天候にも恵まれた臨海学校当日。
クラス別にバスに乗り込み、目的地へと向かう。
初日の今日は到着したら完全に自由時間で、海で遊ぶ事になっている。
それ以降は自由時間を挟みつつ、野外でのIS訓練という流れ。
臨海学校中、海岸一帯はIS学園により貸切になっており、外部の人間が立ち入ることはできない。
今回は旅館側の都合で一般客が数名泊まることになっているが、海岸の定められた範囲内には立ち入り禁止の旨が旅館より伝わる手はずになっている。
「晴れてよかったね。昨年の先輩達は連日雨に降られて散々だったらしいよ」
「大丈夫。仮に雨だったとしても、エターナル・イチカ・フィーバーで雨雲ふっとばすから」
隣の席に座るクラスメイトへのイチカの返答でバス内が笑いに包まれる。
もしもここにイチカをよく知るマドカ達の誰かがいれば、実際にできそうなので笑えなかっただろう。
「あっ、見えてきた」
トンネルを抜けた先に広がる空と海。
窓側に集まった生徒達から歓声が上がる。
それからしばらく走り続けたバスは、無事に宿泊先である仙境館へと到着した。
正面玄関の上のほうには巨大な提灯がぶら下がっており、悠久という文字が大きく書かれている。
旅館の前では、待っていた女将らしき金髪の女性と半纏姿にサングラスの男達が頭を下げていた。
「おぉ、まるで浅草みたいな提灯」
「ていうか、何で悠久なんだろうね?」
「えっ、女将さん外国人?」
一部の生徒がそんな事を喋っていると、頭を上げた女将が挨拶をする。
「IS学園の皆様、本日は仙境館へようこそ。私はここの女将でオーナーの雪姫と申します」
見た目が外国人にも関わらず流暢な日本語を話すことよりも、生徒の大半は雪姫の美しさに目を奪われた。
雪姫という名に負けない外見に、思わず溜め息を吐く者も数名いる。
「本名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと申しますが、どうか雪姫とお呼びください」
何故そう呼ばねばならないのかは語らず、旅館内へと案内する。
教員代表で千冬が手続きをしている間、生徒達がロビーで待っていると、ある女生徒が新聞を読んでいる宿泊客の女性を見つけた。
赤ずくめの派手な服と帽子が目立つが、それ以上に目立つのがその女性の体型だ。
「ねぇ、あの人見てよ」
「どの人? って、デカッ! 太っ!」
背丈も高く体型もふくよかで、全体的に大きいという印象の女性客。
その女性客の外見から徐々に話は伝わり、遂にイチカにも届く。
話から、とある人物を思い浮かべたイチカは並んでいる列を外れて女性客を見に行く。
するとそこには、予想通りの人物がいた。
「ダーナ師匠!」
イチカの声に知り合いなのかと生徒達は注目し、ダーナと呼ばれた女性客もイチカに気づいた。
「おやおや、懐かしい顔だねぇ。イチカ坊じゃないか」
立ち上がったダーナはなおさら巨大に見え、どうやったあそこまでデカくなれるのかと誰もが思った。
「お久し振りです」
駆け寄って頭を下げて挨拶をするイチカに、ダーナはほぼノーモーションで拳を振り下ろした。
咄嗟にイチカも回避し、拳は空を切る。
「男が簡単に頭を下げるなと教えただろう。でも、今の回避は普通に良かったよ」
「これも師匠の教えのお陰です」
「見え透いたお世辞はいらないよ。たった半年じゃ、大した事は教えられなかったからね」
話の内容から師弟の関係なのは分かったが、マドカとシャルロットは首を傾げていた。
「兄様、そちらの方はどなたですか? 赤き翼ではお見かけしなかったのですが」
イチカが師匠と呼ぶ人物の手前、マドカは丁寧な口調で尋ねる。
「この人はダーナ・アナンガ・ジャガンナータさん。とある国の貴族なんだけど、父さん達に少しばかり指導をした事もある腕利きの人だよ」
説明を聞いた一同は揃って沈黙する。
ツッコミ所がありすぎて処理が追いつかず、フリーズしているような状態だ。
「俺も父さんに引き取られた翌年に、気まぐれで来たダーナさんに半年だけ指導を受けたんだよ」
「いい素材だから、本当なら十年は教えたかったけどね。後はナギやジャックの坊主達でも充分と判断した」
傭兵業界で最強の名をほしいままにしているナギやラカンを坊主扱いしたことに、二人の強さを知るマドカとシャルロットが寒気を覚える。
