シンデレラと野獣   作:BKCT

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おはようございます。





榊が球場に足を踏み入れると、絵にかいたような青春があった。

カキーン、と金属バット特有の打撃音を響かせ白球を追いかける球児たち。

 

「ほぇー、ええもんやな。」

 

感慨深くそう呟く、榊。

分類分けすれば若者に入る彼だが、なぜだか球児たちを見ると頬が緩んでしまい、自分の子を見つめるようなまなざしを送ってしまう。

しかし、そう思っていた彼だったがふと違和感を覚える。

 

「にしても、スタンドが静かやな。」

 

高校野球の場合ではスタンドの応援に力を入れている場合が多い。

様々な楽器や鳴り物、応援団などで自分の高校を応援しているものだ。

にも関わらず、ここは整然としすぎている。

そう思い、スコアボードに目をやると。

 

「あぁ・・・なるほど。」

 

7回表、13-2であった。

守備側なら仕方がない。

がしかし、恐らく榊がいるのは負けているチームのスタンドだったのだろう、意気消沈しているのが目に見えている。

高校野球ではコールド制度を採用しており、このままいけばコールド負けが決定してしまう。

 

するとここで審判がチェンジを告げる。

つまりこの回で2点を追加しなければ負けが確定する。

 

「さてさて、応援の見せ所ぞ。」

 

「・・・がんばれー。」

 

半ば投げやりな声援が聞こえてきた。

 

「・・・ダメだこりゃ。」

 

まぁ、仕方のない事だとは思う。

何せここまでの点差をどうにかするのはいくら高校野球といえど、そうあることではない。

ないのだが・・・。

 

「うーん、何かこう寂しいな・・・。もっと若人はこう熱く・・・」

 

「うう・・・よし・・・!みんなー!!頑張って下さい!!まだまだ、まだまだいけますよー!!!フレー!フレー!!」

 

「のわ!?」

 

榊の少し前の女の子が長いポニーテールをなびかせながら、叫んだ。

後ろ姿しか見えないが、見た目から察するにチアガールの子かなにかだろう。

手にポンポンをつけて、手でシャカシャカとしており、足を時折大きく上げながら懸命に応援している。

足を上げ・・・前の席に行けばよかった・・・。

 

「おお!あの子気合い入ってんなぁ!やけど・・・」

 

彼の目に彼女はとても健気で勇敢に見えた。

そしてなにより・・・

 

「孤独・・・やな。」

 

まさに孤立無援か。

元来、応援される側・応援する側ならクローズアップされるのは前者だ。

ふと榊は自分の状況に置き換えてみる。

もし柚がステージに立ったら・・・

そう、彼にできることはそれを見守り、声援を送る事だけ。

もちろん声が枯れるまで声援を送るし、何だってする。

だが、ステージに居るもの同様それを見送るものもまた孤独だ。

彼の場合、孤独なのはどうだってよかったが、自分が何もできないという無力感に襲われるのは火を見るより明らかだった。

だから、わかってしまう。

目の前の少女の辛さ、勇敢さが。

自分にはそれしかできないとわかっていながらも、それでもなお自分ができることを精いっぱいやろうとする勇気が彼の胸を打つ。

 

「かっこええやん・・・」

 

「ゲームセット!!コールド!」

 

「なっ・・・!?」

 

榊が考え事をしている間に、試合は進行していたようで、気づけば試合が終わっていた。

ぞろぞろとグラウンドから球児たちが去っていく。

どうやらこちらのスタンド側にベンチがあるらしく、負けたチームと思しき球児たちがこちらにむかって足取り重くやってきていた。

彼の周りでも高校生たちがいそいそと帰り支度をしていた。

先ほどの少女もネットの前に張り付いて動かない。

さすがにショックだったのだろうか。

 

「今日は残念でした・・・でも!!まだ・・・明日がありますから!!明日また、精一杯応援しますから!頑張って下さい!!」

 

違った・・・違っていた。

彼女は敗れた選手たちがまた明日に向かって、前を向いて歩けるように応援していた。

彼女は自分の声援が少しでも力になれることを信じ、声を上げているに相違ない。

それが彼女の思い描く応援の理想形なのだろう、それを彼女は信じているのだなと榊はつくづく敬服しながら思う。

よく現実・理想の話で”現実は甘くない”と言われることがある。

現実は残酷で、否が応でも認識せざるを得ない。

現実は理想を否定するものだ、それに比べ理想は現実の延長線、つまり理想は現実を否定しない。

だが、そんな甘くない現実を突きつけられても理想を信じ、進むことは更に難しい。

”理想を描き続けることだって甘くない”のだ、戦っているのだ。

だがそんな彼女に現実が襲い掛かる。

 

