よろしくお願いします。
クールプロダクションの事務所と思われる大きな建物の玄関に菱上はいた。
菱上の背丈などは剣崎などとほぼ同じ、細身のスーツに切れ長の目にメガネといった風貌で、芸能関係者というよりも、やり手の営業マンといった出で立ちだ。
菱上が溜息をつきながら、こちらへと向かってくる。
「全く君と言うのは。一体どれだけ人を振り回せば。」
「悪かったってば、それよりもほら!この子!」
そういうと、榊は背負っている高垣を菱上に見えるように横を向く。
「ん?会わせたい人と言うのは彼女か?別に君が誰と付き合おうがかまわないが?」
「ちゃうって!よく見てみろ。」
「ん…?な!高垣!?」
「な?お前んとこのアイドルやろ?いやぁ、早くひきとって…ん?」
「…。」
「なん?どしたん?」
ふと菱上の方を見てみると、肩をプルプルと震わせている。
「ん??何がそんな面白いんや?」
「違ーう!!」
「わ!?びっくりした!なんや?」
「怒っているんだ!なぜ、君が高垣と付き合っているんだ!?」
「はぁ!?なに言ってんの!?」
「確かに彼女は自分が担当するアイドル、高垣楓だ!なぜ、よりにもよって大牙!君と恋人なんだ!?」
「ちょっと待て!何の話や!?」
「私に会わせたい人物がいるというのはそういうことだろう!私の担当のアイドルと付き合っているということを自分に見せつけるために…!何てことだ!」
「…。」
榊は心底あきれて、言葉すら出なかった。
「はぁー…。お前といい、剣崎といい。どんだけおめでたいねん。これはな…」
榊はここまでのいきさつを菱上に話す。
一体どうしてここ最近こんなにも説明責任を果たさねばならないのか。
「なんだ…そういうことだったか。すまない、自分としたことがとんだ勘違いをしたようだ。」
「おう、死ぬまで後悔しやがれ。つかさ、とりあえずこの子そこのソファーにおろしちゃっていい?」
「あ、あぁ。分かった。」
「よっと。」
榊は彼女を起こさないように、そっとソファの上に寝かせる。
「さってと、んじゃオレ帰るわ。」
「少し、いいか?」
「んだよ、オレに割く時間なんてないのでございましょう?」
少し嫌味っぽく榊は言う。
「私的なことに使う時間がなかっただけだ、ここからは仕事の話だ。」
「仕事?」
「あぁ。もうすでに、剣崎から話はあったと思うが、私も君をプロデューサーとして雇いたいということだ。勘違いしないでもらいたいので説明するが、別に私は君とともに働きたいがために誘っているわけではなく、単に君自身の才能を発揮させる場所を提供すると言っている。」
「才能?おいおい、お前らみたいにプロじゃないんよ、こっちは。一体何の才能だ、それ。」
「そうだな…簡単に言うと人をたらしこむ天才。」
ガクッと、こけそうになる榊。
てっきり、褒められるとばかり思っていただけに、びっくりである。
「詐欺師かこら!?意味わからん!」
「いや、我ながら正当な評価だと思う。例の765の萩原雪歩君の一件にしてもキュートの安部菜々さんのこと、全て話には聞いている。」
「いや、だからそれのどこがプロデューサーとしての才能なんや?」
「我々の仕事というのは、簡単に言えば彼女たちアイドルのサポートだ。そういった場合、やはり信頼関係というものが大事になってきてくる。だいたいがここで苦労する、私にしてもそうだ。それを君はいとも簡単に手にする。…正直、憎らしいくらいね。」
「いや、765さんやキュートさんはともかくお前にはそんなことわからん・・・「そんなことはない!」」
「そんなことはない…大学時代のことを加味しなくてもな。例えば、そうこの子だ。」
菱上が指をさした方向にはソファーで寝息を立てている、高垣楓がいる。
「いや、それは彼女が勝手に酔いつぶれただけだから…。」
「それはそうだろうな、彼女はお酒が好きだからな。問題はそこじゃない、自分も何度か彼女と酒を飲んだことはあるが、一度も彼女は酔いつぶれたことなんてない。」
「…それお前がむっつりってバレてるから警戒されてるだけじゃ・・・?」
「ばれていない!!…そもそもむっつりではない!!オホン、話がそれた…。つまり、何が言いたいかと言うと、それくらい彼女は君には警戒心を抱かなかった、ということだ。」
「考えすぎじゃね?そういう時もあるやろ。」
「年頃の女の子が今日一日あっただけの男の前で油断すると思うか?ただでさえも高垣は割と人見知りする方だからな。…本題に戻ろう。どうする?君がここで働くならそれなりの待遇は約束しよう。」
