土曜日の朝九時少し前。
日課の朝練を終えたイチカは、弾との約束のため地元の駅前で合流。
虚との待ち合わせ場所へ向けて電車で移動していた。
「……お前さ、ちょっとは落ち着けよ」
「無茶言うな!」
弾にとっては、初めて彼女と呼べる女性ができるかもしれない。
そのためか、まだ会ってもいないのにガチガチに緊張しまくっていた。
周りの乗客も二度見するほどに。
「相手の虚さんって人は年上のお姉さまで、しかもかなりの美人さん! 緊張するなってのが無理だ!」
名前と外見くらいは教えておこうと写真を添付してメールを送ったら、これは本当かという返事が届いた。
「とりあえず今回は紹介した上で、俺と虚さんの妹が付き添うから安心しろ」
「お、おぅ。頼りにしてるぜ、親友!」
緊張しっぱなしの様子に、大丈夫だろうかと思うイチカ。
だが、イチカは知らなかった。
紹介してほしいと頼んだ虚は、弾以上に緊張している事に。
「お姉ちゃん、冷静になって自分の格好を見直しなよ」
「わ、私は冷静よ!」
そう叫ぶ虚の着ている服に、本音だけでなく刀奈も呆れていた。
なぜなら、彼女が現在着ている服は学生服だからだ。
「……なら、なんで学生服なの?」
肩を落とした刀奈の質問に、虚はアタフタしながら答える。
「こここ、これはその。どんな服を着て行けばいいのか分からなくて、いっそ普段の格好を見てもらおうと思いまして、その」
普段は見せないテンパり具合で答えた内容に、深く溜め息を吐く刀奈だった。
「だからって学生服を選ぶ辺りが、お姉ちゃんらしくないありえなさだよねぇ」
「イチカさんの家を尋ねる時、着ぐるみを着ていこうとした本音に言われたくないわよ!」
「ぶぅぶぅ。アレは私の一張羅なんだよぉ」
あの兎の着ぐるみが、と刀奈と虚は驚いた。
(*学園祭でネギや茶々丸が着ていた感じの着ぐるみです)
「と、とにかく虚ちゃん、その格好はやめなさい。私が見繕ってあげるから」
「すみません、お嬢様……」
自身の不甲斐なさを虚は悔いた。
落ち合う約束の場所に先に到着したイチカは、何度も深呼吸をする弾と共に虚と本音を待つ。
約束の時間が徐々に迫り、五分前くらいになって二人は現れた。
「イッチーお待たせぇ」
意気揚々とやって来た本音の後ろで、虚は今まで見たことがないほどガチガチだった。
服装は刀奈のお陰でバッチリだが、いつもの冷静で落ち着いている姿は欠片も無い。
こんなので本当に大丈夫かと思いつつ、何か起こりそうで面白そうだとも思えた。
「虚さん、こいつが前に言っていた弾です」
「ご、五反田弾と申します!」
まるで上官に挨拶しているかのように、直立不動から頭を下げる弾。
対する虚は。
「の、にょ、にょほちょけうちゅほです、よろしゅく」
ガタガタに震えながら、呂律の回らない口調で自己紹介をしていた。
(想像以上に緊張しているぅっ!?)
(こんなお姉ちゃん、初めて見たよぉ)
言葉になっていない喋り方と緊張具合にイチカは衝撃を受けた。
本音はいつものようにのほほんとしているが、驚きで若干目が見開いている。
「のほっ、布仏虚さん、っていうんですか。どうぞ、よろしく」
(なんでこいつ、今の言葉を理解できた!?)
