ラウラが転入してきて数日後の昼休み。
クラスメイト数名と共にイチカが食堂で食事をしていると、鈴とティナが近づいてきた。
「イチカ、他が空いてないから相席いい?」
辺りをぐるっと見渡すと、既に席は埋まっており、相席する以外に座る手は無い。
同席しているクラスメイトに視線を向けると、構わないのか頷いてくれた。
「いいぞ」
「ありがとう」
「サンキュー」
鈴とティナはお礼を言って空いている席に座り、食事を始めた。
「そういえばイチカ、今日の午前の授業でなんだけど」
ラーメンを啜りながら喋りだす鈴。
内容は午前中の授業での出来事。
なんでも午前に一組との合同練習があり、そこでISでの訓練をしたらしい。
「その前座的な事で、教員対生徒ってのをやったのよ」
「鈴が出たのか?」
「違うわよ。一組のセシリアって子」
その名前を聞いて、イチカはクラス代表戦前の出来事を思い出す。
完膚なきまでに叩きのめした模擬戦の事を。
「相手の教員は? まさか千冬姉が……」
「あの人じゃ、生徒なんて相手になるわけないじゃない! 一組副担任の山田って先生よ。元日本代表候補生だったらしいわ」
そっちの名前はそっちの名前で思い出がある。
主にオーバースピードで壁に激突する記憶が。
それと鈴とは比べ物にならない、胸元に関する記憶も。
「……アンタ、今何か失礼な事考えなかった?」
鋭い指摘にイチカは首を横に振って否定した。
「まぁ、いいわ。でね、試合見てたんだけど結構やるじゃない、アイツ」
結果は負けだったらしいが、セシリアも随分と健闘したらしい。
一機だけとはいえ、武器を使いながらのビット攻撃を繰り出し、ビームの軌道も少しだが曲げられていると鈴が話す。
「あれって結構難しいのよね。武器使いながらビット操作して、ビームの軌道計算もこなすって」
鈴の言う通り、それらを同時に行うのは並大抵のことじゃない。
実を言うとイチカと戦った時は、それらのどれもできなかった。
武器かビットのどちらか一方しか使えず、ビームの軌道も直線のみ。
命中率やビットの操作性は上手いが、攻撃に関しては直線的で対応し易い手段しかなかった。
だが、イチカに敗北して以来、暇を見つけては猛特訓と猛勉強を重ねていた。
御付メイド曰く、周りの目も気にせず、今まで以上に厳しい量と質で。
「へぇ、オルコットさんって思ったより強かったんだ」
「私達からすれば、アンタが規格外すぎるのよ」
『うんうん』
同席している三組女子とティナは同意を示すように頷いた。
「で、結果は?」
「山田先生の勝ち。候補生止まりだったとはいえ、さすがね」
セシリアも頑張ったが、まだ教員のレベルには届かなかった。
とても強そうには見えなかった真耶の強さを知り、人は見かけによらないなとイチカは思った。
そこへ、話題に上がっていた二人が現れた。
「あら、ラカン君。どうも」
「……お久し振りですわ」
これから食事なのか、二人の手元のトレーには昼食が乗っている。
「これから食事ですか?」
「えぇ。授業後、オルコットさんが熱心に質問をしてこられたので」
ちょうど空いた隣の席に座り、真耶とオルコットも食事を始める。
「すみません、山田先生。どうしても疑問に思ったことを解消したくて」
「いいんですよ。私達は先生なんですから、授業の質問はいつでも受け付けますよ」
本人はそう言っているが、真耶の童顔のせいで教師と生徒というより、先輩と後輩にしか見えない。
気にしそうなので口にはしないが。
「ラカンさん、少々よろしいでしょうか」
もうすぐイチカ達の食事が終わりそうなタイミングでセシリアが話しかけてきた。
ひょっとして前にやった模擬戦の事だろうか、と思っていると。
「私、あなたに敗れて以来、頻繁にあなたの夢を見ますの」