「それ、交渉決裂フラグやぞ。」
「なら、断るということなのだな?これから先君を雇おうとする動きはもはや止められない。うちほどの待遇を約束できるところは多くない。」
「ほう。」
「自慢ではないが、自分はこの業界で名はそれなりに通っている、自分が思うようにできるのだぞ?」
「そうやなー。悪くない話やな?」
「そうだろう?ならば…。」
「でもな?悪くない話や、ええ話ではないな。」
榊はこう告げる、交渉決裂である。
「そうか、ならこの話は終わりだ。時間を取らせた、せいぜい弱小プロにでも入ってあがけばいいさ。」
「いや、まだ入るって決めてないんやけど?」
「ならこのまま今みたいな惨めな生活を続けていけばいい、もう自分は大学の時とは違う。変わったんだ。刀二なんて必ず自分は蹴落としてでも、トップになって見せる。」
「お前…。」
「そうだ、自分は変わったんだ。君を見上げていたあの頃とは違う、違うんだ。」
そう、菱上は変わった。
菱上自身そう言い聞かせている部分はある、そしてなにより榊に変わったと認めてほしかったのだ。
大学時代、榊のことを恨めしく思ったこともある、自分が考えに考え抜いたことをいともたやすくやってのける彼の事を。
そんな榊に一度「お前は迷ってるから、一歩が遅い」と言われたことがある。
菱上は悔しかったのだ。
だが、そんな榊をどこか認めている部分もあった。
そういった羨み羨まれるの関係以前に彼は友人だった。
だが、そんな彼は大学卒業とともに姿を消した。
言うだけ言って、見せつけるだけ見せつけて、去っていったのだ。
そんな逃げた彼を見上げ続けることをやめた、やめたのだ。
榊がたどり着けなかったところに、菱上が辿り着くことで、自分を…認めてほしかった。
しかし…。
「お前、変わってないな。」
「なっ!?」
榊はそんな菱上の心の中を見透かしたように言い放つ、全く菱上が望んでいない答えを。
菱上の中で、憤りが…あふれかえる。
「大牙…!君こそ全く変わっていないじゃないか!人が苦労してきたことを簡単に否定しないでくれ!そんな権利、君にはない!!」
「誰がオレが変わったって言った?別にお前のやってきたことを否定してないやろ?今も昔も。」
「そんなことはない!いつもそうだ、君はいつも人を見下したように言う!それが昔から気に入らないんだ!だが、それも今は違う!自分は君より上にいる…!変わったんだ!」
「だから、それがなんやねん。オレがお前の事どう思おうがお前に関係ないやろ?それに、変わった変わったってそんなに自分で言うんやったらそれでええやんけ。」
「くっ!」
「つうかさ、何熱くなってんの?勝手にスカウトするわ、勝手に怒り出すわ。なに?おセンチなの?」
「またそうやって、人を馬鹿にする…!」
「別に馬鹿にしてへんやん。よく考えろよ?急にオレがお前のこと変わってないていったら怒り出してさ?じゃあさ、オレがお前の事変わったっていえばそれで満足か?」
「ち、ちが…!」
「はいはい、変わった変わった。これで満足か?」
「こ、このっ…!」
菱上は榊の胸ぐらをつかむ。
いつもの冷静さ何てどこにもない。
「じゃあ、何が変わってないというんだ!?君にはどんなふうに自分が見えているんだ!?3年間なにも見ていなかったくせに・・・わかったようなことを言うな!!!」
「何も。何もかも全部変わってへんよ、お前は。」
「ぐっ!」
菱上は右の手を拳に変え、今にも榊の顔をとらえようと振りかぶる。
「昔からクソ真面目でええ奴やで、お前は。」
「なっ…!?」
榊は笑っていた、それは馬鹿にした笑顔ではなく、友としての笑顔だった。
作っていた右拳から力が抜けていく。
「…。」
「お前は根本的なとこはなーんも変わってへんよ。」
「そんなことはない、変わったさ。」
「そんな風に人を見下すことが、か?」
「…!」
「そんなもん変化でも何でもない、ただの欺瞞・傲慢や。そんなんがお前の望んでた変わる事なんか?」
「何が悪い…。今まで自分はこうやってきたんだ。」
「そんな奴に、高垣さんみたいな子がついていくとは思えんな。そんな部分を見て彼女はお前についていったんちゃう!お前の迷いながらでも進んでいけるところに、一緒に進んで行ってくれるところに惹かれたんちゃうんか!彼女めっちゃ心配しとったぞ、お前。お前の様子が何かおかしい言うて。」
「彼女が自分を…。」
