ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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第三話

 

 夜も更けた頃。

 

 

 トリステイン魔法学院の学院長オールド・オスマンは、老体でありながらも遅い時間まで事務処理に追われていた。

 貴族の子息を預かるこの施設、抱える問題、処理しなければいけない物事は、外面で見えているものよりずっと多い。

 特に、ここトリステインは他諸国に比べ貴族の思想がより選民的だ。早い話、無駄に高い誇りとやらを曲解して振り回している節が目立つ。

 なれば、そのトリステイン貴族の子供たちはどうなのだろうか、考えるまでもなく、いや、考えるたびにオスマンは頭が痛くなる。

 カエルの子はカエル。貴族の子は貴族。しかも長年この立場にあるオスマンは、時が経つに連れ、学院に通う貴族の性質が悪くなっているのを感じていた。

 

 水は低きに流れるもの。人は意識しなければ、安易で堕落した方向に進んでしまうのだ。

 そしてそれは、正しく水流のごとく絶対的で、誰にも止められない。偉大と呼ばれる自分でさえも、時のうねりには逆らえない。

 何年も前から、オスマンは国の行く末を案じている。この先、果たして明るいものが、この国に、この国の子供達に待ち受けているのだろうか。

 こう考える己は、やはり歳を取ってしまったのだろうか、そう思いながら、決して暗き感情は顔に出さず、オスマンは同じく事務処理に追われ世話しなく動く己の秘書の臀部を触りまくるのだった。

 

「やめっ、やめて下さい!」

「のう、ミス・ロングビル……貴族の正しい姿とは、果たして何を指すのかのぅ……」

「少なくとも人の尻を触るのは貴族と……やめ、やめて下さっ、やめろ!」

 

 かなりマジな顔で己の手を叩き落とした秘書――ロングビルを、オスマンは横目でちらりと見る。尻もいいが、胸もいい。腰もいい。

 オスマンはちょっぴり赤くなった枯れ木のような己の手を摩り、顛落する貴族社会の将来と安産型のお尻のことを強く思案した。

 

 事務処理二割、性的嫌がらせ八割を淡々とこなし、未来への展望に三割、目の前のケツに百割の思考を割いていたオスマンは、この学院長室の扉を叩く音に、手と思考を止めた。

 こんな時間にこの部屋に訪れる者に心当たりはなく、訝しげに思いながらも、オスマンは訪問者に入室を許可する。

 

 現れた人物を見て、オスマンは心中で微かに唸った。

 

 その者が、学院の生徒、ラ・ヴァリエールのルイズ・フランソワーズだったことは、そこまで驚くべきことでもない。昼間教師から聞かされていた事柄を思い出せば、十二分にあり得ることだ。

 問題は、彼女の格好・相貌にあった。

 かなりの時間泣きはらしたでのあろう、充血して腫れぼったくなっている瞳。顔色は死人の如く真っ白で、口元はきゅっと強く結んである。

 服装そのものは別段代わり映えのしない制服そのものだったが、とことろどころが皺になっていたりよれていたりと、とにかく杜撰な身だしなみだった。

 オスマンも、隣に立つロングビルも、貴族にあるまじきそのだらしない格好に、諌める言葉を吐かなかった。どうして諌めることが出来ようか、この絶望を噛み締めた顔つきの少女に。

 

 失礼します、ルイズが呟いたその言葉は、弱く、擦れたものだった。

 

「お話があります」どこまでも透明で、もしくは空っぽとも言える表情で切り出したルイズに、オスマンは「うむ」と簡潔に頷く。何も不安はない。言外にそう伝えるように。

 

「ミス・ヴァリエール……使い魔召喚のことかね?」

「……はい」

「聞いておるよ。確かに使い魔の召喚は進級する上での義務じゃが……なに、一度きりの機会で済ませという規則はない。君が望むのであれば、例えば明日行わなくても、もう少し日を改めることも可能じゃて」

 

