入学初日の午後の授業。
事前の学習の甲斐あって、イチカはなんとか授業に付いていけている。
アーニャやネカネには何度か心配されたが、見栄でも虚勢でもなく大丈夫と返した。
「では、今日の授業はここまでです。このまま帰りのHRに移りますが、皆さんに決めてもらいたいことがあります」
壇上に立つネカネからの連絡に、全員が耳を傾ける。
「このクラスのクラス代表を決めてもらいます」
「先生、クラス代表って何をするんですか?」
生徒の一人が挙手をして尋ねる。
「そのままの意味で、クラスの代表です。学校行事にはクラス代表として試合や打ち合わせに参加、出席をしてもらいますし、私やアーニャ先生の代わりにクラスをまとめてもらったりしてもらいます。要するに学級委員長のようなものです。なお、近く行われるクラス代表戦にも出場してもらいます」
質問に答えると生徒達はざわめく。
近くの席同士で喋り、誰がいいかと名前を挙げる。
主にある一人の名前を。
「立候補、推薦は問いません。一年間就任する役職なので、少しは真面目に考えてね」
少しでいいのかとイチカが考えていると、女生徒の一人が挙手する。
「はい、ラカン君を推薦します」
するとこれに乗っかるように、次々とイチカの名前が挙がる。
「私もラカン君を」
「ラカン君に清き一票を!」
「ラカン君を支援するので、頬の傷をじっくり味わうように舐めさせてください!」
予想通りの反応に、イチカは若干遠い目で窓の外を眺める。
そしてこのクラスには一人変わった趣味の子がいると、本人以外全員が思った。
「どうかしら、ラカン君」
「俺は別に構いませんよ」
肯定の言葉を聞き、クラス中が盛り上がる。
一人が拍手をすると段々と広がり、やがて全員が拍手をしていた。
余所のクラスの迷惑になりそうなので、立ち上がって落ち着くようにとイチカがジェスチャーをすると、拍手は止まる。
「その代わり、ちょっと言わせてもらっていいかな?」
何か気に障ったかと、クラス内がざわめく。
やっぱり何かしらの理由を付けて断るのではと、憶測も飛び交う。
だが、本人も口では既に了承しているので、何を言うのか注目が集まる。
「俺は面倒事をタダでは引き受けない!」
『えぇぇぇぇぇぇ』
お金を取るのかと思っていたら、イチカは不敵な笑みを浮かべながら宣言する。
「別に金は取らない。その代わり、派手でなくてもいい。クラスの親睦会を兼ねて、俺のクラス代表就任パーティーを開け! そして先生に怒られない範囲で俺をもてなせ! 皆で盛り上がって、辛いかもしれないけど、楽しい三年間の門出にしようぜ! ちなみに俺も、パーティー用に費用の一部ぐらいは出すぞ!」
最後に腕を突き上げたイチカの演説に、黙っていた女生徒達が歓声を上げる。
どうせお金が減るなら、パーティーで盛り上がるために使う方がずっと楽しい。
辛いかもしれないが、楽しい三年間にするための門出にはちょうどいい。
誰も反対する様子が無いので、提案したイチカも満足気な表情を浮かべる。
こうしてイチカは、クラスメイト達の心を掴むのに成功した。
もっとも、勝手に決めるなとアーニャに注意を受けたが。
その日の放課後、校舎を出たところで待ち合わせていたマドカ、シャルロット、簪、本音と合流したイチカは、帰りのHRでの出来事を話した。
「という訳で、俺は三組のクラス代表に就任した」
これを聞いたマドカ達は思った。
本人に自覚はないだろうが、少なからずラカンの影響を受けていると。
特にパーティーを開き、もてなせという辺りに。
「私も。四組のクラス代表になった」
「そうか。クラス代表同士、お互いに頑張ろうな、簪」
「うん!」
同じ立場同士と言われ、満面の笑みを浮かべる簪。
若干羨ましいと思いつつ、マドカとシャルロット、本音は自分達のクラスの代表に溜め息を吐く。
「どうかしたのか?」
