その鈴の音に恋をして   作:ふゆい

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第九頁

「娑婆の空気は美味しいな……」

「ほんの二週間病室に隔離されていただけで随分と大袈裟ね」

「いや、世間一般では二週間って結構な期間だと思うのですが」

「そう? 私にとってはほんの一瞬みたいなものだけれど」

「蓬莱人怖い」

 

 永遠亭の門柱に寄り掛かったまま、随分と年寄り臭い言葉を口にする二色配色の服を着た銀髪の女性。見た目は二十代前半……いや、後半くらいの妙齢女性なのだが、その実は数千年生きているとか噂されるミステリアスな蓬莱人。幻想郷一の腕を持つ名医、八意永琳その人である。実年齢は知らない。

 

「あらあら、退院したばかりなのにまた入院したいだなんて……よっぽどあの病室が気に入ったのねぇ」

「胸倉掴んで拳振りかざしながら殺意振り撒く医者の風上にも置けない方が目の前にいるのですがそれは」

「ちょうど実験台が足りなくなってきたところだったのよ。貴方は輝夜とも仲が良いみたいだし、恒常的な実験体として契約しないかしら? 命は保証しないけれど」

「それが怪我が治ったばかりの患者に言う台詞ですか」

「女の子のタブーに触れた無礼者には死あるのみよ」

「女の子……?」

 

 胸倉を掴む手に更なる力が込められる。

 

「この度は誠に申し訳ございませんでした」

「分かればいいのよ。この失礼は以後別の形で払ってもらうから」

「圧が凄い」

「こんなに綺麗なお姉さんとまた会う約束ができたんだからもっと喜ぶべきじゃなくて?」

「生憎と、なまじ外見が良い曲者の知り合いには事欠かないものでして」

 

 特に図書館の出不精とか永遠亭の出不精とか。あの年齢詐称女達は普段出歩かないくせして見目麗しい外見を保っているのだから意味が分からない。その上内面に関しては一癖も二癖もあるという始末。どこで生き方を間違えたのだろうか。

 荷物をまとめた風呂敷を背負うと、改めて八意先生に向き直る。

 

「それにしてもお世話になりました」

「いくら可愛い幼馴染を守るためとはいえ、あまり無理しては駄目よ? 貴方は決して強い妖怪ではないのだから」

「意外にもストレートな物言いに僕のメンタルが悲鳴を上げている」

「これでも心配して言っているのだけれどね。自分の実力を知ったうえで行動するというのは、生きる上で大切なんだから」

「一応注意はしますけど、またあの本の虫がピンチだったらここに担ぎ込まれる可能性はあります」

「反省が……いえ、これはもう言っても無駄みたいね」

 

 やれやれと言った顔つきで溜息をつく八意先生。医者の立場からしてみれば僕のような命知らずは放っておけないのだろう。心配してくれるのは非常にありがたいが、こちとら幼いながらに幼馴染を守る宣言した色ボケ半妖である。ちょっとやそっとじゃ反省しないことで有名な僕がその言葉を聞くことはおそらくあるまい。

 ただまぁ、今回の騒動で小鈴が無茶をする回数が減れば御の字だ。小鈴命な僕とて無駄に傷つくのはできれば御免被りたい。いくら人間よりは強いとは言っても所詮は半妖。エリートな純潔妖怪様方に比べれば足元にも及ばないのが現実である。次回以降もこうやって偶然命拾いできる保証はない。願わくば、無謀が減ってくれるのを祈るばかりではある。

 

「貴方も大変ねぇ」

「不器用なので」

「むしろ一周回って器用かもしれないわね」

「だといいんですけど」

 

 自分の身も顧みず幼馴染守る為にボロボロになるとかどこの主人公だというツッコミはこの際拒否する勢いだ。

 その後数分ほどくだらない与太話を繰り返す僕であるが、そろそろ我が家が恋しくなる。それに、今日は小鈴が僕の為に快気祝いをしてくれるらしい。挨拶もそこそこに、迎えに来てくれた藤原さんと共に人里へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 しばらくぶりに里に帰った僕を出迎えてくれたのは、なんと最愛の幼馴染だった。

 

「倉鬼! 退院おめでとう!」

 

