翌朝、榊はまた街に繰り出していた。
「っふぅー!やっと返せた。痛い、出費。」
DVDの返却という当初の目的をようやく達成できた。
やっと返せたはいいが、予想外の出費であった。
「あのっ、そこの君!」
「はぁー。何回目かこれで。はい、何ですか?」
今日だけで、プロデューサーにならないかっていう話が5回目である。
それもこれも只のうわさに乗っただけの連中ばかりだった。
いい加減、辟易としていた。
しかし、なぜ自分の居場所がばれているのだろうか、そんなこと榊は思っていた。
「うちで働かないか?」
「どうしてオレを雇おうと思ったんですか?」
「それは、その…」
「…まぁ考えておきます、ありがとう。では。」
だいたいはこんな所だ。
よくある話だ、あの人が良いって言ったから、噂で聞いたからだとか。
榊は正直どうでもよかった。
榊はスターでも何でもない、寧ろこんなことになってる方が異常だった。
「ったく、いい加減嫌になってきたな、これ。」
「社長、社長!どうだったんですか!?」
パッションプロの事務所内で千川が社長に詰め寄る。
一刻も早く、昨日の結果が知りたかったのだろう。
「うむ、情報は聞けたが彼がどこにいるといった情報は…。」
「そう、ですか…。」
「すまないね。しかも、どうやら彼は剣崎君・菱上君の両方ともの誘いを断っているらしいのだよ。」
「ええ!?じゃ、じゃあやっぱり愛原さんのところなんですかね?」
「どうだろうね、菱上君も言っていたが彼が何を基準に選んでいるのかは分からないそうだ。」
この話だけ聞けば、榊を雇い入れるのはどこのプロダクションも苦戦しているようだった。
「もう、単にプロデューサーという仕事に興味がないんじゃ?」
「いや、そうでもないらしいよ。何にせよ、まだまだこれからだよ!」
「そんなことを言っている間にほかのプロが…って社長!?これ見てください!」
「ん?おお!?なんだいこれは?」
PCの画面に映しだされていたのは、プロダクション間でつかうSNSツールが表示されていた。
「プロダクション同士のつぶやきをのぞいてみたんですが、これって彼のことですよね?」
「ああ、間違いない!なになに?[大通りに彼なうw]。なんだね、これ。」
この近くの大通りに榊と思われる男性がいるらしい。
千川はあわただしく準備を始める。
千川ももうやってこないかもしれないこのチャンスを逃がしたくなかった。
「気にしないでください。社長、ちょっと大通りに行ってきます!この様子だとことごとくみんな断られてるそうですし、まだチャンスはありますよ!」
「うむ、任せたよ!千川君!必ず彼を連れてきてくれたまえ!」
「善処します!」
そういうと千川ちひろは駆け足で外へと出ていった。
果たして榊と出会う事はできるのだろうか、そしてパッションプロに入ってくれるのだろうか。
「えっと、たしかつぶやきではこの辺りのはず…。」
千川はあたりを見渡す、が目当ての人物はいないようだ。
めげずにあたりを探そうと歩を進めると。
「あら?あなたは確か・・・?」
「あっモブプロのプロデューサーさん、こんにちわ。」
そこにはモブプロという名のプロダクションに所属する女性のプロデューサーがいた。
彼女もまた、何かを探しているようだった。
「こんにちわ、で何をしているの?まさか…。」
「え、ええ。例の榊大牙という人物を探しています。」
「ふぅん、あなたたちが彼を、ねぇ。」
「はい、どこかでみかけませんでした?」
「さぁ、どうだったかな?それより、あなたたち本気で彼を雇うつもりなの?」
「そうです、けど。」
「身の程をわきまえて、言ったらどうなの?あなた方みたいな破産寸前のプロに入る人なんているわけないでしょう?少し考えたらわかるじゃない。」
「それは…。」
確かに自分たちのプロに入るメリットなんてほとんどない。
でも、あきらめるわけにはいかなかった。
これが残された最後の手段であるのだから。