(わあぉっ、凄い翻訳能力だなぁ)
見事に虚の言葉を理解した弾。
初っ端から躓いてしまったと落ち込みそうだった虚は、相手が分かってくれたので感動を覚えた。
この人ならどんな時でも分かりあえると。
そんなズレたファーストコンタクトを交わしている様子を窺う、二つの影があった。
「お兄、アホなことしなければいいけど」
「でも弾だからねぇ」
離れた場所から様子を窺っているのは蘭と鈴。
先日騒いだ理由を知った蘭が、兄を紹介してほしいと頼んだ人がどんな人か気になった。
そこで尾行しようとしたものの、一人では不安なので知り合いの鈴を巻き込んだ。
どうせ暇だからと二つ返事した鈴も、相手が虚だと分かると興味を示した。
「にしても、あの虚さんが弾をね……。今でも信じられないわ」
虚がイチカに弾を紹介してほしいと言った現場に居合わせていた鈴。
あの時は何かの冗談かと思ったが、それが現実となって目の前で行われている。
「弾なんかにはもったいないわよ」
鈴の中での虚のイメージは気苦労の多い良き先輩。
学力は学年トップで外見も整っており、性格も良い。
おまけに整備の腕も良くて、生徒会所属。
それでいて、常に緊張感の無い妹と、放っておくと何をしでかすか分からない、主で生徒会長の刀奈の世話役。
「そんなに良い人なんですか?」
これまで都合が合わず、会った事が無い蘭は顔も鈴に教えてもらったばかりで、どういう人物かをよく知らない。
「一部女生徒からお姉様と慕われて、お近づきになりたいと囁かれているわ」
鈴の説明に女子校にありそうな百合展開を思い浮かべる蘭。
「それはそれで、ちょっと気になるような……」
「さて、どうなるのかしらねぇ」
尾行されているとは知らず、移動を開始するイチカ達。
その途中で追跡の気配を感じたイチカが気配を探ると、鈴と蘭の気配を察した。
(何してんだ、あいつらは)
ちょうどその頃、鈴と蘭はしつこいナンパ男二名に絡まれていた。
あまりにしつこいので、耐えかねた鈴が男達を蹴り飛ばした。
その際に大きな音がしたので虚と弾と本音が振り返るが、二人は辛うじて路地裏に隠れていた。
(……後で問い詰めておこう)
男達が勝手に転んだと思い込み、移動を続ける弾達を追うイチカ。
蘭と鈴も、気付かれていないと思い込んで追跡を続けた。
自分達以外に追跡者がいるとも知らずに。
「ふっふっふっ。虚ちゃんの晴れ舞台、見逃すわけにはいかないわよね」
「……お姉ちゃん」
面白そうだから。
ただそれだけの理由で、見送ったフリをして付いて来た刀奈。
強引に付き合わされた簪は、肩を落として呆れていた。
こそこそと後を追うが、念のために広範囲で気配を探っていたイチカに気付かれる。
(あっちは刀奈さんと簪か)
こっちはおそらく虚の様子を見に来たのだろうと察する。
同時に、付き合わされたっぽい簪に心の中で合掌した。
「それでイチカ、どこに行くんだ?」
口調は戻ったが、まだ少し震えの残る喋りで問いかける弾。
「ん? あぁ、とりあえず知り合いのやってる店」
しばらく歩いて到着したのは、アーウェルンクスという名のカフェ。
店内に入ると、マスターらしき青年が挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
「ほぇ? 髪型違うけどフェイトさん?」
青年を見た本音が首を傾げながら尋ねる。
マスターの青年は髪型こそ違うが、白き翼の役員であるフェイトによく似ている。
「兄の知り合いか。僕はフェイトの弟のクゥィントゥムだ」
「おぉ、弟さんなのかぁ」
「前にフェイトさんに、弟の店をよろしくって紹介されたんだよ」
四人がけの空いている席に座る。
奥の席に弾と虚を向かい合わせに座らせ、イチカと本音が通路側へ。
そこまでやったのに、両者の目は合わずあっちこっちに視線が飛ぶ。
「お決まりになったら、お呼びください」
調(しらべ)というネームプレートを付けた細い目のウェイトレスがお冷を置き、他のお客の対応へ向かう。
「虚さんは、何にしますか? 俺はアイスティーにします」
先に動いたのは弾。
時折男気を見せる彼は、このままじゃ進展しないと自ら動いた。
「え、えぇっとですね」
話しかけられ、動揺してしまう虚。
年上としてここはあっさり注文を決めたいが、緊張で思考が働かない。
普段はIS学園に納品されている妙なジュースを飲んでいるので、普通のメニューを前に余計に迷いが生じる。
「そ、その、抹茶コーラで!」
咄嗟に口にした飲み物を自覚し、虚はやってしまったと固まってしまう。
いくらお気に入りとはいえ、あのメーカー以外ではありえない品を選んでしまった。
初対面の、しかも紹介を頼んだ相手を前にやってしまったので、虚は今すぐにでも逃げ出したかった。
次の弾の言葉を聞くまでは。
「へぇ。変わったものが好きなんですね」
「……へ?」
割と驚いてない様子に、どういうことだと首を傾げる。
すると隣の席の本音がさりげなく、メニューの右下の部分を指差す。
そこには確かに書いてあった。
抹茶コーラと。
(あったぁっ!? ていうか、なんであるのぉぉぉぉぉぉぉっ!?)