「聞いてくれ、兄様。実は一組のクラス代表なのだが」
マドカの話によると、一組のクラス代表選考は揉めたらしい。
自分達や相川達、そしてある少女の計八人を除く女生徒達は、こぞって冬也を推薦。
第一印象は悪かったが、せっかく使えるのだし使おうという雰囲気で。
勿論、冬也は勘違いしてふんぞり返っていた。
そこへ待ったをかけたのが、推薦をしなかった一人、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットだった。
彼女の男性批判で日本批判の演説に冬也がキレ、口喧嘩に発展。
担任の千冬によって止められ、どっちがクラス代表になるかを決闘で決める事となったそうだ。
「それはまた、面倒な事に」
話を聞く限りは、セシリアという少女も冬也と同じプライドが高いタイプ。
加えて女尊男卑思考の持ち主となると、こうなるのは火を見るより明らかだ。
「ちなみに本音達は誰にするつもりだったの? クラス代表」
『マドカ(マドマド)』
「えぇぇぇっ? 私なのかっ!?」
シャルロットと本音に同時に指名され、マドカが動揺する。
「だってしっかりしてるし」
「シャルロットだってしっかりしているでしょう!」
「よくスイーツ情報くれるし」
「意味が分からないから!」
確かに本音の言い分は意味が分からない。
だが、それが彼女の魅力でもあり、このメンバーの中の癒しでもある。
首を傾げる本音と動揺しっぱなしのマドカと共に、笑いながら下校する。
IS学園の寮へと。
「そういえば、イチカも今日から同じ寮に入るの?」
元々女性しかいなかった学校なので、男子寮というものは存在しない。
かといって外部から通学するには、交通の便的に難しい。
中には海外から来て入学する生徒もいるので、なおさら自宅通学はできない。
なので、学園の生徒は全員寮暮らしとなるのがIS学園の決まりだ。
勿論、初の男性操縦者となったイチカと冬也も。
「あぁ。家が遠いからって、気を利かせてくれたみたいだ。お陰で初日から入寮だ」
「ねぇねぇ、部屋どこ? 遊びに行くからさぁ」
変わらぬ癒しを与えてくれる本音の頭を撫でながら、教室でネカネから受け取った鍵を取り出す。
「えっと、1018だな」
「なんだと! 私と同じ部屋じゃないか、兄様!」
ついさっきまでの動揺を吹っ飛ばし、これ以上ないほど表情を輝かせるマドカ。
取り出した鍵には、イチカと同じ1018が刻まれていた。
「なるほど。兄妹なら、一緒の部屋にしても大丈夫と判断したみたいだね」
「正直助かった。元兄弟で男同士ということで、アレと同じ部屋にされなくて」
アレとは勿論、冬也の事である。
「では兄様、どうぞ心置きなく私を抱き枕に」
両腕を広げて飛び込んで来いというポーズをするマドカ。
呆れたイチカは溜め息を吐き。
「しないからな」
「あうっ!」
アホな事を言い出す義妹の頭に手刀を落とす。
乗じて自分も抱き枕にと言い出しそうな面々は、同じ目に遭いたくないので黙った。
「そうだ。ネカネ先生がクラス代表戦に備えて、明後日のアリーナの予約をとってくれたんだけど、一緒に練習するか?」
イチカからの誘いに、簪と本音を除く全員が即座に食いつく。
『やるっ!』
「私は無理。一応、四組のクラス代表だから」
「私はぁ、主にビットで皆のデータ取りしておくよぉ」
即食いつかなかっただけで参加はするつもりらしい本音。
相変わらずのほほんとしたペースでいるので、周囲の空気が自然と緩む。
別クラスの代表ということで一緒に訓練できず、簪一人は落ち込んでいるが。
「じゃ、じゃあ、明後日の放課後は第2アリーナに集合な」
『うん』
約束を交わした一同は、一路学生寮へと向かう。
IS学園の学生寮は基本的に二人一組で一室を利用する。
割り振りはその年の担当によって変化がある。