榊を雇う事を諦めるということは自分たちの夢をあきらめるということになる。
「正直、目障りなんですよね。そんなゴミプロダクションにうろうろされるのは。」
「ひ、ひどい。」
「トッププロ会合にも参加しているそうだけど、恥ずかしくないの?底辺オブ底辺がそんなところに足を踏み入れるなんて迷惑甚だしいでしょ?」
「…うぅ。」
言い返すことが、出来なかった。
パッションプロには所属するアイドルなんていない、765やキュート、クールのような敏腕プロデューサーもいない。
千川は悔しさで、視界が潤んでくる。
「で、でも!私たちにだって、夢はあるんですよ…!」
「はぁ…?何を言うのかと思えば、夢?そんなもの叶うわけないでしょう?モバプロの名残でかろうじて生き残っているだけのくせに!さっさと、住処に帰ったら?」
「うっ…うぅ…!私たちみたいなものには、夢なんて持つ資格すらないんですかぁ…!」
「当たり前でしょ?何してるのよ!ほら、さっさと…!」
千川も必死で食らいつくが、無駄な抵抗だった。
千川は悔しさ・虚しさで涙が溢れだす。
弱い者が夢なんて、幻想抱いてはいけないのだろうか。
千川の必死の思いを聞いてくれる人なんていない、耳を傾けてくれる人など、涙をすくってくれる人間などいない。
「おい。」
たった一人の例外。
「あっ、あなたは!?」
一人の男性の声が聞こえた。
声色は低く、怒気を帯びているように聞こえた。
「失せろ、うっとうしい。」
「は、はぁ!?何を言ってるの?私はわざわざあなたを探しに…!」
「わざわざ、ご苦労様でした。とゆことで…消えろ。」
千川が顔を上げるとそこには探し求めた、人物がいた。
金髪に耳にピアス、強面の顔。
お世辞にも善人には見えないが、誰よりも頼もしく見えた。
「くっ・・・なんなの・・・!」
モブプロのプロデューサーは苛立ちながら、立ち去った。
「チっ…なんやねん。おい、大丈夫か?」
「え、ええ…ひっく…はい。」
千川は今からスカウトをしようとしているのに何て惨めな顔をしているのか、と少し複雑な気持ちだった。
「ほれ、これ使いんしゃい。」
そういうと、榊はハンカチを渡した。
意外にも紳士なんだなと千川は感じた。
が…。
「あ、ちなみにそれ昨日使用済み…。」
「うっひゃぁ!!」
「にゃーはっはっは!嘘や、嘘!はは!」
「…うう。」
千川は数秒前まで感じたことを全力で否定した。
「どないや?しょーもないやろ?こんな下らん事の方が笑ってられんねんて!な?ほれ、さっさと泣き止もうで!可愛いらしい顔が台無しや!」
「っ!」
榊はわざと下らない事を言って千川の緊張を解そうとしていたのだった。
なるほどと千川はしみじみと思う。
これが榊大牙という人物なのだな、と。
「…ありがとうございます。」
「おう、ほなな!」
「はい。…じゃなくて!待ってくださいよ!」
「おう、どした?」
「あの、良かったら…。」
「あ、あぁ、それかぁ。プロデューサー云々の話かな?ごめん、まだ考え中やねん。」
このタイミングで榊に用事がある内容といえば、プロデューサーに関しての話ではないかと安易な予想をする榊。
「い、いえ!違わないんですけど…違います。」
「どっちやねん…。」
「そんな雇いたいなんて烏滸がましいことはいいません。だから…」
「いやいや、烏滸がましくはないと思いますよ?」
「お願いします!!私たちを!助けてください!!」
「うぉ!?…へ?」
「私たちパッションプロダクションと言います。お恥ずかしい話、規模は小さくてほかのプロさんと比べたら雲泥の差なんですけど・・・!それでも!私たちには夢があるんです!それを助けて下さいませんか!!?」
千川と社長の夢、それは自分たちでトップアイドルを育てあげること。
アイドルの卵の女の子たちの夢を叶えてあげること。
「はは、このパターンは想定外やわ…。」
「お話しだけでも・・・!」
「うん、ええよ。」
この時、榊がなぜ千川は了承したのか。