「あの・・・さ。」

 

野球部のキャプテンと思われる選手がグラウンドからネット越しで彼女に話しかける。

 

「応援とかいいよ、もう。」

 

「・・・え?」

 

「いやさ、こんなボロ負けしてる試合であんなに大きい声で応援とかされると・・・さ。恥ずかしいというか・・・君だってこんなチーム応援なんかしたくないだろ?」

 

「そんなことありません、今日はたまたまですよ!明日頑張りましょうよ!」

 

「今日の試合負けたら予選終わりだったんだよ、もう。だから明日の試合は消化試合みたいなもんなんだ。」

 

「え、ええ!?で・・・でも!!」

 

「なんつうかさ・・・”迷惑”なんだ。恥ずかしいし。」

 

「・・・っ!」

 

「だから、明日応援とかいいよ。なんか・・・ごめんな?じゃあ・・・。」

 

そういうと野球部の彼は足元にあると思われる、ベンチに降りて行った。

彼女はその場から動かない・・・。

 

「ね、ねぇ・・・もう帰ろ?明日、休みになったと思えばいいじゃん?」

 

「そ、そうだよ。ね?もういこ?」

 

そんな彼女に気遣ってか、チームメイトたちが彼女に近寄る。

 

「うん・・・そう、だよね。ごめん、ちょっと先行ってて?アタシ片づけてから行くから!」

 

「わかった・・・じゃあ、待っとくね?早く来てねー!」

 

「うん、ごめんね!」

 

そういうと彼女たちは球場を後にする。

少女は一人立ち尽くしていた・・・。

 

「くそっ・・・見てられへんな・・・。」

 

榊は彼女から背を向け、席を後にする。

身近な彼女たちが寄り添っても、意味がなかったことに自分が首を突っ込んでも仕方がない。

仕方が・・・ない。

 

 

球場のわきに設置された喫煙所にて、タバコに火を付ける。

 

「・・・ふぅ。」

 

榊はもやもやとした気分を吐き出すように、煙を吐き出す。

だが、一向に気分は晴れなかった。

本来、自分はこれからの予定について思考していなければならないのだが、もやもやが失せることは無かった。

 

「まだ時間あるな・・・。まだあとここで今日は1試合あるんか。」

 

ふと球場の予定に目をやると、まだ1試合残っていた。

幸い時間はまだあるので、少しでも気分を紛らわそう。

そう考えて、榊は再びスタンドに入る。

 

先ほどの少女の姿はもうなかった。

何か自分にできることはあったのだろうか。

いや、そんなことは・・・ないはずだ。

と榊は言い聞かせるように頭の中で繰り返す。

確かに時間が解決してくれる時もある、そしてまた彼女が歩き出してくれることを願う。

そう願いつつ球場を見渡す。

 

「けっこう、広いなここ。」

 

さきほどまではけっこうな人がいたのだが、今はガランとしており、広さが顕著になる。

次の試合までのわずかな時間だけであろうが。

あまり、誰もいない静寂が支配する球場に入ることは無い為か、とても新鮮だ。

だからこそ・・・聞こえてくる。

 

「ん、何や?」

 

シャカシャカと何か紙同士が擦れすような音。

そしてゴムを床で擦る、キュッキュッっといった音がわずかに聞こえてくる。

そして微かだが・・・

 

「・・・レー・・・んばれー。」

 

声も聞こえてくる。

榊は周りを見渡し、後ろを振り返ると。

 

「・・・!」

 

階段と階段の中腹くらいの所に踊り場があり、そこに一人の少女がいた。

長い茶色がかった髪を一つに束ね、短い前髪は汗のせいか額に張り付いていた。

瞳は大きく愛嬌があり、愛くるしい顔をしているが、表情はとても真剣だ。

 

「ん・・・もうちょっとここの振りは大きく・・・。ダメダメ!そうじゃなくて・・・っ・・・もっと大きく、相手の心に響くくらい・・・っ・・・に!もっと・・・!」

 

身振り手振り考えながら、その顔には時折笑顔を含ませて。

水の粒が頬を伝って落ちながらも笑顔で・・・。

その痛々しい笑顔が榊の胸をチリチリと焦がす。

まるで彼女の痛みが自分に伝わってくるかの様に。

 

こんなもの、彼女には似合わない・・・。

 

「・・・よっと。」

 

榊は座っていたベンチから立ちあがり、階段を上る。

彼女の方へと。

 

「どうもー!精がでますなー、チアリーダー!」

 

「ふぇ?あっどうも、こんにちわ!」

 

集中していたのか彼女は榊が声をかけるまで気づかなかったようだ。

慌てて自分の方へ向く。

 

「こんちわっす。いやけっこうチアって結構きつそうやな?」

 

