ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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第四話

 

 

 母が、目の前に立っていた。

 

 

 言葉にするならそれだけの事象に、果たしてルイズはどれだけの絶望を覚えただろうか。

 ルイズの母、カリーヌは美しく輝く桃色の長髪をさらりと靡かせて、威風堂々と水面に立っていた。

 

 水面に立っていた。

 

 

 杖も持たず。水の上にだ。

 

 ルイズはおかしいとも何とも思わなかった。だって母様だから。対するルイズは池上で小舟に乗っていた。幼き頃の焦燥や悲しみを紛らわす、かつての憩いの場所。

 そんな中、目の前には腕を組んでこちらを熾烈な瞳で見る母親。ぜんぜん憩えない。

 カリーヌが組んでいた腕を解く。いつのまにやら、杖として使えるレイピアがその手に握られていた。ルイズはおかしいと思わなかった。

 

 

「ルイズ、杖を抜きカッター・トルネード!」

「母さま、脈絡! 脈絡が!」

 

 

 ルイズは小舟から弾き飛ばされた。

 なんの前置きもなくカリーヌから放たれた全てを斬り刻まんとする烈風により、ルイズの身体は宙を舞い、雲を超え天空まで跳ね上がり、アルビオンから流れる水霧まで到達した。

 なにがなんだが分からないが、ルイズはこれを理不尽だとは思わなかった。どう言うわけかルイズは、あの母親が自分の『秘密』を知っているのだろうと判断したからだ。なら仕方ない。これぐらいはありえる。

 

 気がついたら、目の前には父親が立っていた。

 

 

「おお、私の小さなルイズ」

「父さま……」

「……話は、聞いた」

 

 ヴァリエール公爵は低い声でそう言った。その悲観の篭った声色を耳に入れたルイズは、只管申し訳ないと思った。

 チンコが生えるとか言う馬鹿馬鹿しい出来事で、天下のラ・ヴァリエールの家長を苛まさせるなんて。

 穴があったら入りたい。今ならジャイアントモールとも友達になれそうだ。ルイズは涙目になった。

 父親は、そんなへたりこんでいるルイズの肩に、大きくも暖かい手を優しく置いた。

 

「心配要らないよ、小さなルイズ。小さなルイズに小さなルイズが生えたからって、おまえは私の大事な小さなルイズなんだから」

「父さま、その、言い回しが」

「そうよ、チビルイズ」

「姉さま!」

 

 今度は長姉、エレオノールが立っていた。

 エレオノールはいつも釣り上がっているその目を、しかしルイズが見たことのないぐらい優しく瞬かせている。

 

「チビルイズ。任せなさい。私がチビルイズのおチビをなんとかして見せるわ。アカデミーの全英知を集結させ、トリステインのみならず、アルビオン、ガリア、ゲルマニア、ロマリア、こうなったらエルフの力を借りてでも……」

「あの、姉さま、もうちょっとこう、秘密裏にやって欲しいな、なんて……」

「ルイズ! お説教はまだカッター・トルネード!」

「ぐわー」

「ね、姉さまー!」

 

 エレオノールは唐突に現れたカリーヌのカッター・トルネードによって眼鏡をバラバラにされ、婚約者に振られた。

 

「いかん、ルイズ逃げなさい! カリーヌだ!」公爵は叫んだ。まるで怪物かなんかに出会ったかのような言い草だ。

「と、父さま!」

「いいかい、ルイズ、よくお聞き。魔法が使えるのを貴族と呼ぶのではない。貴族とは」

「カッター・トルネード!」

「ぐわー」

「と、父さまー!」

 

 ガシッ、ボカ。公爵のモノクルはバラバラになった。クックベリーパイ(笑) 

 

 

 

 ルイズが気が付けば、三女、カトレアが前に居た。カトレアは裸だった。おっぱいでけぇ。

 

「は!?」

「ルイズ、ルイズ。心配しなくてもいいのよ。あなたが一生懸命頑張っていることはみんなが分かっているわ」

「ち、ちちち、ちいねえさま! なん、なんで、はだ、裸、か、風邪引いちゃう!」

「ふふふ、そんなこと言って。ルイズのルイズはこんなにフランソワーズしてるじゃない……」

「あ、駄目、ちいねえさま、駄目! あ、あ」

 

 

 そこでルイズは達した。

 

 終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇぇ……うぇぇええん」

 

 