 だから、今日はゆっくりおやすみ――しわがれた、しかし朗々とした声で、オスマンはそう言った。

 それはこの翁の優しさから出た発言でもあり、トリステイン魔法学院の頂点として、揺ぎ無い残酷な境界線を引く言葉でもあった。

 許される限り、オスマンはルイズに召喚の機会を与えるだろう。何度失敗しても、何度爆発しても。だが、それだけだ。

 許される限りを越えた先、幾回幾日挑戦させ、それでも、成功、もしくはその兆しが現れない時は――オスマンは、その持てる権限により、ルイズを留年させることになり、そう言った場合は、その生徒は殆ど学院を去ることになる。

 つまりは、事実上の退学勧告だ。

 

 国から任せられた一つの機関を運営しているということは、それだけの権力を持っているということだ。オスマンは、それを正しく使う義務がある。

 ならば、魔法が使えずゼロと呼ばれる少女を学院から落すことは、正しい判断なのか。誰よりも貴族足らんと努力しているこの少女を落すことが、己の義務なのか。

 

 百歳とも三百歳とも言われる偉大なるメイジ、オールド・オスマン。

 しかし数多の経験を積んだこの老人でも――もしくはこの老人だからこそ――人の価値観による移り変わる、絶対的な正しさの証明は、出来なかった。

 けれども、ルイズは、オスマンの意図する考え――召喚儀式の再試行についての懇願――ではなく、まったく予期しない言葉を紡いだ。  

 

「違います。違うのです」ルイズはゆっくりと頭を振るう「私は、使い魔を召喚しました」

「ほう」オスマンはその双眸を僅かに見開く。一見留年逃れの苦し紛れにも聞こえるが、それにしては少女の纏う雰囲気はあまりにも厳粛で、哀しげだ。

 

 では何を召喚したのかね、オスマンが問えば、直接には答えず、『耳』をなくして欲しい、とルイズ。

 それに益々疑問を募らせながらも、オスマンは杖を振るい、部屋全体をサイレントの魔法で覆った。これで、万が一にも他に会話を聞かれる心配はなくなった。

 虚偽や戯れでこの様な発言をしないということが分かっている程度には、オスマンはルイズのことを知っていた。先ず背負っている気配からして、ひどく真剣なものだ。

 うかつに言えない事情故なのだろう、オスマンはそう判断し、脇に控えるロングビルを見やる。

 彼女は言葉なくこくりと一つ頷いた。小柄な少女のただならぬ佇まい……一介の秘書が聞いていいものではない、そう判断して、ロングビルは扉に向かったのだが、

 

「待って下さい」とルイズが彼女の歩みを制する。

 

「私の――使い魔を今見せるに当たって、ミス・ロングビルにも同席して頂きたいのですが」

 

 どこか苦々しささえあるルイズの言葉に、老人と秘書は言葉なく驚く。サイレントの行使を願うほどに知られたくない、けれどもロングビルには居て欲しい。

 彼らにはその意図が分からなかった。そも、儀式監督のコルベールが言うには、ルイズは召喚が出来ず、場には何も現れなかったと聞いている。

 それが、今になって召喚が出来たと言う。この場に何もいないのに、今から見せると言う。何もかもが理外だ。

 ロングビルが「私は構いませんが……」と戸惑いを隠せない声色で言った。

 オスマンはルイズを見る。思い詰めてる様に見える。何かを覚悟している様に見える。震える極寒にいる様にも、滾る激情を湛えている様にさえも見える。

 

 ルイズは無言で左手を顔元まで上げた。手を開き、甲の部分を前方に居る二人に見せ付けるように翳す。

 そこに刻まれるは淡く輝くルーン文字。ロングビルの表情が驚愕に染まる。オスマンは表向きに色を出さず「ふむ」と頷いた。

 

「よければミス・ヴァリエール、もっと近くで見せてくれんかね。ワシも歳かのぉ、そう距離が遠いと、何がなんだかいまいち分からんのじゃ」

「はい」

 

 好々爺を装ったオスマンの台詞に、けれどルイズは表情を変えない。感情が詰まった混沌の表情。

 ルイズは近づいて小さい手を差し出す。オスマンはじっとそれを見た。珍しい形ではあるが、それは確かに使い魔のルーンだった。

 オスマンは杖を手に取った。「調べても構わんかね」油断なきその瞳にさえ、少女は気圧されることはなかった。「構いません」

 探知魔法、ディテクト・マジックがその杖から放たれるが――ピクリと老人の眉が上がる。ルイズは身動ぎ一つしない。

 

