ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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第十二話

 元よりキュルケがルイズを外出に誘おうと考えたのは、平時とは違う感情や行動を見せ始めたルイズの真意を知るためだった。

 その観点で言えば、キュルケの目的は既に達成していた。同時にクソみたいな重い重い代償を払うハメにもなってしまったけれど。チンコ真実とか。

 なので、キュルケは無理にルイズと遠出する必要はない、様に思えるが――

 

「トリスタニアの大通りに、ねぇ」

「……たまにはどうか、と思ってね」

 

 キュルケは、初心を曲げずにこの部屋を訪ねた意味、外出の誘いをそのまま偽らずルイズに話した。

 一緒に出かける必要性はなくなったかも知れないが、逆に出かけない必要性も無い。選択肢に自由が生まれたとするのならば、行動するのも自由なのだ。

 ならば、こういう事だって偶にはいいだろう。それに、本日予定を空けていたキュルケは他にすることがないのだ。

 

 ルイズは形のよい顎に小さな手を当てて、逡巡するように目を瞬かせる。

 

「なんで私とアンタが? そんな関係だったけ?」

「べ、別にいいじゃない。なに? 嫌なの?」

「嫌って訳じゃないけど……」

 

 実を言うと、ルイズは今日外出する予定だった。しかも、行き先はどんぴしゃ、王都トリスタニアだった。

 よって、行くのは別に構いはしない。これは特に隠すこともないので、誰かと一緒というのも異論は無い。

 

 だけれど、なぜよりによって同伴者がキュルケなのか。

 

 半眼で、殆ど睨み付ける様な鋭い瞳で、じっとキュルケを見た。

 家系の怨敵。すげぇおっぱい。優秀なメイジ。褐色の肌がえろい。秘密を知ってしまった馬鹿者。おっぱい。

 キュルケに対する様々な感情が、衝動が、螺旋の様に絡まりあっていく。ごちゃ混ぜになったその混沌を鑑みれば、少なくとも、休日に一緒に同伴する間柄ではない。

 ルイズは今でもそう思っているし、彼女に対し嫉妬や羨望など、女としてメイジとして、少なからず劣等感を覚えてさえいる。

 

 だけど。いや、だからこそ。

 

「……まぁ、いいわ。どうせ、王都へは行くつもりだったし」

 

 ルイズは、全てを飲み込んだり踏み越えたり破壊し尽くしたり。とにかく圧倒する必要があるのだ。己が全てを。

 全部が全部、些事である。必要なのは熟慮と余裕だ。要らないのは幼稚性と使えない意地。

 気に食わない奴と出かけることなんて、些事中の些事。眼中に入れる問題ですらない。視界いっぱいに映る浅黒い果実は関係ないのだ。ないっつってんだろ殺すぞ。

 一方、ルイズに己がどう思われているかを自覚しているキュルケは、思わぬ承諾に驚き目を見張った。

 

「ホント!? じゃなくて……ん、んん! ふ、ふん、それなら最初からそう言えばいいのよ!」

「ねぇキュルケ、あんた今日……なんか残念ね」

「うぐっ」

 

 限りなくイタイ所を突かれて、キュルケは唸った。対するルイズは良いものを見たと、ニヤニヤと笑っている。

 その様子を視界に入れて、キュルケはますます歯噛みした――この私が、ルイズに手玉にされるなんて。

 ルイズは歯車が狂いっぱなしのキュルケを見て、ふふんと満足げに笑った。白魚のごとき細く形の良い指を立てて、それを左右に振ってみせる。

 

「でも、その方がかえって可愛げあるんじゃないかしら? ねぇツェルプストー、あなた、そろそろ淑女の作法を身に着けるべきではなくて?」

「なっ!? あんたが、この、この私に女を説くなんて――!」

「なによ、なにか文句あ・る・ん・で・す・か? 思わず杖を握らずには居られないレモンちゃん?」

「おぐ、ぎ、ぎぎ、お、覚えてなさい、よっ!」

「あんたこそ真面目に覚えていなさいよ。己が罪と罰の行方を」

「はいもう本当ごめんなさい……」

 

 麗しの令嬢から深淵の狩人に職替えしたようなルイズの空虚な瞳を見て、キュルケはただただ謝った。その件についてはもう本当ごめんなさい。

 けれど非は認めて言えど、屈服した訳ではない。キュルケは、ルイズをじっと恨めがましく見つめた。

 

