IS―再生の在り方   作:時語り

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プロローグ 更識&布仏編

イチカがラカンに拾われてから、四年の歳月が流れた。

その間にイチカは周りの教えもあって、眠っていた才能を開花させる。

成績はぐんぐん上がり、武術の腕もラカンとその仲間に認められるほどになっていた。

仕事も何度か手伝い、実戦も経験してきた。

辛い経験も嫌というほどしたが、その度に立ち上がった。

そんなイチカは、今日もラカンに修行をつけてもらっている。

 

「父さん直伝! ラカン・インパクト!」

「気合い防御!」

 

気をたっぷり練りこんだ一撃を、ラカンは気合いだけで耐えて見せた。

その後、激しい応酬の末にパワー差で押し負けてラカンの勝利となった。

四年も一緒に過ごしたイチカだが、何年経ってもラカンが人間離れしたチートキャラとしか思えなかった。

 

「何で耐えられるかなぁ? 一応、ISくらいは破壊できる一撃なのに」

「はっはっはっ! まだまだヒョッコのお前と、無敵な俺様を一緒にするな!」

 

まるで当たり前のように笑い飛ばし、自分の自慢をするラカン。

そんな姿に、まだまだ精進が足りないと感じるイチカ。

彼らの今のやり取りに出てきた、ISという物。

 

IS―正式名称インフィニット・ストラトス

七年前に宇宙開発を目的として、ある科学者が開発したパワードスーツ。

しかし、発表当初はまるで関心が向けられなかった。

だが、後に起きた白騎士事件の一件でISは遂に日の目を見た。

宇宙開発用のパワードスーツとしてではなく、戦闘兵器として。

このまま兵器とるなかと思いきや、そこはそれ。

様々な紆余曲折を経て、ISは軍に配備されたりはしたが、主にスポーツ競技に落ち着いた。

さらに、ISに絶対的に必要なコアという部品は、開発者にしか作れない。

複製する事も、解析する事もできない完全なブラックボックス。

このコアは全世界で467個存在し、それを各国に分配する形でISは研究・開発されている。

ところが、これだけでは済まなかった。

というのも、このISという物はどういう訳か女性にしか反応せず、動かせなかった。

結果、世の中は女尊男卑へと変化した。

さらに、唯一コアを作れる開発者は数ヶ月前に政府の監視の目を盗み、行方を晦ましてしまった。

これにより、各国が開発者の行方を血眼になって捜している。

 

「だがまぁ、ここまで腕を上げたのは褒めてやる。今日でラカン二段をやろう!」

「いらん!」

 

どこから取り出したのか、いつの間に作ったのか、表彰状を渡そうとするラカン。

それを一蹴したイチカは汗を拭きながら室内へと戻っていく。

 

「にしても、本当に破壊できるようになるとはなぁ」

 

才能があると言われて引き取られてからは、辛い修行の日々だった。

だが今までとは違う、強くなるという事が、理解するという事が実感できた。

運動能力も学力もみるみる向上し、ラカンとその仲間の教えで気というものも身につけた。

気とは、誰の中にでもある力の事。

これを使って身体能力を高めたり、遠当てという気を放出する技を使ったりする。

今のイチカは近所の学校に通いつつ、修行の日々を送っている。

長期休みには早々に宿題を片付けると、仕事に付いて行き実戦での経験を積む。

左頬と右眉の辺りには、その仕事の時に付いた切り傷が残っている。

 

「最初にISを破壊するところを見たときは驚いたけどな」

 

ラカンとその仲間達で結成されている傭兵団、赤き翼。

その仕事に初めて付いて行った時、イチカは自分の目で見た。

義父達の組織と敵対する秘密結社が繰り出す、盗品のISに違法な改造を施した兵器。

それを気で纏った素手や刀、遠当てによって難なく破壊する姿を。

勿論、ISはコアと共に依頼主の国へ返還している。

 

「遂に俺も、その領域に足を踏み入れてしまった、という訳か」

 

後悔はしていないが、これだけの力は扱いを間違えれば大変な事になる。

なにせ、今や世界最強の兵器を生身で破壊するのほどの傭兵団なのだから。

実際、ラカン達の傭兵団にはあっちこっちから仕事が舞い込んできている。

仲間のナギやガトウ、甚兵衛に南雲といった、メンバーのほとんどが仕事で国内外に飛んでいる。

そしてラカンにも。

 

「ラカン、この仕事はお主がやることになったぞ。というか、残っておるのがお主しかおらん」

 

