ここはとある野外イベント会場。
榊は今日のメインイベントの為、ここに来ている。
今日この会場でシスタープロダクション所属アイドル、姉川花の30分のミニライブが行われるらしいのだ。別に彼が彼女のファンだからという理由でここに来ているわけではなく、いわゆる敵情視察というやつだ。ちなみにらしい、というのは前日にその情報は確定していなかった為。そして、このライブが行われるかどうかを確かめに来たのだ。
「どうやら…やるみたいやな。」
会場の弾幕に「姉川花ミニライブ開催!」と書いてある。どうやら本日、ライブを行うことにしたらしい。それにより、榊の予想は確定する。
それは、このライブとテレビの収録がブッキングしているということ。そして恐らく姉川花はライブを行うという予想をつけていたのだが、的中したようだ。
彼は調べていく際に、姉川花はファンとの距離が近いということを売りにしているアイドルということを把握していた。確信はなかったが、自信はあった。今日ライブを行うこと。理由はもう一つある。
姉川舞、花の姉であり彼女のプロデューサーの立ち振る舞いである。彼女は榊に対し、パッションプロに対し蔑み、見下していた。つまり自分たちの役に立たない人間は用なし、自分より下、という考え方をしているということ想像するのはさほど難しい話ではない。だから、見捨てたのだ、テレビの収録を。
このテレビ収録というのは地方局で行われ、規模も小さい。この収録が今回、姉川花をゲストに迎えて軽いトークをするというものだったようだ。姉川花はトップアイドル…とまではいかないまでも売れっ子だ。もちろん全国ネットでテレビにも多く出演している、とりわけライブやフェスよりメディアへの露出が目立つ。つまり今回の収録は姉川舞にとってはドタキャンしてもさほど支障はなく、今回のライブで売っているイメージを底上げする狙いがあったと見受けられた。
要するに、切り捨てたのだ。
「ま、事が上手く運びゃ万々歳か…。」
榊の思惑は現段階ではわかりかねるが、考えがあるようだった。
彼はタバコをふかしながらイベントの開始を待った。
そして…。
「みなさーん、花だよ!来てくれてあっりがとー♪今日は花がいっぱい楽しませてあげるー!」
可愛らしい声と共に音響が鳴り響く、どうやらライブが始まったようだ。
「さて…っと。このへんでいっか。」
最後部の席を陣取り、その実力をじっくり観察することにした榊。
しかし…。
「さぁみんなー、ラスト行くよー!!」
「なるほど…さっぱりわからん!」
イベントも佳境に差し掛かっていたが、榊は実力を見極めきれていなかった。
それもそうだ、彼はアイドルのライブなどDVDを合わせても2~3回しか見たことがない。そんな彼がアイドルの実力はおろか、違いすらわかるはずもない。あまりにも判断材料が少なすぎた。
「(アイドルのライブってこんなんなんやろな。にしてもこの子、MCがやたら多いな。ちょっと歌ったらすぐMCやもんな…トークに自信でもあるんか?ミニライブなんかやったら普通歌聞いてもらいたいもんなんちゃうんかね…。ん?)」
「~♪(…やばっ!ちょっとずれちゃった・・・!)」
「(今…口と声ズレたな、某腹話術師くらい。……パクか。おいおい、ミニライブでもパクすんの?それやったらトークショーでええやろ…。それもあの女の知恵か?)」
姉川花はこのライブでは歌っていなかった。こんなライブでは歌う必要もない、ということなのだろうか。はたまたずっとそうしてやってきたのかは榊にはわからない。
だが、収録をドタキャンしてまで開催したミニライブで茶番をするというのはどうにも彼にはよくわからなかった。もし、この件がこのライブまでも下に見て、手を抜いているのだとしたら…。
「下らんな…。」
榊は席を立ち、心底つまらなさそうに呟く。アイドル姉川花というのを見に来た、彼女のパフォーマンスを楽しみにやってきたこの会場のファンに失礼ではないか。
榊は別段、彼女の事を蔑んでなどはいない、ただ虚しい。そんな気分になってしまった。ファンに夢を見せるのがアイドルのはずだ、そのファンに彼女の本気を出さないというのが、勿体ないとも思う。
そんなとりとめもない事を考えていた思考を一瞬で停止させる、声が聞こえる。
