シンデレラと野獣   作:BKCT

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投下します。
お目汚しになりますが、よろしくお願いします。



雪解けの虎

「あぁ、しんど。帰って酒飲んで寝るか」

 

 この自堕落な青年の名は榊大牙。

左耳にはピアス・鋭い眼光・金髪・無精ひげ。

本人曰く、不良ではないらしい。

榊は今しがた勤め先である工事の現場仕事を終え、帰宅するところである。

 

「ただいまー……。って誰もおらんけどね」

 

「さてと、明日は休みやしカレーでも作るかね」

 

 一人暮らしをする榊には少し大きめな部屋という以外にこれといった特徴のない部屋に住んでいる。

一通りの家電があり、家具がある。いわゆる普通だ。

彼はあまり贅沢をしない、自分にお金を使うのはタバコとお酒くらいである。

 

「さて何のテレビやってるんかなっと」

 

 無造作にテレビのリモコンを弄っていると、ふと目に止まったのが歳が17か18くらいの少女、アイドルだ。

見た目は可憐でいてそしてどこか儚げな印象を抱かせる、男性庇護欲を駆り立てるような。

俗に言う、守ってあげたくなるような少女である。

 

「つうかテレビに出るくらいやねんから、度胸と根性その辺の男よりあるやろうけどな」

 

 確かに、そういったものを度外視して本能的に守ってあげたくなるような。

そんな魅力を彼女は持っていた。

 名前は萩原雪歩。

 

「にしてもアイドルつってもきつい練習やってつらい時でも笑顔! なんやっけ? そんなんオレには無理やのぅ」

 

 司会者の男性が萩原に質問をする。

 

「アイドルといえば"笑顔"ですが、どんなことを考えていれば笑っていられるんですか」と。

ありきたりな質問だ。

だが。

 

「はい! えぇと、私すごく泣き虫で弱い自分を変えたくてアイドルになったんですけど。最初はつらい時でも笑顔でいなきゃいけないのはとても大変でした。でもある人がつらい時には無理しなくてもいいんだよってありのままの私でいいんだって言ってくれて。それからはつらい時にも笑顔じゃなくて、つらいから笑顔でいられるようになったんですぅ! 期待してくれている人の前で頑張れていることがうれしくて笑顔になれたんですぅ! 」

 

「っ! 」

 

 まるで榊自身の事を見透かされているような痛烈な痛みが走った。

そうか、この子はすでに周りの人の期待を応えようでは無く、応えるという覚悟を持っているのだ。

その時の萩原は守ってあげたくなるような子ではなく、とても凛々しく見えた。

 17か18の少女にここまでの覚悟を持っているにも関わらず自分はなんだろうかと榊は感じる。

かつて自分にも期待に応えたかった人たちが周りにいた、あろうことかそういう人たちから自分は逃げてきたのだ。

そんな情けない自分には彼女、萩原雪歩の笑顔はまぶしく、同時に身を焦がされるような痛みを伴っていた。

 誰かの期待に応える。

シンプルではあるが容易ではない。

応えようとする姿勢が期待に応えていると自分に嘘を言い聞かせ、これくらいやれば大丈夫と越えられる安易な目標を自分自身に掲げているものは多くいるだろう。

 榊はそれすらしなかった、できなかったのだ。

そのことが今の榊にとって大きな影を今更ながら、落としてくる、重く。

それがとても気に入らなく、ただただ腹立たしかった。

 

「やるやん、アイドル」

 

 テレビでは司会者がそれは大切な人なのかな? と意地悪な質問をして、顔を真っ赤にしながら否定している萩原雪歩の姿があった。

 しかし過去の自分の無力さに打ちひしがれている榊には、そんな声など聞こえていなかった。

 

 

翌朝

 

「ふわぁーよくねた……」

 