 太陽の日差しがまだ朧げに光る早朝、トリステイン魔法学院の一角で、一人の少女が泣きべそをかいている。

 少女――ルイズは美しい鳶色の瞳からぽろぽろと宝石のような雫を出しながら、水汲み場でじゃぶじゃぶと服を洗濯していた。

 あんまりよ、こんなのってないわ、まるで呪詛のような呟きが口を付いて出る。襲い来た苛烈な理不尽は、指を切るような水の冷たささえ感じられない程に、ルイズを苦しませていた。

 苦難の中の唯一の僥倖は、それに気付いたのが朝も早い時間だったということか。事実、ルイズは部屋を出て泣きながら洗濯している最中、誰にも会っていないのだから。 

 無論神への感謝なんて微塵も無い。焼け石に水というか、灼熱砂漠の中の水溜りというか、それっぽっちの運なんて、ルイズは必要としていないのだ。

 

 夢。ルイズは夢を見た。家族の夢だ。

 ひどかった。ひど過ぎた。各登場人物の台詞がくっそいい加減なところとか。ルイズは作文が苦手なことを秘かに気にしている。

 いや、違う。真に気にすべきことはそれではない。意識して、ルイズは怒りさえ覚えた。

 

 ああ、ちいねえさまに、あんな、あんな……しかしおっぱいでかかったな。

 

 儚くも優しい微笑み。ふわりと伸びた桃色の髪。たわわな果実。何一つ隠すもの身に着けていないカトレア。裸のカトレア。

 夢が自身の心理を表しているのだとすれば、あれが、あんなのものが己の心だと言うのか。ルイズは否定したかった。出来なかった。

 結局のところ、どんなに頭の中で否定し、あるいは拒絶したとしても、一つの夢の結果がルイズに絶望の影を踏ませているのである。

 

 言葉を濁して解説すると、ルイズのルイズがフランソワーズしてヴァリエールが発射されたということ。

 なるほど、つまりはルイズのルイズにはヴァリエール正統後継者製造機能が確かに存在しているということだ。やったね。やってない。

 

 起きた瞬間の殺伐として、少し気だるく、妙にすっきりとした、あの感覚。

 そして昨日よりなんだか膨らんでいる己のアレ。着替えずに寝た為、制服のスカート部分とかを汚している白いごにょごにょ。

 

 

「あああああああああああああ」

 

 シーツやら下着やら制服やらを纏めてじゃぶじゃぶしながら、ルイズは怨嗟の呻きを上げる。死んでしまいたい。花や木に生まれ変わりたい。

 ルイズは男性経験もないし知識も乏しいが、それでももう年頃だ。知っていることは知っている。これが噂の、というやつだ。知りたくなぞなかった。

 よりによって、よりによってだ。例の『暴発』の引き金を引いたのは、よりによって、最愛の姉であるカトレアだったということが、なによりルイズを落ち込ませる。

 そういうことか、自分はそういう目で、姉のことを見ていたのか。断じて否と言いたいが、潔癖症のごとくごしごしと下着を洗うことになった原因を考えれば、もうこれどうしようもないわ。

 

 割と真剣に、ルイズはチンコをちょん切りたくなった。この際痛くてもいい。今なら母親のカッター・トルネードさえも、不敵に笑えながら受け止められそうだ。

 

 一応はコレが使い魔で、コレが魔法成功の証だということは分かっているが、例えばルイズが実家に帰省して、その十月十日後、速報ミス・フォンティーヌ御出産なんてなったら、ルイズはいよいよ始祖とご対面することになる。

 いくらなんでもあり得ないだとか、同性だぞこのクソがとか、カトレアは体が弱いから自分は絶対にそんな負担のかかることはしないとか、予防線はいくらでも張れるし、ルイズ自身、本気でそう信じてはいる。

 けれど――くっついて初日から子種砲ぶっぱを鑑みれば、あの絶望の夢を思えば、この忌々しき使い魔は、そんな線をいつか超えてしまうのではないか、自分はそれを制御出来ないのではないか、ルイズはそう思ってしまうのだ。

 

 

 悩みの海を漂っていると、気がつけば洗濯は終わり、更にルイズは竿に下着を干し終わっていた。別に隠語でもなんでもない。

 そんな中、涙の止まった瞳が映すはここまで来ると極光というべき輝き。

 左手が、光っている。正確に言えば、左手甲に刻まれている使い魔のルーンが、やかましいぐらいに発光していた。理由は自明だ。ちょん切られるのは嫌だと主張しているのだ。

 