『ぶふあぁっ!』
セシリアの発言にイチカだけでなく、鈴もティナも三組クラスメイトも真耶も全員が吹いた。
「ちょっとアンタ! いきなり何言ってんのよ!」
自称イチカの正妻の鈴が卓を叩きながら立ち上がる。
意味が分からないセシリアは首を傾げる。
「オルコットさんって大胆ね」
「こんな大衆の面前で」
「さすがイギリスレディーデス」
「オオ、オルコットさん? 不純でなければ先生は恋愛を止めるつもりは」
顔を真っ赤にした真耶の発言で、ようやく意味を理解した。
「ちちち、違いますわ! そういう意味ではありません!」
「じゃあどういう意味よ!」
今にも襲い掛かりそうな剣幕で鈴が詰め寄る。
しかしセシリアは慌てる事無く、落ち着いて説明する。
「夢に見るのは、ラカンさんに敗北する夢ばかりです」
夢の内容を聞いて、一気に毒気は消え失せた。
敗北の様を知っている真耶は、あれを頻繁に見ているのかと不安になる。
「あの時そのままのもあれば、もっと酷いのもありますわ」
「もっと酷い?」
「ブルーティアーズを全て引き千切られて上空から落とされたり、手から出る光線っぽいものを何十、何百発も撃ち込まれたり、首を掴まれて延々と電流を流されたり、瞬間移動っぽい動きで四方八方から殴られ続けたり」
話を聞いているうちに、段々と気の毒になってきた。
全員の視線は徐々にイチカへと向く。
視線に気付いたイチカは慌てて弁明する。
「やらないぞ、俺はそんな事!」
「できない、じゃなくてやらない、なんだね」
三組クラスメイトの一人の呟きで、やろうと思えばできるのかと全員が思った。
「……本当にやりませんわよね?」
「やらないって!」
若干震えながらの質問に、改めて強く否定した。
それでも拭いきれない不安の中、セシリアは話を続ける。
「正直、夢を見るたびに恐怖してました。でも、何度も見ていくうちに憧れも抱いたんです。こんな、有無も言わさぬ強さが欲しいと」
真剣な表情をして拳を握り締める姿に、何かあるのかと察する。
その姿に一番反応したのは真耶で、彼女はセシリアの手に自分の手をそっと重ねた。
「オルコットさん。よければ話してくれますか? 先生として、生徒の悩みは聞いてあげたいんです」
柔らかな口調と雰囲気に、張り詰めかけた空気が和らぐ。
イチカはここで初めて、真耶に教師らしさを感じた。
手を重ねられたセシリアは強張っていた表情を緩め、少しずつ話し出す。
幼い頃の両親のことや、両親が死んだ後の実家に群がる輩。
それから必死に家を守ってきた事を。
「……随分と苦労してきたのね、アンタ」
「えぇ。ですから、憧れたんです。私にラカンさんくらい、有無を言わせぬ実力が欲しいと! お金と権力に群がる輩も一蹴し、代表候補生になって国の保護を受けなくとも、実家を守れるほどの実力があればと!」
家を守るためにISの道へ進んだが、彼女からすれば不本意だったのだろう。
無論、ISに興味が無かった訳ではないが、ISに頼って国に頼らなければならなかった、己の実力不足が悔しかった。
「正直申しますと、代表候補生ではなく一人の留学生として、この学園に来たかったです」
国家代表候補生としての立場は、想像以上に重い。
セシリアの場合はそれに加えて実家の事や、かつての自分への後悔がある。
それらをこじらせ、あんな態度を取ってしまっていた。
本当の自分を隠すかのように。
「なので、お礼を言わせてください。ラカンさんのお陰で、目が覚めました。ありがとうございます」
あの敗北は忘れがたい恐怖を刻んだ。
だが、セシリアにとっては必要な敗北と恐怖だったようだ。
本当の自分を隠さなくなった彼女は、一目もはばからず誰よりも努力をし始めた。