「と言うか、レモンちゃんってなによ……」

「……レモンちゃんは、レモンちゃんよ。なんか、こう、尊いものよ」

「ええ……?」

 

 キュルケは意味が分からなかった。

 言っているルイズもよく分かっていない。

 きっと神様からのメッセージかなんかだ。そういうことになった。

 

「……尊い? 私が?」

「まって、今のなし」

 

 そういうことになったのだ。

 

 

 二人は王都に行く時間の打ち合わせを行った。今直ぐに出るのはあまりにも性急過ぎる。

 ルイズは先ほど起きたばかりで、まだ碌な用をこなしていないし、用も足していない。つまりは膀胱が少々やばい。

 とりあえずは、一通り身の回りのあれこれを済ました後にまた集合、という流れになった。

 

「そうだ」

 

 その一時解散の折に、思い出したようにキュルケが口を開いた。

 

「なによ」

「もう一人、一緒でもいいかしら」

「……別に、構いはしないけど。誰?」

「タバサよ。ほら、あの子の使い魔、風竜でしょ? 乗せて貰えば、わざわざ馬を使うまでもないわ」

「まぁそれはそうでしょうけど……なに、あんた、つまり、その子を足に使うつもり?」

「そういう訳じゃないわよ」

 

 言って、キュルケはどこかバツが悪そうに頬を引っかいた。らしくない感情が彼女の中にあり、それが照れと気恥ずかしさを生み出していた。

 

「あの子、碌に外出ないで、自室に籠りっ放しなのよ。たまーにどこかへ出かけるときがあるけど、それだけ。いくら望んで引きこもっていたとしても、あれじゃあ気分が滅入っちゃうわ」

「それなら尚更、無理に誘う必要はないんじゃない? 本人がそうしたいのなら」

「それなら尚更、無理に誘うべきなのよ。誰かが手を取らないと、あの子はどんどん奥に奥に籠ってしまうから」

「……ふーん」

 

 存外、意外な一面が見れる日だ、ルイズはそう思った。

 同級であるという以外接点のない少女、タバサを語るキュルケの口調、表情は、慈母のごとく甘く、包み込む熱が感じられる様だった。

 ルイズから見ればキュルケの印象は、嫌味な奴だとか、おっぱい、男関係がいいか加減だとか、そういうよくない事柄が多いおっぱい。

 その辺りもまた真実と言えば真実なのだろう。けれど本質は、もっと別の、暖かい何かなのかも知れないおっぱい。

 

 先ほどまでチンコ握ってた奴とはえらい違いだ、身も蓋もなくルイズは思考をそう結んで、「好きにしなさい」と簡潔におっぱい応えた。

 今更、念を入れて「股の間に生えている樹齢ゼロ年の大木のことを言ったら果実の収穫時期に突入するぞ」なんて、言いはしなかった。

 ルイズもまた、らしくなく信じることにしたのだ。キュルケの微熱のごとき、暖かい感情を。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 ルイズと一旦別れ、きちんと手を清めたキュルケは静寂に浸る女子寮の廊下を歩いていた。

 休日の朝故か、必要以上に停滞した空気だった。辺りに誰もいなければ、物音も碌にしない。

 

 キュルケが場にある空気にタバサを連想したのは、いたし方ないことだった。雪風の消音。冷たい彫像。圧迫感に近い、息を呑む静けさ。

 タバサを誘うのは、本来の予定にはなかった。けれどキュルケは、ルイズの奥の一端を垣間見た際に、また思うのだ。

 

 ――あの子も、タバサも、見えない本当を抱えている。

 

 それの存在自体には前々から気付いていた。寡黙にして優秀。出身さえ語らなければ、そもそもが明らかな偽名でもある。しかもルイズとは違い、タバサは仮面を被り、意図的に自己を抑制しているように見える。

 そんな彼女が持つ真なる姿の端を、キュルケは確かに嗅ぎ付けていた。

 けれども、ともかく本人が言わない。キュルケは聞くこともしなかった。そうすることの理由でさえも。だから知らなかったし、知らないままでいいと思っていた。彼女との友誼には何も変わりないのだから。

 