 落ち着く為に、落ち着かせる為に。ルイズは目を瞑る。止まれ収まれ静まれ黙れ殺すぞ。

 瞼の奥、黒一色の閉ざされた世界。そこにルイズは幼き自分と黒くて大きな犬の姿を見た。またか。

 幼き自分は相変わらず空っぽの瞳で空っぽの闇を見ている。大きな犬は、くぅんと一泣きした後、伏せの体勢になった。しっぽはまだぶんぶんだった。

 目を開ける。ルーンの激しい発光が淡いものに戻る。ルイズは嘆息した。これ、昨日から唐突に始まる謎劇場は、つまり――

 

 

 

 そこで突如、頭上に白いシーツの群れが降ってきて、ルイズの視界と思考を遮った。

 

 

 

 学院のメイド、シエスタはずでん、と盛大にすっ転んでしまった。

 

 その訳は簡単。洗濯もののシーツを横着して一度に多く運んでしまったからだ。

 重さ的にはさほどではなかったが、とにかくかさばる。それはもう、視界を覆うぐらいに。

 この辺りの凡その地形は把握していたので移動には問題ないし、こんな時間だから誰かに見咎められることもあるまい、そう思っていたのだが――

 まぁ転んでしまったわけだ。恐らく石か何かに躓いてしまったのだろう。

 すっぽーん、と手にある大量のシーツを放り投げて、シエスタは顔から地面へと飛び込んでしまったのだった。

 いてててて、そう零しながらシエスタがうつぶせのまま顔を上げると、そこにはヒトほどの大きさのシーツの塊がごそごそと蠢いているではないか。

 シエスタがぎょっとその黒い瞳を見開けば、即座にことを理解し、同時に、やってしまったと後悔の念が思い浮かんだ。

 

 ああ、『使用人』の誰かに持ちこなせなかった大量のシーツをおっ被せてしまったのだな、と。

 

 こんな陽が上りきってもいない時間だ。水汲み場にいるような人物は限られている。使用人でないとしたら門を守る衛兵だが、それにしてもシーツの盛り上がり方が小柄だ。

 大きさから考えれば女性、つまりはメイドの誰かだろう、どうか怖い先輩ではないように、シエスタは心中でそう呟き、「申し訳ございません」と一言謝罪し、立ち上が――ーれなかった。

 

 上半身を浮かせたところで、シエスタは尻餅を着いてしまった。転んだ際の痛み、ではない。怪我一つしていない。ただ、腰が抜けてしまったのだ。

 誰かに被さっていた白いシーツがばさり、と無駄に洗練された動きで舞い上がり、その誰かの姿が見える。見えてしまった。

 小柄な少女。腰まで伸ばされた長い桃色の髪が僅かに陽光を反射して輝いている。そして極めつけは、その者が身に着けている学生服とマントだった。

 つまりはシエスタがぶっかけてしまったのは、よりによってこの学院の生徒であり、魔法を使うメイジであり、世界の権力の象徴、貴族なのだ。

 

 全身の血が冷めていく音を、シエスタははっきりと耳にした。

 単純な話だ。平民であるシエスタが貴族に粗相をした。言葉にすればこれだけ、そしてこれだけで、己の人生は終わる。シエスタはそう認識していた。

 どうしようもない程に巨大な恐怖が、シエスタの全身を強く打ちつけた。すぐさま立ちあがるべきなのに、立ち上がって謝罪するべきなのに、それすら出来ない。

 なんらかの罰が与えられたり、もしくはクビを宣告されたり、とにかくよくない未来だけがぐるぐるとシエスタの脳を駆け回る。

 視界が霞むのが分かった。体が震えているのも分かった。口は開いているが声は出ず、ただ涙が滲む先に、件の女子生徒がこちらに近寄ってくるのも分かった。

 シエスタは身体を硬くする。貴族と言えばメイジであり、メイジだからこそ魔法を使う。下手をしたら、魔法で、この場で、私を――

 

「大丈夫?」

 

 しかし女生徒はふわりと落ち着いた声を掛けて、シエスタの手を取った。

 シエスタが訳もわからず目を白黒させていると、女生徒は苦笑いして、その手を強く引っ張る。

 ぐい、とまるで大人の男性に掴まれているようだと、シエスタは感じた。それぐらい強い力で以って、あっさりとシエスタの足は大地に乗っていた。

 少女は何処からどう見ても少女であり、更に言えばシエスタよりも小柄だ。しかし杖を使ってないことを見れば、これが魔法の力ではなく、少女本人の素だということが分かる。

 貴族様は、やはりそのお力も強いのだろうか、思いも因らなかった少女の行動に、ぼんやりとそう思うシエスタ。

 彼女がそんなことを考えている場合ではないと気付いた時には、転んだ際に付いたのであろうシエスタのメイド服の汚れを、あろうことかその女生徒が手で払い落としているところだった。