それは千川の必死さ・切実さが伝わってきたからだ。
そんな千川の懸命な様子を榊は無碍にすることはできなかった。
「ありがとうございます!ではこちらに、すぐそこですので!」
そういうと、千川は榊を先導する。
気持ちが早っているのか、その足取りは早かった。
千川の言った通り、事務所に着くまでさほど時間はかからなかった。
「ちょっと待ってて下さいね?」
千川はそういうと事務所内に入って行った。
「社長、彼を連れてきました!」
「なに!?本当かね!?では、早速彼を呼んでくれたまえ!」
「はい!…あ、ここのポテチのごみは捨てておかないと。」
先ほど食べていた、お菓子の袋をそそくさと片付け準備を整い終えた千川。
「…これで良し!どうぞ!お入り下さい!」
「失礼しますー。」
榊が事務所内に入る。
先ほど千川が話していた規模が小さいというより少し大きく感じた、榊。
確かにクールプロの建物に比べたら規模は小さいかもしれないが、それでも最低限のものは揃えられている印象を与えるには十分なほど、立派な事務所だと榊は素直に思う。
「やぁ、よく来たね。私はここの社長だ、よろしく!」
「どうもどうも。いやいや、立派な事務所じゃないっすか。」
「あはは!ありがとう。まぁまぁ、かけてくれたまえ。」
(事務所”だけ”が立派なのだよ…。)
そういうと、社長は応接間のソファに座るように榊を促す。
榊はそれに従い、ソファに腰を下ろした。
続いて、社長と千川も榊の向かい合う形で席についた。
「早速だが、私はこれからキミと一緒に働いていって夢を一緒にかなえたいと思っているのだよ。その夢というのはうちのアイドル諸君をトップアイドルにしたい、これが私の夢なんだ。」
「はい。」
「この通り、従業員は私と千川君だけのしがない事務所だ。それでも、私は夢をあきらめきれなくてね。キミなら我々の夢を叶えてくれる、そう信じているのだよ。…どうかね?」
社長はさらりと言うが、なかなか難しい事である。
今現在においてアイドルは空前の大ブームである。
トップアイドルといっても、名前を連ねるアイドル達は大勢いる。
しかし、このアイドル群雄割拠時代にいざ割り込むというのは相当な覚悟と成功が必要不可欠だった。
「…一ついいですか?」
「なんだね?」
「どうして、オレなんですか?プロデューサーに向いてそうな人なんて、他にももっといたと思うんですけど、なぜ?」
「うむ、そうだね。一言でいうなら…」
これは確かに榊は聞きたかった。
剣崎菱上はともかく、お世辞にもこのなりで年頃の女の子と一緒に働くというのはあまりにもリスキーであることを榊は自覚していた。
故になぜに榊が社長の目に止まったのか、知りたかった。
「勘だね。」
「へ?」
あまりにも簡素な答えに目を丸くする、榊。
「勘だよ。いやぁ、君をね今週の初めだったかな765P君と一緒にいるところをみかけてね?一目見てティンときたんだよ、ティンと!」
「…。」
「ティン。」
「ぷっ!はははは!」
「ん!?なにかね!?私何か変な事言ったかね?」
「ははは!…いやいや、勘って!」
本当に可笑しかった、榊自身が考えていたことが馬鹿らしく思えて。
でも、それくらいの方がいいのかもしれない。
何より、この人たちは榊を色眼鏡でみていない。
「いいですねぇ。おもろいっすわ…。」
「そ、そうかい?」
「じゃあ、最後に一つ。」
「なんだね?」
「アイドルの子に会わせてもらってもいいですか?」
「へ?」
「いや、一度会っておこうかな、と。」
もし仮に働くことになったとして、アイドル達の顔くらいは拝見しておくべきだと榊はそう、至極当然のように答えた。
「そそそそうだね、ちょっと待っててくれるかい??」
「はい。」
社長は千川を連れて奥へと引っ込む。
「千川くーん!伝えてなかったのかね!?」
「仕方ないじゃないですか!?急いでましたし!!」
「道理でほいほい話が進むと思ったい!どうするんだね!?」