イチカのいる部屋の扉を開け、奥から褐色肌の女性が現れる。

彼女こそラカンの妻でイチカの義母のテオドラ。

赤き翼では仕事の窓口をしたり、事務作業担当として仕事を割り振ったりして働いている。

前線に出られない事も無いが、性に合わないと言って滅多に前線には出ない。

 

「おうよ。どんな仕事だ?」

「残存する亡国機業の勢力と地下施設が見つかった。そこを叩いてもらう」

「よっしゃ。なんとも俺向きな仕事だな」

 

亡国機業。

赤き翼が敵対している秘密結社の名前で、各地で悪行を成している。

かつては裏社会に名を轟かせていたが、赤き翼の活躍でほとんど壊滅状態。

今は僅かな残党が組織を復活させようと、こそこそ活動している程度だ。

 

「で、同行者なのじゃが、生憎皆出払っておっての」

「いらねぇよ。この程度、俺一人で充分だ」

「アホか、そのお前の止め役じゃ。前にもやりすぎて、警察沙汰になりかけたじゃろ」

 

呆れながら告げるテオドラに、それに同行していたイチカは当時の事を思い出す。

仕事そのものは、特に参加せず後方で見学しているだけだった。

だが、自称無敵でチートなラカンが大暴れして、目的は達したが危うく警察沙汰になりかけた。

同じく同行していた詠春とタカミチのお陰で逃れられたが、アレは本当に危なかった。

 

「という訳で、しばらくお主には止め役を付けさせてもらう」

「なんだよ、メンドクセェな」

「そうでもしなきゃ、赤き翼の評判が落ちるじゃろが!」

 

ここ大事とばかりに強調するテオドラ。

その度に元赤き翼のメンバーで、現在は弁護士の男を頼る訳にはいかない。

どの国でいざこざがあっても対応できるよう、色々な国の弁護士資格を得ている男を。

 

「つっても、同行する奴がいないんだろう?」

「うむ。妾はこれから、別件の方に顔を出さねばならぬし、イチカ一人ではまだお主を止められんし」

 

仮にも対象は長きに渡り戦い抜いてきた伝説級の傭兵。

四年程度しかこの世界に身を置いていないイチカに、止められるはずがなかった。

 

「面目次第もありません」

「いやいや、イチカは悪くないぞ。悪いのはこの筋肉ダルマじゃ」

 

謝るイチカの頭を撫でながら、ラカンを指差すテオドラ。

 

「お前、自分の亭主に向かってヒデェな」

「で、誰か同行者に心当たりはないか?」

「スルーかよ」

 

とはいえ、同行者を決めねば仕事には向かえない。

ラカンはこの手の仕事に誘えて、自分を止められるほど腕の立ちそうな知り合いを思い浮かべる。

そして、ある人物に思い当たる。

 

「ん、心当たりが一人いる。今からそいつの所に行って、そのまま仕事に行く」

「分かった。ではイチカ、ちゃんとその相手の所に頼みに行くか、同行して見届けておけ」

「分かったよ、母さん」

「お前ら、どこまで亭主な父親を信用しねぇんだよ」

 

ラカンの呟きは、再びスルーされた。

 

 

某所に建つ和風の豪邸。

表向きは実業家、その真の姿は代々続く暗部。

そうやって裏と表で名を上げてきた家系、更識家。

その当主たる更識楯無、本名更識九十九。

彼は現在、頭を抱えていた。

 

「頼むからお前達、少しは仲良くしなさい!」

 

不機嫌そうに正座する、自分の娘達を前に。

 

「お姉ちゃんが悪いんだもん! 私はお姉ちゃんみたいにはなれないけど、お姉ちゃんの手助けができるようになりたいと思っているのに!」

 

メガネを掛けた妹の少女が、絆創膏だらけの手を握って力説する。

 

「だから、簪ちゃんはこの世界に関わらなくていいの! そういった事は全部お姉ちゃんが背負ってあげるから、簪ちゃんは普通に過ごしていなさい!」

 

激怒と書かれた扇子を広げながら、姉の少女が反論する。

そんな姉妹のやり取りに、父である楯無は深い溜め息を吐く。

自分の後継者は、おそらく姉の刀奈になる。

それは本人も自覚しているし、妹の簪も理解している。

だが、問題はその後だった。

姉ほど腕は立たないが、手助けが出来るようになりたい簪。

妹には暗部の世界に関わらず、明るい世界で過ごしてもらいたい刀奈。

お互いの意見は常に平行線を辿り、遂には父親でさえ頭を抱える長期的な姉妹喧嘩に発展。

彼女達の御付の二人の少女も、部屋の隅でオロオロしている。

 

