ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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×××はめんどくさい
第十八話


 

「おらぁ! ルイズ出てこいや! お説教はまだ終わってないんじゃあ!」

 

 

 

 お母様の声が聞こえる。いやこれお母様か? 何かおかしい気がする。まぁでもお母様だろう。巨大な竜巻が見えるからだ。お父様が宙を舞っている。

 ルイズは母親の説教みたいな何かから逃れ、ヴァリエール家の庭池にある小舟の上でしくしくと泣いていた。

 小さなルイズの心には、様々な負の感情が渦巻いていた。悲しみ。虚しさ。そして怖れ。物事全てへの怖れだ。母親や周りの目、そして未来への恐怖。

 

 一体自分は、いつまで惨めでいればいいのか。

 

「泣いているのかい、ルイズ」

 

 舟の上に、一陣の風が薙いだ。ルイズが顔を上げると、一人の青年が舟の上に立っていた。

 

「子爵様」ルイズが舌っ足らずな声で彼を呼んだ。憧れの人。無能な己の、有望な婚約者。

 

 

 金髪の髪を靡かせ、マントに身を包んでいる男――ワルド子爵はにっこりと笑い、舟をひとつも揺らすことなく、ルイズへと近づいた。

 そこで彼はマントをがばっと開いた。全裸だった。ワルドの下腹部にある子爵が天を指している。ルイズは頬を赤く染めた。

 

「まぁ! いけませんわ、子爵様」

「いいじゃないか、ルイズ。僕は君の婚約者だろう?」

「それはお父様が、勝手に」

「じゃあ、君は嫌なのかい? ルイズ」

「嫌というか……」

 

 ルイズは立ち上がった。全裸だった。

 

「私の身体、こんなんですけど」ルイズの下腹部にあるヴァリエールが地を指していた。つまり二人合わせて天地に隙がないおちんちんだと言える。

 

 ワルドは形の良い顎に手を当ててふーむと唸った。

 

「これはこれでありなのでは? 素敵なミ・レィディなのでは?」

「カッタートルネード!」

 

 どこからともなく飛んできた鋭利な竜巻が、全てを塵と化した。ワルドも、舟も、池も、庭も、家も、世界も。何もかも。

 空っぽの世界で、ルイズだけはそこに立っていた。

 

ありなのでは? ありなのでは? ありなのでは? ありなのでは……?

 

 血風舞う冷たき大地にて。

 男の純粋無垢なつぶやきが、いつまでもヴァリエール領(跡地)に木霊し続けていた。いつまでも、いつまでも……

 

 

 

 

 

「なしよ」

 

 

 夢のワルドの問に、現実のルイズが回答を出す。考えるまでもない。何が『ありなのでは?』だ。レディの股間のミ・レィデイを褒められて、そしてなんだというのだ。お辞儀でも返せばよかったか? 

 素晴らしい一日を予期させる、煌く朝の日差しがルイズへ届く。小鳥たちの囀りが耳に心地よい。夢見は最悪だった。

 ルイズは体の上半身をむくりと起き上がらせる。下半身は起き上がっていない。これは快挙だった。射精どころか勃起もない。やったね。やってねぇよ。

 

「んあああああああああああ!」

 

 桃色の髪をがしがしと掻き毟りながら、ルイズは吼えた。

 虚しい。ただただ虚しい。思い出が穢された気分だ。ルイズは少しだけタバサの気持ちが分かった。

 しかし何より虚しいのが、タバサとは違いその穢れは己自身が発信源なのである。自分の夢の責任を誰かに押し付けることはできない。

 

 あの夢のワルドは何しに来たのか。チンコ出しに来ただけじゃねぇか。慰めの言葉すらなかった。

 

 ぷはぁ、とルイズは凶悪な吐息を出して、首をごきりと鳴らした。とても乙女の行動とは思えない。

 ルイズは『あんなもの』を子爵様と呼びたくはなかった。すぐさま奪爵されるべきだ。そもそもなんで勃起してたんだよ。

 世界の全てに文句をつけながらルイズが半眼のままベッドから降りると、床の上でカタカタと揺れる何かが視界に映った。デルフリンガ―だ。

 