 僕の姿を見つけるや否や、里の入り口から走ってくる小鈴。まるで子供みたいなその仕草にいちいち愛おしさを覚えてしまうが、ぐっと理性で押さえつける。落ち着け僕。ここで本能のままに抱き締めるのは悪手すぎるぞ。あくまでも冷静に、普段通りの僕を装うんだ。

 タタタと駆け足でこちらへと近づいてくる小鈴に向けてやや不敵な笑みを浮かべると、いつものように飄々とした態度で皮肉を述べるべく口を開く。

 

「やぁ小鈴。君の無茶で少々時間を食ってしまったが、これでようやく僕も自由の身――――」

「ほんっとに、ごめんなさいっ!!」

「にぃいいいいい!?」

 

 肩を竦めて溜息交じりに御託を述べていた僕を襲った不意の衝撃。それが何かは説明するまでもないだろうが、一応解説をしておくとしよう。

 抱き締めるのを我慢していたというのに、走ってきた小鈴がそのままの勢いで僕に抱き着いてきた件について。

 何やら涙を目の端に浮かべて謝罪の言葉を漏らしつつ、僕の胸にぐりぐりと顔を押し付けるマイスイート小鈴。そもそも彼女に対して常に劣情を催している僕がこの状況でまだ手を出していないことを褒めてほしいのだが、この展開はどう考えてもまずい気がする。具体的に言うと、僕の理性が崩壊するまで後数分。

 今すぐにでも彼女を抱き上げて僕の部屋まで持ち帰りたい衝動に駆られながらも、かつてない程の自制心を総動員してなんとか体裁を保つ。

 

「め、珍しいじゃないか小鈴。そんなに素直に謝ってくるなんて……」

「だ、だって……だっでぇえええええ!!」

「ちょっ!? なんで泣くんだい突拍子もない子供かキミは!」

「ふえぇええええええ!!」

「あっきゅぅーん! 助けてあっきゅん! 僕の手に負える生物じゃないよこれは!」

「そのまま悶え死になさい変態」

「僕が悪いのか!?」

 

 子供のように泣きじゃくりながら涎鼻水涙諸々の体液を服に擦り付けてくる本の虫の攻撃に右往左往してしまう。小鈴に振り回されるのにはいい加減慣れっこな僕ではあるものの、こういう対策の仕様がない行動に関しては素人同然の反応をしてしまう僕である。こういうのは昔から同性として接してきたあっきゅんの方が得意だろうと助けを求めるけれども、小鈴に抱き着かれている僕を見る目は冷たい。なんであぁも感情の含まれていない表情ができるのかと心底疑問ではあるが、見捨てられてしまうと僕にできることはもうない。

 どうしよう。このまま泣きまくる小鈴をいっそのこと家に持ち帰ってしまおうか、と混乱の余り公序良俗に反する選択肢までもが浮上しつつある中、かの救世主は現れた。

 僕に引っ付いて離れない小鈴の頭に、軽く手刀が落とされる。

 

「あいたっ」

「ほら、桂木も困っているだろう。謝る気持ちもわかるが、少しは落ち着け」

「救世主上白沢慧音先生……!」

「なんだその御大層な呼び名は」

 

 僕史上過去最大の窮地を救ってくれたのは、この人里で寺子屋を営む見目麗しい美人教師、上白沢慧音先生だった。僕と同じ半妖でありながらも、子供達を教え導く者として周囲から尊敬と信頼を置かれている素晴らしい御方。僕がこうして暮らしているのも、彼女のサポートがあるからというのが大きい。けーね先生マジ女神!