「嫌だよ! お姉ちゃんばっかりに苦労させるのは!」

「だからって、妹をこんな暗部の世界に置きたくないのよ!」

「私だってやれるもん! お姉ちゃんほどできないけど、バックアップくらいはできるもん!」

「例えバックアップでもなんでも、危険な世界なのよ! 一番安全なのは関わらない事よ!」

「この家に生まれて、関わるなっていうのが無理でしょ!」

「無理じゃない! それは簪ちゃんがやろうとしていないからよ!」

 

納まるどころかヒートアップする姉妹喧嘩。

殴り合いになっていないだけまだいいが、いつそこに発展するか分からない。

いつまでも平行線を辿る言い合いを前に、さすがの楯無も頭を抱えるしかなかった。

最初の頃は父親の威厳で一喝して収めてきたが、今はそんなものは通用しない。

逆にうるさいと言われ、口喧嘩を続けるだけ。

 

(はぁ。このままじゃ、亡くなられたお義父さんに顔向けできんな……)

 

実はこの父親、婿養子として更識家に入っているのだ。

元は腕の立つフリーの隠密だったのだが、腕を見込まれて先代楯無にスカウトされた。

スカウトを受けた彼は順調に腕を上げ、実績を残し、遂には先代から娘を紹介される。

娘は優しすぎて暗部の仕事には向かない。

なので、是非婿入りして楯無の名を継いでくれないかと。

お互いに相手の事を意識していたので話はとんとん拍子に進み、婿養子という形で籍を入れた。

それが今や、姉妹の喧嘩を止める普通の父親になっている。

仕事そのものの腕は上げているが、私生活では当主の威厳は段々と薄れていた。

彼の部下達も陰ながら応援しているのだが、事態は一行に好転しない。

 

(どうするべきか……)

 

考えがまとまらずに悩んでいると、襖が開いて妻の恵理が顔を出す。

 

「失礼します。あなた、お客様がお見えです」

「客? 誰だ」

「ジャック・ラカン殿です」

「何っ!? お前達、説教はここまでだ。大事なお客様が来られたからな」

 

ラカンの名前を聞いた途端、楯無は勢いよく立ち上がって走り去る。

突然の大声に姉妹も喧嘩を止め、ラカンの下へ走る父親をポカンと見送っていた。

一方で、ラカンと共に更識の家に訪れたイチカは。

 

「凄い家だな、ここ」

「だろう? 表の世界じゃ、実業家として結構儲けているらしいからな」

 

準備されたお茶を啜りながら、ラカンと共に案内された部屋を見渡す。

そうしていると、襖が開き、頭を深々と下げた楯無が現れた。

 

「お待たせ致しました、ラカン殿」

「よぅ、九十九。久し振りだな。悪いな、急に押しかけて」

「いえいえ、ラカン殿でしたらいつでも歓迎です」

 

下手になりながら入室して座る楯無。

一見すれば普通の動作をとっているが、イチカの目にはそう映らなかった。

どうってことない動作なのに、隙が微塵も無い。

意識しなくとも、身についているレベルでこれを行っていると。

 

(この人、父さんほどじゃないけど、詠春さんやガトウさんクラスだな)

 

自分の知っている人物と強さを比較していると、楯無がイチカに気付く。

 

「ラカン殿、そちらの子は?」

「あぁ、こいつか? 義理だが、俺の息子だ。四年前に拾った」

「初めまして、イチカ・ラカンです」

「これはご丁寧に。更識楯無と申します」

 

頭を下げてのイチカの挨拶に、楯無も頭を下げて応える。

 

「さて、堅苦しいのは苦手だから本題入るぜ。九十九、俺の仕事の同行を頼めるか?」

「同行ですか?」

「あぁ。仕事そのものは俺一人でもいいんだけどよ、嫁が同行者連れて行けってうるせぇんだよ」

 

尻にしかれているような発言に、引き締まっていた九十九の表情が和らぐ。

 

「ははは、ラカン殿でも奥方には敵いませんか」

「いやいや、あいつは昔から俺と口でやり合うじゃじゃ馬だからな」

「……もしもし母さん?」

「やめろイチカ!」

 

携帯でテオドラに電話しようとしていたイチカの携帯を、素早く奪い取って通話を切るラカン。

 

「母さんに知らされたくなければ、真面目に仕事しなよ?」

「分かってるって。つう訳だ、手伝え」

「は、はい」

 

今のやり取りを笑うのを堪えているせいか、声が若干震える。

 