 昨日の落ち込みが嘘のように朝はすっきりしていた。

この切り替えの早さは榊の得意中の得意であったからだ。

切り替えというと聞こえはいいが、榊はもはや諦めてしまっているのだ。

他人に期待することを、そして自分に期待されることを。

 榊は人から何をされようが、動じることは少ない。

それはつまり自分にも言えることなのだと榊は知っている。

つまり、他人がどうなろうと動じない、と。

 先日いじめられていた少女に介入したこともあったが、たまたまそいつらの顔が気に入らなかっただけだと自分に言い聞かせていた。

少女の事を案じて…そんな事を思って良いわけがなかった。

 榊は自分に期待などしない。

しかし、榊の中にあるものが彼自身の中で大きくなりつつあった、それに気づいていない。

いや、気づかないようにしているのだ、自分はそんなものはないとそんな資格はないと蓋をして。

 

「さてと、昼ご飯は昨日のカレーの残り食べてから、ちょっくら外に出てみるかね」

 

 

 

 

「ふぅー外で吸うタバコは美味いなー」

 

 近所にある、割りと規模の大きな公園で、タバコをふかす榊。

季節は春。

うららかな陽気に心地よい風が吹いており、それに自分の吐く紫煙で汚しながら榊はつぶやく。

 

「こうあったかいと眠くなるな。おっとアイスとける前に食べてまお。今日は、あの子おらんみたいやな。……そらそうか、学校か」

 

 あの子とは先ほど述べた榊が助けた少女である。

どういう訳かこのなりの榊になついてしまったらしく、たまに公園にくると彼女は近寄ってくるのだが、今日はいないらしい。

 

「なんであんなことしたんやろうな……変に期待させて。あほやな、オレ」

 

 無意識に奥歯を噛み締める。

他人に期待していない自分が他人に期待されるなどあってはならないことである。

そんな資格なんてないのだから、だから彼はいかにフェードアウトしていくことを考えていた。

 この時の榊の様子は鬼気迫る様子で、誰も彼には寄り付かない。

一人の少女以外は。

 

「あのぅ」

 

「はぁ、どうしたもんかね」

 

「あ、あのぅー」

 

「もういっその事黙って消えてやるか……多少荒い、か」

 

「あ、あの、すいませn」

 

「どうやって消えれば、どうやって……」

 

「あのっすみませんんーーーーー!! 」

 

「ふぁ!? なんや!? 」

 

 ボトッ

何かの固形物が落ちたような、音がした。

 

「ヒャイ!? 」

 

「え? オレ? ど、どうしましたか? 」

 

「いえっ! あ、あのぅ……そのぅ……」

 

「あん? 」

 

「ヒぃ!? は、早まっちゃダメですぅ!! 」

 

「……は? 」

 

 -事情説明中-

 

「はぁ、俺が思いつめてるように、ねぇ」

 

「すみません。でも、消えれば…みたいなこと仰っていたので」

 

「なるほどね。あぁ、なんだ。悪いな、勘違いさせてもうて。でも、まあ大丈夫やから」

 

「で、でも浮かない顔されてましたし」

 

「あ、ああ。大丈夫大丈夫!アイス食ったら元気にな……る。ってああ!? 」

 

「ひゃう!? 」

 

「さ、最悪だ。オレの、オレのガ○ガ○君がぁ……」

 

「ご、ごめんなさいぃ! 私が驚かしちゃったから! 」

 

「ふっ、気にするな。起きてしまったことはしょうがないさ。……グスン」

 

 そうは言っているが、横目に少女の方を見ながら物悲しそうな眼を榊はしていた。

このアイスは榊にとって好物だったらしい。

まあ、また買えばいい話なのだが。

 

「う、うう。あのぉ、もしよかったらお礼にアイス買ってきm」

 

「うっそ、マジで!? いやぁ悪いな!そしたらお言葉に甘えて! 」

 

 榊は切り替えが早い。

 

「いやぁ、ありがとうございます。うん、やっぱハーゲンダッ〇美味いわ! 」

 

「3倍くらい値段違うじゃないですかぁーー! 」

 

「ふっふっふ! 君はアイスを買ってくれるといったのだ! これも、アイスだ! 」

 

「ひどいですぅ! 」

 

 全くもって大人気ない。

榊はこういったところで変に子供じみているところがあるのだが・・・見た目と違いすぎて誰も信じない。

ふと榊は胸に抱えている大きな、大きな確信に似た疑問をぶつけてみる。

 

「いやいやほんまごちそうさんです! ところで、あなたアイドルの萩原雪歩さん…やんね? 」

 