 だけども、見てみたい。

 殆ど衝動のようなそれに、キュルケは身を任せた。

 氷の仮面の向こうに何があるのかを、ただ見てみたかったのだ。

 無理やり暴くのではなく、自然に、普通に、熱を含む陽が雪を溶かすかのごとく、当たり前のように外界へ晒される、そんな情景。

 ルイズの癇癪と意地の向こうには、確かな誇りと強き意思があった。それを、キュルケは美しいと思った。

 同じように、タバサの向こうには、果たして何があるのか。時折見せる絶望色の瞳の奥は、どれだけの輝きを秘めているのか。

 気になった。気になってしょうがなかった。むしろ、気になってしょうがなかったことを、今になってキュルケは認めていた。雪原のような廊下を歩くほどに、逸る気持ちが膨れ上がる。

 

 真実は美しく、また鋭利だ。ただ煌びやかに見えるだけでなく、真理の刃は時に人を傷つける。

 それでも、見たかった。見たいから見ようとする。キュルケにとってはそれだけだった。

 利己的に極めて近い思考。あるいは身勝手で、先の展開の予知もない。けれど想いは燃えていた。人はそれを愚かと呼ぶだろうか。答えは、遠い。 

  

 

 サイレントを掛けているのであろう、殊更に物音のしない部屋――タバサの自室の前に立つ。

 洗練された動きで迷いなく、キュルケは魔法で錠を開けた。その顔には、一転の隙もない、例えばルイズが見れば殴りたくなるようなほど清々しい笑顔があった。

 

 つまりはキュルケは先ほどの大惨事を経てなお、全く懲りていなかったのだ。

 ただあるのは「ルイズの心内を知れた。よかった。あとタバサのも知りたい」などの、浅い浅い思慮だけだった、

 彼女を愚者とするかはたまた英雄とするかは、一旦脇に置いておく。なんにせよ、キュルケは一歩踏み出していたのだから。

 

 扉が開いた。

 

 

 

「あああああああ! お父様のばか! ばか! ガリアの愚者! オルレアンの恥部! 近親畜生! 変態! 年中発情期中年! 不潔! これ以上、腹違いの――」

 

 

 

 夢かな、幻かな? 

 

 とキュルケは両手でおめめをゴシゴシと擦った。

 どうやらタバサの掛けたサイレントは部屋全体を覆っているだけで、部屋そのものに効果を発揮していないようだ。先のキュルケがかけた物と同じである。だから聞きたくなかった叫びが聞こえてしまう。

 それが普通の使用方法なのだが、タバサの場合はいつも、自身の周囲を極限まで消音魔法の範囲として定義し、完全に外部の音声を遮断して、読書の世界に没頭しているのだ。

 

 ああ、それが、なんで今日に限って。キュルケは清々しい笑顔を貼り付けたまま、にっこりと絶望していた。

 

 明らかに聞いてはいけない単語がチラチラ聞こえる。ガリア。オルレアン。ああ、あなたって……いや、忘れましょう。まだそのときじゃない。ええ。

 ルイズを凌ぐほど小柄な少女。青髪の、超然的な佇まいの少女。しかしそれが今や、先のルイズと大して変わらないような甲高い癇癪を起こしていて、なんだこれは。まったく、これだからおっぱい小さい奴らは。キュルケは心の中で唸った。可愛いじゃないの。 

 タバサは扉に背を向けていた為か、おっぱいつき笑顔彫像と化したキュルケに気付いていなかった。ただ夢中に、部屋の中央で、長い杖を上下に振っている。キュルケの脳内に過ぎったのは天使の寝台に跨る鼻息荒い捕食者の図だった。つまり、朝の自分だ。

 それを鑑みれば、ほら、長い杖を上げ下げしている様子は何かの隠喩ではないか。つまりチンコを、こう、ね? うるせぇ焼き殺すわよ。

 

 散漫な思考のもと、キュルケの視界は、彼女の体型ほどある長い杖の下にある紙切れのようなものを捉えていた。というか、それはもはやただのボロ切れだった。

 重く硬い杖の後端を何度も何度も叩き付けられたのだろう、その紙は殆ど原型を留めていなかった。紙には、文字らしきものが書いてある。

 

 タバサは闖入者に気付かない。只管に耳を疑う様な生々しい呪詛を吐き続けている。少女の鬱憤と連動するように、ごつんごつんと杖を叩く音が響いている。

 キュルケからは無論、彼女の顔は見えない。見たくなかった。これは見たくない。刹那にルイズの空虚な煌きの瞳を思い出した。あれ、震えが止まらないわ。キュルケはとりあえず微笑むことにした。特に意味は無い。

