ頓狂な声を上げてしまう。いつもならば監視用に結界を張っているのだが、出かける直前だからか解いてしまっていたのが災いした。それと、精神的に緊張しているのが原因だろう。私の痴態にクスクスと腹立たしくほくそ笑んでいる小悪魔に強めの火球をぶつけると、なんとか平生を保った状態で声をかけてきた親友の方を向く。
「あらレミィじゃない。図書館に用事かしら? 残念だけど、私は今から出かけるところよ?」
「いやもうほんとそういうのいいから。エロ本読んでる最中に母親が部屋に入ってきてなんとか誤魔化そうとする思春期男子みたいな反応した後にそんな冷静にされても、こっちも困るから」
「ななななんのことかしら。私は幻想郷一の魔女。ちょっとやそっとのことじゃ驚かないことで有名よ」
「大人しく認めないならアンタが天狗からまとめ買いした桂木の写真集の存在を人里に広めるわよ」
「ぐ……レミィ、どこまでも鬼のような女ッッッ……!」
「吸血鬼だもの」
はぁ、と呆れたような溜息を一つ、近くにあった椅子に腰を下ろすレミィ。背中の羽をパタパタさせているのが可愛らしいが、その正体は泣く子も黙る吸血鬼。しかもここ紅魔館の当主と言えば、幻想郷でも指折りの実力者だ。幼子のような見た目とは裏腹に、夜の帝王の名に恥じない力を持った西洋妖怪。私ことパチュリー=ノーレッジの親友でもある。腐れ縁、とも言うが。
そんな唯一無二の親友は再び肩を竦めると、気怠そうに頬杖を突いて、
「べっつになんでもいいんだけどさー。生娘でもあるまいし、そんな恋する少女みたいな初心な反応するのやめてよねー。アンタ今実年齢何歳よ」
「言わないわよ! 後、そんな初心な反応してないし!」
「お見舞いに行くってだけで前日から念入りに準備して、なおかつ出発直前になってもウダウダ確認作業やってるってところがもうどうしようもないくらい乙女じゃないか」
「こ、これは一流の魔女として落ち度がないか確認しているの! べっ、別に、倉鬼に失望されないように万全を期しているとか、そういうんじゃないんだから!」
「…………」
「……なによ」
なんかもうこれ以上ないくらい苦虫を噛み潰した……というか、角砂糖をダース単位で咀嚼しているような何とも言えない顔でレミィが見つめてくる。十中八九私にとって面白くないことを考えている顔だ。長い期間を共に過ごしてきたのだ、表情の変化で何を考えているかくらいは経験で察せる。おかげで隠し事ができないという難点もあるが。
ジト目、と表現するのが正しいだろう表情で私を見たまま、完全に馬鹿にした声で彼女は言った。
「いやさ、もうなんかそこまで露骨にツンデレテンプレートな台詞を吐かれると、私としては甘ったるさで灰になりそうなんだが……」
「違うッッッ! 勘違いしてんじゃないわよっ」
「小悪魔はどう思う?」
「さっさと爆発しろこの脳内ピンク色クソもやしって思ってます」
「日符! 【ロイヤルフレア】ァアアアアア!!」
あまりにも失礼千万かつ傍迷惑な勘違いをし続ける旧友と配下にブチ切れた私の猛攻は、心配して駆けつけた咲夜に止められるまで続いた。
☆
ひたすらに面倒くさい騒動があったものの、用意した荷物を付添いの美鈴に持たせて永遠亭へと向かう。ちなみに何故美鈴が付いてきているかというと、私の体力を心配したレミィからの命令だ。一人で行ってもよかったのだが、確かに見舞い品を持った状態で永遠亭までの距離を歩くのは少々しんどい。ここは素直に彼女の気遣いに感謝しておくところだろう。……それ以外の点でムカつくところが多すぎるのが難点だが。
「ったく、あのクソ吸血鬼……根も葉もないこと言ってんじゃないわよ……」
「根と葉どころかしっかり花も咲いているような気はしますけど」
「なによ美鈴。アンタもそういうこと言う訳?」
「私は空気を読むことで有名な妖怪ですけど、パチュリー様のは露骨ですからねぇ」
「ぐ……」
レミィや小悪魔に言われるのは癪ではあるが、紅魔館一常識人の美鈴に言われてしまうとうまく反論できない。「気を読む」という能力ではあるが、彼女は性格上あまり贔屓目な、偏った意見はしない。必要最低限の場合を除き、なるたけ公正な立場から見たそのままの考えを述べる傾向にある。そんな美鈴からの意見だったから、いまいち反論がしづらくなってしまうのだ。彼女から見ても、私はそんな感じなのか。
自分自身としては色恋沙汰がどうこうとかいう気持ちは……ないことはないが、そこまで露骨に出している自覚はない。自分で言うのもアレな話だけれど、こう見えてそれなりの年月を生きている身である。今更恋愛一つでキャーキャー言うような生娘では……、
