温かい目でよろしくお願いします。
家族というものに、あまり良い思い出は無かった。
優秀な姉は俺ができないところを見ると、溜め息を吐いて俯いていた。
同じく優秀な双子の兄は、いつも俺を見下していた。
それに乗るように、周りも俺をあざ笑って虐めの対象にしていた。
周囲の全員がそうだった訳ではない。
だけど、報復やターゲットに加えられるのが怖かったのか、見て見ぬふりをしていた。
助けてくれるのは、誰もいないところでだけ。
正直、敵ばかりじゃないと分かると、それだけでも嬉しかった。
特に父さんと母さんと知り合いのお姉さん、友人とその家族は表立って味方でいてくれた。
その両親が、俺が小二の頃に蒸発した。
一月、二月と待っても、帰ってこなかった。
数少ない、表立っての味方である両親を失った俺は、家での居場所を失った。
友人やお姉さんを頼っても、そこにはいつも姉が現れて、有無を言わさず俺を連れて帰ってしまう。
そして姉がバイト中は、家事を全て押し付けられる日々。
一年経ってもそれは変わらず、毎日が苦しくて辛くて、気付いたら姉と兄の眼を盗んで家出していた。
でも、行き場が無い。
十にも満たない俺が世間を相手に一人で生きていけるはずがないのも、分かっていた。
でも、あそこには居場所が無い。
残る数少ない味方を頼ろうかとも考えた。
でも、お姉さんには俺とクラスメイトの妹がいる。
そいつに知られたら、俺はまたあの居場所の無い場所へ戻らなきゃいけない。
おまけに、そのお姉さんと姉さんは同級生だから、何の拍子に見つかるか分からない。
友達の家に行く事も考えたが、姉さんはそれくらい予想しているだろう。
これまでも何度も友達の家に来ては、俺を無理矢理連れ帰っていた。
残り少ない味方の人達に迷惑をかけたくないから、そこへは行けない。
そんな事ばかり考えているうちに、辺りは暗くなっていた。
どうすればいいか分からなくて、何をすればいいのか分からなくて。
俺はリュックを抱えて路地裏に蹲った。
リュックの中には多少の着替えと、ちょっとしたお菓子、僅かな小遣いをコツコツ貯めたお金。
そして、どうせあの二人の手に渡るならと持ち出した、ある物が入っている。
今思えば、どこにも行く宛の無い家出なのだから、何も持たなくてもよかったと思う。
若干の後悔を抱きながら俯いて座り込んでいると、急に声をかけられた。
「何やってんだ、坊主」
声が聞こえて視線だけ上に上げると、全身に筋肉の鎧を纏ったような大男がいた。
「なんだ、家出か? そんで行き場が無いから、こんなところにいるのか?」
適当に言った風なのに、内容は実に的を射ていた。
半ば自棄だった俺は小さく頷いた。
「えっ? マジ? マジで家出少年だったの?」
当時の俺は気付かなかったけど、この反応だけで目の前の人は凄く適当な人なのだと思った。
「まぁ、当然か。でなかったら、ガキがそんな死んだ目をしているはずがねぇか」
屈んで俺と同じような目線になった大男。
改めて見ると、とても普通の人とは思えない。
しかも鼻のところには横一文字の傷がある。
「何があった。ちょっとばかり、この無敵なおっさんに喋ってみな」
自分で無敵とか言った事に突っ込む気力すらなく、俺は語り始めた。
両親の事、姉と双子の兄の事、幼馴染の事、周り目と言葉の事。
そして味方であるお姉さんと友人を頼れないことも。
話を聞き終えた大男は、溜め息を吐きながら頭を掻いている。
「なるほどなぁ。ヒデェな、お前みたいな才能の塊のようなガキを」
「……才能なんて無い。全部姉さんと兄さんに持ってかれた」
「いやいや、そんな事はねぇぞ。お前も周りも気付いていないだけだ。つうか、お前の才能がまだ眠っているだけなんだよ」
立ち上がった男は俺の頭に手を添えて、俺に提案してきた。
「どうする? このまま野垂れ死ぬか、それとも俺の下で修行して才能を目覚めさせるか」
「……」
「言っておくが、修行はキツイぜ。才能の上にバカみたいに努力しなきゃならねぇからな」
「……」
「だが、それを乗り越えりゃ、お前は自分の手で居場所を掴めるぜ」
「……居場所を?」
求めていたものを掴めると言われ、俺の死に掛けていた心が動いた。
「あぁ。今は俺が提供してやるが、いずれはそれを自分で掴んでみせろ」
「……俺の、居場所」
「そうだ。まだお前が出会っていない、味方のお姉さんや友達以外の大切な人も、たくさんできるぜ」
「……大切な人」
「もっとも、お前が居場所を掴む為に立ち上がって、血反吐を吐いても諦めなければな」
「……」
「さぁ、どうする?」
これが最後通告だとでも言いたげな大男。
その大男に対して俺は。
「……行く! 俺を、自分で居場所と大切な人を掴める男にしてくれっ!」
立ち上がって叫んだ姿に、大男は笑みを浮かべる。
「よっしゃっ! 代金は出世払いでいいぜ!」
「えっ、お金とんのっ!?」
「当たり前だ! 俺はタダじゃ働かねぇ!」
「じゃ、じゃあこれで……」
驚いた俺はキョトンとしながらも、リュックから手持ちのお金と、持ち出したあるものを取り出して手渡した。
「あっ? なんだそりゃ」
「……とりあえず、前払いで今ある手持ちのお金と、家から持ち出した俺の通帳とカード」
それを聞いた大男はいきなり笑いだした。
「ぶっはっはっはっはっ! 面白いじゃねぇか、坊主! よっしゃ、なおさら気に入った!」
大男は奪うようにお金と通帳とカードを奪うと、俺を肩に担いだ。
長らく忘れていた、父さんに肩車された感覚が蘇る。
「行くぜ、俺の仲間と嫁を紹介してやる」
「うん!」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はジャック・ラカン! お前は?」
「一夏。姉さんと兄さんと同じ苗字、織斑はもういらない。今はただの一夏だ!」
「かっはっはっ! よっしゃ、わかった。なら今日からお前は、俺の義息子! その名もイチカ・ラカンだ!」
こうして義父さんに気に入られた俺は後日、正式に織斑の籍を抜けることとなった。
この瞬間から、今の俺、イチカ・ラカンとしての歩みが始まった。
おまけ
あの後、アジトとやらに戻った後、義父さんの奥さんと仲間に会った。
俺の事を邪魔者扱いするどころか、目を輝かせて歓迎してくれた。
特に奥さんは、養子とはいえ息子ができるのかと大喜びしながら。
ただ、こんな大事な事を勝手に決めるな、いたいけな子供から金を取ろうとするなと、義父さんは義母さんと仲間達に殴られていた。