 おもむろに鞘から剣を抜く。するとデルフは嬉しそうにまた揺れた。

 

「なにも、ない! 汚れていない! 白いなんたらがない! やったじゃねぇか、ルイズ!」

「うるさい」

 

 ルイズは剣を投げた。

 この大剣に悪気はないのであろう。かつて彼の持ち主であった被害者乙女様も経験したという、朝の物理的白い悪夢がなかったことに、心から喜んでくれているのであろう。

 けれど時として、善意は鋭い刃となり得るのである。剣だけに。

 

 

 

 夢が夢だったせいだろうか。射精もしていないのに、結果的に早起きしてしまった。

 することもないので、ルイズはデルフリンガ―を背負い、とりあえず走ることにした。気分転換の意味もあるが、何よりそれが必要だと感じたからだ。

 昨夜剣を振るってみて、更にデルフに言われて、下半身の粘りが大事だと知った。性的な意味ではない。長いものを振る上でということだ。性的な意味じゃねぇっつってんだろ。

 身体を鍛える。強さの源泉は肉体から出でる。悪いことには思えなかった。だから、即実行に移した。

 

 静寂の内にある魔法学院の外を、ルイズはデルフリンガーを背負いながら黙々と走った。

 がしゃがしゃと物々しい音を立てながら、えっちらほっちらと、少女はぐるりと学院を一周した。

 

 早朝に。貴族の娘が。身の丈程の剣を背負い走っている。異様な光景以上の何物でもない。

 事実、ルイズとすれ違った幾人のメイドはドン引きした目をしていた。

 ぼとり、と抱えていたシーツを落とす者さえいた。特徴的な黒髪。よく見るとシエスタだった。

 

 

「あら、シエスタじゃない。おはよう」

「お、おはようございます、ミス・ヴァリエール」

「手伝うわ」

「あ、ああ! そんな、お、おおお、お手を煩わせるなんて!」

 

 ルイズは立ち止まり、シエスタが落としたシーツを拾い集めようとする。

 シエスタは大慌てだ。いくら変わり者でもルイズは貴族なのである。地に落ちたシーツを拾わせるなどもっての他だ。

 ルイズは「別に構いはしないわよ」と微笑みながら、大剣を背負ったまま軽やかな動きで白い布を集めた。

 目を白黒させているシエスタにシーツを渡すと、ルイズはそこで、今日はやたらと使用人が忙しそうにしていることに気付いた。朝も早いというのに、いつもの倍ぐらいの人が動いている。

 

「ねぇ、シエスタ。今日って何かあったっけ?」

「は、はい、あ、あの、今日は、舞踏会が……」

 

 ――フリッグの舞踏会!

 

 そういえばそうだった。声に出さず、ルイズは目を見開く。

 何に驚いたかといえば、その存在自体ではなく、その存在を忘れていたことにである。

 以前は舞踏会をそれなりに楽しみにしていた気がするが、今はもう全く興味がない。 

 煌びやかな装飾の下で踊っている暇があるならば、月明かりの下で剣舞してた方がより有意義であるとさえ考えていた。

 

 つくづく己は変わったと、ルイズはそう思う。これは良いことなのか、それとも。昨日のモンモランシ―の困惑した態度を思い出す。股間を刺激する甘い匂いもだ。うるせぇ殺すぞ。

 ルイズが様々な事物に悶々としていると、身を屈めたシエスタがおずおずと上目づかいで尋ねてきた。十五フランソワーズ。

 

「あ、あのミス・ヴァリエール、一つお聞きしてもよろしいでしょうか……」

「良いわよ。何?」ルイズはメイド服に閉じ込められた巨大であろう膨らみから目を逸らして言った。ルイズの膨らみが更に拙いことになりそうだからだ。ルイズにおっぱいはない。

 

「ど、どうして、剣を背負ってらっしゃるのですか……?」

 