「お前がわかってへんのやったら、言うたるわ。目的はき違えんなよ、くそったれ!お前がどう変わったかなんか知るか!お前が何をしたいんかちゃうんか?お前がこの子らに何をしてやれるかやろが!?オレ如きに認められたいが為に燻ってんなや、お前はそんなもんちゃうやろ!」
「…。」
「逆ギレなんはわかってるわ!だってな、お前菱上蓮三やろ?ちゃうんか!?不器用やけど優しくて!くそお節介で!冷静ぶってるけど実はおっちょこちょいで!そんなお前やから今のお前があるんや!変わったんやない、お前が周りを変えたんや!見くびるなや、自分を!」
「っ!」
「それでもまだ”変わった”とかふざけたことぬかすんやったら…相手になったるわ!かかってこいや、オラァ!!!!」
自分でもむちゃくちゃなのはわかっていた。
でも、菱上は変わっていない。
高垣を見る目でわかる、何も変わっていなかった。
自分の友人であった、菱上蓮三が目の前にいるのだ。
その菱上が自分自身を認められないと言ってたら、榊大牙ならどうするか。
決まっている、ぶん殴ってでもその減らず口を黙らせる。
「ふっ。やめておくよ、大牙に勝てる自信なんてないからな。」
「あん!?んなもんやってみなわからんやろ?」
「やらなくてもわかるものもあるんだよ。君が僕を変わってないと言ったようにね。全く、何年友人やってると思っているんだと思うんだ。」
菱上の顔に、笑顔があふれていた。
その笑顔は間違いなく榊が知っている、菱上蓮三そのものだった。
「…ったく、興ざめや。」
「本当に君はむちゃくちゃだな。今時、殴り合いで片づけるってどこの青春映画だ…。」
「やかましいわ!?昔から困ったら殴り合いでスッキリするんじゃい、そういうもんなの!急に流暢にしゃべりやがって…。あーもう!疲れたー!もう帰る!!」
「すまなかったな、どうも変なところにこだわっていたようだ…。」
「おう、任されよ。ダチじゃろ。」
「…行方不明だったのは誰だったか。」
「んぐっ…!だー、悪かったって。こっちにも事情があったんだっての。」
「ふっ…そこは詳しく聞かないさ。それより、飯とかはちゃんと食べているのか?ちゃんと働いていたのか?」
「お前はおかんか!?大丈夫や!ピンピンしてるやろ!」
「そ、そうか。なぁ、本当にウチで働くつもりはないか?大牙。」
「んあ?あぁ、それな。…正直、実際少し興味出てきてるんは事実やわ。剣崎も一生懸命やってるのは傍からみてもよくわかるし、やりがいもあるんだろうしさ。」
「なら、尚更…。」
「お前や刀二、んで愛原さん?だっけか。いろんな人に注目されてるのは正直にうれしいが、若干戸惑ってるのが本音やねん。実際、大学の時もお前らがオレに向けていたモノに似てるしな。」
「気づいていたのか。」
「…まぁな。」
大学時代にも似たようなことがあった。
みんなから寄せられる期待、実際うれしいと思うし応えようとも思った。
しかし 榊は自分にはそうできるとは思えなかった、そんな資格なんて無いと。
そう、昔は。
「まぁそれに、あんまり刀二とかお前とまた一緒に何かをするってのも、マジで悪くないとも思ってるんやけど、でも2人とももう立派なプロデューサーやん?愛原って人もそうやろうけどな。それってやっぱすごいやん?…やからな?」
「ん?」
「お前らの期待ってのを受け入れるんやなくて、受けて立とうかな。なーんてことを考えてたりするわけですよ。」
「それは…。」
「まぁ、あくまで考えている段階やけどな。んじゃ、そろそろいくわ。彼女頼んだからな!」
「あ、あぁ…大牙!」
「ん?」
「さっきのはどういう?」
「あ、あぁ。自分でもびっくりしてるんやけどな?こう何か内側からこうメラメラとしたものがね?こみあげてくるんよな。多分これは…」
闘争心。
間違いはないだろう、榊自身も驚いている。
萩原雪歩・愛原一心・安部菜々・剣崎刀二・高垣楓・菱上蓮三。
ここ数日で出会った人々が、榊の中の闘争心に火をつけてしまったのだろう。
とくに剣崎・菱上は自分に何かを期待している、そんな期待を今は重くは思わない。
「そうか…。」
「心配すんな、剣崎。もう、逃げたりせえへん…絶対にな。ここまで乗らされた運命に乗っかってみるのも、悪くなかろうて。やからな…。」
「っ!」
榊は振り返る。
明確な意思をその目に宿し、その先を見据えるように。
「期待してろよ、絶対に応えたるからな!」
そういうと榊は立ち去って行った。
奇しくも榊を引き入れようとした行動が彼を奮い立たせる原動力になってしまったとは。
だが、剣崎はそれもいいかもしれないと思う。
立場が違えど、同じフィールドでまた競い合えるのだから。