そろそろ切りたいですね、投稿します。
菱上は榊が去ったあと、しばらく一人立ち尽くしていたが高垣の体調を鑑みて事務所内に戻ろうとするところであった。
「さて、そろそろ戻るか。…ほら、高垣起きろ。」
「ううん、むにゃむにゃ…。すぅ…」
「はぁ、全く…。」
「おや?君は…。」
「ん?ああ、もうこんな時間でしたか、いらっしゃい、パッションプロ社長。」
「うむ、久しぶりだね菱上君。」
玄関にやってきたのはパッションプロ社長だった。
社長と会う約束だったのは、夜遅くのはずだがいつのまにか夜も深くなってきているようだった。
「遅くに訪問させてしまう形になってしまい、申し訳ありません。立ち話も何ですし中へ。」
「いや、構わないよ。君も忙しいだろう。手短にすませたい。」
「感謝します。で、話と言うのは…?」
「うむ、単刀直入に聞くが君は榊大牙という男性に聞き覚えはあるかね?」
「っ!やはり…あなたも彼を。」
パッションプロの社長とは以前…モバプロ時代から面識があった。
今でこそうだつの上がらないパッションプロの社長としてやっているが、彼の人の才能を見抜く力は菱上も分かっていた。
「そうだ、スカウトしようと考えている。だが、我々は彼のことをまるで知らない。できれば、少しでも構わない。教えてもらえないかね?」
「構いませんよ。」
「随分すんなりと了承してくれるんだね?」
「ええ、ついさきほど彼に…大牙にスカウト振られてしまいましたからね。」
「なんだって!?つまり、彼はここにいたのか?」
「ええ、そうです。」
「入れ違いだったか。」
「ええ、まぁ。では私が知っている榊大牙の事をお教えしましょう。」
菱上は榊のことを知っている限り、話した。
先ほどまでの会話の事も含めて。
なぜここまで榊の事を話してしまったのか、もはや彼を雇うのはどこのプロであろうと無理なんではないか。
そう考えていたからかもしれない、榊ならある意味起業までやってしまいそうだ。
「そうか、剣崎君やキミの誘いまで彼は断っているのか。」
「ええ、ただ興味はある。とは言ってましたけど、何を基準に選ぶのか、友人の自分ですら皆目見当もつきませんね。」
「そうかい。我々も、難しいかもしれないね。」
「ええ…。」
「うむ、わかった。すまないね!時間を取らせてしまって。」
「いえいえ、大した対応もできずすいません。」
「いやいや、構わんよ。それに、まだまだあきらめきれんからね!」
「そう、なんですか?」
「そうだよ?キミや剣崎君のように、我々にはアドバンテージは特にないからね。やっとスタート台に立てたようなものだよ。」
「なるほど…。頑張ってください。」
「うむ、では!」
「失礼します。」
そういうと、社長は帰って行った。
するとソファーの方からもぞもぞと音がするので見てみると。
「ふわぁ…ん?プロデュー…サー?」
「ん?あぁ高垣、起きたか。全く…もう遅い、帰るぞ。」
「ふぁーい…。あれ?榊さんは?」
「彼なら君をここに送り届けて帰っていったよ。」
「そ、そうですか…。悪い事しちゃいました…。」
高垣は残念そうな表情をしていた。
担当プロデューサーとしては非常に複雑だが、無事に高垣を送り届けてくれた事への感謝の方が勝っていた。
無論、高垣もそう感じていた。
「また今度、礼でも言うといいさ。」
「え?そっか!プロデューサー、榊さんとお友達でしたよね。」
「あぁ、大学時代からの友人さ。とはいえ、話したのは実に3年ぶりだがな。」
「そうだったんですか!感動の再会ですね♪」
「ふっ…まぁな。まぁ大牙相手だとそんな雰囲気にもならなかったがな。はは。」
「そうですか。さっきの方…榊さんってどこかのプロデューサーさんか何かですか?」
「ほう、そう感じるか?」
思いもしなかった発言に菱上は少々驚いたが、そうみえるのだろうか。
菱上の場合、昔から榊を知っているので、そんな印象を抱かないが高垣は違う。
そういった印象を抱いても、不思議ではない。
「何となくですけどね。ふふ…でもすごく個性的な方ですし、むしろアイドル向きだったりして?」
「はは…大牙は意外と目立つことを極端に嫌うからな、それはないだろう。」
「そう、なんですか?」