 不敬や無礼だろうと思う気持ちより、好奇心が勝つ場合だってある。 

 シエスタの発言は正しくそれだった。小柄な貴族の少女が巨大な得物を背負って辺りを徘徊しているのである。板しかない、もとい、致し方ないであろう。ルイズにおっぱいはないのだ。三度目はないぞクソが。

 

 シエスタの台詞より遥かに失礼な己の思考を捨て置き、ルイズは逡巡する。

 何しろ説明が面倒だ。それに、誰かに力への渇望を分かって欲しいわけでもない。

 という訳で。

 

 

「健康の為よ」

 

 ルイズはそう言い放った。極めてギリギリの線ではあるが、丸きり嘘でもない。

 

 しかし純朴なシエスタは、そんな綱渡りの意味合いを鑑みず、ルイズの言葉を額面通りに受け取った。

 魔法のみならず肉体も鍛えている。しかも小柄な少女があんな大きな剣を持っているなんて。

 貴族って凄い。シエスタはあらためてそう思った。

 

 

 

 時間進んで、夜。

 結局、ルイズは舞踏会に出なかった。朝が終わり、昼が過ぎ、日が沈んでもなお、ルイズはそれに参加する意味を見いだせなかった。

 誰もいない広場で、ただ剣を振るっていた。双月が見下ろす中で、ただ一人踊っていた。ルーン由来の湧き出る力が、過去の鬱屈を忘れさせてくれる。

 けれども、そうした独りの時間は長く続かなかった。舞踏会用の服装に身を包んだギーシュとモンモランシ―がルイズを訪ねてきたのだ。二人は互いの腕を絡ませていた。

 大剣をぶんぶん振り回しているルイズに目を丸くしながら、モンモランシ―が言った。

 

「なにやってんのよ、ルイズ。こんなところで。舞踏会は?」

「それはこっちの台詞なんだけど」ルイズが怪訝な顔でそう返すと、ギーシュがにこやかな笑みで、

「いやね、僕らは君を探していたんだが、どうも舞踏会に出ていないというじゃないか。だから、おそらくここに居るのだろうと思った訳だ」と言った。

「私を? なんで」

「礼を言いにさ」

 

 なんの礼だ、とルイズが問うことはなかった。大体を察したからだ。

 腕を組みあっている二人。ニコニコしているギーシュ。顔を赤らめているモンモランシ―。そしてギーシュにもある顔の赤み……薄っすら掌の形をしている。

 つまり、モンモランシ―の平手打ちの跡だ。そしてそれが、文字通り手打ちになったのだろう。二人の不和がなくなった訳だ。

 恐らく、二人にとっては舞踏会なぞ些事なものになっているのだろう。隣に恋人がいるのだから。

 

 そんな二人が言うところには、昨晩の出来事をお互い話し合った時に、一応の掛け橋になったルイズに何かしらの礼を言った方がいいのではと考えたらしい。

 

「別に、そんなことしなくても」顔の赤らみが、ルイズの頬にも現れた。

「あらルイズ、照れているの?」

「なんだい、可愛いとこあるじゃないか」

「消し飛ばすわよ……いや、私じゃなくて、モンモランシ―が」

「すまない」

 

 モンモランシ―はとても描写できない恐ろしい顔をしていた。他の女を褒めただけでこれである。

 それに対抗するためにか、どうもギーシュは高速で謝罪するという技術を習得したらしい。モンモランシ―は「ならいいけど」とギーシュの腕をつねりながら言った。いいのか。

 ただ本人たちは幸せそうに見える。ならば、それでいいのだろう。

 

「ああ、そうだ、ルイズ」とギーシュが言った。

「なに?」

「君さえ良ければ、昨日の続きと洒落こもうじゃないか」

 

 そう言って、一度ギーシュは隣の彼女から距離を取って、懐から薔薇状の杖を出した。

 昨日の続き、つまり、ゴーレムを使った訓練(のようなルイズの憂さ晴らし)をまた行おう、ということだ。

 ルイズとしては、己がどこまで動けるのかを把握するという上でも願ったりな申し出ではあったが――

 