「へぇ…何が下らないのかしら?」
「げっ…まずったな。」
榊が振り返ると花の姉、姉川舞が見下すような視線を投げかけながら、こちらを睨んでいた。彼女がどこまで彼の独り言を聞こえていたのかはわからないが、言葉に怒気が帯びているのは間違いなさそうだ。
「今日の客入りをチェックしてたら…まさかこんな所にまで虫が入りこむとはね…。で?その虫さんは私たちの何が気に入らなかったのかしら?」
舞は眉間に皺を寄せながら、相手を小馬鹿にしつつ怒りを隠しきれない声色で問うてくる。
「なら強力な虫除けでも探しとけ。あのな…パクやらせといて何が下らんもくそもなかろうが。」
「あら?そんな事、当たり前でしょ?貴方はド素人だからわからないんでしょうけど、この程度の小規模なライブに声なんて入れないわ、常識よ。テレビに映るときに声が枯れてるなんてみっともないでしょ?アイドルなんだから。」
舞は何を当たり前の事を言っているのか、キョトンとした表情で答える。
これが…アイドル業界の常識?こんなものが?これが本当に剣崎や菱上が育てようとしていたものなのか。玲音や雪歩が輝き続けようとする舞台なのか。そして、自分達の叶えたい夢なんだろうか。榊は彼女の言葉を反芻しつつ考えるが、すぐに答えは出る。
違う、そうじゃない、と。
「はぁ…バカバカしい。」
溜息交じりに、榊は呟く。
「は?何をいっているのかしら?」
「ド素人のオレにもわかることを、プロのお前が何でわからんのかね、と。バカバカしいなと。」
「貴方に何がわかるっていうの?」
「自分で考えろ、ドアホ。お前のさっき言ってたこと、お前の考えぜーんぶ下らんし、馬鹿馬鹿しいわ。」
「何…ですって…!」
舞は俯きながら肩をプルプルと震わせている。どうやら逆鱗に触れたらしい。
「貴方に…貴方なんかに何がわかるのよ!?人の事情も知りもしない癖に!」
「知るか、んなもん。聞きたくもない。どうせ下らん話や。」
「なっ…!この…!」
舞は榊を睨みつけながら、こちらの方へとにじり寄ってきた。彼の言動にどうやら相当頭にきているらしい。
「どーした?キスでもするか?」
「ふざけるな!!何なのよ、貴方は!!下らない事情ですって?ふざけないで!!私がどれだけの苦労をしてここまで…」
「あーいや、そういう話いいっす。重いし、めんどくさい。」
榊は舞の言葉を遮る、実際聞いたところで何も変わらない。彼は彼女ではないし、彼女と同じ立場でもない。
「この…!」
榊の挑発的な態度で遂に、抑え込んでいた感情のダムが決壊したのだろうか。か細い腕を振り上げ、手のひら彼の顔面へと払う。
が、寸前のところで彼が腕をつかみ静止させる。
「ったく…言い返せなくなったら、手が出るって子供か?お前。悪いけど、そんな重みのないビンタなんて1発ももらってやる気ないで。」
「なっ…!」
「もう帰るから、邪魔すんな。鬱陶しい。」
手の平をひらひらさせながら榊はその場を立ち去ろうとする。
「…ゃない…。」
「あん?」
「貴方も言ったわよね!?どれだけの思いでここに立っているかって!私だってそうよ!貴方こそ私の!私たちの!思いを踏みにじってるじゃない!綺麗ごとばかり言って…そんなに甘くないのよぉ!!」
悲鳴に近い絶叫を上げる舞。余程悔しかったのだろう。顔を紅潮させ、目にはうっすら涙が滲んでいた。
「おい、あんた!」
その時だった。2人を間に割って入った、中年の男性。
「今日の収録どうするつもりなんだ!何の連絡もないし、困るんだよ!」
「…っこんな時に。」
どうやら今日収録予定番組のディレクターのようだ。
連絡もなしにこういうことをされて、憤慨している。そんな彼に舞は申し訳のない様子などかけらもなかった。
「そんなものキャンセルよ、キャンセル。見ればわかるでしょ?」
「なっ!そんなことされたら困るんだよ!今週中には収録を…」
「知らないわ、そんな事。あんなちっぽけな番組に花はもったいないわ。」
「お、お前っ…!」
舞は表情一つ変えずにディレクターに告げる。まるで何の価値もないものでも見るかのように。先ほどまでの興奮が嘘みたいに、冷たい表情を浮かべている。
心の底からそう思っているのだろう。何を言っているのだろうか、と言ったような声色もうかがえる。