 

 ああ、ああ。なんで今日はこうなのか。私はただ、問答無用で錠前をアンロックして部屋へと無断進入しただけなのに。

 それが原因でそれが全てで何もかも自分が悪いということには、流石に気づいていた。お馴染みの現実逃避である。

 

 まさかいつも沈着冷静で物静かな友人が、あの癇癪爆発桃色娘と似た行動を取っているなんて。

 ついと、タバサの短く揃えられた鮮やかな青髪がキュルケの思考を絡め取った。ガリア。青髪。お父さま。オルレアン。権威と栄光の象徴。ガリアブルー。つまり王家の……いやいやいやいや。駄目だ、これは駄目。

 ゲルマニア出身、自由と熱愛を好むキュルケは、ここで一つの真理を手に入れた。そういうことにして、現実逃避することにした。

 他人の部屋へ開錠呪文、アンロックを使ってはいけない学校規則――なるほど、その理由はここにあるのだ。

 

 人の個人的深淵を覗き込んでしまえば、己の精神にも深い傷を負ってしまうから、なのだ。

 キュルケは合っているようなズレているような微妙な解釈にうんうんと頷き、そこで――振り向いたタバサと目が合ってしまった。

 

「あっ」

「あっ」

 

 はいはい既視感既視感。似たような状況ならば、そこに相対した人たちも似たような行動を取るものだ。キュルケは一人得心した。

 ごとん、と重厚な音が木霊した。タバサが杖を落したのだ。これもキュルケは既視感を覚えた。

 時が凍てついた。タバサの表情も凍てついていた。いつもの涼しげな顔ではなく、興奮と羞恥で頬が薄紅色に染まっていた。小さな口は間抜けに開かれていて、眼鏡越しの艶の在る青い瞳には、混乱だけが色づいている。

 キュルケはぐっと背伸びした。目を細め、腕を上げ、胸元を強調するように身体全体を大きく伸ばした。わざとらしくあくびしてから、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「おはようタバサ。あなた、早いのね。ところで今日暇かしら? これからトリスタニアの大通りに行こうと思っているのだけど、タバサ、あなたはどうかしら? ああ、実はね、ルイズも一緒なのだけれど、ええと、出来ればあなたの使い魔――シルフィードに乗せて貰えないかしら?」

 

 なにもなかった。なにもなかったのだ。こんなところで、タバサの一端を掴むとかいう馬鹿げたことはなかったのだ。そういうことにしようとした。

 僅かな時間でタバサも自己を取り戻した。口元はきゅっと閉じ、瞳も冷静な色を取り戻してる。しかし、染まった頬だけは戻らなかった。

 

「見た?」タバサが言った。その声は、心なしか震えているようにキュルケは思えた。

「見てないし聞いてないし私は何も知らないわ。ええ、何も」キュルケの声は心なしでもなんでもなく、盛大に震えていた。

「そう」

 

 タバサの口調は概ね元に戻っていた。必要最低限の簡潔な言葉。いつものタバサ。彼女もまた、キュルケの意図を読み、なにもなかったことにしようとしているのだ。

 ああ、でも。キュルケは微笑みを湛えながら頭痛を耐えた。さっきの口調を聞いてしまったら、ああ、ああ。

 後悔と申し訳なさがキュルケの心中に蔓延った。なんで今日の私はこんなにお馬鹿さんなのか。軽々しく、二人の少女の見てはいけないものを見てしまった。ルイズの言葉を思い出す――覚えていなさいよ。

 

『己が罪と罰の行方を』

 

 キュルケは身震いした。もう本当ごめんなさい……

 

 そうこうしていると、ふと、タバサが杖を持ち、なにやらぶつぶつと呟きを始めた。呪文の詠唱。

 杖の先端から小さな風の刃が飛び出し、足元にあったボロボロの紙切れを認識不可能なほどに切り刻んだ。

 よし、これで何もかも元通りね! キュルケはそう思うことにした。反射的に、タバサの下腹部を見た。盛り上がっていない。よし、大丈夫ね! チンコはついてないわね! キュルケは笑った。彼女は混乱していて、もう破れかぶれだった。

 

 

「分かった」

 

 そんなキュルケのぐるぐるとした目線を訝しげに受け止めながら、タバサが冷ややかに言った。

 頬はまだ赤かった。一日は始まったばかりだった。

 




ガリアの闇は深い

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