結果的に助かったとはいえ、突っ込まずにはいられなかった。
なぜなら抹茶コーラの他にも、見覚えのある飲み物が数点メニューにあったからだ。
「すみません、抹茶コーラとアイスティーとなしミルクとゴーヤ豆乳で」
「かしこまりました」
イチカの注文を調が受け、クゥィントゥムへ伝える。
注文を受けたクゥィントゥムもまた、平然と注文の品を準備していく。
さすがはメニューの考案者だけある。
「あるんですね、ここにもこういうの」
当たり前のようにIS学園の自販機と同じ品があるので、虚は思わず呟く。
「マスターが昔、白き翼の食堂で働いていた時、こうした品を飲んでハマッたらしい」
「そっかぁ、それでメニューにあるんだねぇ」
イチカの説明に本音は納得の表情をする。
約一名、虚だけは納得しきれていないが。
(だからって、自分の店のメニューに載せなくとも。助かりましたけど)
普通はありえないだろうが、実は割と売れていたりする。
一方で蘭達はというと。
「なるほど、お兄さんに興味を持った人がどんな人か見に来たのね」
「まさか虚さんだとは思いませんでしたけど」
別々に行動していた二組が合流。
カフェの向かいのファストフード店から様子を観察していた。
「……お姉ちゃん。私帰っていい? 見たいアニメのDVDがあるんだけど」
いい加減に尾行を止めたい簪が帰宅を要求する。
「簪ちゃん! DVDと虚ちゃんの恋、どっちが面白いと思ってるの!」
「アニメ。それに返却期限明日だし」
「レンタルなんかい」
きっぱりと答えた上での追加情報に鈴が突っ込む。
「夜見なさい! どうせ明日は日曜日、徹夜しても文句は言われないわよ」
「ルームメイトから文句が出るよ」
一応は共同生活の身なので、自分勝手に生活する訳にはいかない。
自分は良くとも、相手に迷惑をかけたら共同生活に支障が出る。
「それもそうね……。分かったわ、帰っていいわよ」
なんだかんだでシスコンな刀奈は、妹の意見を通した。
「ありがとう。じゃあ、お先に」
自分の飲み食いした物のゴミを捨てると、簪は足早に帰って行った。
残った三人は気を取り直して観察を続けようとしていると、鈴の携帯からメールの着信音が鳴る。
「ん? イチカからメール?」
送り主の名前を聞いて蘭と刀奈は、何でイチカからメールが届くのか不思議だった。
おそらくテーブルの下に隠して送ったのだろうが、何のためにだろうと。
メールを受け取った鈴は内容を読むと、微妙な表情をする。
そして二人に画面を向け、イチカからのメールを見せた。
「二人とも、これ」
『?』
なんだろうと二人が画面を見ると。
題:邪魔はするなよ
付いて来ている理由はなんとなく分かるけど、二人の邪魔はするなよ
邪魔したら物理的なおしおきな
これを読んだ二人は、目を見開いてイチカの方を見る。
するとイチカは三人の方を向いてニッコリ笑った。
これは拙いのではないのかと考える二人に対し、物理的なおしおきが嫌な鈴は、了承の意を伝えるように親指を立てて応えた。
「イッチー、どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
鈴からの合図を受け取ったイチカは、上機嫌に答えた。
(さてと、後は……)
飲み物が届いてからは、緊張がだいぶ解けたのか普通に話しはじめる弾と虚。
多少のぎこちなさはまだあるが、最初に比べればずっとマシだ。
(少しだけ二人の時間を作ってやるか)
そう考えたイチカは、本音にアイコンタクトを送る。
受け取った本音も頷き、二人は行動に出る。
まずは本音がテーブルの下でスマホを操作し、イチカへ電話を掛ける。
「ん、悪い。電話だ」
電話を受けたイチカは一旦席を外れて店の外へ出る。
さらに本音も。
「ゴメンお姉ちゃん、ちょっとお花摘んでくるね」
適当な言い訳を残し、トイレへ向かう。
こうして二人っきりにされた弾と虚は、再び会話が止まった。
二人だけの状況下では、まだ緊張の方が勝ってしまうのだろう。
店の外から中を見ているイチカも、トイレの扉を少しだけ開けて見ている本音も、その様子を見て首を横に振る。
(弾、そこで動かないのか……)
(お姉ちゃん、恋愛にはヘタレなんだね)
それぞれの感想を述べると、二人は仕方なしに席へ戻った。
あまり二人っきりにしておくのも、逆に気の毒だと判断して。
「お待たせぇ」
「ただいま」
何食わぬ顔で席に戻ると、弾と虚の表情が和らぐ。
(そこは残念そうな顔しろよ!)