「……いいの? 同じ結果になるだけよ?」

 

 モンモランシ―を横目で見ながらルイズが言った。昨日の今日でギーシュの能力が劇的に上がったとは考えられない。さしものルイズも、少年をその恋人が見ている前でボコボコにするのは忍びなかった。

 するとギーシュは、弱弱しい顔で眉を下げた。

 

「昨日、モンモランシーにルイズと何をしていたかを説明するだろう? そうしたら、結果も言わなきゃいけないだろう? すると、信じないんだ、彼女」

「だって、いくらなんでも」

「……何も全部を正直に言わなくてもよかったんじゃない?」

「嘘は身を滅ぼすと学んだのさ。どうせ、いつかはバレるだろうからね」

「ええ……じゃあ、本当に?」

 

 モンモランシーは戸惑いの表情を浮かべている。

 さもありなん。彼女は仮にも魔法を使えるギーシュが、ゼロのルイズに手も足も出ないのはおかしい、とそう判断したのだ。

 この場に来たのは、おそらくそれを確かめる為でもあるのだろう。もしルイズの強さが虚言であるのならば、昨夜ルイズと何をしていたかもまた嘘になる。

 最終的にギーシュのすべてが嘘になってしまう……は、言い過ぎだが、彼の信頼性が薄まってしまうのは事実だ。なにせ、彼には前科がある。

 

「ちなみにモンモランシ―。見てたと思うけど、私はこの通り剣を振るえるし、今や爆発も制御できるわ」

「あの、ギーシュ、やっぱりやめた方が」

「うむ。信じてくれたかい、モンモランシー。けれど、男に二言はないのだ。グラモン家の三男として、一度レディへ誘いを掛けたのならば、自ら取りやめることは出来ないんだよ」

「ああ、ああ、ギーシュ……」

「見ててくれ、モンモランシー。薔薇の散り様を」

 

 二人は向かい合って、何やらぼそぼそ呟いている。

 まるで戦地に赴く青年とその恋人のようだった。

 これは結局イチャつくための方便として使われただけなのでは、とルイズは訝しんだ。

 とりあえず、茶番は終わりだ。地獄を見せてやる。ルイズは左手に剣を持ち、右手に杖を持った。

 

 

 

 

 そして行間で終わった。

 

 

 

「げふん」

「ああ、ギーシュ!」

「他愛なし」

 

 ルイズは剣をひゅんと一振りして、地面に突き立てた。

 柄から手を離す。全能的な力の消失。この感覚にも慣れつつある。

 そこでルイズが横目を流すと、大の字に倒れたギーシュの頭をモンモランシ―が膝に乗せていた。

 

「ああ、ギーシュ、ギーシュ。しっかりして……」

「ふ。ふふ、モンモランシー、見ていてくれたかい……大体昨日もこんな感じだった……ちくしょう」

「ええ、ええ、ギーシュ。信じるわ」

「モンモランシー……」

「ギーシュ……」

 

 

 勝手にやってろ、とルイズは心中で呟いた。

 二人は「激闘で傷ついた少年とそれを労わる恋人ごっこ」に勤しんでいるが、別に彼はどこも負傷していない。

 ギーシュが展開したワルキューレを、ルイズが剣舞で即座に断裂。すかさず爆発魔法をギーシュの足元に撃って、彼の体勢を崩す。

 あとは最速の踏み込みで距離を詰め、仰天してしりもちをついたギーシュの喉笛に切っ先を突き付けて、終わり。ギーシュは白旗を上げた。

 

 まぁいい運動にはなったわね、と、完全に二人の世界に入っている彼奴らから目をそらしつつ、ルイズは己に言い聞かせた。

 と、そこで。

 

「ルイズ」今まで特に言葉を発さなかったデルフリンガーが声を掛けた。警告めいた硬い声。

「分かっているわ」ルイズが返した。視線には気づいていた。天空へと顔を向けて、大きく口を開ける。

 

「見てないで降りてきたら?」

 