「馬鹿にしやがって、俺たちはな!必死で夢見る女の子たちを応援してるんだ!お前みたいな奴…こっちから願い下げだ!!」
「夢も希望もないような番組が何を言ってるのかしらね。出るゲストがいなくて、私たちに泣きついてきたくせに。こんな所で油売っている暇があったらとっとと代役探したらどう?」
「くっ…。」
ディレクターはがっくりと肩を落とす、ショックだったのだろう。
榊が調べたところによると、この番組…厳しいところがある。現にアイドル戦国時代において視聴率はかなり重視される。しかしこの番組は、絶賛低迷中であった。非常に厳しい。
だからこそ、藁にも縋る思いで姉川花に打診したのだろう。そして舞は一度その手を取り、今目の前でその手を振り払った。服についた埃でも払うかのように、実にあっさりと。
「もういい…。」
「さようなら、頑張ってね?」
「…。」
とぼとぼとやってきた方向に引き返そうとするディレクター。その背中には落胆や悲しみが見て取れる。
この展開は…。
「ちょっと待ちなはれ、旦那さん。」
狙い通りだ…。
「ん?なんだ、あんたは。」
「パッションプロのプロデューサー、榊大牙っちゅうもんですわ。」
「あぁ…あのブラプロとシスプロにケンカ売ったアイドル0の崖っぷちプロの…。」
「んぐっ…。詳しい説明どうも。」
「何か用か?悪いが…」
「夢見る少女応援…ね。気に入りましたで、それ。うってつけのアイドルがうちに1名いるんすよ、どうっすかね?」
「な!?」
舞は驚嘆の声を上げる。それもそうだ、パッションプロにはアイドルはいないはずなのだ、なのになぜこんなことを言っているのか、と言った所か。
「何を言っているの?貴方の所には…」
「黙ってろ、ボケ。どないです?」
「うむ…その子全くの新人なんだろう?」
「そうなんすけど…でもあなたの番組にはうってつけでは?夢見る新人アイドル!なんていいタイトルっぽいじゃないっすかねん?」
確かに、その番組ではフレッシュなアイドルを紹介してくれる場合が多い。だが、多くのプロはこの番組を値踏みして出演依頼をしなかったようだ。
「確かにね。だがね…1時間もの間、アイドル一人で尺を持たせられるか、なんだよ。少なくとも2…いや3人は欲しいんだ。」
「無理ね、そんなの。1人も在籍しているかどうかも怪しいのに、3人だなんて。名も無いプロでスカウトっていうのはかなり難しいのよ?」
アイドルになろう、というのは聞こえはいいが実はかなりハードルが高い。名の知れたプロならいざ知れず、パッションプロのような名も無きプロダクションに好き好んで入る人間は少ないだろう。無理もない、警戒されるに決まっているから。
「それに…やはり素質も必要になってきてしまうんだよ、厳しいようだけどね。」
実に正論だ。
いくら新人アイドルといっても、華がなければ意味がない。それは番組にも言えることだし、パッションプロにも言えることだ。
「要は今週中に素質のあるアイドル3人用意すりゃ、いいんすよね?」
「まぁそうだけど…。」
「なら、任せてくれ。オレに。」
「「え!?」」
舞とディレクターは声をそろえて、驚嘆する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!今週中とはいったが金曜には打ち合わせをしなければならない、つまり木曜にそのアイドルの子たちを見せてもらわなくちゃならない…今日も合わせて後3日しかないんだぞ!?」
「貴方本当に馬鹿なの!?そんなこと無理に決まってるでしょ!?」
さっきまで口論していた二人が協調はしていないが、同調している。
この業界に詳しいからこそわかる、これがいかに難しい事なのか、いかに無謀な事なのか。
「やるったらやる、もう決めたんや。この番組オレ見たんやけど、あの何ともいえんほのぼのした感じええな思てたんや。それにうちの可愛いアイドルが出れるチャンスがあるんやろ?んなもん可能性1%でもあったらやる!」
「だが!君が本当に3人の素質のあるアイドルを集めてこれるなんて保証なんて…!」
確かにその通りだった。
番組としてはどこの馬の骨ともわからぬ男に全幅の信頼を寄せることなどできる訳もなかった。
「それについてはご安心を…ちょっとこちらへ…。」
「ん?」