単に年齢的なことではなく、実力的にも坊主扱いできそうな雰囲気をダーナが纏っているからだ。
さらに千冬と簪、鈴も同じ雰囲気を感じ取っていた。
見た目は派手な服装の中年太りした背丈のある女性なのに、一撃すら入れられる気がしない。
「ほう、イチカ坊。後ろの小娘達の中にも悪くない素材が結構いるじゃないかい」
まずは千冬に目を向け、次いでマドカ、シャルロット、鈴、簪、本音、真耶、冬也、箒の順で視線を一瞬だけ向ける。
そして最後にセシリアを見ると、口の端を僅かに上げた。
「そこの金髪縦ロール!」
名前を知らないので指で差して特徴を口にする。
「はっ、えっ、私ですか?」
「そうだよ。アンタもったいないねぇ、素材はいいのに目覚めている兆候すらない」
「そ、素材って……」
咄嗟に両手で体を隠すセシリア。
どうやら色々と勘違いをしたようだ。
「誰もアンタの体の事なんて言ってないよ。強者になれる素質があるのに、それを全く生かせてないって事だよ」
それを聞いたセシリアの表情が変わる。
イチカに敗北して以来、有無を言わさぬ実力を求めている彼女からすれば、絶対に聞き逃せない話。
そして考える。もしもこのダーナが、生かせていない素質を生かす術を知っているのではないかと。
「あ、あの。私、セシリア・オルコットと申します。どうか、ご指導願えませんか?」
このチャンスを逃す手はないと判断し、指導を求める。
だが、生憎とタイミングが悪かった。
「駄目だね。アンタ、今は学校の行事か何かで来ているんだろ? 一人だけ勝手な行動が許されるわけないじゃないか」
もっともな事を指摘されてセシリアは千冬に目を向ける。
当然、千冬も認められないと告げるように首を横に振った。
残念そうに落ち込むセシリアだが、希望が無い訳ではない。
「でも放っておくのはもったいない素材だね。そこの責任者っぽい先生さん、夜の自由時間にでもその子を私の部屋に招いていいかい? ちょっとだけ指導してやろうじゃないか」
僅かに生まれた希望にセシリアは顔を上げ、千冬の返答を待つ。
少しばかり考えた千冬は判断を告げる。
「……消灯時間までに部屋に戻すのであれば」
「充分だよ。そういう訳だ、ここにいる間は夜の自由時間に私の部屋に来な。最上階の狭間の間だよ」
「はい!」
「イチカ坊、アンタも来な。久々に見てやるよ」
「分かりました!」
そう言い残し、ダーナは新聞を片付けて部屋へ戻って行った。
「さて、お前達。少し脱線したがスケジュール通りに行動だ。各自、部屋割りに従って荷物を置きに行け」
『はい』
ポカンとしていた生徒達に千冬が指示を出し、行動させる。
今日の予定は旅館前の海で自由時間だけに、生徒達はすぐさま動き出した。
ちなみに男子生徒のイチカと冬也は二人の因縁の事を考えて同室ではなく、それぞれの担任の部屋に泊まることとなっている。
これを知った三組女子一同は全員揃って膝を着いた。
「そんな、ネカネ先生の部屋に乗り込むなんて無理に決まっているじゃない」
「私達に微笑みの暗黒神に挑めというのか」
「どう見ても無理ゲーです、ありがとうございます」
「こっそり忍び込んでラカン君の体中の傷を舐め回す計画が……」
他のクラスの面々は、三組女子にとってネカネがどんな人物なのかとても気になった。
目の前に広がる広大な海。
空は青く澄んでいて、雲一つ無い。
そして目の前には同年代の水着姿の少女達が大勢いる。
「イッチー、今の気分を一言」
「最高に眼福だ」
キツネのような着ぐるみ水着の本音の質問に、拳を握り締めて力説するイチカは目の前の光景に歓喜していた。
「この前の買い物の時も思ったけど、ラカン君って割と肉食系?」
「確かに兄様は肉が大好物だ!」
「マドカ、それ肉食の意味が違う」
谷本の問い掛けにマドカが見当違いの解答を口にし、シャルロットがツッコミを入れる。
そんないつも通りのやり取りの最中、イチカの後方から誰かが駆けてくる。
やがてさの人物がイチカに飛び乗ろうとジャンプするが、あっさりと避けられる。
避けられた人物――鈴は難なく着地し、振り返ってイチカを指差す。
「なんで避けるのよ!」
鈴の計画では肩に飛び乗ってそのまま遊ぶつもりだった。