「ない、はずなんだけどなぁ」
「パチュリー様?」
「うぅん、なんでもないの。気にしないで」
ぽつと零した私の呟きにすかさず反応するフォロワー精神旺盛な美鈴を誤魔化すと、内心安堵と呆れの混じった溜息をつく。どうにも本調子ではない。というか、桂木倉鬼が関わった話になるとどうしても調子が狂う。何を話すにも、常に彼を基準に考えてしまう私がいた。
齢二十にも満たない半人前以下の半妖を相手に何を年甲斐もないことを、とは自分でも思う。そして、それはレミィにも常日頃言われていることだ。魔女になり人間をやめた私が今更色恋沙汰にうつつを抜かすなんて、笑い話にも程がある。
でも、だけど。
「……ねぇ、美鈴」
「なんですか?」
「今の私は、アンタから見ても滑稽かしら?」
「すごい質問ですね」
私の突拍子もない問いかけに苦笑を浮かべながらも、彼女なりの答えを考えてくれているらしい美鈴。普段はおちゃらけているくせに、こういう時だけ真面目に取り合ってくれるのだからタチが悪い。美鈴が色々な人から好かれている理由の一つを垣間見た気がする。
一分ほど首を捻った後、彼女はこちらへ向き直ると、
「滑稽ですけど、今までに見たことがないくらい生き生きしていると思いますよ、私は」
「何よソレ。結局滑稽なんじゃない」
「たはは。まぁでも滑稽なくらいが丁度いいんじゃないですか? 無駄に肩肘張って空回りして……恋愛ってそういうもんだと思いますけどねぇ」
「やけに説得力のあるアドバイスね。経験者?」
「年の功、ってやつですよ。これでもそれなりに長生きしてますからね。人生相談ならこの紅美鈴にお任せあれ」
そう言いながら「ハイヤー」とわざとらしく中国拳法のポーズを決める。気負った様子の私を案じて、あえてふざけた返答をしているであろうことは容易に理解できた。つくづく空気の読める妖怪である。彼女の飄々さには敵わないな、と敗北宣言代わりに笑いが零れた。
そんな事を話していると、迷いの竹林も終盤に差し掛かったようだ。目を凝らすと、竹林の隙間に大きな武家屋敷のような外観の建物がお目見えする。月の住人である蓬莱山輝夜とその仲間達が住まう本拠地、永遠亭だ。人を寄せ付けないような場所に建っているというのに幻想郷一の技術力を持った病院だというのだから、あの宇宙人共が考えることはよく分からない。もっと開けた場所に住めばいいのに。
そして、あの場所に現在倉鬼が入院している。なんでも怪我の原因は下級妖怪との戦闘らしいが……おおかた鈴奈庵の一人娘を庇って無理をしたのだろう。自分から争いを起こすことを好まない彼が戦闘で怪我をする理由なんてそれくらいしか思いつかない。弱いくせに無理をして……と呆れる反面、無条件で庇ってもらえる本居小鈴に少しばかり嫉妬してしまう。私ももう少しか弱ければ彼に守ってもらえたりするのだろうか……。
と、そこまで考えたところで首を振り煩悩を霧散させる。私は本居小鈴ではない。彼女と同じ扱いを望むのは、そもそもからお門違いというやつだ。私は『パチュリー=ノーレッジ』という私だけの枠で戦っていかなければならないのだから。
「戦うって、そんな物騒な……」
「それくらいの覚悟が必要なのよ。そもそも文学少女が三人も被っているのだから、キャラ立ては最優先案件だわ。本居小鈴といい稗田阿求といい、私とキャラ被ってるんじゃないわよ!」
「うわぁおこれ以上ないくらい逆恨みだぁ」
「真の文学少女は私だ!」
「そしてよりにもよって被っている方のキャラを推していくんですね! パチュリー様見かけによらず意外にも強引だった!」
自分でもよく分からない程に闘志を燃やす。空気が読める美鈴が何やらひたすらにツッコミを繰り返していたが、今の私にはどうでもよい事だった。とにかく万全を期して倉鬼のお見舞いに向かう。それだけが現在の私に許された目標であり、試練だ。落ち度は見せられない。常に余裕綽々、優雅なパチュリー=ノーレッジを倉鬼にお届けしなければならぬ。
「倉鬼さんに会う度に手玉に取られまくって微塵も余裕がない貴女がそれを言いますか」
「美鈴うっさい。あれは倉鬼のレベルに合わせてあげているだけ。あえてよ、あえて」
「その割には毎度毎度顔真っ赤にして乙女みたいな表情浮かべているような気もするんですけど、ここは黙って口を噤んでおきますね」
「館に帰ったらそのお喋りな口を二度と開けられないように門と一体化させてあげるわ」
