これはまだイチカ達が中学生だった頃の話である。
当時通っていた天之御柱学園中等部3-A教室で、イチカはクラスメイトだった刀太達とある相談をしていた。
「……どうしても、やるというのか」
真剣な表情で尋ねるイチカに刀太は頷く。
「あぁ、もう決めたことだ」
刀太の発言に、その場にいる九郎丸と三太は緊張した面持ちで唾を飲み込む。
擬音が付くとすれば、間違いなくゴクリとなるだろう。
「分かった。決行日は?」
「明日、金曜日の夜。場所は予定通り俺達の部屋だ」
天之御柱学園には寮があり、遠くから通う生徒はこちらに住んでいる。
イチカとマドカとシャルロットは普段の修行もあるため、寮に入らず家の方から通っている。
そのイチカを部屋に招くつもりでいる刀太の言葉に頷いたタイミングで、始業のチャイムが鳴る。
「了解した。準備は任せたぞ」
「任せておけ」
打ち合わせを終え、それぞれの席に戻る四人だが、先ほどの話に聞き耳を立てていた人物がいた。
(何を決行するというのでしょう、兄様は)
超が付くほどのブラコン少女、マドカ・ラカンである。
途中からクラスメイトの話を聞き流し、打ち合わせの内容を聞き取っていた。
だが、何かをするつもりという事以外は何も分からない。
そこでマドカは昼休み、屋上でシャルロットに相談してみることにした。
「という話を聞いたのだが、これはAV鑑賞フラグという奴だな」
「マドカに変な事を教えたのは誰さ!」
間違いないと主張するように腕を組んでドヤ顔するマドカに、シャルロットは叫ばずにはいられなかった。
「ていうか、マドカはイチカがそんなものを見ると思っているの?」
「兄様だって男だ。見たいと思っても不思議ではないと思う」
「……否定できない」
共に修行に励むイチカとて健全な男子学生。
加えて義理の父親があのラカンで、修行をつけてもらっている人の中にはアルビレオもいる。
そういった事に興味があってもおかしくはない。
「それで、マドカはどうしたいの?」
問題はそれが本当だとして、二人が何をするかにある。
シャルロットとしては止めに行くのかと思っていたのだが。
「本妻たるもの、この程度でジタバタはせん! むしろ鑑賞会でムラムラした兄様が私を襲ってくれれば」
「はい、アウト!」
色々と不味い事を口走りそうになったので、咄嗟に口を塞いで強制停止させた。
「何故止める! もうすぐ兄様が私を[武装解除]して[戦いの歌]して[桜華崩拳]するところだったのに!」
「そういう事を口走りそうだから止めたんだよ! ていうか、言われちゃったら止めた意味ないじゃん! ていうか、なんか変な伏字を使われた気がするんだけど!?」
幸い冬の寒空の下なので、マドカの過激発言は誰にも聞かれなかった。
かと思いきや。
「あなた達は寒空の下、何の下ネタを喋っているのですか」
突如聞こえた声に出入り口の方を見ると、無駄に広い学園敷地内の屋台で販売している、おでんを手にしたクラスメイトの結城夏凛がいた。
さらにその後ろには、同じく学園敷地内の屋台で販売している肉まんを手にしている水無瀬小夜子もいる。
二人は温かいものを買ってきては、何故か教室ではなく寒空の下でそれを食べている。
本人達曰く、そうした方が温かさがありがたくて美味しく感じるのだそうな。
「なるふぉど、話は分かりまふぃふぁ」
割り箸で切った大根を口に含みながら話を聞いた夏凛は、いつも通りのポーカーフェイスを崩さない。
一方の小夜子はというと。
「うふふふ。エッチなDVD見た三太君が劣情を催して、私を襲っちゃうのかぁ」
恍惚の笑みを浮かべ、マドカと同じような妄想をしていた。
「で、どうしてもそのAVの内容が気になるので、一緒に見たいと」
「そっちじゃないって!」
鋭くツッコミを入れるシャルは、数少ない常識的な友人の斜め上な発言に頭を抱える。
確かにイチカの好みの傾向を調べるという意味では見たいのだが、どうしても見たいという訳ではない。
「ていうか、何でAV鑑賞が前提で話が進んでいるのさ!」
間違いかもしれない点を指摘するが、三人は顔を見合わせて首を傾げた。
「何故だ?」
「マドカが言い出したんでしょうが!」
当の言いだしっぺがすっとぼけた返答をしたので、シャルロットは声を荒げる。
「それで結局、マドカはどうしたいのさ?」
「私という本妻がいるにも関わらず、そんな物を見ようとしている兄様の現場を押さえて説教する」
「あっ、それに関しては奥さんたる僕も同意するよ」
双方ともさりげなく自分の立ち位置を主張している。
言い方こそ違うが同じ立場を狙っている者同士、合わせた視線の間で火花が散る。