 すると、暗闇の空から一頭の竜が舞い降りた。風竜シルフィード。その背には主であるタバサとキュルケが乗っている。

 

「はぁい、ルイズ」

 

 普段の五割増しなおっぴろげドレスに身を包んだキュルケが、地へ足を着けた。これは拙い。エロ過ぎる。ルイズは咄嗟にデルフリンガーを掴んだ。比喩表現ではない。股間のデルフリンガーじゃねぇよ。

 武器把握。ルーンの力を総動員した肉棒制御。情けなくて仕方なかったが、こうする他ない。ルイズはキュルケを睨み付けた。正確に言えばキュルケのおっぱいをだ。

 

「はぁい、じゃないわ。あんた達まで、何しに来たのよ」

「タバサがお腹いっぱいだっていうから、腹ごなしに空の散歩をしていたのよ」

「食べ過ぎた」

「踊りなさいよ」

 

 どいつもこいつも舞踏会を何だと思っているんだ。とルイズは思ったが、そもそも己は参加すらしていないのだ。ぐっと言葉を飲み込む。

 代わりに。

 

「キュルケ、あんたはいいの? 男どもがわんさか待っているんじゃない?」

 

 ルイズはゲルマニアの広大な土地に想いを馳せた。夢希望が詰まったそれを狂信している者だっているだろう。おっぱい教の連中だ。

 だからこそ、そのふざけた輩から信仰を得るため彼女は『そういうドレス』を纏っているのだとルイズは考えたのだが。

 キュルケは穏やかな微笑みを浮かべている。

 

「今は私の微熱を燃え上がらせる殿方がいないのよ。タバサを眺めているほうがよっぽど楽しいわ」

「料理美味しかった」

「ふふ、タバサったら口周りを汚しちゃってるのよ」

 

 ――お母さんか。

 だがその母性は私に効く。やめてくれ。もろちん、もとい、もちろん、ルイズは口に出さず、心中だけで唸った。

 エロさと優しさを兼ね備えているなんて、卑怯よ! 心が悲鳴を上げた。こちとらチンコが付いていて更に魔法が使えないというのに。互角だな! しゃらくせぇよ。

 

「それよりルイズ、見てたわよ、なかなかやるじゃない」

「凄かった」

 

 ルイズははっとした顔で己の下腹部を見た。盛り上がっていない。

 一拍おいてから、気づく。彼女たちは己の剣技について言っているのだ。

 

「剣、本当に使えるのね……もしかして、使い魔の力?」

「……だったら何よ」

 

 刹那の間隙。ルイズはキュルケに鋭い視線を飛ばした。脳裏に浮かぶは才有る者。見下しの瞳。降って湧いたものに縋って、何が悪い。

 心に刺さる棘。手の内にある柄を、きつく握りしめる。内にある闇が燃えている。黒の祭壇に憎悪の薪がくべられた。

 しかし、ルイズの剣呑な雰囲気に関わらず、キュルケは微笑みを崩さないまま、隣に佇むシルフィードの顎をくすぐった。もうエロい。風竜は嬉しそうにきゅいきゅいと鳴いている。

 

「何もないわ。あなたがそうしたいなら、好きにすればいじゃない」

 

 なにも、なかった。キュルケの言葉に、キュルケの目に、嘲りの色はなかった。

 ルイズの心に渦巻いた何がしかが、あっという間に霧散していった。ルイズは戸惑う。あらゆることに。

 夜中に風が吹いた。暖かく、緩い風だった。ルイズとュルケは何も言わなかった。ルイズはキュルケの瞳を見た。熱く、優しい輝きが灯っている。

 空気を求める魚の如く、ルイズは幾度か口を閉口させた後、放つべき言葉を探る。

 

「キュルケ、その」

「ワイン飲みたい」

 

 そこで、タバサの遮りが世界の全てを切り裂いた。

 キュルケは己のドレスの裾をひっぱるタバサに破顔した。タバサの頭を撫でた。屈んで目線を合わせた。お母さんか。

 

「なぁに、あんなに食べた後なのに、お酒飲むの?」

「飲みたい。みんなで」

 