確かに、アイドルが所属していないという事を榊に社長も千川も一切伝えていなかった。
「しし知りませんよぉ!?何とかしてくださいよぉ!」
「どうしたものだろうか…我が社にアイドルが一人もアイドルがいないなんて…!」
「へぇ、アイドルいないんですか…。」
「そうなんだよー。って、え!?いつの間に!?」
「いや、最初から。というか、丸聞こえですし。」
榊は別に盗み聞きするつもりはなかったが、聞こえてきたことはどうしようもなかった。
「ごごごごめんなさい。騙すような形になってしまって…」
「本当にすまない、やはりうちでは…」
社長も千川も半ば榊を雇うという事を諦めていた。
アイドルのいないアイドル事務所なんて、世間は広しといえどパッションプロだけだろう。
アイドル達をトップアイドルにする、その夢を叶えるための卵すらこのパッションプロには存在していないのだ。
この話を聞いて、承諾するのは相当な変わり者しかいない。
そして、そういった人物は世の中に、ごくごくわずかしかいない。
「ははは!マジか…いいっすよ!」
「「へ?」」
「いや、働いてもいいっすよって。」
千川と社長の目の前にいる男、榊大牙はその中の一人だ。
「どっどどどどうしてですか!?」
「そっそおそそおうだよ!?うちはアイドルもゼロだし、お給料だって雀の涙だし…。」
「えぇー…じゃあやめといた方がいいですか?」
「ええ!?」
「だって嫌がってるみたいだし・・・。」
別に社長も千川も嫌がっているわけではなく、ただただ困惑しているのだ。
このありえない、交渉成立に。
「そんなことはないよ!?ただね、キミのような人間をうちで雇えるなんて…。」
「そんなの外野が勝手に言ってるだけでしょ?買いかぶりすぎなんですよ。」
「ア、アイドルもいないんですよ?」
「それは余計に好都合やね。」
「それは…どうしてだね?」
「オレってまぁ自慢じゃないですけど、あまり人受けが良い方ではないんですよね。やから、自分と一緒にやっていける子かどうかって見ておこうかなって思ったですよ。」
「なるほど…。だが…」
「いないんだったら自分でスカウトしてくるってことですよね?オレに合う子、つまりオレに免疫持ってそうな子を見つけてくればいい話ですからね。あんまり、いないと思うけど。」
自分をさもウイルスのように語って卑下している榊だが、女の子は繊細だ。
このなりの榊に拒絶反応を示す子がいてもなんら不思議ではないのだ。
「ま、まぁそうだが、本当にいいのかね?」
「もしかしたらご存じかもですけど。オレと剣崎と菱上ってダチなんですよ。」
「うむ、話には聞いているよ。」
「それで、ですね。大学時代からの友人と一緒に働きたいってありがちじゃないですか?まぁそれなり以上の評価してもらってますけど。愛原さんにしても、萩原さんの一件があってのことでしょうから。でも、社長は勘で決めてくれたんでしょう?」
「ああ、そうだね。」
「それがね、ただうれしかったんですよ。ただオレを必要としてくれているみたいでね。それにそこの彼女にね?」
「は、はい!?」
榊は千川に顔を向ける。
千川は突然自分に話が回ってきたことに少し驚いた様子だった。
「助けてくれって、私たちを助けてくれって。」
「…。」
「オレみたいなやつに助けてって。こんなどこの馬の骨とも知らない奴にですよ?そりゃね、何とかしてあげたいってそう思っちゃったんですよ。」
「…!」
「何ができるとか何をどうするっとかじゃなく、”何とかします”よ。オレなりにね?」
「うむ…。」
「お二人をオレに助けさせてください。んであなた達の夢を叶えるのを手伝わせて欲しい、お願いします。」
榊は深々と頭を下げた。
2人は嬉しかった、自分たちの夢を手伝ってくれる人がいてくれたことに。
根拠なんてなにもない。ただ、そう言う榊の姿はとても頼もしく、そしてなにより勇ましく見えた。
こうして、榊はパッションプロのプロデューサーとなった。
ゼロからのスタートである。