「は、はいぃ。萩原雪歩ですぅ! 」

 

「……そやんね。(なんというか。ほんま、なんというかやな。)」

 

「で、でも私がアイドルってよくわかりましたね? 」

 

「んあ?何それ?昨日もテレビに出てたし、そこそこ有名なんやないん? 」

 

「い、いえ! 私なんて春香ちゃんや美希ちゃんに比べたらまだまだダメダメですぅ……」

 

 恐らく、萩原の同僚だろう。

曖昧なのは昨日はたまたまアイドルが出ていた番組に目が留まっただけで普段はそういった番組はほとんど榊は見ない。

 

「そう? えらい堂々としてたと思うけどなあ」

 

「い、いえ! 本当にたまたまあの時はよかっただけで! いつもはもっとダメダメなんですぅ……」

 

 と萩原雪歩は答える。

そう、頭の中ではわかっていたのだが、アイドルも人間である。

最初に会った時から彼女がアイドル萩原雪歩であることはわかっていたが、どうも受ける印象が変わっていた。

やはり自分が見たものは偶像だったのだろうか?

そう思うところまで行き着いたところで彼は無性に腹が立った。

人に期待しない。

そう決めていたのにも関わらず、勝手にこの子はすごいと決めつけ、期待してしまっていた自分がいたことにすごく腹が立った。

 そう、人間であれば誰しもが抱く苦悩や葛藤。

いくらアイドルとはいえ10代の少女に自分勝手なものを勝手に決めつけていたことに。

 

「あっそ。じゃあ、あの時言ってたんも嘘なんか? 」

 

 自然と怒気が榊の言葉に帯びる。

自分でも八つ当たりなのはわかっていても、つい聞いてしまうのだ。

榊は気づいていないが、彼は萩原の答えに期待しているのだ。

 

「……嘘じゃないです」

 

「そ。ならなんでそんな浮かない顔してんや? 」

 

「っ! 」

 

「ま、俺が言えた義理でもないんやけどね。おいちゃんの戯言と思って聞き流してくれや。謙遜なのは結構やけど、行き過ぎればそれは傲慢になるで? 」

 

「そ、そんな! 傲慢になんて! 」

 

「まあまあ。もし仮にやで?萩原さんを目指してるアイドルの子がいたとしようや。その子の憧れの萩原雪歩が自分で自分を貶めるようなこといってたら、きっとショックやと思うで? 」

 

「そ、それは……」

 

 自分自身なんでこんなことを言っているのかわからなかった。

ただ目の前の少女の表情が榊にとって気に入らなかった。

こんな顔似合わないと。

 

「まあ、アイドルなんて職業やってんなら周りから勝手に期待されて勝手に絶望される。望まぬ形であったとしもや。恐らく相手が思う自分に追いつけてないと思うからダメダメなんて考えているってとこやろね」

 

「っ! 」

 

「図星か。自分を高めるのにそういったこと、つまり自分ならまだまだこんなもんじゃと考えるのはよくあることやろうけどね。でも、あなたの考えてるのそれと違う」

 

「そ、そんなこと……」

 

 一人の少女の輝きがみるみるうちにくすんでいくのが、榊自身でもわかった。

これ以上はまずい、そう分かってはいるが。

 

「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!? どうやればいいんですかぁ!? プロデューサーに聞いても雪歩ならできるって。でも私そんな、強くなんてないんです!! みんなの期待している萩原雪歩が勝手に一人歩きしちゃってるんですぅ!! 今の……今のこの弱い私が本当の姿なんですよ!! 」

 

 そこにはアイドル萩原雪歩はいない。

17・18歳の年相応のか弱い女の子だ、葛藤し悩んでいるか弱い女の子だった。

 

「怖いんですぅ……。みんなの期待に応えられなくて、みんなに諦められちゃうのが! 」

 

「なら、辞めればいいんやない? 」

 

 そう、これはアイドル萩原雪歩に決して言ってはならない言葉。

しかし、今ここにいる少女の全てを吐き出させるには必要な暴論だった。

 

