ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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第十四話

 

 この想いは、どう抱くのが正統なのだろうか、ルイズは考えあぐねていた。

 

 王都トリスタニアにて、身に着けている魔法学院の制服とは似つかわしくない汚れた路地を歩くルイズは、人知れず混迷の中にあった。

 キュルケとタバサ。決して親しくもなければ、タバサに至っては碌に知らない。だというのに。

 整った顔立ちが、僅かに歪む。苛立ち。分からない感情が自分にあるという、不明への苛立ち。

 ――それを否定することが、お前の決めた道なのか?

 声無き声が、魂の一部分が、囁く様に吼えた。分かっているわよ。口の中で、表に出さず、ルイズはもごもごと言い訳の様に念じた。分かっては、いるけれど。

 今、この場に二人はいない。ルイズが赴こうとしている店は、今日王都に居る本命の店は、あまりにも、休日に遠出する貴族の子女に似合わないところだからだ。

 それを伝えれば、聞き分けよく――あるいは、ルイズの何かを察したのかも知れないが――二人は暫しルイズと別行動すると言った。

 

『また、後でね』

 

 思い出す、別れ際のキュルケの言葉。ありきたりであり、どこにでもあり、特別でもなんでもないその言葉。

 だけれど孤独の砂漠にいたルイズには、それだけのものでさえも、何かしらの意味合いを感じてしまう。触れたく思う気持ちが確かにあった。あの微熱の温度に。

 即座に頭を振った。今考えるべきはそれじゃない。忘れよう。――素直じゃねぇな。苦笑いの呻きが聞こえた、気がした。ルイズは観念するように眦を下げた。

 

「分かんないわよ……」

 

 小さな呟きは、薄汚い路地裏に確かに響いた。けれどそれを聞く者はいなかった。本人と、その使い魔以外には。

 

 

 目当ての店に着いた。小汚く、普段なら決して近寄りはしないような店、武器屋。

 取り直す様に、ルイズは左手を見て――息を呑んでしまった。そこには紺色の手袋があった。キュルケからの贈り物。何かの証。心にも届く、暖かい灯火。

 何かを思い出してしまった。笑みを浮かべてしまった。それは皮肉のものでも自嘲の物でもない、ルイズらしからぬ感傷的な微笑みだった。

 

 浮ついている。

 

 ルイズは己をそう断じた。どう言うわけか、そう、理由は分からない……ことにして、とにかく浮ついてしまっている。

 こんなのでは駄目だ、と嘆息。直後、決断的に瞳を吊り上げた。思い出せ。少しだけでも。今までの屈辱を。悔恨を。

 手袋の中で、ルーンが悲鳴の様に光っている。心には、軋むような涙の雨。

 目を瞑る。哀れむような黒犬の瞳が目に付く。隣に居る幼い自分が、透明な瞳で虚空を睨んでいる。

 

 ふわふわした気持ち。忘れていたかつての何か。それらは要らない訳ではない。だけど、今ばかりは。

 周囲の嘲笑が脳裏を過ぎった。恥辱的な憐憫の視線が、精神を貫いた。絶望の影がじくじくと心を侵食している。

 痛みつけるような心無き中傷。魔法が使えない。貴族の晒し者。出来の悪い自分。家柄だけは一流で。

 沼の様な底なしの思い出に、どう言うわけか、あの怨敵ともいえるツェルプストーの姿はなかった。

 彼女が吐いた今までの言葉は、他とは違い何の害意も含んでいなかったということだろうか。そう、自分自身が判断したということだろうか。

 どうでもいい。ルイズは思考に引っかかった疑問を切り捨てる。今は、この慣れ親しんだ冷たい屈辱に浸る時間なのだ。

 

 鋭利な闇が幼いルイズを貫いた。背面から腹部を穿つ、槍のような尖った過去だった。少女は笑った。剥き出しの心が締め付けられるような痛み。ルイズもまた笑って、瞳を開けた。

 薄汚れた路地が目に映る。精神には煮え滾るような泥が満ちていた。そうだ、これでいい。これでこそ。

 