「どうした?」

「いえ、別に。それでは私は準備がありますので」

 

そう言って引っ込んだ楯無は、離れた位置にある自室に入ると、耐えていた笑いを解放した。

まだフリーだった頃、ラカンとその仲間達には仕事で随分世話になった。

その仕事での成果のお陰で、今の地位がある。

隠れ家や住処にも何度かお邪魔し、酒盛りにも何度か参加させてもらった。

その頃から面白い人達だと思ったが、久々にそれを思い出した。

 

「だっはっはっはっはっ! 相変わらず、楽しいお方だ。はっはっはっ!」

 

立場ゆえに久しく思いっきり笑っていなかったが、お陰で少しスッキリした。

 

「さぁて、ラカン殿を待たせる訳にはいかん。急いで支度せねば」

 

思いっきり笑った後、楯無はいそいそと仕事着の準備をするのだった。

一方でラカンとイチカは。

 

「ところで、イチカ君はおいくつなんですか?」

「十三です。今年中一で」

 

恵理を交えて三人で会話をしていた。

 

「あら、うちの下の娘と同い年ね」

「そういえば、前にあいつから貰った手紙に娘が二人いるとかあったな」

「えぇ。上の娘は一つ年上で。でも最近、ちょっと仲が悪くて困っていまして」

 

さっきも口喧嘩していましてと、つい愚痴を零してしまう。

すると、ラカンの表情に笑みが浮かび、目が輝いた。

イチカはなんとなく察した。

こういった時の父は、余計な事を思いついたのだと。

 

「よっしゃっ、イチカ。お前、帰ってもどうせ一人だろ?」

 

今現在、普段の住処には誰もいない。

仕事で全員出払っているので、数日はイチカ一人での留守番という事になっている。

 

「そうだね。それで?」

「お前、俺が帰るまでちょっとここで世話になれ」

「はぁっ!?」

 

やっぱり碌な事を思いついていないなと、イチカはつくづく思った。

 

「ちょっと待て、そんなこと急に言われても」

「ウチは大歓迎よ。娘しかいないから、息子ってちょっと憧れていたのよね」

「じゃあ決まりだな」

「待てえぇぇぇぃっ!」

 

勝手に決められたイチカは抗議の声を上げるが、ラカンも恵理も聞いていない。

結局これは覆されること無く、ラカンの連絡でテオドラからも許可を得た。

かくしてイチカは、ラカンと楯無、その部下数名が仕事に向かうのを更識家から見送ることとなった。

 

「さっ、イチカ君。ゆっくりしていってね」

「はぁ……」

 

納得しないながらも現状を受け入れたイチカは、客間へと通される。

普段からしっかりと掃除をしているのか、中は綺麗に整えられていた。

しかも思ったより広く、一人で使う部屋とは思えない。

 

「それじゃあ、何かあったら呼んでね」

 

そう言い残して去って行った恵理。

急な泊まりで何も持って来ていないイチカは、とりあえず。

 

「……トレーニングでもするか」

 

暇を持て余して腕立て伏せを始めた、両腕ではなく片腕で。

 

「1、2、3、4……」

 

ギネス記録に挑戦でもするつもりかと思えるほどの、ハイスピードでの腕立て伏せ。

あっという間に三桁に突入し、後で汗拭き用タオルでも頼んでおくかと考えていた。

ちょうどその頃、二つの影かイチカの部屋に近づいていた。

 

「本音、一応お父さんの友達の息子さんだから、失礼の無いようにね」

「わかってるよぉ」

 

注意を促した簪に対し、彼女付き侍女の布仏本音は能天気そうに返事をした。

彼女は普段から口調も行動も緩いので、本当に分かっているのかわかりにくい。

先ほど恵理からイチカがしばらく泊まる話を聞き、一応は父親のお客なので挨拶をしに行こうと思ったはいいが、大丈夫かなと心配だった。

 

(どんな人なのかな……)

 

恵理からは、結構格好いい子よ、としか聞いていない。

具体的な人物像を告げられなかった簪は、性格の悪い人じゃありませんようにと祈った。

途中で女中の一人とすれ違った後、部屋の前に到着し、しばし立ち尽くす。

緊張する気持ちを落ち着かせ、意を決して声を掛けて襖を開けようとした。

ところが。

 

「お邪魔しまぁす」

 

何の緊張感も抱いていない本音が、掛け声と同時に襖を開けてしまった。

 

(私の心の準備を返してえぇぇぇぇっ!)