「私も同意権ですね。三太君、欲求不満ならいつでもウェルカムなのに」
「不純異性交遊はやめなさい」
おでんを食べ終えた夏凛のストレートな指摘が入ったタイミングで、昼休み終了のチャイムが鳴り、この話はここまでとなった。
その翌日、金曜日の夜。
「さぁ、乗り込んで現場を押さえて説教するぞ」
「本当にやるつもりなのっ!? マドカが付いて来いって言うから付いて来ただけなのにっ!」
男子寮を前に乗り込む気満々のマドカに、付いて来たシャルロットは驚く。
まさか本当に乗り込もうとするとは、思いもしなかったのだろう。
同じく理由も告げられず連れて来られた小夜子は楽しそうだが、夏凛は呆れて物も言えなかった。
「帰ります」
回れ右して帰ろうとする夏凛だが、マドカに背後から羽交い絞めにされる。
「まあまあ、そう言わず」
「放しなさい、今なら何も聞かなかったことにします」
「連れないこと言わないで、行きましょうよ。楽しそうじゃないですか」
いつの間にか小夜子も加わり、脚を持ち上げて両手でホールドし、そのまま抵抗する夏凛を運んで突撃していった。
一部始終を見届けたシャルロットは、止め役が必要かと、自分がその犠牲になるべく男子寮へ歩き出した。
「さて、無事に潜入できた訳だが」
「正面から堂々と寮長に許可を取っておいて、どこが潜入なのですか」
「夏凛隊員! 細かい事は気にするな!」
なんとも強引なマドカの言い分だが、ここまで来てしまったので夏凛は仕方なく付いて行く。
「ここが問題の部屋だ」
部屋の住人の名前は近衛刀太、時坂九郎丸、そして佐々木三太。
今日はこれにイチカを加え、予想通りならAV鑑賞を行っているはず。
気乗りしない夏凛は最後尾、ノリノリのマドカと小夜子は先頭、間には苦笑いを浮かべるシャルロットの隊列で部屋の前で息を潜める。
「よし、いくぞ!」
マドカの合図で四人は一斉に部屋の中へとなだれ込んだ。
「ホールドアップ!」
「何故に!?」
別に犯罪現場でもないのに変な事を口走るマドカに、思わずシャルロットはツッコミを入れる。
そんな四人が踏み込んだ室内は、上映中の映画館くらい薄暗かった
テーブルの上にほんの僅か、申し訳程度に小さな明かりが灯っているだけ。
それを中心にイチカ達が……鍋を囲んでいた。
「おわっ! なんだよお前達」
「ビックリしたな、急に入ってくるなよ」
「それはこっちの台詞です。あなた達は何をしているのですか」
驚くイチカと刀太の反応に、夏凛は頭を押さえながら呟いた。
「……闇鍋?」
「あぁ、一度やってみたくてな」
電気を付けて事情を聞いたところ、あの話は闇鍋をしようという話だった。
ただ、話を聞いて興味本位で人数が増えると面倒なので、あんな会話をしていたそうだ。
「なるほど。では、そこで九郎丸が白目を向いて倒れて痙攣しているのは?」
質問を投げかけた夏凛の視線の先では、部屋の隅で九郎丸が倒れていた。
白目を向いて時折痙攣をおこしながら。
「いや、あれは食べたものに原因が……」
気まずそうなに頬を掻きながら三太が説明する。
ここまでにちょうど三周し、全員がそれぞれで持ち込んだ食材を三つずつ食している。
勿論、問題が無いようにと食べられるものだけを準備している。
ちなみにここまでイチカ達が食べたものは。
刀太
かりんとう:三太提供
サバ缶のサバ:九郎丸提供
ウィンナー:刀太提供
イチカ
チャーシュー:刀太提供
フライドポテト:イチカ提供
なすの浅漬け:九郎丸提供
九郎丸
カレールー(固形状態):刀太提供
辛口塩鮭:イチカ提供
ハバネロ:刀太提供
三太
サトイモ(茹で済):九郎丸提供
じゃがいも(茹で済):三太提供
サツマイモ(蒸かし済):九郎丸提供
「何で時坂君ばかり、そんなハズレばかり……」
「というか近衛刀太、あなたは何を入れているのですか」
「いやぁ、ハズレ用に用意していたんだけど、あいつものの見事に当たっちゃって」
呆れるシャルロットと夏凛に、悪びれも無く笑いながら答える。
「僕は何故か芋ばかり食べてるんだけど」
「大丈夫だよ、三太君。時坂君よりはずっとマシだよ」
小夜子からの指摘に、確かにと、未だに倒れている九郎丸に視線を向ける。
固形状態のカレーを齧って咽て、辛口塩鮭を食べて咳き込み、とどめのハバネロで白目を向いて倒れた。
ダメージの蓄積によるものか、体がまだ痙攣している。
「確かに……」
いくら闇鍋とはいえ、ああはなりたくないと思う三太だった。
「で、どうする? 続きやるか?」
「やめなさい!」
刀太の提案を夏凛が止めたことで闇鍋はお開きになった。
なお、九郎丸は医務室に運ばれ事なきを得たそうな。