榊はディレクターを近くに呼び、耳打ちをする。
まだ何かあるようだ。
「ふむ…。…えぇ!?だってそこは君の…!」
「大丈夫やって。訴訟起こす位に言うたったら向こうも乗らざるを得んでしょ。んで最終的に判断してもらうと。で、どうですか?」
「ホントに…やるつもりか?」
「当たり前ですやん!」
確かにディレクターは榊の事を何も知らない。知っているのは弱小プロのプロデューサーということだけ。
だが、どこか安堵した…安心した気分になった。一度試してみてもいいかもしれないと思うまでに。
「…わかった。木曜朝9時にここにロビーに来てくれ。時間は厳守だ、頼むぞ。」
ディレクターは榊に名刺を手渡す、その手に力を込めて。
「うっす!頼まれました!」
「ではこれで失礼させてもらう、先ほどの件もあるしな。」
「ありがとうございます!」
榊は深々と礼をし、ディレクターを見送る。
先ほどまでの哀愁はもはや漂っていないように見えた。
「最初から…これが狙いだったの?」
「なんや?まだおったんか…。さぁーな。」
すっかり存在感をなくしていた舞が尋ねる。
「ハイエナのように人のものを盗って猛々しいかしら?まぁもっとも成功するなんてこと、ありえないけどね。」
「お前はアホやからでけへんねん、オレはできるわ。可愛いうちの子の為や、んなもんやったるわ。一緒にすんな、馬鹿たれ。」
「私だって舞の為ならなんだってやるわ!苦労は買ってでもしてきたわ、私たちは。だからこそ言っているの…貴方のような甘い考えが通用するような世界じゃないわ!」
「はぁーホンマおめでたいやつやな、お前。アホらしい。」
「また…!私たちは精一杯やってきたのよ…私はね!花の為ならなんでもしてあげる!花は…!花は私が一生懸命立派に育ててきたのよ!それを貴方みたいな人間に馬鹿になんてされるいわれなんてない!!」
さきほどの興奮がぶり返してきたのか、肩を震わせながら榊に詰め寄る舞。
その様子をじっと見つめていた榊は、それに特に動ずることなくタバコに火をつける。傍からみればこの温度差は滑稽である。だが、彼にとってみればこんなことで動揺したり揺らぐものなど何もない。
「はぁ…あんさ、お前勘違いしてね?」
「何がよ!」
「誰もお前らのやってきたことについて馬鹿にしてるつもりはないし、同じ業界にいるもんとしては一定の評価はしてるつもりや?だからこそバカバカしいって言ってんねん。」
「…どういう意味?」
「苦労は買ってでも…みたいな言葉、オレ嫌いや。苦労なんてせん方がええに決まってるやろ、楽やし。お前のいう苦労自慢なんてどうだってええ。けどな、そのやり方を証明する手段に妹を使ってることが気に入らんのや。」
「なっ…。」
「花の為…ね、口ではそう言ってるが実際どうなんやってこと。業界の裏方からしてみればお前=妹やろが。それであないな態度とったら、必然的にあの子にも影響することぐらい想像できるよな?」
「あんなちっぽけ番組で揺らぐ花の人気じゃないわ。」
少し先ほどの興奮から冷めたのか、口調にも冷静さが戻ってきた舞。それを見つつ、榊はタバコの煙を吐きながら続ける。
「人気ねぇ…なぁお前さ。あの子に何をさせたいんや?人気取りたいんか、金を稼いできて欲しいんか、それともアイドルとして輝いてほしいのか。」
「アイドルとして…に決まってるでしょ。花が望むことよ、だから私は…」
堂々巡りだった。いい加減、嫌になってきた榊は舞に自分の考えを告げることにする。
「じゃああんな態度取るんもあの子が望んだことなんか、このライブで茶番やらせたり、人の夢を踏みにじることを望んだんか?」
「…違うわ。」
「ならお前はただ自分のやってきた苦労とやらの証明にあの子をただ利用してるだけやないか。あの子はアイドルとして歌って踊って、ファンのみんなに夢を与えたかったんちゃうんか?」
「そうよ…でもね、何回も言っているけどそんなものが通じるほど甘く…」
「さっきから甘い甘いやかましいんじゃ!!」
イライラがピークに達したのか、榊は舞に対して怒りを露わにする。自分が甘いと言われてることに対しての怒りではない、彼女がぬるま湯に片足を突っ込んだ状態で人を見下し、蔑んでいることにいい加減うんざりだからだ。