 

天然な付き人の行動に叫びながら部屋の中を見る。

すると。

 

「ん?」

「あっ」

「はにゃ?」

 

そこには上着を脱ぎ、上半身裸で汗を拭いているイチカがいた。

先ほど簪と本音とすれ違った女中は、イチカへタオルを届けに来ていたのだ。

 

「し、失礼しましたぁ!」

 

思わず本音を廊下に引っ張り出し、襖を閉める簪。

何度も大きく鼓動を打つ胸に手を当てて、走ったわけでもないのに息を切らす。

頬が真っ赤になったのが自覚できるほど体温が上がり、脳裏には先ほどのイチカの姿が蘇る。

背中しか見えなかったが、鍛えられて無駄の無い引き締まった肉体が。

 

「ほわぁ。ねぇ、かんちゃん。あの人すっごい体つき良かったねぇ」

「そ、そうだね」

 

体格なら父親やその部下の人の方が上だし、筋肉の付き具合も当然まだ及んでいない。

だが、同年代の異性の生着替えというだけで、簪の頭は熱暴走を起こしそうだった。

 

「どうぞ、入って」

 

中からイチカの声が聞こえ、改めて二人は襖を開く。

今度はしっかりと上着を着て、正座をして待っているイチカがいた。

 

「さきほどは見苦しいものを見せまして、すみませんでした。気配は感じていましたけど、まさか急に入ってくるとは思わなくて」

 

丁寧な言葉遣いで謝罪しながら、深々と頭を下げる。

 

「い、いえ、こちらこそ失礼しました」

「ごめんなさぁい」

 

未だに真っ赤な顔の簪は、その顔を隠すように頭を下げる。

本音も、申し訳なさそうにキチンと謝っている。

謝罪を終えて頭を上げ、改めてイチカを見ると簪は体温が上がるのを自覚した。

どちらかというと異性が苦手な彼女だが、イチカに対してはそんな事は感じなかった。

逆に、先ほどの着替えの際に見た逞しい体つきがどうしても頭の中から消えない。

 

「申し送れました。イチカ・ラカンと申します」

「さ、更識簪と申します」

「そのお付侍女の布仏本音でぇす」

 

堅苦しそうな二人の挨拶に対し、本音の挨拶は口調同様にどこか緩い。

だが、そのお陰で妙な緊張感が若干薄れた。

簪も段々と落ち着きを取り戻し、三人での会話は盛り上がっていた。

 

「そっか、君が恵理さんの言っていた同い年の次女だったのか」

 

同い年なのと、簪がかしこまらなくていいと言ってくれたので、イチカは普段の口調で喋る。

 

「私もだよぉ」

「えっ? そうなの?」

 

正直言って、本音は年下だとイチカは思っていた。

見た目もそうだが、喋り方に緊張感が無いというか、子供っぽい感じがしたからだ。

 

「ねぇねぇイッチー」

「イッチー!?」

 

今まで呼ばれた事の無い呼ばれ方に、イチカは過剰に反応する。

 

「ご、ごめんね、本音はすぐに妙なあだ名を付けるところがあって」

「いや、別にいいんだけどさ。それで、なに?」

「イッチーって気っていうのが使えるんでしょ? 見せて!」

 

興味津々な目でイチカに頼み込む本音。

別に隠すほどのものでもないので、イチカはこれを承諾。

三人は庭に出た。

 

「そうだな……布仏さん、そこの石を俺に投げて」

「えぇ? 危ないよぉ」

「いいから」

 

促されるまま、足下に落ちていた石を拾って投げる。

迫り来る石に対してイチカが気を纏わせた拳を当てると、石は木っ端微塵に砕け散った。

 

「おぉぉ。凄い、凄い!」

 

素直に驚く本音に対し、簪はポカンと口を開けている。

まるで、以前に見たことのある剣豪のアニメに出てくる、喧嘩屋が習得したパンチのようだった。

 

「もっと出力を上げられるけど、これくらいでいいだろう?」

「えぇぇ、もっと見たい」

 

頬を膨らませて抗議する本音。

 

「そうね、私も見たいわ」

 

続けて聞こえた声に簪が表情をしかめる。

イチカが振り向いた先には、縁側を下りた場所に立つ刀奈と本音の姉の虚がいた。

 

「なんとなく察しはつくけど、一応聞いてみる。誰?」

「かんちゃんのお姉さんと私のお姉ちゃん」

 

予想通りの返答にやっぱりかと心の中で呟く。

 

「更識刀奈よ、よろしく」

「布仏虚と申します。お見知りおきを」

 