学校でのISの勉強の他、一般教育に経営、経済等など。
今までなら、そうなんだで済ませていたISの勉強も、気になったら箇所は千冬や真耶に質問するようになった。
中途半端では終わらせず、しっかり身に着けるために。
「まぁ、俺がやったのは、オルコットさんを叩きのめしただけなんだけどね」
「それが私には必要だった。ただそれだけですわ」
世の中、何がきっかけになるかは分からない。
セシリアにとってはあの試合が、人生のきっかけの一つになったようだ。
「なんにせよ、役に立てたのなら良かったよ」
重い話がようやく終わりを告げようとしていたので、周囲はほっとする。
だがここで、ふとティナが時計に目を向けた。
なんだかんだで長話をしていたためか、昼休み終了まで十分しかない。
「大変デス鈴サン! 早く食べないト!」
「へっ? うわっ、もうこんな時間!?」
先にいたイチカと三組クラスメイトは食べ終えているが、残りはまだ食事中。
ほとんど食べ終えていた鈴とティナはともかく、まだあまり食べていない真耶とセシリアの昼食は、だいぶ余っている。
「ふああぁぁぁっ! このままじゃあ次の授業の準備が!」
「い、急いで食べましょう、山田先生!」
結局、大急ぎで食事をした真耶とセシリアは授業には間に合ったものの、詰め込む感じで食べたので若干の胸焼けに襲われながら、午後の授業に臨むこととなった。
同日の放課後、アリーナ内では今日も訓練をする生徒で賑わっていた。
その中には、イチカとラウラの師弟もいる。
ドイツ製第三世代のトライアル機、シュヴァルツェア・レーゲンを操るラウラ。
そのラウラに迫るイチカは、グラビティブレードを五十倍にして振り下ろす。
「はぁっ!」
だが、その一振りはラウラに届かずにバリアのようなものに受け止められる。
「どうだ本音、停止結界の調子は」
攻撃を受け止めているラウラが、近くでデータを取っている本音に呼びかける。
現在ラウラがグラビティブレードを受け止めている、停止結界。
正確にはAICという、慣性停止結界という機能。
対象を任意に停止させる事ができるという、強力な防御能力。
ただし、あくまで物理的な物に対してな上、かなりの集中力を要するので複数相手にはあまり効果が無い。
「んとね……。うん、オッケ~。出力は安定してるよぉ」
本音からの報告に、満足そうに頷くラウラ。
「とりあえず、受け止めながら喋るくらいはできるみたいだな」
「はい、師匠」
AICの使用は集中力を要するというので、どれほどのものかの確認作業。
今のラウラは、視線を相手から離さなければ、攻撃を受け止めながらの会話程度はできるようだ。
「よし、じゃあその集中力の状態を周囲に向けてみて」
「はい! むうっ……」
イチカの攻撃を受け止めたまま、集中力の範囲を広げるラウラ。
するとAICが弱まりだし、遂には攻撃がすり抜けた。
寸でのところでイチカが剣を止めたが、これが実戦なら間違いなく一撃を受けている。
「はぁっ、はぁっ。すみません、今の私にはこれが精一杯です」
極度の集中状態から脱したラウラは息を切らしながら、ふがいなさを謝る。
「謝る事は無いさ。AICって思ってる以上に集中力がいるそうだしな」
実際にAICを使ってみないと分からないが、並大抵の集中ではAICは使えない。
それを前方だけとはいえ、使いこなしているのだから、ラウラの集中力は決して悪くない。
「周囲の状況に気を配る訓練は軍でもやっていたんだろ?」
「えぇ、一応は」
「なら今後は、それをもっと高度なレベルでやれるようにしようか」
「分かりました!」
イチカの指導に気をつけをして敬礼する。
長く軍にいたことで、すっかりこういう行為が染み付いているようだ。