「いえいえ、そんなことないですよ!まぁ、ちょっと体力はいりますけどね!」

 

「そのようで。すんごい、汗やもんな・・・。」

 

「あはははは・・・。」

 

「ほい、これ使い。」

 

榊はハンカチを彼女に差し出す。

 

「あっいえいえ、汗用のタオル持ってますから大丈夫ですよ?」

 

「あぁ、ちゃうちゃう。そっちやない。」

 

「え?」

 

「それ・・・涙やろ?」

 

「・・・っ!」

 

「ええから、使え。あっち向いとくから。」

 

「・・・うっ・・・はい。でも・・・」

 

「気にすんな、オレ以外だれもおらん。泣けるときには、泣いとけ。・・・大丈夫やから。」

 

「・・・ぐすっ・・・はい。」

 

しばらく何も言わず、彼女は黙っていた。

時折、声をすするような聞こえてきたが、榊からは彼女の表情はうかがい知れない。

だが容易に想像することができる。

辛かっただろう、苦しかっただろう。

それでも・・・それでもなお彼女は立ち上がろうとしていた。

残酷な現実を受け入れて、立ち上がろうと。

 

「・・・すいません、もう大丈夫ですよ。」

 

「うい。まぁあんなん言われたら無理もないか。大丈夫か?」

 

榊は彼女の方へと向き直る、先ほどより目が赤らんでいる。

 

「はい。見られちゃったんですね・・・すいません・・・お見苦しいところを。」

 

「何をおっしゃいますの、涙は心の汗よ!たっぷり流した方が心の健康にはいいのよ!」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうよ!」

 

「・・・ぷっ、ははは!面白い人ですね!」

 

彼女は少し緊張が和らいだのか、笑みを浮かべる。

その笑顔は見ている人を優しい気持ちにさせるそんな穏やかな笑顔だった。

 

「あっちなみにそっちじゃないからね、オレ。」

 

「ははっ!はい、わかりました。」

 

「うむ、よろしい。」

 

「ありがとうございます・・・えっと・・・。」

 

「あぁ、オレは榊大牙っちゅうもんや。」

 

「榊さん・・・。アタシは若林智香っていいます!」

 

「おう、そうか。ええ名前や!・・・ちなみに今日はピンクチョッキの相方は?」

 

「何のことです?」

 

「いや、なんでも・・・。ちなみにオレアイドルのプロデューサーしとるんですわ。」

 

「アイドルの?へぇ、すごいですね!」

 

「いや、それが実はそうでもなくてね・・・。所属アイドルは一人やし。」

 

「そう・・・なんですか?」

 

「そうなんですよ。んで若林さんを見てたらさ、思う訳よ。」

 

「何をですか?」

 

「いやね?やっぱアイドルってさステージとかテレビとか出るやない?そん時オレは何もでけへんねんな、声援送るしかさ。」

 

「・・・!」

 

「でもさ、さっき若林さんの応援見てたらさ。そんなことないんやなって。ちゃんと力になれるんやなって。」

 

「そんなこと・・・ないですよ。先ほどの件見てらしたんなら分かると思いますが・・・迷惑なんて言われちゃって。」

 

「・・・。」

 

「結局、応援ってなんなんだろうなって思っちゃって。勝手に自分で納得してるだけで、相手にとってはただの迷惑になってるかもしれないのに・・・。やっぱり、応援って自己満足なのかなって思っちゃったんですよ・・・だから、アタシのやってることなんて何の意味も・・・」

 

「アカンで、それ以上言うたら。」

 

「だって・・・!」

 

「ええか、若林さん。言霊って聞いたことある?」

 

「いえ・・・」

 

「まぁ簡単に言うたら言葉にはそれを現実にしようとする力があるっていう考え方なんやわ。やから、一度口にしたことはキャンセルでけへんねやわ。やから、そんなこと言わへんほうがええよ?」

 

「でも、アタシにそんな力なんて無いですよ・・・。」

 

「そんなことないで?若林さんの声、ちゃんと届いてるで。」

 

「そんなこと・・・迷惑だって言われちゃいましたし・・・。」

 

「んなことええねん。オレには届いたで、ちゃんと。すげぇーって、めっちゃ元気でたで?」

 

「・・・。」

 

「オレが言いたいんはな?若林さんの声がちゃんと届いてることをわかってほしかったんやわ。それが今はオレだけかもしれへん、もっと多いかもしれへん。でもちゃんとおるんや、ココに!」

 

「っ!」

 

「あいつらはほら、試合に負けてちょっとおセンチになってよう聞こえんかったんや。・・・明日行くんか?」

 

「・・・はい、多分。でも・・・」

 