せっかく二人っきりにしてあげたのに、この体たらく。
弾と虚が上手くやるのには時間が掛かりそうだなと思う、イチカと本音だった。
おまけ
結局あの後も、イチカと本音がいないと上手く話せない状態が続いた。
昼食時も、ゲームセンターでもボウリングでも。
そんな、関係が進んだのか進んでいないのか、よく分からない逢引の後は。
「……」
一言も発しない弾の前で腕を組むイチカ。
本音と虚と分かれた二人は、反省会のつもりで駅前で向かい合っていた。
「お前な、せっかく色々気を遣ってやったのに」
「……すまない」
何かと気を遣って虚と二人っきりにしたのに、進展は全く無かった。
イチカと本音がいる間は普通に喋っていたのが、二人になった途端に双方とも黙る。
見ていられなくなったイチカと本音が合流し、どうにか話が再開する。
これの繰り返しであった。
「本当にお前は! 変なところでヘタレだな!」
怒りを覚えたイチカは、気分任せに弾をヘッドロックする。
「いたたたたっ! すまん、マジすまん!」
技をかけられた弾は抵抗しつつ、ギブアップを告げるようにイチカの腕を叩く。
「あぁいう時は気まずくとも、何か話しかけて盛り上げようとしろよ!」
今度はコブラツイストを決め、さらなるダメージを与える。
周囲は何事かと、二人に視線を送りながらざわめく。
「ギブッ! マジでギブッ!」
「……段々楽しくなってきたな」
「アァァァァァァッ!」
理不尽な事を呟き、逆海老固めを繰り出す。
本気で痛がっている弾は、何度も地面を叩いてギブアップと叫んでいる。
やがて技が解かれると、弾は息を切らして地面に倒れたまま動かなかった。
「まったく情けない! 人前じゃなかったら電気あんまやってやったところだぞ!」
「やめてくれ……俺が精神的に死ぬ……」
駅前でぐったりと倒れる弾と、それに説教をするイチカ。
傍から見ていると、まるっきり何が起きているのか分からない。
「せめて連絡先くらいは聞けよ」
「いや、お前に聞けばいいかなと……」
「人のアドレスを勝手に教えるわけないだろうが!」
あまりのヘタレっぷりに、普段は温厚なイチカも怒り続ける。
そこへ、一通のメールが届く。
届け主は虚で、文面には、一緒にいる時に教えられなかったから、自分のアドレスを弾に教えて欲しい、とあった。
「……弾、虚さんからの頼みだ。アドレス教えてやる」
「マジか!? 神はまだ俺を見捨てていなかった!」
両手を挙げてガッツポーズする弾を尻目に、イチカは思った。
多分、本音が虚を突いたのだろうと。
そしてその予想は正解だった。
「お姉ちゃん、自分で誘っておいてアドレスも教えないなんて、信じられないよ」
「だだだ、だって、軽い女性だと思われたくないし」
「ホント、お姉ちゃんは恋愛にはヘタレだったんだね」
初々しいヘタレカップルの誕生には、まだ時間が掛かるようである。