「みんなの期待に応えるんがしんどい、難しいなら何もかもやめにしたらええやん。なぜ自分自身したくないことをして踏みとどまってる?結局自分は何がしたい? 金か? 名声か? 」

 

「そんなんじゃありません!! 私は……私は……」

 

 そのときだった。

萩原の瞳から大粒の涙が流れていた。

ダムが決壊したように、止まらない。

少女の中の葛藤や苦悩もすべて溢れだしているように見えた。

決壊させたのは榊自身だ。

吐き出させるものは、すべて吐き出してしまえばいい。

 

 

「うん、やっぱすげぇわ。アイドル、萩原雪歩さん」

 

 受け止めてあげればいいのだから。

 

 

「……ひっく……え……? 」

 

 榊はそっと萩原の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫でた。

 

「いや、よく頑張ったやん? そんなに悩んでんのに、一人でもいっぱいいっぱいやのに周りの期待も応えなきゃならなあかん。きつかったな。ちなみにこれは慰めじゃないで? 」

 

「じゃ、じゃあ何ですか? 」

 

「尊敬……やろか、あえて言うなら。まぁ単純にすごいなって思ってさ。演技や歌・踊りは褒めてもらえるやろけど、悩みをがんばって吐き出したことに対してオレが褒めてあげても罰はあたらんやろ。」

 

「む、無茶苦茶ですぅ……」

 

「うぐっ。せ、せやな。でもな? アイドルとしての自分と自分自身切り離して考えすぎなんちゃう? せやから自分がそのアイドル像に追いつけてないと思うし、期待が一人歩きしてまうんちゃうかな? やからそろそろアイドルの自分自身も受け入れてあげたら? 」

 

「っ! 」

 

「なんか聞けば聞くほどアイドルと自分っていうのを別物みたいに考えてるみたいやったからね。弱いところもアイドルの自分、期待されているのもあなた自身なんやで? 」

 

「でも、そんな期待に応えられるか……」

 

「せやね。じゃあさ、萩原さんも周りに期待しちゃえばええやん」

 

「へ? 」

 

「待っててくれるって、自分が期待に応えるのを待っていてくれるのを期待、信じればよいではないか」

 

「あ……」

 

「大丈夫や! 待っててくれるって! せやからゆっくりで一歩一歩ですよ? なんでもコツコツやで! 」

 

「ぷ……あはは! 」

 

「え!? 結構ええこと言ったのに!? 」

 

「ご、ごめんなさい! 前にも似たような事をある人に言われたの思い出しちゃって! その人が言ってくれたんです。私名前が雪歩なんで、雪の上を歩くようにゆっくりでいいからって」

 

「くっ!まさかの決め台詞が被るとはな……」

 

「えへへ…。でもうれしかったです。すいません、何か話きいてもらちゃって」

 

「いやいや、たぶんさらに落ち込ましたのわたくしですし? 」

 

「ですねー、ふふっ」

 

「容赦ねえな!? ……まあでももう大丈夫そうやな? 」

 

「っはいぃ! 」

 

「……やっぱ流石やね。笑顔がぐうかわやで」

 

「えっ/// 」

 

「いや気にしないでください。お願いします」

 

 そこにはか弱い少女アイドル萩原雪歩がいた。

萩原の笑顔はさらに輝いていたように見えた。

榊は純粋に喜びを感じた、それが自分の望んだ笑顔になってくれたこと、そして自分の期待に萩原が応えてくれたことに。

一瞬くらっときかけたがばれなかったはずだ。

 

「最初は目つきの悪い、とっても恐い人だと思いましたぁ」

 

「うん、さらっと言うな。チクショウ」

 

「えっと……お名前はなんと仰るんですか?」

 

「あん?おれ?榊大牙と申しますよ、よしなに」

 

「四条さん? ……コホン! 榊さん……なんだか私を育ててくれた人にどこか似てますぅ」

 

「誰がパパだこら。まだ28じゃ」

 

「い、いえ、違いますぅ! 私のプロデューサーですぅ」

 

「え? ああ、そうなの? 」

 

「はい! でもプロデューサーはもっと優しそうな雰囲気で……」

 

「さりげなく人を優しくないみたいに言いやがって、おい」

 