「まぁな。でもまぁ、目立つとは思うがな。良くも悪くも、な。あれでいて、結構苦労してるのさ。まぁ今はプロデューサーではないな、今は。」
身体的な特徴一つとっても榊は非常に目立つ。
これにいたっては良い意味でとらえられることは少ない。
内面的な部分においても、非常にユニークな人物であるのは違いない。
「ふふ、そうですか。これからプロデューサーさんになるのでしょうか?」
「さぁな…。だが」
「どうしたんですか?」
「いやな。大牙を雇うのはある意味賭けに近い。私や刀二のように知り合いでもなければ、特にだ。榊は良くも悪くも個性の塊だ。しかし、普通の企業では個性何てものは必要ないものだからね。アイドル業界がいかに特殊といえど、そこの感覚にあまり誤差はない。」
アイドル関係、もとい芸能プロダクションとは聞こえは特殊な企業だが、あくまで企業という事には変わりはない。
企業概念というものに、そぐうそぐわないというのはやはりどこの企業ももちろんある。
「は、はぁ。そういうものなんですか。」
「そういうものなんだよ。まぁ大牙を雇う…いや、逆を言えば大牙を雇えるプロというのは案外限られているのかもしれないな。」
「うちはどうなんでしょう?」
「ついさっきやんわり断られたよ。まぁ、きっぱり言われたわけではないがな。」
「そうですか、ふふ。うちに来てくれたらまたお酒を…ふふ。」
「酒が飲みたいだけだろう…。」
「ふふふ、楽しみですね?」
「楽しみ、か。そうだな…。」
菱上はやや複雑な表情をしながら、相槌を打つ。
「?」
「いや、楽しみと不安半々といった所か。」
「不安、ですか。…どうしてですか?」
「純粋に大牙の人を引き付ける魅力そのものに畏怖しているのかもしれない、君には少しはわかるだろう?彼は人の心の中に入りこむのがとてもうまい。いや、うまいというよりもはや当たり前のようにやってのけるな。」
「確かに。そうですね…最初は恐そうとか殺される、とか思ったんですけど。意外と人の話もちゃんと聞いてくれますし、何か心の中を見透かされるんじゃって思うくらいに自分の心の中に踏み込まれてましたね…。でも、不思議と嫌ではない、というか…///」
高垣の脳裏に肩を抱き寄せられた記憶がよみがえる。
そういったことに、意外にも彼女は免疫がなかった。
「おい、高垣!しっかりしろ!」
「あっはい、すいません。でも、私割と人見知りするほうですが、ここまで初対面の方と自然に話せた、というのはかなり珍しいんじゃないかって自分でも思います。」
「だろうな。まぁ、不安なのは大牙がもたらす影響もあるな…。」
「影響?」
「あぁ、そうだ。大牙は…最強のトラブルメイカーだからな。」
そう菱上が最も恐れているのはこれだ。
榊は運命・不運・幸運・僥倖・災厄そんなものに縁があり、榊もまたよく巻き込まれた。
また、それらがふりかかった場合でもとりあえず”なんとかする”というのが、榊大牙たる由縁と菱上は思うのだった。
榊は再び町にいた。
その道中さまざまなことを思い浮かべていた。
剣崎や菱上があんなに頑張って立派にやっているプロデューサーという仕事についても考えていた。
大学の時の友人2人、いまや超有名アイドルプロダクションのエースプロデューサーだと聞く。
「すげぇなー、あいつら。」
つい、口に出してしまう。
しかし、榊は思い巡らせているのとは裏腹に、実のところ腹はくくっていた。
榊にはそんな二人がとてもまぶしく見えた、そんな二人から期待されている。
同じフィールドで働くことを、競い合っていくことを。
安部菜々は剣崎を信頼していた。
高垣楓は菱上を信じていた。
そして、萩原雪歩は愛原からの期待に応える覚悟を決め、愛原に対して期待する。
なら、榊大牙はどうするのか。
「よし、帰るか。」
寄せられる期待や思い、それらを背負い。
「また、DVDを返し忘れたな・・・参った。」
周りを信じ、信頼する。
「もう、返さないとな。延滞はよくないな。」
そして、彼らのの願いを受け入れて、叶える。
「もう、迷うのも飽きた。こんな出鱈目な運命の波に乗ってもたんや。」
「やるしか、ないやろ。もう…迷ってたまるか。もう二度と…!」
榊は覚悟を、決めた。
眠っていた野獣が、完全に覚醒した。