「それができるようになれば、瞬動での移動後の動作にも無駄が出ないしな」
瞬動は高速で移動する分、移動しながらの周囲の確認が困難となる。
高い集中力を周囲に向ける事で、一々確認する手間を省き、無駄な動作を減らすことができる。
「そっちの練習は、ここでの訓練が終わってからにしよう。マドカ、シャル、簪。そっちはどうだ?」
現在射撃訓練をしている三人に声を掛けると、三人は目隠しをしたまま揃ってブイサインをする。
「バッチリ」
「だいぶ良くなってきた」
「動かない的になら九割方当たる」
三人がやっていた訓練は、目隠しをして背中越しに的を撃ち抜く訓練。
白き翼のテストパイロットの一人、龍宮真名に教わった、気配だけを頼りに撃つ技術。
目視にもセンサーにも頼らず、気配のみで的の位置を判断して撃つ。
気配役として交代で的の後ろに立ち、命中率を計測していた。
「でも、まだズレがあるんだよね」
不服そうなシャルの言う通り、中心付近からズレて当たった痕が目立つ。
的の中心付近に命中しているのは、ホンの数発だけ。
「それでも充分だろ。龍宮さんが別格なんだって」
「本当にあの人、どんな人生送っているんだろう」
疑問に思って一度聞いた事があるが、お姉さんの秘密だとはぐらかされた。
「まぁ、気にしてもしょうがないって。さっ、そろそろ終わりだから引き上げよう」
イチカの言う通り、もうすぐ予約した時間の終了が迫っている。
展開していたISを待機状態に戻し、揃って引き上げる。
着替えも終わって合流して、寮へ帰ろうというタイミングでイチカに一通のメールが届く。
「おっ、虚さんからだ」
「お姉ちゃんから?」
妹の自分ではなく、何故イチカなのかと本音は首を傾げる。
また刀奈が何かやらかそうとしているのかと、メールを開くと全く違った。
「あぁ……この件か」
内容は、前に頼んだ弾という方の紹介がどうなったかというものだった。
メールを読んだイチカは、クラス代表戦前の出来事を思い出す。
再会時の写真を見せた虚が、弾を紹介してほしいと言い出した時の事を。
「どうしたのですか、兄様。虚さんに何か?」
マドカの問いかけにイチカは答えず、本音の肩に手を置いて尋ねる。
次の土曜か日曜に虚と弾を会わせるための協力を仰ぐ為に。
「本音。今度の土曜か日曜は空いているか?」
「ほぇ?」
『はっ?』
まさかの本音へのお誘いに、マドカ達の思考は停止した。
勿論、ちゃんと説明して誤解は解いたが。
おまけ
虚への連絡を簪と本音に任せたイチカは、早速弾へと連絡をした。
写真を見た知り合いの先輩に、紹介してほしいと頼まれたと。
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! マジかっ! 本当かっ!?』
電話口で叫ぶ声の大きさに、思わず耳元から携帯を離す。
向こう側ではうるさいと蘭に文句を言われ、殴られて痛がる声が聞こえた。
『あたた……蘭のやつ、手加減無しに殴りやがって』
「今のは叫んだお前が完全に悪い。で、相手さんは土曜を指定しているんだけど」
『空いてる空いてる! 完全に暇だから! 何か予定が入ってもうっちゃって行くぜ!』
初めての彼女ができるかもしれないと、浮かれている弾。
若干の呆れを覚えつつ、イチカは少しだけアドバイスを送る。
「相手は良い家柄の従者の家系だから、割と箱入りだぞ。アホな言動をしたら、即行でフラれるからな」
『そうなのかっ!? 分かった、気をつける!』
「それと紹介のため、当日は俺も立ち会うからな。九時に地元の駅前で合流するぞ」
『オッケー! よろしく頼むぜ!』
勢いよく電話を切る弾。
今頃は浮かれているだろう姿を想像し、大丈夫かという不安を抱えながら、少し面白くなりそうだと思うイチカだった。