 ルイズは甘えることが出来ない人間だ。

 それは彼女の本質であり、美徳とも言え、また欠落とも解釈できた。

 他人に厳しく、何より自分に厳しい少女。その身がいくらか変性したとしても、本質は変わらない。

 ゆえに、ルイズ自身が、他人との交流に感じた何かしらの情が甘えを誘発すると考えたのなら、ルイズはそれに流されるわけにはいけなかった。そういう生き方なのだ。

 

 

 ――否定はしないわ。ルイズは自虐的な闇によって顔色を青白くしながら、祈るように呟いた。

 

 否定はしない。そこにある感情を。紺色の手袋。感情ある氷の瞳。灯台の様な光熱。

 否定はしない。抱いた想いの全てを。過去の総てを。未来の為に。

 否定したく、なかった。魔法を使えない絶望の過去を。絶望と相対した自分を。

 

 

 忘れるな。必要なのは、力なのだ。何もかも足りてない己が、世界に有様を見せる力なのだ。

 だからこその遠出。だからこその武器屋だ。忘れるな、絶望と屈辱の過去を。

 恥も外聞も捨て、左手のルーンの力に頼ることで強力で、より原始的な武力を手に入れること。

 認められる強さ。自分が納得出来る力。今やルイズは、貴族の象徴たる魔法に見切りを付けていた。

 あの広場での出来事。火球を消し飛ばした爆発。狙いが正確な失敗魔法。あれは見てくれは無様でも、確かな力になる。それも、結局はルーンの力だ。杖に反応した左手のルーン。

 加え――剣でも斧でも槍でもなんでもいいが――武器らしい武器を持つことで、ルーンはその本領を発揮するだろう。確証はないが確信はしていた。

 これはそういうものなのだ。そもそも杖は武器として定義しにくい。だからこそ。

 

 

 ルイズは前を向いた。背筋は天を衝く様に真っ直ぐだ。想像する。爆発を産む自分。武器を振るう自分。また馬鹿にされる光景。お前らしいな、おいヴァリエール、やっと杖を捨てたのか。

 あまりにどうでもよかったので、ルイズは笑ってしまった。有象無象共の嘲笑の視線など、かつて向けられた母親の憐れみ混じりの瞳の前には微風同然だ。

 ルイズは武器屋の扉を開けた。冷たい表情で、瞳は爛々と鈍い輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 平和すぎて退屈すぎて暇すぎて。

 武器屋の店主はあくびを連発していた。店は閑古鳥が鳴き始めてから久しい。客も来なければ、血生臭い噂すら流れていない。ということは、そもそもの需要が無いということだ。

 天下泰平とはこのことか。店主は頭を振るう。冷やかしさえも来やしない。どうしたものやら。どうしようもない。まぁなるようになれだ。

 

 そう帰結したところで、汚れた扉がぎぃと音を立てながら開いた。錆びた蝶番の軋む音で、店主ははっと我に返り、刹那ぽかんと口を開いた。

 かび臭い扉の向こうにいたのは、明らかに場違いな可憐な少女だった。見覚えがある制服。魔法学院。つまりは貴族だ。……貴族? こんな場末の武器屋に?

 

「客よ」

 

 少女――ルイズは簡潔にそう言った。鳶色の瞳を空虚に輝かせて、射抜くような目線を店主に向けた。

 武器屋の男は言葉に詰まった。突然の貴族の来店、それも、彼が今まで相手にしたことが無いような少女。

 咄嗟に、おべっかを使おうとした。出来なかった。流れる桃色の長髪。全てを睨む様な美しい半眼。青褪めた肌。少女の意図は皆目検討がつかなかったが、少なくとも、冷やかしに来た気配ではなかった。

 

「……何をお求めで?」形式ばった無駄なやり取りは避け、店主もまた短く問うた。少女は客だと言った。それは、そう言う扱いを欲しているからだ。

 

 ルイズはきょろきょろと店内を見渡した。顎に手を当てて、暫し沈黙。店主も黙っている。僅かな静止の後、ルイズの形の良い唇が滑らかに上下した。

 

「武器よ」

「はぁ、武器と言いましても、何を」

「……種類は何でも。とりあえず、手で持てるものなら。実用的なもので、出来不出来は問わないわ」

 