 

 結論から言えば、よく分からなかった。その一言に尽きる。

 

 

 使い魔のルーンがその身に刻まれるというオスマンでさえも不明な事象。魔法で調べても、ルーンは確かにルイズのものだ、というぐらいしか分からない。

 つまり、使い魔と主が合一している状態、ということ。それ事態が未聞だ。原因も意味も分からない。

 ルイズの様子から察するに、凡そ使い魔の見当が付いているのだろう。そしてそれは、並大抵のことではあるまい。ルイズの顔は、死地へと赴く戦士の様に厳しい。

 

 

「一つ聞きたいんじゃが」オスマンは静かに言った。「君の分かる範囲で構わんよ。想像でもいい。召喚した使い魔の正体……教えてくれんかね」

 

 

 

 

 

 

 ここだ。ここが分水嶺だ。ここが正念場だ。

 ルイズははっきりとそう確信した。

 正直、ミス・ロングビルもオールド・オスマンも、この上なく真剣な表情なのに、この後に繋げるクソみたいなクソの話を思うと、ルイズは心の中で限りなくうんざりしてしまう。

 与太話にしても悪ふざけが過ぎる馬鹿げた事情を説明するにあたり、きちんと受け取って貰うため緊迫感を持って臨んだのだが、どうやらそれが効きすぎたようだ。

 二人とも、まるでルイズが「私の使い魔は世界を滅ぼしうる存在なのです」と言うのを待ち受けているような、そんな顔で。

 全てを話して滅びるのは世界ではなくルイズの乙女機能である。考えれば考えるほど、ルイズは何もかもを滅ぼしたくなる。

 けれど覚悟は決めていた。滅ぼすだのなんだの後ろ向きな決意ではなく、汚泥を被っても前に進む未来への覚悟を決めていた。

 

「私の使い魔は、私の体内におります。完全に同化していて、その正体は分かりません」と言ったあと、ルイズはわざと目を伏せた。

 

「……そういうことに、して欲しいのです」

 

 ルイズは場の空気が冷えるのを感じた。前に控える二人が、発言の真意を測りかねているのが分かった。

 

 ――何がなんだが全く全くこれっぽち毛の先程も分からないが、使い魔は自分の中にある。いやほんと、ナニがなんだか。あーさっぱりわかんないわかんない。わかんないわー。ヴァリエールを以ってしてもわかんないわー。

 

 このふわっふわした言い訳を思いついたとき、いける! とルイズは思った。

 実際、そう言ってしまえば真っ向からの否定は難しいのだ。なんせ、使い魔が自分の中にあるのは本当で、ご丁寧に己にルーンが刻まれているのだから。それ以外のことは、私何も知らないもん! と言い張れば、少なくとも否定される隙は無い。

 そうすれば、あとは死にもの狂いで股の間にあるアレを隠し通せばいい……それが一番難しく、果てない道だというのは、一旦脇に置いておく。

 しかし、である。対外的にそういうことにしておく、それはいい。けれどその言い訳を、秘められたナニを、自分一人の力だけで守りきれるのだろうか。

 出来る出来ないというより、分からない。もっと言えば、出来ないに近い未知、が適切だろうか。守りきる覚悟があったとしても、世の中そう上手くいく物ではない。

 言ってしまえば、ルイズには味方が必要だった。完全にどうかしている……もとい、同化しているチンコを持ってしまった、可愛く高貴で純白で哀れな自分の味方が。

 それは共犯者、と言うか、馬車事故の巻き添え被害者だ。お前らも困れ。一緒に困ってくれ。

 

「つまり君は、全て把握していると。その上で、正体は明かせないと、そう言うのかね」

 

 先ほどまでの好々爺然とした老人は既にいなくなり、そこに居たのはトリステインの一貴族。もしくは魔法学院の学院長。

 加速度的に重くなっていく空気にえづきそうになりながら、ルイズは哀しげな微笑を作った。

 