 周囲を見渡しながら、タバサはそう言った。詰まるところ、昨日と同じことをしたい、ということだ。

 どうやらタバサは味を占めたようだ。そしてそれは、赤い葡萄のそれだけではないのだろう。

 台詞を遮られて何とも言えない顔をしていたルイズと、タバサの目線がかち合った。今まで冷え冷えとした印象しか持ち得なかった彼女の青い瞳は、見た目相応の幼い光が宿っていた。ルイズはそれを悪いものとは思わなかった。

 

「なに、また飲むの?」と少し離れた場所にいたモンモランシ―が立ち上がって言った。ごつん、と音がした。心なしか軽い音だ。いてっ、と誰かが唸った。

「来る?」とキュルケ。

「うーん、まぁ、いいけど」

「決まりね。ルイズは?」

 

 問われたルイズは、視線をあちこちに彷徨わせた。

 ただワインを飲んで喋るだけの集まり。参加する利点なぞ考えるまでもない。ゼロ。価値なし。

 ――そういうもんじゃないだろ、こういうことは。 

 魂の中、鐘の様に響く声。それに対し、ルイズは否定の弁を持たない。誰もが利益不利益のみで人付き合いをしている訳ではないのだ。

 それを超えたものがある。損得勘定だけで考えない事象がある。それは分かる。ルイズは不意に、目を瞑る。

 

『こころがよわいみたいじゃない』

『そういう風に考えるのか、お前は』

『わたしは、ここでいい。このやみのなかで』

『色んな人と話して、視野を広げることだって大事だろ?』

『……』

 

 瞳を開ける。ルイズはため息交じりに口を開いた。後押しするような遠吠えが聞こえる。分かっている。けれど、素直に認めるのは癪なのだ。

 

「……少しだけよ」肩を下げて、ルイズが言った。するとキュルケは少しだけ瞳を丸くした。

「へぇ……」

「なによキュルケ、その目は。あんたから誘ってきたのに」

「別に。でも」

 

 そこで区切って、キュルケはルイズをじっと見る。二人の視線が交じり合った。今まで、果たして幾回、二人は互いに互いを見合ったのだろうか。すべての柵を抜きにした、ただのルイズとキュルケとして。

 これは、一時的なものなのか。これからは、その回数も増えていくのだろうか。答えは闇の中だ。

 けれど事実として、今のキュルケが浮かべている笑みに含むものはなかった。キュルケはゆっくりとルイズに近づいた。物理的な距離も。精神的な距離も。近くなる。

 

「貴女のそういうところ、嫌いじゃないわよ、私」言って、キュルケは手を伸ばした。褐色の掌がルイズを見ている。これは何の手だろうか。考えるまでもなかった

 

 だが肝心のキュルケの考えが読めない。この女は何を思っているのか。そういうところとはどういうことだ?

 

 憎まれ口を返すのは簡単だった。私はあんたが嫌いよ。そう言うことは出来た。むしろ言うべきなのだろう。一線を越えない為に。

 

 何もかもが癇に触れる女なのだ。ツェルプストーで。才色兼備で。自分を馬鹿にしてきたことだってあった。知られてはいけない秘密に入り込みさえした。紺色の手袋。今も着けている。

 ルイズは彼女を憎むべきだった。恨むべきだった。今までそうしてきた様に。

 けれど疑念が纏わりつく。友好的な笑みを浮かべる目の前のキュルケを、差し出されたキュルケの手を跳ね除けるのは、正しいことなのか? 家系の因縁はそこまで深いか? 仮にそうだとしても、目の前のキュルケに祖先の責があるのか?