どうせ全員初対面だからと、完全に適当に割り振る年。
同じクラス同士で割り振る年。
他クラスとの交流を考えて、あえて他クラス同士で割り振る年。
寮で喧嘩されると面倒だからと、知り合いと判明した生徒達を同じ部屋に割り振る年。
今年の担当が誰なのかは定かではないが、同クラスと他クラスを交えて割り振られているようだ。
簪は谷本と、シャルロットは鷹月、本音は夜竹と同室らしい。
例外なのは初の男子生徒のイチカと冬也で、共に意図的に顔見知りの女子と同室にされている。
やはり、見ず知らずの異性と一緒というのは問題があるのだろう。
イチカと冬也を同じ部屋という提案もあったが、昼休みの出来事と千冬による過去の出来事の説明により、面倒事が起きるのが目に見えるので無しになった。
「なるほど、それであいつらが同室だったのか」
寮の部屋の割り振りについての話をマドカとしながら、ある出来事を思い出す。
部屋に来る途中、1025号室から飛び出す冬也と、木刀片手にそれを追いかける、タオル一枚を体に巻いただけの箒の姿を目撃したのだ。
「いやぁ、同室でなくてホント良かった」
「まったくです。知り合いだからとアレか暴力女と兄様が同室になったら、私は部屋割り担当に文句を言いに行きます!」
部屋に積まれた段ボールの荷物を片付けながら、先ほどの出来事を振り返る。
今頃あの追いかけっこは寮を駆け巡り、歪曲した噂となっているだろうと。
「ちなみに聞いた話では、今年の担当は千冬姉とその後輩の人らしい」
最初はその後輩の人が、男同士で元兄弟ということでイチカと冬也を同室にしようとしていた。
それを棄却するため、補佐に付いていた千冬が色々と手を回してくれたらしい。
話を聞いたマドカは目を輝かせる。
「後で千冬姉様にお礼を言いに行ってきます!」
義妹の急激な態度の変化に、将来は大丈夫だろうかと不安になるイチカだった。
翌日の放課後、イチカの提案したクラス代表就任パーティーはネカネとアーニャも参加して盛大に行われた。
「では、ラカン君のクラス代表就任を祝って。乾杯!」
『乾杯!』
宴会部長的な役割を担った女生徒の乾杯で、パーティーの幕は上がった。
各々が思いつく限りのもてなしをイチカにしようと、色々とやってくる。
ある女生徒は寄り添ってジュースをお酌し、またある女生徒はお菓子を食べさせようとする。
「はいはい、失礼します。どうも、新聞部です。三組代表のイチカ・ラカン君の取材に来ました! あっ、これ名刺ね」
そこへ現れた二年生のリボンをした女生徒。
新聞部と名乗ってイチカに差し出した名刺には、新聞部副部長という役職と、黛薫子という名前があった。
「名刺をご覧の通り、新聞部副部長の二年、黛薫子です! では早速、クラス代表戦への抱負を一言!」
ポケットからボイスレコーダーを取り出し、イチカに差し向けてくる。
イチカはどう返そうかとちょっとだけ考えると、面白い事が浮かんだ。
「断っておきますけど、俺は取材をタダでは引き受けませんよ?」
交渉という行動を取ったイチカに、面白そうだと薫子のメガネが光る。
「ほほぅ、言うじゃない。なら、どんな報酬をお望みかな? なんなら更衣室の盗撮写真――は無理よ」
最初は本気で盗撮写真を報酬にしようと思っていた薫子だが、背後から殺気を感じて即座に訂正。
殺気の正体は教員であるネカネから発せられており、よく見れば手元の紙コップが握りつぶされている。
「いやいや、そんな物はどうでもいいですよ」
「そんな物と言い切るとは、よほどの物を要求するつもり?」
一体何を要求するのか、教室中の注目を集める中、イチカが取った行動は。
「大した事じゃないですよ」
薫子の右肩に左手を置き、右手で顎を持ち上げて薫子の顔を少し持ち上げる。
そして目線を合わせて一言。
「今夜一晩、俺の抱き枕になってくれれば、いくらでも」
同時に教室を飛び出し、学校中に響き渡る黄色い悲鳴。