「非人道的行為反対!」
「妖怪の台詞じゃないわよ、それ」
そんな事を言いながら少々お喋りが過ぎた生意気門番の尻を蹴っ飛ばす。この子といい小悪魔といい、紅魔館の従者共はどうしてこうも主の機嫌を損ねるような余計な事ばかり言うのだろうか。力関係を分からせるためにそろそろレミィがドン引きするレベルの実験材料にしてしまった方がいいのかもしれない。私の精神衛生を守る為にも。
美鈴の処遇は帰ってからゆっくり考えるとして、ようやく永遠亭の門をくぐる。門番代わりの妖怪兎に用件を告げると、目的地までの道順を聞いて中へと踏み込んだ。紅魔館とは正反対の和風な雰囲気には未だに慣れない。幻想郷では私達の方が異端だということは重々承知してはいるが。
それにしても倉鬼のやつ、下級妖怪を相手にしたくらいで入院するほどの怪我を負うなんて、修行が足りないわね。自衛の意味も込めて、そろそろ私が直々に魔法を教えてあげないといけないかしら。あまり気は乗らないけれど、アイツがどうしてもって言うのなら教えてあげるのもやぶさかではないけれど……。
「まずは部屋を用意しないとね。魔法を覚えるとなると一朝一夕ではいかないから泊まり込みは確定。もしかしたら年単位かかる可能性も考慮して、アイツの生活用品一式を紅魔館に……」
「パチュリー様、パチュリー様、出てます出てます。脳内のピンク色が口から漏れてますよ」
「ねぇ美鈴、どうやったら同棲中に自然に媚薬を盛れると思う?」
「何考えてたんですか本当に! 馬鹿な事言ってないでさっさと現実に戻ってきてください!」
「むきゅうっ!」
脳天への手刀でようやく妄想の世界から舞い戻る私。あ、危ない危ない。まだ想像の域を出ない可能性だというのに思考だけが独り歩きしかけていた。考え込むのは魔女の悪い癖だ。少し自制しておかないと。
その後二度に渡り美鈴から似たような注意を受けつつも、なんとか倉鬼が入院しているらしい部屋の前へと辿り着いた。……この襖を開けた先に、アイツがいる――――!
「大丈夫大丈夫まずはフランクに挨拶から入って互いの近況報告、たまに毒舌を挟みつつも言葉の端々に相手を心配する雰囲気を入れ込みながら自然と気遣いをアピール。会話の流れで見舞い品を渡しつつ厄除けの魔符を渡して最後にそれとなく魔法レクチャーの話を記憶に刷り込んで……」
「パチュリー様、深呼吸」
「すーっ……はぁーっ……げほげほごえぐえおえっ」
「喘息!」
慣れない肺活量と早口で肺にかつてない程の負担が来たが、おかげで少し落ち着いた。手鏡で表情の確認をして、身だしなみを整えると再び深呼吸。今度は喘息が再発しない程度にゆっくりと。……よし。
私は幻想郷一の魔女、パチュリー=ノーレッジ。平常心で挑めば私にできないことはない。大丈夫、天才な自分を信じなさいパチュリー。
ごくりと生唾を呑み込むと襖に手をかけ、意を決して思いっきり開く――――!
「御機嫌よう倉鬼。下級妖怪に後れを取ったと聞いて、この私が直々にアンタの失態を笑いに――――」
「げ、図書館の魔女……」
「――――あん?」
私の挨拶が終わるのを待つことなく割り込んできた謎の声。……いや、具体的に言うならば、私自身聞いたことがある声。そして、願わくば今一番聞きたくなかった女の声。
部屋の奥に視線を飛ばす。
純白のベッドに寝る倉鬼。それはまだいい。入院しているのだから当たり前の事だ。……問題は、その隣で林檎を剥いている着物姿の短髪少女。
可愛らしい、それでいて落ち着いた雰囲気の少女。しかしその顔には言葉で表すならば「うげ」という二文字が貼り付いていそうなあまり好意的ではない表情が浮かんでいる。おそらくは、私の顔にも同じ表情が表れていることだろう。
彼女にこれ以上ない程の恨みを込めた笑顔を向けながら、私は表面上は爽やかに言葉をかけた。
「なんでアンタがここにいるのよ腹黒女」
「それはこっちの台詞よ出不精女」
「爽やかとはいったい何だったのか」
美鈴のツッコミもどこ吹く風。私達二人は虫の一匹どころか妖怪でも逃げ出すような顔とオーラでメンチを切り合う。唯一平気そうなのは間に挟まれている倉鬼だけ。どこまで唐変木なんだとは今更言わない分かっている。
――――幻想郷のすべてを編纂する少女、稗田阿求。
人里……いや、幻想郷においてトップクラスに重要とされる人間。……そして、本居小鈴と共に私の中で危険人物認定されている腹黒女が、倉鬼の隣でかいがいしく看病をしていた。
「いやぁ、これはまた面倒くさい事態になりましたねぇ」
美鈴うっさい。