自分の名前を書き込んだ扇子を広げながら自己紹介をする刀奈と、丁寧に頭を下げる虚。

だが、簪の姿を見た途端に刀奈がそっぽを向く。

その二人の様子に、布仏姉妹は居心地が悪そうにしている。

二人の母親から仲が良くないと聞いていたイチカは、実際に見てなるほどと思った。

 

「それで、見せてもらえるのかしら?」

 

顔はそっぽを向いたまま、視線だけ向けて訊ねる刀奈。

その態度にイチカは小さく溜め息を吐く。

 

「あのさ、頼み事をする時は」

 

喋っている最中、イチカの姿が音も無く消えた。

 

「ちゃんと相手の方を向きなよ」

 

そして次の瞬間には、数メートルは離れていた刀奈のすぐ傍に現れた。

目の前での突然の出来事に、刀奈だけでなく、簪や本音、虚も目を白黒させている。

イチカが元いた位置と今の位置を何度も視線を往復させるが、そんなに近い距離でもない。

どうやって、この距離を移動したのか誰も分からなかった。

 

「イ、イチカ、今のは?」

 

最初にフリーズが解けた簪が尋ねる。

 

「瞬動術っていう、気を使った歩法だよ」

「おぉぉっ。リアル瞬間移動だぁ」

 

瞬間移動のようなイチカの技に、本音が目を輝かせる。

 

「移動って言っても、こんな風に連続で使わない限り、今の俺じゃ十メートル前後しか移動できないよ」

 

そう言いながら、連続瞬動術を披露する。

目に残像が残るため分身しているようにも見えるが、移動時の音も土煙もほとんど無い。

本音は目を輝かせて拍手しているが、実家が隠密業をしている刀奈と簪は違った見方をしていた。

あの技があれば、仕事に役に立つと。

 

「ねぇ、イチカ君っていったかしら? その技、教えてくれない?」

「わ、私も!」

 

刀奈に続いて簪も教えを請う。

だが。

 

「なんで簪ちゃんが習う必要があるの?」

 

鋭い目線と言葉が刀奈から簪へ送られた。

 

「……お姉ちゃんを手伝えるようにだよ」

 

それに対抗するように、簪も鋭い口調と視線を刀奈へ向ける。

そこからは朝の再現だった。

一歩も引かずに言い合う更識姉妹の口喧嘩に、布仏はオロオロするだけ。

騒ぎを聞いてやって来た女中さんも、女中さんに連れて来られた恵理もどうしようかと困っている。

 

「ふむ……」

 

そんな中で一人だけ冷静でいるイチカは、二人の言い合いを聞いていて、ある結論に至った。

 

「二人とも、相手の事が大事で大好きなんだな」

 

ニッと笑って告げた一言で、口喧嘩は止まった。

布仏姉妹のオロオロも止まった。

困っていた女中さん達と恵理の思考も止まった。

何故、この光景を見ていてそういう結論に達するのかと。

 

「だって刀奈さんは簪の事が大切だから、危険な仕事はさせたくない。簪も刀奈さんが大好きだから、微力ながら手伝いをしたい。だろ?」

 

まるで当たり前のようにイチカは言ったが、周囲はそう言われてみればと思った。

そして当の本人達に視線を向けると。

 

「……そうよ!」

 

突如、簪が大声を上げた。

 

「私はお姉ちゃんが大好き! 強いし頭もいいし、自慢のお姉ちゃんよ! だからずっと傍でお姉ちゃんの凄い所が見たい、格好いいところが見たい、お姉ちゃんの妹だって事を自慢したい! そのために、例え仕事の手伝い程度でもお姉ちゃんの傍にいたいの!」

 

一息で言いたいことを言い切った簪は、息を切らしていた。

初めて簪のストレートな気持ちを聞いた刀奈は、自身も気持ちを込めて同じように声を上げた。

 

「私も簪ちゃんが大事よ! ちょっと内気だけど、可愛い自慢の妹よ! そんな可愛い妹を危険な世界に置いておける姉がいるはずがないじゃない! 例え本人に分かってもらえなくとも、私は大事な簪ちゃんをなんとしても守りたいのよ!」

 

こちらも一息で言い切り、簪同様に息を切らす。

ようやく心の奥底に隠していた本音で言い合いえた更識姉妹は、無言で視線を合わせて、ようやくお互いに笑みを零した。

 

「はぁ、なんかスッキリしたわ。でも、簪ちゃんがそんなに私の事を想ってくれていたなんてね」

「私だって、お姉ちゃんがそんな風に私の事を考えているなんて、思ってもみなかった」

 