「ち、違いますよぉ! 私男の人が苦手で最初は恐かったですけど、とても優しい方でよかったですぅ」

 

「そりゃどうも。ん? 男の人が苦手? 」

 

 榊は女に見えるのか。

 

「オレオトコダヨ? 」

 

「はい! あ、でも平気ですぅ! 」

 

「なに、オレはオネエな感じ? やだわぁ」

 

「そんな要素1ミリもありませんー! だからプロデューサーに似てるの、かな? えへへ……」

 

「そんなもんかね? ん? もうこんな時間か」

 

「そうですね……あぁ!! 」

 

「なんや!? 事件か!? 」

 

「これから撮影のお仕事だったんですぅ!! ああ、どうしよう!! 」

 

 やはりこれは榊のせいでもあるのだ。

現実逃避したかった榊だが現役アイドルと自分の2ショット写真なんてとられたら。

榊は萩原を 助けようと心に誓った。

 

「ここからどの辺? 」

 

「こういってああですぅ!! 」

 

「んであと時間は? 」

 

「あと30分ですぅ!! と、とりあえずありがとうございました! で、ではーーー!! 」

 

「ちょい待ち! 」

 

「はい!? 」

 

「ちょっと待ってん。車で送ってってあげるからさ」

 

 こうして榊の愛車のスポーツカー、名前はアレクサンダー……で、萩原を目的地まで送ってあげることにした。

 

「ふっ今日もこいつで暴れるぜ」

 

「変な名前ですぅ……」

 

「あー! あー! 聞こえなーい! 」

 

 -とある撮影場所-

 

「ほい、到着」

 

「あ、ありがとうございましたぁ!おかげで間に合いましたぁ……」

 

「かまへんかまへん(元はといえばオレのせいやし)」

 

「えへへ……」

 

「ん? なんや? 」

 

「いえ、やっぱり優しいなって……」

 

「うるさい、可愛いなちくしょう。ガソリン代よこせー」

 

「おーい、雪歩ー! 」

 

 撮影場所から一人の男性が走ってやってきた。

細身で見るからに人の好さそうな人物だ。

萩原雪歩のマネージャーだろう。

 

「プロデューサー! 」

 

 違ったようだ。

この男性が萩原雪歩の支えとなってる人物なのは声色でわかる。

 

「心配したぞ、雪歩。ってその男性は!? ま、まさかかかかか彼氏かぁ!? 」

 

 全く、想像力豊かである。

 

「ち、違いますよぉ。私が困ってたのを助けてくださって、ここまで送ってくれたんですぅ! 」

 

「な、なんだ……。びっくりさせないでくれよ? すみません、うち萩原がご迷惑お掛けしました」

 

「いえいえ」

 

 ふと榊の中に違和感が残った。

何かが引っ掛かるが、とりあえずタバコに火をつけ落ち着かせる。

 

「心配したんだぞ? 落ち込んでいたみたいだったし、大丈夫なのか? 」

 

「は、はいぃ! もうだいじょうぶですぅ! ご心配おかけしましたぁ! 」

 

「っ! そ、そうか! ならよかった。ほらすぐに準備しておいで? 髪の毛ぼさぼさだよ? 」

 

「あっ/// はいぃ! 」

 

(馬鹿野郎、そんな目で見るんじゃあない。)

 

 これでは自分のせいだということがばれてしまい、怒られてしまう。

と榊が思っていると。

 

「榊さん! 」

 

「あん? 」

 

「今日はありがとうございましたぁ! ではまた! 」

 

「またって……もう二度と会う事あらへんわいな」

 

「ふふっ……そうですかね? 」

 

「ん? ほなな」

 

「ありがとうございましたぁ! 」

 

 萩原雪歩が言ったことの真意はわからない。

もしかしたらライブに行こうかなと思っていたのがばれてしまったのかもしれないな、と。

 

「いやいや、本当にありがとうございました」

 

「いや、本当に別に」

 

 さっきの違和感がまた襲った。

今度は何が引っ掛かったのがわかった。

プロデューサーは萩原が心配だと言ったのにどこの馬の骨ともわからんおれに対して何も言うこともなく、ましてや見知らぬ人についていった萩原を咎めるわけでもなかった。

 