   

 

「あのっ、いけません! そんな、御手が」その言葉はほとんど悲鳴の様だった。これ以上、貴族に迷惑を掛けられない。

「気にしなくてもいいのよ。それよりあなた、怪我はない?」シエスタのものとは対称的な、落ち着いて優しい声だった。小鳥が囀る様な儚さと美しさがあった。

 

 少女の手の動きは止まらず、シエスタの服の汚れを取らんと這い回っている。その妙にしっとりと艶めかしささえ感じる動きに、シエスタはとにかくうろたえた。

 

「あ、あの、はい、だ、大丈夫、です……あ、あのっ」

「うん? あ、動かないで、まだ汚れが……」ルイズは胸元を払った。

「いや! そんな、そこまでしていただくなんて、あ、あの、も、申し訳、ありませんでしたっ!」

「いいのよ。でも、気をつけてね。あら、ここにも汚れが」ルイズは胸元を撫でた。

 

 シエスタが震える声で謝罪すれば、頭一つ程低い少女は言葉通り何も気にしていないように、メイド服の胸元や腰や胸元や腹部や胸元や胸元や胸元の汚れを払っていく。

 ぶっちゃく最早少女はシエスタの胸元しか撫でていないのだが、只管萎縮している今の彼女はそれに気付かない。

 代わりに、この少女が何者か、シエスタははっと気付いた。

 大貴族の娘。魔法が使えないメイジ。ルイズ・フランソワーズ。

 シエスタは少女、ルイズと面識がある訳ではなかった。ただ魔法が失敗ばかりしている少女のことは、風評として耳に入っていた。

 そして昨日、口さがない同僚達が彼女について話しているのをシエスタは聞いている――あのヴァリエールの三女が、とうとう進級試験に落ちたらしい、と。その場合、大体の子息は退学するらしいと。

 あくまで噂の域は出ないし、シエスタも小耳に挟んだだけで、細かいことは何も知らない。目の前の少女はどうなったのか、どうなるのだろうか。

 

「――――大丈夫そうね」シエスタのぼんやりとした思考を終わらせるように、最後にぴっと胸元を撫でてルイズはそう言った。

 

 シエスタは何と言ったらいいか分からなかった。もっと深く謝るべきか、それとも素直に礼を伝えるべきか。

 ただ口だけが無様に上下する。第一、平民と貴族はそもそもの格が違う。こんな場面でどのような会話が正鵠を射るのか、シエスタには分からなかった。

 ただ、綺麗な人だな、と場違いながらもシエスタはそう思う。

 煌く桃色のブロンド、人形のように整った目鼻立ち。大きくて丸い鳶色の瞳は、吸い込まれそうなほどに妖しい魅力を放っていた。 

 

「ねぇ、名前は?」

 

 それが自身のことを聞かれているのだと気付くのに、シエスタは僅かな時間を要した。貴族である学院の生徒に名前を聞かれたことなんて、田舎上がりの彼女には一度としてなかった。

 

「シエスタと……申します」震える声を何とか抑えてゆっくりと、出来るだけこれ以上の無礼を働かないよう心がけシエスタは名乗る。

 

 ルイズは笑った。シエスタから見て、それは令嬢のような可憐な笑みにも、少年のような無邪気な笑みにも見えた。

 

「あなた、綺麗なおっ、綺麗な黒髪ね」

 

 そう言って、まだ汚れが付いていたのだろうか、ぽん、と別れ際の挨拶の様にメイドの服の胸元をやわらかく叩き、ルイズはすっとシエスタの横を通り過ぎた。

 その言葉に、シエスタは一瞬だけ、恐怖や畏怖も吹き飛んでしまった。綺麗な黒髪。確かに自分の髪はトリステインでは珍しい髪色だが、それを生徒とはいえ奉公先の権力者に褒められるとは。

 シエスタが呆けているのを知ってか知らずか、ルイズはあまりにも堂々とした足取りで去って行く。シエスタが忘我から立ち直った時には、ルイズは丁度、建物の角を曲がるところまで行き着いていた。

 

「あの、あ、ありがとうございました!」

 