 店主は心中で唸った。言葉じりだけで見れば、完全に冷やかしで、世間知らずの貴族のお嬢様の戯れにしか聞こえない。

 そもそもだ。男は少女の全体像を見やる。市井の者に比べ存在感の桁が違う、麗しい少女。

 制服から出ている四肢はほっそりと白く、まるで人形のようだ。

 何でもいいと来たもんだ。これで、例えば店の横に掛けられている戦斧などどうですかと言えば、あの細腕でぶんぶんと振り回すのだろうか。斧は彼女の体格と同じくらいの得物だ。

 馬鹿なことを、と一笑に付すにしては、けれども雰囲気がおかしい。世間知らずのお嬢様、かどうかはどもかくとして、店主は少女から冷やかしや戯れの気配を感じ取ることが出来なかった。

 

 店主は逡巡して、即座に結論を出す。知識空っぽの貴族サマ。平時なら、カモにすべきなのだろう。

 貴族は彼から見れば埒外の人種だ。思考も、生活様式も、何もかも。なので、この少女の意図を考える必要はない。どうせ理解できないからだ。

 よって、ここは商人としての一手を考えるべきなのであろう。打算を働かせ、如何に利益を得るかを。普段なら。

 

 店主は頭を振った。欲は出すな。

 平民から理外の領域にいる貴族。この少女は、そこから更に外れたところにいる。明らかに異常な匂いを店主は嗅ぎ取っていた。理屈ではない、本能だ。

 こういうのはなるべく穏便に相手をするのに限る。余計なことはしない。歴戦で、かつ戦狂いの傭兵を相手取るかの如く、当たり障り無く商売をするべきだ。

 

 そうして店主がたどり着いた答えは、女子供でも扱えるようなレイピアの類だった。大した品物は置いていないが、それを見て貰うしかない。最低限、無礼にはならないだろう。

 もし満足できないというのなら、たとえば、貴族に仕える平民用の儀礼武器を本格的に扱っている店を紹介すればいい。これに尽きる。厄介な客は、他所に回してしまうに限るのだ。

 

 金になりそうにはねぇか、決して言葉に出さずにそう嘆息したところで、店主は少女を見た。少女は前述の斧を振り回していた。それも片手だ。

 

「は?」

 

 悪夢の様な光景だった。価値観全てがひっくり返るような。

 斧刃の冷たき反射光が、下から上へと煌いている。半月を描くような振り回し。何もかもをぶち壊してしまいそうな風切り音が店内に犇く。

 ルイズはルーンから齎される武器情報と超越的な身体能力を以って、戦斧を自在に振るう。腰を入れての薙ぎの一振り。持ち手を変えての振り落とし。蝶の様な破壊の演舞。

 これがルーンの真の力か。ルイズは笑っていた。全うな武器を手に持てば、ここまでの結果が出る。世界を切り開かんとする斧の振り切り。それは最早轟音だった。

 

 店主の口は大きく開かれ、閉じることが無かった。油断したら、顎が床に着いてしまいそうな驚愕だった。

 小柄な令嬢が笑顔で斧をぶんぶんと振り回している。オーク鬼だとか妖魔の類だとか、そんなものより遙かに不可解な生物だった。

 それとも己が知らないだけで、これも貴族の力なのだろうか。そりゃ平民は勝てねぇわ。

 店主が薄ぼんやりと考えていれば、胡乱な思考を打ち消すように、少女は律儀に斧を元の場所にもどしていた。どすん、と僅かに埃が舞う。掃除しなきゃなんねぇな、と店主は思った。

 

「やっぱり、剣とかの方がいいわね」ルイズが言った。

「さ、左様で……?」

「ええ。重さはともかく、少し振りにくいわ」

「左様で」なるほど。確かにこの体型ならばそれもそうだ。店主は頷いた。そもそもその体型なら先ず持てないのでは、という疑念はなかった。実際持ててしまったのだから。

「あと、より頑丈なものをお願い。強度に難があったわ」

「左様で……それはどうも」おまけに知識もある。あの斧は固定化の掛かりが悪いものだったと店主は思い出した。

 

 この化け物に何を出せばいいんだ? 店主は一人困惑し、絶望する。細く弱いレイピアなんか出した日には、それを真っ二つに折られて、あなたもこうなりたいのかしら? などと言われてしまうかもしれない。