「そんな信念も貫かれへんやつが甘いなんて抜かすな!アイドルは色んな仕事をするんが仕事ちゃうんやぞ、どんな仕事でも夢を見せるんが仕事やろが。やからアイドルに憧れる子が出てきてくれるんやろ、その子たちを立派に育てるんがオレらプロデューサーちゃうんか!?」
「そ、そうよ…。だから花には…」
「そのオレらがこの業界が”甘くない世界”なんて見せてどないすんねん!苦労なんてやってれば誰でもぶち当たるし、挫折する。それでも…”光輝く世界”に行きたいと思わせなあかんやろが!お前のやり方がどうとか、んなもんどうだってええ。けどな!そんなお前が築いた汚い道をあの子に歩かせるつもりなんか!?それでええんか、お前は!」
「それ、は…」
「お前の言ってるそれは…あの子の為とかいって自分に言い訳してるだけじゃ。実際はあの子のせいにして、自分のやり方を正当化しようとしてるだけや。」
「…だったらどうすればよかったっていうの!?」
「んなもん知るか!けど、お前の言うどんなことだってやるっていうやり方…それが通用するほど甘くないぞ。アイドルはええもんやって思ってもらえるようにせなあかんはずや。それがアイドルを夢見る子を育てるオレらがやらなあかんことやろが。」
「そんなこと分かってる…でもあいつの方針に今更逆らえない、絶対に。そんなことしたら、アイドルとしての花がいなくなってしまう!それだけは絶対にダメ…!」
「あいつ?」
「ブラプロのプロデューサー、松井弘明よ。この業界では顔が広くて、何度か助けてもらったわ。でも…あんなのが間違ってるのはわかってる。でも…すべては今更よ。私も、もう他のやり方なんて言うのはもう認められないわ。もう…遅いのよ。」
舞の表情が曇る。実際、彼女自身何度も煮え湯を飲まされてきただろうことがそれだけでうかがえた。どうやらこの松井という男が彼女を間違った方向に導いた張本人のようだ。
「あぁ、あの胡散臭い色黒男か。あいつってどんな奴?」
「損得でしか動かないわね、彼は。実際たぶん、私が何かミスや大きな間違いを犯してしまったら何の躊躇もなく突っぱねるでしょうね、そんな男よ。」
「ふーん…。…っは!」
榊は何か閃いたらしい。自分のしたいこと、舞と花をもう一度やり直させる方法、松井という男を知る方法を。
「なに?」
「いや…なんでも。つうかお前ヒマなの?意外と仕事なかったり?」
「そんなことはないわ。1ヶ月先まで予定はびっしりよ、テレビ収録が多いけど、雑誌なんかもやっているわ。うちの花は。」
そう鼻高々に話す舞。これで条件はすべてクリアだ。
後は餌をまくのみ。
「まっ、それにしても今のお前のやり方は気に入らん。そんなんじゃ、大手プロは疎か…」
「オレらにも勝たれへんな。」
「何…ですって!」
「よく言うやない?負け犬がどうたらこうたらって…プロデューサーのお前がこんなんじゃ花とか言う子も大したことないんちゃうかなぁー?勝負以前の問題かなぁー?」
「聞き捨てならないわ!取り消しなさい!」
「はぁー?むぅりぃー。だってお前らよ・わ・そーじゃん♪」
自分で言ってて腹が立ってくるようなしゃべり方だが、それでいい。これは挑発なのだから。
みるみるうちに舞の顔が赤みを帯びていき、憤怒の表情を浮かべている。余程妹のことを馬鹿にされて悔しかったのだろうか、奥歯を噛み締めるギリギリという音まで聞こえてきそうなくらいだ。
「いいわ…そもそも貴方自体が気に入らない。なら、実力でねじ伏せてあげる。これが現実ということを貴方に享受させてあげるわ。」
「ほぉ…それはつまり?」
「1ヶ月後、私たちとLIVEバトルしなさい。そこで貴方のその減らず口を私と花で黙らせてあげる、圧倒的な地力の差でね。」
「へぇ…。本当にすんの、それ。」
口元に笑みを浮かべて尋ねる榊、上手くいったようだ。
「むっ…。少し待ちなさい。」
そういうと舞は携帯でどこかへ電話をかけている。
しばらくすると通話が終わったのか、舞が話しかけてくる。
「今、アイドル協会に知らせたわ。1か月後にパッションプロとLIVEバトルをすることにした、とね。」
「アイドル協会?」
「貴方…あの会合にいたのになぜ知らないの?」
「聞いてないからに決まっとるやろ。」