「いやいや、鈴を乗せるメリットが無いだろ」
「あるわよ。この見事な脚線美でアンタの顔を挟んであげるわよ!」
大胆発言に周囲からはどよめきと黄色い声が上がる。
同時にイチカも鈴の太ももに挟まれるシーンを想像して思った、悪くないかもと。
表情からそれを察したシャルロットとラウラと簪は、むっとして反撃に出る。
「イチカは胸派だから、脚線美は喜ばないと思うよ?」
「残念だが、師匠は尻派だ!」
「違う、うなじ」
「勝手に俺の性癖をでっち上げないでくれるかな。シャル、ラウラ、簪!」
対抗する三人を叱咤するイチカだが、ここでマドカが鋭い問い掛けを投げかける。
「だったら兄様はどの部分が好みなのだ!」
この問い掛けに全員が黙り、イチカの返答を待つ。
そしてイチカからの解答は。
「甘い、甘いぞマドカ。体の一部分で好き嫌いを判断するのは、女性に対して失礼だ。大事なのは、自分を偽らず、その人らしいくしているかどうかだ」
拳を握り締めて力説する。
「考えてみろ、鈴はいつものように明るく活発だから鈴なんだ。人前で自分を偽って大和撫子のように大人しくしていたら、どう思う」
全員が大人しい鈴を想像するが、ギャップ萌えさえ感じない。
普段の姿を見ているだけに、どう頑張っても不自然にしか思えない。
「同じようにブリッ子キャラの簪や優等生ぶっているマドカを想像してみろ」
「うん、違和感だらけだね」
「分かりました師匠。私は私らしく生きていきます。なので、ぜひ私を嫁に」
「だからイチカの正妻は私だって」
結局いつもの騒動に発展してしまったので、イチカは一目散に逃げた。
その際に瞬動で海面走りをすると女生徒達から歓声が上がった。
「わぁっ! 見てください、織斑先生。私、水上走りなんて初めて見ました!」
「何をやっとるんだ、あいつは……」
海面走りにほとんどの教員が驚く中、千冬だけは呆れていた。
そこへ、一人の女生徒が歩み寄ってきた。
「先生、あそこに誰かいるみたいなんですけど」
この浜辺は現在IS学園で貸しきり状態なので、現在生徒と教員しかいないはず。
しかし女生徒の指差す先には、だいぶ離れた場所で浜釣りをしている三人の姿があった。
特に女生徒達を盗撮したりはしていないようだが、注意するために千冬他数名の教員が釣り人達の下へ足を運ぶ。
だが、歩み寄ってみると三人のうち二人が不自然に思えた。
まともそうなのはバンダナを巻いた黒シャツの男だけ。
残る二人のうち、一人は編み笠を被りボロボロの外套を纏ったホームレスのような人物。
もう一人にいたっては真夏にも関わらず、全身黒ずくめのロープにフードを被り、顔には仮面までしている。
一部の教員が不安そうにしているが、千冬は構わず編み笠の人物に声をかける。
「申し訳ない。この浜辺一帯はIS学園によって貸しきられているので、釣りでしたらあの埠頭の辺りでお願いしたいのですが」
千冬の注意を聞いた男は、釣竿を上げて編み笠を取る。
編み笠の下は、無精髭を生やしてタバコを咥えている男だった。
「ありゃ。こりゃ失礼しました。宿の女将からは聞いてましたけど、この辺も駄目ですか。おい、あっちの埠頭に移るぞ」
どうやら三人は顔見知りらしく、残る二人も素直に竿を上げる。
穏便に済みそうだと、不安だった教員が胸を撫で下ろしていると。
「あっ、やっぱり。なんか見たことあると思ったら、甚兵衛さんじゃないですか」
海面走りから戻ったイチカが、編み笠の男に話しかけてきた。
「おぉ、イチカじゃねぇか。そうだった、お前IS学園にいたんだったな」
「甚兵衛さんこそ、なんでこんな所に?」
「久々の休暇だから、あいつらと釣りと温泉にな。そしたら宿にダーナの姐さんがいてな、驚いたぜ」
甚兵衛の親指で指差した先の二人を見て、イチカはすぐに誰なのか分かった。
「デュナミスさんに灰人さんまで。ひょっとして宿泊先は仙境館ですか?」
「そうそう。イチカもか?」
「はい。俺もさっきダーナ師匠に会って驚きましたよ」
教員達を放って甚兵衛と話すイチカ。
やがてデュナミスと灰人も合流し、四人で喋りだす。
このままでは埒があかないので、千冬が横から割り込む。
「うほん。ラカン、知り合いか?」
「はい。三人とも赤き翼のメンバーです」