豚骨ミルクを飲んでいたアーニャは味に関係なく噴出し、ネカネは頬に手を添え、あらあらと言うだけ。
当の薫子は顔を真っ赤にして混乱する頭を必死に処理している。
「えっ、ちょっ、待っ。抱きっ、枕っ!?」
動揺する薫子にイチカは満面の笑みで説明する。
「そうです、抱き枕。大丈夫ですよ、同室のマドカもいるんで如何わしい事はしませんから」
「抱き枕にすること自体、如何わしい事でしょうが!」
ここでアーニャの教育的指導が入る。
どこから取り出したのか、ハマノツルギと書かれた巨大ハリセンを取り出してイチカの頭を引っ叩いた。
「駄目ですかっ!?」
「駄目に決まってるでしょ!」
「まぁ、九割冗談だったんで、別に気にしませんけど」
「一割本気なのっ!?」
いつの間にか繰り広げられるイチカとアーニャの漫才。
イチカの発言に驚いていた生徒達も、そちらに気を取られて大笑いしている。
だが、薫子だけは。
「えっと、いやじゃないけど、その、心と体と下着の準備が。一度部屋へ戻ってシャワーを浴びて勝負用に着替えてから」
まだ混乱状態から脱せてないのか、余計な事を口走っている。
「黛さん、落ち着いて。はい、大きく深呼吸」
ここでようやくネカネが助けに入り、薫子は深呼吸をする。
それを数回繰り返すうちに冷静になった薫子は、何を口走っていたのかと恥ずかしくなる。
「くっ! この私にこれほどまでの羞恥心を抱かせるなんて……。でも覚えておきなさい! 私は所詮新聞部副部長。新聞部にはまだ部長が残っているのよ!」
という捨て台詞を残し、薫子は恥ずかしそうに走り去って行った。
その際にアーニャから廊下を走るなと注意されたが。
「ふむ……。以前、父さんが母さんにやっていた事をやっただけなのに、どこが悪かったんだろう?」
イチカの記憶の中にある、先ほどと同じ台詞をテオドラに言うラカンの姿。
直後、ラカンはアホかとテオドラに平手打ちを浴びていた。
「全部に決まってるでしょ! いきなりあんな事言われたら、誰だって驚くわよ!」
「妹のマドカは自分から抱き枕になりにくるんですけど?」
「アンタの妹はどんな教育を受けてきたのよ!?」
この日、アーニャ先生はツッコミポジションというのが三組で暗黙の了解となった。
おまけ
パーティーが盛り上がり、酒も入っていないのにハイテンションでいるイチカとクラスメイト達。
何度目かも分からない乾杯を交わし、勝手に歌いだす者まで出る始末。
放課後で他の教室に人がいないとはいえ、ちょっと騒ぎ過ぎとも思える。
ちょっと注意しようかとアーニャが思った時だった。
「あはははっ! 出席番号3番、水泳部所属上田、脱ぎます!」
変なハイテンションになっている一人のクラスメイトが脱ぎだした。
周りも妙なテンションになっており、煽るばかりで止めようとしない。
「ちょっ、やめっ」
アーニャが止めに入ろうとするが、既に時遅く、制服が宙を舞っていた。
最も、その下はスクール水着だったが。
「伊達に水泳部じゃありません!」
このドッキリにイチカとアーニャはほっとし、周りのクラスメイト達は余計に盛り上がる。
そして。
「だったら私も脱ぐ! 下に水着は着てないけど!」
「あまりスタイルに自信無いけど、私だって!」
盛り上がりすぎてハイテンションに身を任せ、脱ぎだすクラスメイトが続出。
さすがにシャレにならないと思った、その時だった。
「はい。それ以上はアウトよ」
いつの間に背後に移動したのか、脱ごうとしていたクラスメイト達にネカネが当身を浴びせていた。
「アーニャ、ここはよろしく。私はこの子達をちょっと教育(おしおき)してくるから」
後のことをアーニャに任せたネカネは、数人を引き摺りながら生徒指導室へ向かった。
取り残された一同は、一様にテンションが下がっていた。
数分後、校内に悲鳴が響き渡った。