「自慢していう事じゃないと思うけど…。アイドル協会はいわば委員会みたいなものよ、ランクとかを発表する所。で、LIVEバトルを行う際は報告しなきゃならないのよ、協会にね。でなければランクの算定ができないから。」
どうやら榊が寝ていた間に話されていたことだろう、全く聞き覚えがなかった。
「ふぅん…まぁええわ。」
「で、今更だけど本当にいいのね?後悔はない?」
「やらん前に後悔することなんてあるか。ええで、やったろうやないか!」
「ふふっ、そういう所は嫌いじゃないわ。詳しい話はまた追って連絡するわ。」
「へいへい…首を洗って待っていやがれ。」
「こちらのセリフね。そもそも、まずはあなたの場合アイドルを見つけてくることが先決ね。」
「ははっ…そんなもん…。あ…。」
榊はすっかり失念していた。アイドルを後二人見つけること、もうすぐ柚が事務所にやってくること、そして何よりタイムリミットが近い事。
「ぬおおい!?やべっこうしちゃおれん!!じゃあな、姉川!!」
ピューっと漫画の効果音が出てきそうな勢いでその場を立ち去った、榊。
「あっちょっと…何なのよ、あの男…。」
「お姉ちゃん!」
舞を呼ぶのは花だ。ライブ終わりにそのまま来たのだろう、衣装姿のまま舞の方へと駆け寄っていく。
「あぁ、花。お疲れ様。」
「もうーどこいってたの?終わってから探したんだから!」
「ごめんなさいね、花。少し用事があって…。」
「あの…番組の事?」
「えっ…あぁそうね。それもそう。」
「そっかー、いやぁやっぱり悪い事しちゃったよね…私。」
心配そうにそう告げる花。彼女は彼女で今回の番組の事を気に病んでいたようだった。
「花は気にしなくていいわ、私は…。それに代役候補希望(仮)もみつかったようよ。」
「そうなんだぁ…。それにしても酷い言われ様だね、その候補さん。」
「まぁ、本当になれるわけではないからね。それより、花?1ヶ月後にね…」
「うん。」
「はぁ…はぁ…。」
肩で息をしながら道路で止まっている榊。もうすでに日は傾きかけており、学校が終わってからやってくる柚がそろそろ到着する時間だ。
「ぜぇ…ぜぇ…。ふぅ、あともう少しやな。ライブ、か…楽しいもんになるとええな。ほんで…。まぁええわ!柚をしっかり支えて応援してやらなな!」
「応援、か…。」
そう言うとまた駆け出す榊。胸に様々な思いを抱き、駆け出していく。
柚をアイドルとして輝かせてみせるという誓い、姉川姉妹に本当のアイドルに気づいて欲しいという願い、松井という男に対する怒りという思いを。
そして…今日出会ったあの少女の姿が胸に残っているのを、榊は感じていた。
多くのプロデューサー、プロダクション宛てに1通のメールが届く。
「おや、アイドル協会からメールだ。雪歩、ちょっと待っててくれ。」
「はい。」
765の愛原と萩原。
「でさー、って聞いてる?蓮三ー?」
「ん?いや、アイドル協会からメールだぞ。」
「あっ本当だ!なになに?LIVEバトルだって!」
「あぁ、連絡が来るということは高ランクプロのバトルだろう。ここ最近なかったから久しぶりだな。」
キュートの剣崎、クールの菱上。
「玲音様、メールが入っておりました。確認お願いします、こちらに携帯の方、置かせていただきます。」
「あぁ、すまないありがとう。…アイドル協会からか、久しいな。えっと…」
玲音。
「社長、アイドル協会からメール届きましたよ?」
「ん?どれどれ…LIVEバトルか!これは彼にも言って、見てくるのもいい勉強になるかもしれないね!」
「ええ、そうですね!どれどれ…」
そして、千川と社長も受け取った。
From アイドル協会
件名 LIVEバトルが認定されました。
本文
皆さん、こんにちは。
今日は久しぶりに高ランクプロのLIVEバトルが開始されることをここに記します。
なお、勝敗結果も随時配信いたします。
このメールは多くのプロダクションに一斉配信しておりますので、こちらのメールに返信なさらぬようご注意ください。
では、対戦するプロダクションを発表します。
開催側 シスタープロダクション
VS
招待側 パッションプロダクション
上記2つが~の日程でLIVEバトルを行います。
つきましては…
ここまで読むと、一斉に彼らは思うだろう、もしくは叫んでしまうだろう。
「「やらかしやがった!!!」」
と…。