この発言には教員だけでなく、何事かと集まってきた女生徒達も驚いた。
驚かなかったのは彼らと面識のあるマドカとシャルロット、簪に本音だけだ。
「どうも、イチカが世話になってます。赤き翼の宍戸甚兵衛です」
「同じく赤き翼の灰人だ」
「デュナミスと申す。こんな格好で申し訳ない」
ならなんで、そんな格好をしているんだとほぼ全員が心の中でツッコミを入れた。
「じゃあな、イチカ。俺達は向こうで釣りしてるから」
「えぇ、頑張ってください」
そう言い残すと、三人は瞬動で海面走りをして埠頭の方まで駆けて行った。
赤き翼のメンバーという事に半信半疑だった一同も、イチカと同じ海面走りをやったことでようやく納得できた。
「さて、じゃあ遊ぶか。谷本さん、ビーチバレーするんだろう?」
「へっ? あっ、そ、そうね。七月のサマーデビルと言われた実力を見せてやるわ」
ここからは普通の臨海学校の自由時間だった。
白熱するビーチバレーの試合や、鈴とマドカによる遠泳対決。
本音の鎖分胴によるスイカ割りでは周囲から悲鳴が聞こえ、スイカも粉々に砕け散った。
さらにビーチバレーも、イチカと簪対シャルロットとラウラの試合で超人的な内容を展開。
遠泳から戻ったマドカと鈴が途中で襲ってきた鮫を撃退し、担いで戻って来たので再度悲鳴が響き渡る。
なお、この鮫はイチカの手により沖の方へ放り投げられて海へ返された。
こうして楽しんだ海での一時もやがて終わり、入浴後に夕食の時間となった。
「うん、やはり本ワサは最高だ」
刺身にワサビを乗せて食べるマドカを見て、隣に座っているラウラはワサビに目を向ける。
日本に来て今日までワサビを見たことも食べた事もないラウラは、そんなに旨いのかと一塊そのまま口に含む。
マドカとは逆隣に座る相川がそれを見たときには、既に手遅れだった。
「ふにゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
猫のような奇声を上げ、鼻を押さえてのけ反るラウラ。
時を同じくしてセシリア達外国人留学生の大半が同じ目に遭っていた。
「何事ですかい!」
「いえ、大丈夫です。生徒の一部がワサビでちょっと」
悲鳴に駆け込んできた半纏グラサンの男にネカネが説明をし、彼女達のために水を頼む。
ちなみに日本食を理解している鈴とシャルロットだけは事態を回避したが、同じ経験をした過去を思い出していた。
「ボーデヴィッヒさん、大丈夫?」
「誰か、我が一組のマスコット、ボーデヴィッヒさんに水を!」
「ねぇ、同じ被害に遭ってるオルコットさんも気遣ってあげなよ」
どうやら一組の中では、ラウラはすっかりマスコットキャラに収まっているようだ。
「あらら、ラウラもやっちゃったか。マドカ達もそうだったな」
初ワサビの洗礼を受けた時のマドカとシャルロットの事を思い出すイチカ。
二人とも今回のように塊で食べてしまい、特に辛味が苦手なマドカはマジ泣きしてしまった。
こうしたちょっとした騒動も挟んだ後は夜の自由時間。
別の部屋の友人の下を訪ねて遊びに興じる生徒がいる中、セシリアとイチカはダーナの部屋に向かっていた。
他にも、ダーナに話を聞きたいと言い出したマドカ達いつものメンバーを従えて。
「ダーナ師匠、俺です」
「ん、来たかい。開いているから入りな」
かくして夜の臨時授業が始まる。
おまけ
海での遊びが終わった後、千冬から夕食前にクラス順で風呂に入るよう連絡を受ける。
ダーナ達一般客もいるので迷惑をかけないようにと注意を受け、最初に一組が風呂へ向かう。
するとそこには、ダーナが先客として入浴していた。
「おや、アンタらか。もうそんな時間かい?」
改めて見る彼女の色々な意味での巨大さに、誰もが目を疑った。
「こりゃ思ったより長湯したみたいだ。邪魔したね」
近くに置いてあったタオルを手に、巨体を揺らしながら風呂を出て行くダーナ。
その後姿を呆然と見送った後、一組女子一同は風呂を見て絶望した。
ダーナが入浴直後の風呂は、彼女の巨大な体によって大量の湯を失い、風呂ではなく足湯のようになっていたからだ。
「……どうしよっか」
「お湯が溜まるまでまだ時間かかるよね?」
「くすん、せっかくの温泉が……」