 慧音先生は僕から小鈴を引き剥がすと、どこから出したのか手ぬぐいを手渡してくれる。

 

「ほら、これで服を拭うと良い。多少の気休めにはなるだろう?」

「ありがとうございます。これは後日洗って返しますんで……」

「いやいいさ。どうせ私の使い古しだ。そのまま捨ててもらって構わない」

「使い古し……?」

「あぁ。顔や体を拭う時に使ったものだが、もう結構な年月使っていたからな。そろそろ供養しても良い頃だろう」

「使い古し……」

「おいそこの変態半妖。けーねの使い古し手拭いの響きに興奮してんじゃねぇよ」

「や、やだなぁ藤原さん。僕がそんな下心満載の変態に見えますか?」

『見える』

「あっきゅんまで一緒になって即答することはないんじゃないかな」

 

 完全に虫けらを見るような目を向けてくるあっきゅんと藤原さんから視線を背けつつ、慧音先生から貰った手拭いで小鈴の涙及び鼻水を拭いていく。この反応は男としては仕方ないものがあると思うんだ。慧音先生と言えば人里でも有数の美貌を持ち、男だけでなく女性の目も惹くナイスバディ。寺子屋の授業参観には毎回多くの保護者が参加するほどの人気っぷり。そんな最強美人教師慧音先生の使い古した手拭いを手渡された僕の反応は、一般男性ならばいたって普通の反応と言えるだろう。それでも信じないならば、後で八百屋の角兵衛にでも聞いてくれ。

 片や呆れ、片や殺意の籠った視線をぶつけてくる恐ろしい女性達を気持ち回避してから、ようやく一息。

 

「感動の対面も終わったことだし、僕は家に戻ろうかな」

「そう言うと思ったけれど、今からアンタはウチで快気祝いの祝宴に連行されるんだから諦めなさい」

「何それ聞いてない」

「言ってないからね。ちなみに発案は小鈴よ。良かったじゃない嬉しいでしょ?」

「勿論」

「ぶれないわね……」

 

 当然だ。小鈴が僕の為に何かをしてくれたという事実だけでご飯三杯はイケる。

 

「私も企画したけど、阿求も人集めとか企画とかいっぱい手伝ってくれたじゃん。私一人の手柄ってのは違うような……」

「わ、私のことはいいの! あ、あくまで小鈴のために頑張っただけなんだから!」

「あっきゅん……」

「な、なによ! べ、別にアンタの為に動いたわけじゃないんだからーっ!」

 

 顔を真っ赤にしてばたばた忙しなく暴れはじめたあっきゅんに微笑ましい視線を送る僕である。とてもとてもテンプレートなツンデレ台詞を聞けて、平常運転だなぁと感心する。うんうん、やっぱりあっきゅんはこうでなくっちゃね。変に空回りして自爆しまくる姿はまさに稗田阿求だ。落ち着く。

 話を聞く限りだと、僕が懇意にしている人はだいたい来てくれるようで、それならば主役の僕が断るわけにもいかない。聞かされた参加者の中に紅魔館の一部が連なっていたことには驚いたけれども、おそらくはパチェと吸血鬼の姉の方が僕をからかいに足を運ぶつもりなのだろう。さすがに門番の紅さんと引き篭もっている妹の方は参加しないようではあるが……うわ、十六夜さん来るんじゃん。またナイフ突き付けられそうだなぁ。

 そんなくだらないことに思考を割いていると、先程まで慧音先生に捕まっていた小鈴が再び僕の前に立っていた。服の裾をちょこんと掴んでいる姿がとても愛らしい。小動物的可愛さとはよく言うが、これはもう天使の類と言っても過言ではないはずだ。今すぐ新聞屋さんを呼んで写真を撮ってもらいたいところではある。

 顔を俯かせたまま、小鈴がおずおずと口を開いた。

 

「あ、あの……倉鬼……」

「なんだい小鈴」

「…………おかえり」

 

 なんだこの可愛い生物は。

 一瞬心臓が止まり、僕の魂が冥界の白玉楼に召されかけるが、背後の藤原さんによる気付けによって一命を取り留めた。危ない。こんな死因は笑えない。

 その一言を放つと少し潤んだ瞳で僕を見上げるマイスイート小鈴。本来ならばここで彼女を抱き上げて自室へとお持ち帰りしたいところではあるが、さすがに衆人環視である所とおそらくは詰所に連れて行かれてしまうのでここは自粛。思考を読み取ったらしいあっきゅんの視線も痛い。

 こういうときは、こう返すのがセオリーというものだ。

 僕はポン、と彼女の頭に手を置くと、今できる最高の笑顔で快活に言うのだった。

 

「ただいま、小鈴」

 

 

 

 

 

 

 

 




 入院編終了
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