「そうとも言えますし、そうではありません。少なくとも周囲にはそういうことだと言って欲しいのです……今、この場にいるお二方には、全てを説明いたしますわ」

 

 オスマンは厳しい表情を崩さす、隣に立つロングビルは困惑が見て取れた。まるで寝巻きの姿で煌びやかなパーティーに迷い込んでしまったような顔だ。自分はここにいていいのか。それを聞いていいのか。見ていいのか、と。

 その秘書の様子を、ルイズは視界の端に捉える。哀しげな微笑が少しだけ凶悪につりあがった。

 いいえ、ミス・ロングビル、私はあなたに見ていただきたいのです、あなたにこそ。あなたにだけ。オラ見ろよオラァ!

 ルイズは微笑を湛えながら、真っ直ぐにロングビルと向かい合う。

 

「ミス・ロングビル」

「……は、何でしょう、ミス・ヴァリエール」

「こちらへ来て頂けますか?」とルイズは入り口側の部屋の端を指差して、自身はさっさと隅に進み壁を背に立った。

「え、は……あの、何を」

「来て頂けますか?」

 

 ――いいから早く来いよ殺すぞ。

 罷り間違ってもルイズは何も言ってはいないが、有無を言わさぬ口調と、闇色の絶望にどっぷり浸っているような濁った瞳を見れば。ロングビルは自然、冷や汗をかいてしまう。

 こんな小娘に私は何を。ロングビルもまた秘匿している本性で心内に零す。ちらりと隣にいる学院長を見れば、この歳経た翁もよくわからないのだろう、彼女に向け頷くばかりだった。

 仕方なくロングビルが部屋の隅に赴きルイズの前に立てば、小さな彼女はもう少しこちらへ、いや、ややそちらに、そう、少しかがんで、とロングビル立ち位置を調整し始める。

 最終的には、部屋の窓側で椅子に座るオスマンからは、ルイズの姿が完全に消え、中腰になっている秘書しか見えない状態になった。

 

「ミス・ヴァリエール、そこだとワシには何をしているか」

「見ないで下さいまし」

「いや、しかし」

「見ないで下さい」

「ううむ……」

「見ないで下さい。見ないで下さい」

 

 ごり押しもいいところだ。けれど、オスマンはそれ以上何も言わなかった。それはルイズの意を汲んだというよりは、精神の大事なところがアレコレしたような全自動見ないで下さい人形に恐怖を抱いたからだろう。

 さておき。

 ルイズは正面を見る。眼鏡を掛けた緑色の頭髪のロングビルが、困惑の表情でこちらをみている。おっぱいはでかい。

 覚悟とか。決意とか。恥じらいとか怒りとか嘆きとかなんとか。ルイズの魂は様々な色合いが所と狭しと内面で暴れまわっている。 

 鳶色の瞳が怪しく輝き、左手のルーンが発光、死人のように白い肌には燃え盛る炎のような朱が差していた。

 

 ルイズは、一気にスカートをたくしあげた。

 

 

 ばばーん。

 

 

 時が凍る、とはこう言うことを言うのだな、ルイズはそう思った。ロングビルは不自然なぐらい、ナニを見せる前の困惑した表情を崩さない。まるで固定化の魔法を掛けたかのようだ。

 ルイズが履いているショーツは、別に何の変哲も無い代物だ。極々普通の女性用。そして、小柄な彼女に合う大きさのそれは、ルイズのルイズを押さえつけることが出来ないのだ。

 つまり、正面から見ればどういう状態なのか一発で分かるということ。

 こう言うことなのです、ルイズがか細い声でそう言い、捲り上げていたスカートを元に戻す。ロングビルは、相変わらず停止した時の中にいる。

 

「……どう言うことなのかね?」焦れるようにオスマンが言った。老人からは何も見えず、そして少女の意見を尊重し、無理くり見ようともしなかった。

 

 けれど唯一見る権利を与えられた秘書は、なにやら固まったままだ。「ミス・ロングビル」厳しい声で再度呼びかける。呼ばれた女性は、いつもの理知的な顔はどこへやら、泣き出しなほど眉が下がった顔で、オスマンに振り向いた。