長く続いた喧嘩の和解に、誰もがほっと胸を撫で下ろす。

原因はよくあるちょっとした考えの擦れ違いだが、どちらも根底は同じ。

相手を思うが故の衝突。

それも真意を聞き合えた事で、ようやく衝突は終わったのだった。

 

「いやぁ、イチカ君には感謝だね。やっと簪ちゃんと仲直りできたよ」

「うん。ありがとう、イチカ」

「どういたしまして」

 

久方ぶりの更識姉妹の和やかな雰囲気に、周囲も自然と笑みを浮かべる。

そんな時にイチカは気付いた事を口にした。

 

「というか、更識家って表向きは実業家なんだよな」

「そうだよ? ちゃんとその仕事もあるし」

 

イチカの疑問に簪が答えると。

 

「だったら裏の仕事を刀奈さん、表向きの実業家を簪がやればいいんじゃないか?」

 

この発想を聞いた途端、刀奈と簪はしばし沈黙した後、がっくりと膝を着いて項垂れた。

何故、そんな簡単な事を思いつかなかったのだろうと。

そうすれば刀奈の望み通り裏の仕事には関わらないし、簪の望み通り仕事の手伝いに繋がる。

 

「なんで、気付かなかったのかしら……」

「ドンマイ」

 

今までの喧嘩は何だったのだろうと後悔する刀奈と簪に、声だけはかけてあげたイチカだった。

そんな、意図せずして更識家の問題を解決したイチカに待っていたのは。

 

「どうかしらイチカ君。うちの娘達、もらってくれない? 片方は側室でいいから」

 

居間で恵理から娘を勧められていた。

母親の発言に刀奈は満面の笑みを浮かべ、イチカと簪は目を見開いて驚いていた。

 

「ちょっ、お、お母さん? いきなり何言っているの?」

 

戸惑いを隠せない簪は、隣に座っている恵理に尋ねる。

すると恵理は。

 

「少なくとも簪は、イチカ君の生着替えを覗いちゃったんだから、責任はとらないと」

 

それを聴いた瞬間に、イチカと簪は落ち着こうと飲んでいたお茶を吹き出した。

傍にいた女中さんが吹いたお茶を素早く拭き取り、二人は何で知っているんだと恵理を見る。

あの時に現場にいたのは、イチカと簪と本音の三人だったはず。

事実、そんな事は知らないと刀奈は言い、虚はそうなのかと本音に確認を取っている。

 

「おおお、お母さん、何でそのことを?」

「後を継げなかったとはいえ、更識家の娘は伊達じゃないわよ?」

 

にっこりと笑みを浮かべているが、妙な威圧感を醸し出している。

 

「という訳でイチカ君、簪には責任を取らせるから、あまり気にしないでね」

「いやいやいや、元々気にしていませんよ。それに簪だけじゃなくて、本音にも見られたんですから」

「そういえばそうだったわね」

 

分かってくれたかと思ったが、次の瞬間には恵理は携帯を取り出して部屋の端に移動していた。

素早い指の動きで操作しながら部屋の隅へ移動し、どこかへ電話を掛けている。

しばらくして相手が電話に出たのか、井戸端会議感覚で話し出した。

 

「どうも、こんにちは。いえいえ、よくやってくれていますよ。実は……という事がありましてね」

 

誰と何を喋っているのか、その場にいる誰もが首を傾げる。

なんだか長くなりそうな雰囲気だったので、女中さんはお茶のお代わりの準備に部屋を出る。

イチカ達も静かに何か話そうとしたが、そこで思ったより早く電話が終わった。

電話を終えた恵理は上機嫌そうに元の場所に座ると。

 

「布仏家からも許しが出たわ。イチカ君、娘達を貰ってくれるなら、今ならもれなく本音ちゃんが側室で付いてくるわよ?」

 

イチカと簪は、この日二度目となるお茶を吹き出した。

 

「本当ですかぁ、奥様」

「えぇ。私が勧める相手なら間違いないからって」

 

恵理の返事に本音は妙に喜んで刀奈と共にイチカにくっ付いて騒ぎ、簪は顔を真っ赤にして俯く。

取り残された感を醸し出す虚は、自分はどうすべきなのだろうかと遠い目をしていた。

 