 秘密のことだってそうだ。彼女が誰かにこのことを話すのか? 彼女はそういう人間なのか? 憎きツェルプストー。その筈なのに、ルイズは全ての疑問に首肯出来ない。

 魂が嘶く。いい加減、素直になれよ。闇に響くは福音か、はたまた呪いか。

 

 瞳を閉じていないのにも関わらず、ルイズの片方の視界が不意に闇に染まった。

 闇の向こうに微かなかがり火が見える。黒犬が先行して、こちらを向いて鳴いている。早く来いよ。悪いことでも何でもないだろう。

 幼いルイズは、その光に心地よさを覚えた。かつて求めていた温度。その微熱は、幾年の孤独を溶かしてくれるのだろう。

 向こう側に救いがあった。手を伸ばせば届く距離。ルイズは認めた。

 

 

 認めたうえで、幼いルイズは杖を抜いた。空には月がある。タバサにはキュルケ。モンモランシーにギーシュ。では己は。

 不意に本質を掴んだ気がした。

 幼いルイズは暗闇色の絶望を紡ぎ、黄昏の爆発を産んで、全てを薙ぎ払った。光も、感傷も、救いも、何もかも。

 やっと灯った光さえも失った空虚な世界で、憐れむ様な瞳の黒犬がぽつんと佇んでいる。幼いルイズは歌うようにつぶやく。

 

『誰も、私の涙を掬ってはくれなかった。誰も分かってくれなかった。誰が私を理解できるというの。期待してしまった。無駄に考えてしまった。最初から、分かり切ったことだったのに』

『……それが、それがお前の出した答えかよ。それじゃあ前と変わらないじゃないか!』

『卵の方が鳥より早いのかしら? それとも逆? 分かってくれないから拒絶する? 拒絶するから分かってくれない? どうでもいい。結果は同じよ』

『置いてある料理に手を付けていないだけだ。お前がそうしようと思えば、いつだって。結果を自分で決めるなよ』

『上っ面の甘い蜜だけ吸っておくわ。身体に悪そうだから、それ以上は要らない』

『勝手にしろ。ひねくれやがって……』

 

 支離滅裂な会話。否。滅茶苦茶で整合性が取れていないのはルイズだけなのだ。今も。昔も。

 そっぽを向く黒犬。遠ざかる闇。一瞬、己の闇に入り込んだデルフリンガ―が、呆れたような呻きを出した。それ以上はなにもなかった。

 開ける視界。その果てに、捩じり曲がった大樹が虚な華を咲かせた。思考は透明だ。ルイズの迷いが消えた。

 

 キュルケの人間性を認めるのと、彼女に友愛の情を抱くのは別なのだ。

 その場その場での感情は否定しない。楽しいという気持ち。一時の馴れ合い。だがそれより先に道はない。

 

 すべては力のため。見識を広めるため。それだけに過ぎないのだ。

 

 ルイズは体を反転させた。背中の越しの拒否。キュルケの手が宙に忘れられる。彼女はどんな顔をしているのだろうか。心が軋む。

 けれど、その僅かな痛みさえも、ルイズは消し飛ばした。

 

「私にそのつもりはないわ。ただの暇つぶしよ」

「……ま、いいわ」

 

 キュルケの声に失望の色はなかった。そのことに喜ぶ自分がいた。抗えぬ二律背反。そしてきっと、失望している者がどこかにいる。世界のどこか。もしくは己のどこかに。

 知ったことか。ルイズは都合が悪いことは全部無視することにした。

 

 

 キュルケはルイズの内を知ってか知らずか、あっけらかんとした態度で手をたたいてから辺りを見渡した。

 

 

「じゃあまたタバサの部屋でいいわね? あとギーシュは駄目よ」

「ええ、そんな」

「男子禁制」

「逆になんでいけると思ったのかしら? あ?」

「痛い痛いモンモランシー痛いよ! 関節が痛い! はいごめんなさい!」

「じゃあお風呂のあとに部屋に集合ね。あ、ルイズ」

 

 ルイズは振り向いて、そして察した。これは頭悪い発言するときのキュルケの顔だった。

 

「お風呂、一緒に入る?」

「こいつ……」

 

 

 ちょっと入りたかったという何処からかの囀りも、無視した。何も聞こえない。

 

 

 

 





「二人合わせて天地に隙がないおちんちん」は是非声に出して読んでほしい。
 美しい日本語は後世にまで残さなければならないのだ。
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