 

「あ、あの、あの、学院長」

「うむ」

「あの、あのあのあのあの、あの、ミス・ヴァリエールにそのそのそのその」

「……うむ?」

「あああ、あの、その、ち、あの、あれが、その」

「……うううむ」

 

 要領が得ない。ルイズは、挙動不審状態に陥っているロングビルの横を抜ける

 軽やかに見える足取りで老人の前に立ち、ひたすら唸っているオスマンに向け、儚い笑みを向けた。

 

 

「私に男性器がくっつきました。これが私の使い魔です」ド直球だった。

 

 

 

 時が凍るということは、しょっちゅうあることなんだな、ルイズはそう思った。

 数秒の停止の後、オスマンは「は?」と信じられないことを聞いたように目を見開き、直にナニを見たロングビルは「ひっ」と怯えた声を出した。

 ルイズは地獄の中心で毒々しい花を摘む乙女のように笑った。今ならそれを首飾りにして美しく舞えそうだった。

 

「女性器は女性器できちんと残っています。それとは別に男性器が私についており、つまるところそれが私の使い魔でありそれを召喚したのは間違いなく私でということは契約したのも私で早い話私はナニに口付けおぇええ」

 

 こと細かい話をするのはあまりにもルイズの乙女を傷つけるので只管早口で捲くし立てたのだが、最終的にはやっぱりえづいてしまった。もうルイズの心はぼろぼろである。

 ルイズは膝をつき、顔を手で覆った。「私は使い魔を召喚したのです魔法が使えたのです初めての魔法が魔法がああなんでこんなことにあんまりよぅおええ」やっぺりえづいた。 

 

「もういい、もういいのじゃ、ミスヴァリエール……!」普段纏う飄々な雰囲気を捨てて、残酷で鋭利な刃物で心を切り刻むルイズに、オスマンは叫ぶように言った。

 

 隣には顔を真っ赤に染めたロングビルが気の毒に気の毒を重ねその上に「気の毒」と書かれた板を頭に乗っけているように見えるほどに気の毒な少女を、どこか濁った瞳で見つめていた。

 

 まるで望まぬ罪を犯した少女の懺悔を聞いてしまったような空気に、執務室が満たされた。世界の悪意がありありと見える。

 嘘みたいだろ、これ少女にチンコがくっついた話なんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 凡そ話は分かった、更に歳を重ねたような疲れた声色でオスマンはそう呟いた。

 静止を聞かず、全自動絶望告白人形と化したルイズの見解を得て、オスマンは出来うる限りルイズの望みを聞くと言った。

 ナニを使い魔と認めること。ルイズの「言い訳」を対外的に認める、認めさせること。真実は誰にも言わないこと。ロングビルも神妙な顔つきで「誰にもいいません」と言い切った。

 理由、意義、解決策。何もが未知だが、ワシが秘密裏に直々に調べよう、生活上の便宜も上手く図ろう、そうも言った。

 

 ルイズは深々と二人に頭を下げて、難題を聞いてくれた礼ととんでもない話に巻き込んだことに対する謝罪の言葉を言い、粛々と学院長室から出て行った。

 重厚な扉が開き、また閉じる。廊下に立ったルイズは、老若の男女が吐く重い溜息を扉越しに聞いた。

 ルイズは薄く笑った。この直後二人の間に行われるであろう「ヴァリエール公爵嬢にチンコがくっついてどうしよう談義」のことは、ルイズは無視した。私は何も知らないもん。

 

 

 自分でも驚くほどに、何もかも予想通りにことが上手く行った。廊下を歩きながらルイズは考える。

 

 最初に学院長室に入ったときのくたびれた格好、絶望的な表情、手で顔を覆う仕草、悲哀にまみれた告白。

 そのなにもかもが、ルイズの計算だった。

 

 それらに嘘はない。全部が真実であり、そこに虚偽は一つとしてなかった。

 だけどルイズが行った一連の動作は、最初からこうしようと決められていたものだった。それが必要だと判断したから。

 やろうと思えば身だしなみに気を使うことも出来た。気にしてない顔を装うことも出来ないこともなかったし。あんな情けない告白でなく「私に第二の杖が出来ましたぜ、へへへ、貴族の誇りです!」などと嘯くことも、まぁ出来た。やりたくはないが。