「あぁーもう!まどろっこしい!!ようし、そこに居れよ!」

 

「え?」

 

榊は階段を数段上がり、彼女を見下ろして立ち、真っ直ぐに見つめる。

 

「ええか!これからオレ流の若林智香応援術を披露してやる!人ひとりの全身全霊の想い、ホンマに効かへんかどうか・・・やったるわ!見とけよ・・・。」

 

「・・・。」

 

「オレの声を聞けぃ!!・・・すぅ・・・」

 

榊はタバコで汚れた肺一杯に空気を貯めこむ。

ただ、目の前の少女”若林智香”に元気になってもらいたい、ただそれだけ。

ややこしい事は苦手、面倒な事も苦手。

なら・・・言えばいい。

 

「頑張れぇぇぇぇー!!!!!ともかぁーー!!!!!!!!」

 

「!?」

 

球場全体に響き渡る轟音。

もし誰かいたらひっくり返ってしまうくらいに。

全身全霊、誠心誠意叫んだ。

ただ、若林の元気を取り戻す為に。

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・どうじゃい!!」

 

「ははっ・・・うるさいですよ、榊さん。」

 

「うわっひっでぇ!」

 

「はははっ!鼓膜が破れちゃうかと思いました!でも・・・」

 

 

 

「とても心に響きました・・・!」

 

若林に・・・届いた。

自分が応援されるということは経験がなかった。

こんなにも、心に響くものだったのか。

自分のやってきた事は無意味なものでは無かった。

それは自分では気付けなかった、気づかせてくれたのは目の前の男性。

とても・・・温かかった。

 

「あったりまえじゃ・・・ぜぇ・・・お前の事しか考えてへんかったからな。」

 

上ってきた階段を下りていき、榊は若林のもとへと戻る。

 

「アタシのことだけ・・・?」

 

「そうや?当たり前やん。」

 

「そ、そうですか・・・わっ!」

 

榊は檄を入れるため、若林の両肩をぐっと掴み、少し引き寄せる。

激励の為に。

まぁ、傍からみればキスする前のように。

 

「当たり前やろ、そんなん。オレはな、お前に惚れたんや。」

 

「ほ、ほほほほ惚れた!?」

 

「そうや、かっこええなって。応援してるお前の姿がかっこええなって、思わず見惚れてもうたわ。それにそんなお前の姿が素敵やなって。」

 

「す、素敵って・・・///」

 

「お前の声は、思いは絶対届く。大丈夫や!お前ならできるって!安心せぇ、少なくともオレにお前の声は届いたから。オレがおるからな!」

 

「・・・はい!」

 

「それでもまだ踏ん切りつかへんねやったら、若林智香応援術Pt2の愛の告白編で・・・」

 

「わっわっ!だ、だいじょうぶですよ、もう!!・・・///」

 

「そうか?傑作やってんけど・・・。」

 

「へ、へぇ・・・ちなみにどんな内容なんですか・・・?」

 

「ん?そりゃただ・・・」

 

「”智香、好きや”っていうだけや。」

 

「・・・そ、そうですか///」

 

「あーでもこれは大声で叫ぶから意味があるから、今普通に言ったらキモイだけやな・・・。ん?どした?」

 

「・・・ぽー///」

 

「おーい、若林さんー?」

 

若林は放心中の為休業中だった。

しばらくすると、正気に戻る。

 

「大丈夫かー?」

 

「大丈夫ですよ!・・・多分///」

 

「そうか、まぁ脱水症状だけには気を付けろよ。」

 

「うぅ・・・誰のせいで・・・。」

 

「んあ?」

 

「な、何でもありません!」

 

「そっか・・・ほな、そろそろ行くかね。」

 

「あ・・・もう行かれるんですか?」

 

「おう・・・これでも仕事中やからな。また緑色に怒られちまう。」

 

「そうですか・・・。明日、またここで試合やるんですけど・・・良かったら・・・。」

 

「まぁ・・・暇やったらな。」

 

「そう・・・ですよね、すいません。」

 

「よっと、ほなな。若林さん!」

 

「はい、色々ありがとうございました!!」

 

「おう!んじゃな!」

 

榊は階段を下りていき、球場を去ろうとする。

ずいぶん時間がたったようで、球場には人が集まりだしていた。

そのまま人ごみを抜け外に出ようとしたところで、彼は止まる。

忘れ物をしたようだ・・・。

 

「若林さん!」

 

「は、はい!」

 

「明日・・・頑張れよ!!」

 

「・・・はい!!」

 

ちゃんと忘れ物は届いたようだった。

青い春の蕾は花を咲かせることができるのだろうか。

少し膨らんできた蕾は咲くことを夢見つつ、待つ。

本当の”春”がやってくることを・・・。

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