 この違和感の正体は、不信感や怒りだ。

 

「なぁ、あんた」

 

「はい? 」

 

「本当に萩原さんのこと心配だったんか? 」

 

「ええ、もちろん」

 

「じゃあ、なぜ彼女を咎めない? 俺を問いたださない?こんな見知らぬやつだってのにや」

 

「ああ、そういうことでしたか。ふふっ」

 

「なにがおもろいんや? こっちは真剣に」

 

「いえいえ! 貴方は見知らぬ彼女に対して怒りを露わになさるような心根の優しい方なのだなと」

 

「は? 」

 

「だってあなたにとって雪歩は赤の他人でしょう? 」

 

「まあな。でも、論点はそこやない」

 

 上手くはぐらかされそうになるが、逃がさない。

彼女の支えとなる、人の支えとなる人物をどんなものなのか。

 

「あなたの言いたいことはわかります」

 

「ならなんで……」

 

「1週間ほど前からずっと雪歩は少し調子を落としていました、どこか空回りしていたような、そんな感じだったのです。そこで、悩んでることはないか? と聞いても大丈夫ですとしか答えてくれなかったんですよ」

 

「いやだから、それと一体なんの関係が」

 

「貴方でしょう? 彼女の雪歩の輝きを取り戻してくれたのは」

 

「いやそれは……オレは不毛に彼女を傷つけてもうたからで。必死で元に戻ってもらおうとしただけでね? 」

 

「そうですかね? 僕には彼女がよりキラキラしているように見えますよ。それに雪歩は男性がひどく苦手でしてね」

 

「あーなんかそんなこと言ってたな」

 

「そう。雪歩の髪が乱れてて気づいたんですよ。彼女の頭に手をおいてあげましたよね ? 」

 

「うぐっ……いや、そりゃ、あの……」

 

 なぜ、ガールフレンドの父親としゃべってるみたいになっているのだろうか。

 

「それでね、ちょっと嫉妬しちゃいましてね」

 

「あ、あんた自分とこのアイドルに!? 」

 

「ち、違いますよ!? 僕がそのフィールドに立つまでに半年以上かかったんですから」

 

「男性恐怖症が直ってきただけじゃないん? 」

 

「多少はよくなってきていますが、やはり体に触れられるというところまではなかなか……。私だって最近なんですよ? 」

 

「べたべた触るようになったの? 」

 

「だから違いますって! オホン! で! 何が言いたいかというとですね、あの雪歩が警戒してない相手なので大丈夫かなと。あはは……曖昧ですね」

 

「……」

 

 なるほど。

榊が懸念していたようなことが起こるまでもないということだった。

つまり、彼らの信頼関係は強固であり、榊が心配していたことなどはなから頭にないのだ。

 

「いや、別にもういいや。自分で言うのもなんだがあんたんとこアイドルにはなんもしてへんよ。それだけ」

 

「はい、わかってますよ」

 

「それと、傷つけて悪かったなと彼女に伝えといてくれます?もう二度と会うこともないでしょうしね」

 

「そうですかね? 」

 

「ん? どういう意味で? 」

 

「榊さんといいましたか? 」

 

「はい、そうですよ? 」

 

「765プロでプロデューサーとして働いてみませんか? 」

 

「は? 」

 

「こういう言い方するとあれなんですが、うちのなかでも雪歩が一番扱いに気を付けてあげなければならない繊細な子なんですよ。その雪歩を信頼させることができる、しかもたった1日でですよ。本当にすごいことなんですよ?ちょっと嫉妬しちゃいそうになるほどにです」

 

「いやいや無理無理! いやだってさ?あの辺の女の子って扱い難しいじゃない?こんなおいちゃんには荷が重いですよ」

 

「そう、ですか。でも、ぜひ考えておいてください。うちはいつでも歓迎しますから! 」

 

「へいへい。んじゃま、そろそろお暇させていただくとしましょうかね。長いことすまんかったね」

 

「いえいえこちらこそ、お引止めしてしまって。私は愛原一心といいます。ではまた! 」

 

「は、はあ……また? 愛原さん」

 

 こうして彼らは出会うべくして、出会った。

これが榊が進む第一歩である。

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