 しかし、最適解はそれではないのだ。ルイズが欲しいのは味方で、それを得る為に必要なことは、なによりも先ず同情だった。

 

 人は可哀想なものを見れば、憐れに思う生き物だ。その心情をルイズは利用したのだ。貴族としてその方法はどうなのだとルイズは思わないこともないが、それはそれ、これはこれだ。なりふり構える状況ではないのである。

 だからルイズは、全てを内緒にするよう二人に杖に誓えと強要することもなかった。それは意見の押し付けに過ぎず、ルイズに必要な味方はある程度自発的でないといけない。

 自分の意思でルイズを哀れみ、自分の意思で誓う。何もかも自分でやったことならば、全ての責任は自分で負うことになる。そうなれば、その責任がルイズを守る盾になるだろう。

 

 

 少々、いや結構えぐい思考ではあったが、ルイズはこの結果に概ね満足していた。チンコがくっついたことにじゃねぇよそれはまた別だよ殺すぞ。

 予測の範疇外にあったことと言えば、ロングビルの存在だった。この時間にロングビルが執務室に居るか居ないかは五分五分で、ルイズは彼女が居たときの処理を最後まで決めあぐねていた。

 

 味方を増やす、と言えば聞こえはいいが、それは秘密の共有者を増やすことに繋がる。チンコが生えたことを知る者なんて、一人でも少ない方がいいに決まっている。

 けれど、絶対的に味方として有効なオスマンは、老人ながら男。そしてルイズは一応、女。一応じゃねぇよ私は乙女だぞ殺すぞ。

 

 証明するには直接ナニを見せる必要がある、それは分かっていた。言葉だけで「チンコ生えたんすよ」とか言うやつが居たら、ルイズは蛆虫を見るような目でそいつを睥睨するだろう。

 しかし――見せれるわけが無い。男に。女である自分の、文字通りの恥部を。

 逡巡の先に、ルイズは同性であるロングビルに全てを託すことにした。ルイズは彼女のことをよく知らなかったが、あの偉大なオスマンが片腕として選んだのだ、信頼にあたる人物なのだろう、そう考えた。

 悪いことをしたと思うが、仕方ない、ああ仕方ないじゃないの! ミス・ロングビル、どうかチンコをご鑑賞あれ。そうするしかなかったのだ。しかしおっぱいでかかったな。

 

 ルイズは少し晴れやかな気分になった。自分にここまでの立ち回りが出来るとは。ある意味、自慢したくもなった。チンコのことじゃねぇよ学院長室の件のことだよ殺すぞ。

 これで学院に居られる。秘密は守られる。一応は、魔法を使えた。そうだ、何も心配は要らないのだ!

 左手が光っている。ルイズはそれに気付かない。ただ足取りは軽く、美しい桃色のブロンドは煌いていて、顔には無邪気な笑みが一つ。

 

 けれどそこで、ぴたりとルイズは足を止めた。あまりにも色々あったせいで、彼女は昼間から何も食べてない。

 空腹感はずっとあったが、それどころではないし、物を食す暇はなかった。空腹を紛らわす為、オスマンとの謁見の前に食堂に寄り、こっそりワインを一飲みしたのをふと思い出す。

 早い話が、膀胱に水分が満ちて放出したくなったというか、おしっこしたいというか。

 

 ――なんだって?

 

 ルイズは青ざめた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、えぐえぐと涙を流しながら「うぇえ、ぷ、ぷるぷる、ぷるぷるして、とび、とびちって、せ、せせせ、せいぎょ、でき、できない……ぶ、ぶ、ぶっころしゅ……」などと呪詛の様に呟いていた少女がいたが、幸いにも、その姿は誰にも見られることはなかった。「さわ、触っちゃった……」なんて、誰も聞いていないのだ。

 

 

 激動の一日、その終わり。

 尿道はそっちに付いていると知ったルイズは、何かを悟った顔になり、その後、着替えもせず泥のようにベッドに溶けて、眠った。

 


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