それからラカンが帰ってくるまでの数日は、イチカにとって大変な日々だった。

学校へは車で送ってもらっていたが、帰れば刀奈と本音の過剰なスキンシップが待っている。

止めようとする簪も二人の口車に乗せられてしまい、気付けばスキンシップに混ざっていた。

真面目に修行したりもするが、ラカン達に鍛えられたイチカに付いていけず、途中で倒れることも何度か。

その度にイチカが介抱してあげたりしたので、知らぬ間に攻略ルートを突き進んでいく。

さらに恵理が裏からこっそり手を回し、攻略イベントが発生。

無自覚でそれをクリアしていくイチカにより、三人のイチカへの好意は本物へと昇華した。

それを察した恵理は、改めてイチカに三人を貰ってくれないか切り出した。

 

「どうかしら、イチカ君。この家を継いでとは言わないわ」

「……どうしても俺じゃないと駄目なんですか?」

「えぇ。娘を持つ母親としての、女の勘よ」

 

勘とはなんとも不確定要素が大きいが、恵理の目は本気だった。

傍で返事を待っている刀奈と簪と本音の目も、本気だった。

だからイチカは、今の自分の気持ちを正直に伝えた。

彼女達との、少々過激だったが楽しい日々を思い出しながら。

 

ラカンと楯無が無事に仕事を終えて帰ってくると、どこからかイチカの返事の話が伝わった。

 

「がっはっはっ! そうかそうか、嬢ちゃん達を嫁にもらうのか」

「いやだから、嫁じゃなくてとりあえずは友人からだって」

 

恵理からの再度の勧めに、まずは友人からという返事をしたイチカ。

断られなかった簪は真っ赤な顔中から湯気を出して知恵熱を出し、そのまま翌日まで寝込んだ。

早とちりした刀奈は婚約祝いしなくちゃと張り切りだしたが、簪が倒れるのを見て介抱を優先させた。

本音は能天気にイチカによろしくと三つ指をつき、友達に自慢しようとメールをしだしたので、やめなさいと虚が本音を止めに入った。

 

「そんな面倒な事言っていないで、さっさと婚約しちまえよ。三人ともなかなかの娘じゃねぇか」

「出会って間もないのに、そんな事できるわけがないだろ!」

「はぁ、これだから草食系ってのは。男ならもっとガツガツいけよ! 寝床に潜り込め! ヤることヤッちまえ!」

「このエロ親父!」

 

大笑いしているラカンにイチカの一撃が入るが、まるで効いていない。

 

「お前くらいの男はみんなそういう思考だってのによ」

「男の全部がそういう訳じゃないだろうがっ!」

 

何を言っても暖簾に腕押しなのは分かっているが、反論せずにはいられない。

そんな親子のやり取りの最中、普段着に着替え終えた楯無が入室する。

そして正座をして、いきなり。

 

「イチカ君、妻から話は聞いた。末永くよろしく」

「何を聞いたんですかぁ!」

 

頭を下げて挨拶をした楯無の対応に、思わず瞬動術で部屋を飛び出して恵理の下へと走って行った。

この後、宴の席でイチカの両隣に刀奈と簪が座らされ、勘違いから祝福されかけた。

さらに簪を挟んで座っていた本音も、自分もだぞとイチカの膝の上を陣取り刀奈と場所の取り合いを開始。

その隙に簪がアピールしようとしたり、妹と主の振る舞いに虚が頭を何度も下げたり、ラカンに飲まされて酔った楯無が裸踊りをしようとするのを、恵理が笑顔で手刀を落として気絶させたり。

 

「……何このカオス」

 

気付けば、気絶させられた楯無と未成年組を除いて全員ができあがっていた。

 

「イチカ、避難しとこう」

「こうなったらウチの連中、遅くまで煩いからさ」

 

刀奈と簪に腕を引かれ、本音と虚も引き連れて宴から離脱する。

その際に、気絶している楯無を全員が踏んで行ったのは、些細な事だ。

 

 

「では、お世話になりました」

 

昨夜の騒動から一夜明け、ラカンと共に門の前に立ち、お世話になった方々へ頭を下げるイチカ。

両手には、屋敷の方々から戴いた餞別が入った紙袋を持って。

 

「若、またのお越しをお待ちしています」

「若様、どうかお元気で」

「誰が若様か!」

 

去り際に聞こえた呼び方に、振り向いてツッコミを入れるイチカ。

既に更識家ではイチカの婿入りが決まっているという認識だった。

ラカンも大笑いしながら、式場を押さえとくかと冗談を言ってイチカに殴られていた。

 

おまけ

 

アジトに帰ると先に戻っていたテオドラから、更識の娘達を孕ませたとは本当かとイチカは問い詰められた。

とりあえずイチカは、おそらく元凶である隣で腹を抱えて大爆笑するラカンの頭を三発殴っておいた。

 

 

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