 自分でも何についての礼だが分からなかったが、それでもシエスタは振り向き頭を下げた。ルイズは左手をひらひらと振って、角の向こうへと消えていった。

 しばらくただ呆然と突っ立っていた後、ぶちまけたシーツの幾枚が風に煽られヒラヒラと舞っているのを見て、シエスタは慌ててそれを追いかける。

 ふと、思う。不思議な少女だった。不思議な貴族だった。シエスタはメイジの脅威を知っている。貴族の権力を知っている。あんな行動を起こす少女は知らなかった。

 ただ困惑だけが彼女の胸に落ちていく。そもそもあの少女がこんな早朝の水汲み場にいた理由も、また謎だ。自身に優しくした理由もだ。

 頭を振り、意識を切り替える。メイドの仕事は多い。分からないことをいつまでも考える暇なんでないのだ。

 だけれども、こう思う。浅はかで、短絡的ではあるが、シエスタはこう思うのだ。

 あの少女の様な方が学院から去るのは、少しイヤだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふ」

 

 曲がり角を少し行った先、ルイズは薄く笑い、がっくーんと膝から崩れ落ちた。

 

 だんだんと左手の側面を地面へとたたきつける。このっ、このっ。

 一通りだんだんした後、右手で左手首をぎゅっと握る。顔を伏せたまま、掲げるようにして、しばし手首締めを続けた。

 くおおおおお、ぎぎぎぎ、ととても貴族の子女が出したものとは思えない苦しみの呻きを出す。

 

 ルイズは、沸点が低い人間だと、自分でもぼんやり思っていた。

 挑発や嘲りを無視できない。謗り罵りに即反発。もっと言えば余裕がない。

 それらは産まれ付いての性質によるものでもあろうが、大体は魔法が使えないことを起因として成り立っていた。

 魔法が使えないから嘲りを受ける。それらに負けたくないから、心を折れたくないから、激しい癇癪を起こしてしまう。

 でも結局魔法は使えない訳だから――あとはこの繰り返しだ。劣等感しか生み出さない、虚しきゼロの悪循環。

 

 けれど。けれどである、先のメイドとのやり取りは、とてもじゃないが今までの自分とは思えない行動ばかりだった。

 それが駄目だ、という訳ではない。ほとんどにおいては。

 平民が粗相する。自分はそれに少し注意をして、気にしないそぶりをする。

 ルイズの中の貴族像はこういうものだ。それは決して馴れ合いではなく、使用人の間違いを咎めるのは貴族の仕事ではなくそれらの上司、例えばメイド長なり執事長が行うことだから。

 頂点存在である貴族は、些細なことに目くじらを立てず、どっしりと、または優雅に構えるべきなのだ。

 どういうわけか今回は、ルイズにはそれが出来た。怒鳴り散らすことも、怒り狂うこともなかった。あるべき姿、あるべき行動を、ルイズは取れたと自負する。

 

 が。

 

「む、む、む、むむむ胸はかかか関係ないでしょ胸はっ」

 

 別のことで怒り狂っていた。呂律も回らなくなってくる。

 マジで胸は関係ない。べたべたべたべたべたと他人のおっぱいを弄るのが貴族の正しき姿としたら、そりゃあもう今までの人生全否定である。貴族としての誇りが下半身直結型だというのか。死ね。

 最後の言葉は危なかった。あなた、綺麗なおっぱいね。貴族云々より先ず人としてどうなんだ。咄嗟にメイドの珍しい髪色を示した自分を、ルイズは褒めてやりたい。それ以外はブチ壊したい。

 よりによって胸だ。おっぱいだ。ルイズの劣等感を分析すれば、大部分は魔法が使えないことで、次点はその貧相な体型なのだから。なぜ自分から苦しむような真似をしないといけないのだ。苦行者か私は。

 

 くわあああああ、と奇声を鋭く出しながら、ルイズは手首締めをやめない。そして締められている左手のルーンはぴっかぴかだった。

 

 

 間違いない。ここで、ルイズは確信した。時折出る殺伐とした思考。妙に前向きな姿勢。今日の悪夢。余裕ある態度。やたら胸に執着する性癖。

 

 全部全部全部全部、使い魔のチンコの所為だ!

 

 目を瞑る。はい、お馴染みの死んだ目をした幼い自分と、その横にいる黒い犬。

 黒い犬はそれはも嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振って、涎が出んばかりに大口を開けて舌を出していた。そりゃメイドさんのおっぱい触れた訳だからね。いやー柔らかかった。

 

 

「盛ってんじゃないわよ……ぶっ殺すわよ……!」

 

 

 凶悪な吐息が口から出る。ルイズのルイズが半フランソワーズ化しているのは、もう無視した。早く収まれ殺すぞ。

 


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