 とりあえず謝る準備は万端にしておく。自分に非が無いのは無論承知だが、そもそも貴族とはそういうものだと己に言い聞かせる。

 とそこで。

 

 

「おい、嬢ちゃん、こっちへ来な」

 

 突如、店主ではない、低い男性の声が聞こえた。ルイズは弾けたように辺りを見渡した。無論、ここには自分と店主の男としかいない。

 一方その声に心当たりがある店主は絶句した。店の厄介物。ときたま客に失礼な言動を言う、狂った武器。

  

 

「こっち、こっちだ」 

「……インテリジェンスソード?」

 

 店主が何かを言う前に、ルイズは声の持ち主と相対していた。十把一絡げに収められた武器群。その中にある、錆びだらけの大剣。

 ルイズに声を掛けたのは、一振りの剣だった。意思のある魔法武器。インテリジェンスソード。

 剣は落ち着いた声で「手に取れ」と言った。店主は、いつもへらず口ばかり叩くそれの、普段とは違う声色を聞いて、ますます混乱していた。ルイズは、何かに導かれるように、反論も問いかけもなく、剣の柄を握った。

 感慨深そうに、剣は言う。

 

「ああ、待ちくたびれたぜ。そうさな、お前さんが今代の使い……あれ、んん? いや、担い……あれ、ん、んんん? 嬢ちゃ、いや、あれ? 坊主? んん? どっちだ? なんだこれ、懐かしい哀れみが」

「ふあ!?」

 

 ルイズは素っ頓狂な叫びをあげた。剣が言った前半は意味不明だが、後半部分、これは、自分の。

 ほとんど反射的に、ルイズは瞳を瞑った。意味などなかったが、結果はあった。

 

 暗闇の中に、黒い犬がいた。幼いルイズがいた。その真ん中に、古ぼけた剣が闇に突き刺さっていた。

 

「へ?」

 

 闇の中で、ルイズの魂の中で、剣が言った。

 

「うわあああああああああああ!」

「きゃあああああああああああ!」

「おおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

 剣が、ルイズが叫び、それに驚いた店主もまた叫んだ。武器屋はたちまち喧騒に包まれた。

 ルイズは瞳を見開いて、剣を武器群から抜き取った。自身の身長ほどある、片刃の剣だ。年季を感じさせる錆があちこちにこびりついている。

 

「ちょ、ちょちょちょ、なに、なんなの、よ。私の何を」

「な、なんてこった……ちくしょう! そういうことか! か、かわいそうに……!」うわ言の様に、剣が言った。憐れみの言葉。原理はともかく、ルイズは確信した。知られてしまった! ルイズの新しき力を! 性的な意味のやつだ!

「あああああ、あんた、いっ、一体……!」

「サー……じゃない! 嬢……嬢ちゃん、だよな!?」

「そ、そうよ! 嬢ちゃんよ! 誰がどう見ても!」

「お、おう! 全くその通り、立派なナニを」

「ころすぞ!」

「ま、まてまてまて! んん! お前さんは間違いなく、立派な嬢ちゃんだ! ともかく、おれを買え! 色々と為になる!」

「そうね!」為になるならないはどうでもよかった。これは口封じ的な意味だ。秘密を知られたからにはというやつである。ルイズの瞳は何かしらが渦巻いていた。

「おれはデルフリンガー! よろしくな」よろしく返しは、ルイズはしなかった。

 

「ちょっと!」ルイズが声を上げた。顔は店主のほうを向いている。

「は、はい!」

「これ! 買うわ! いくら!?」

「それでしたら鞘込みで百エキューです!」

「はいっ!」

「まいど!」

「どうも!」

「じゃあなオヤジ! おれ売られるぜ!」

「達者でなデルフ!」

「ごきげんよう!」

「ありあとしたー!」

 

 ルイズは手早く剣――デルフリンガーを鞘に入れ、とびでている紐を前につけて背中にしょった。そこから、烈風の如き速度で、扉を開けて店から出て行った。

 嵐の様な顛末だった。登場人物全員が尿を我慢しているのかというぐらいの早台詞だった。

 店主は数秒の間呆然とした。何が何だか分からなかった。彼は店の掃除に取り掛かった。

 





つまり始まる前からおかしくなっているということ。

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