これからしばらく、投稿ペース落ちてしまいそうです。
ごめんなさい。
では、投稿します。
ランニングを初めておよそ20分が経過。
早くも喜多見に変化が訪れる。
「そ、それからね……。はぁはぁ……」
「えっほっほ。ん? どした? 」
会話も漫ろに呼吸が、乱れだす喜多見。
「こ、これ……想像以上にキツい……ね。はぁはぁ……自信あったんだけどなぁ……」
「会話しながらってなると、案外呼吸を乱すもんだからねぇー。それでも、歌って踊る事に比べたらまだまだよ。どうする?一旦止まる? 」
「はぁ……ううん! まだ、いけるよ! 」
「おっけおっけ。無理だけはしないように」
喜多見は続行を榊に伝える。
ここからは精神力の勝負にもなってくる。
しかし、更に20分経過後いよいよ喜多見に体力の限界が訪れる。
「はぁはぁ……」
「……。うし、ストーップ」
榊は喜多見の様子を鑑みて、ランニングを止めさせた。
「おっけおっけ。休憩じゃー」
「はぁはぁ……ごめんね、榊さん。自信あるって言ったのに……」
喜多見の表情から悔しさが見て取れる。
なかなか喜多見も負けず嫌いなようだ、不謹慎かもしれないがそれを見た榊はついつい頬が緩んでいた。
「いやいや、最初で40分走れたのは十分よー。ナイスガッツ! ほれ、水分補給」
近くにあった、ベンチに榊は喜多見を促し、スポーツ飲料を手渡す。
「ふぅ……。……っはぁ! きっついなぁー! 」
「しゃーない、最初はそんなもんよ?徐々に慣れていこうでー」
「はーい……。それにしても……」
呼吸を整えつつ、水分補給していた喜多見は榊の方へ、顔を見上げる。
じんわりと額に汗はかいているが、榊は息一つ乱れてはいなかった。
「ば、化け物だよ……榊さん……どんな体力してんの!? 」
自身との違いに愚痴こぼす喜多見。
「伊達に20代じゃないぜ、まだまだ現役よー」
「くそぅー、タバコ吸ってるくせにー」
「にゃはは! 体力は慣れと継続よ。気張れよ、若者よー」
「うわーん! くやしいー」
本気で悔しがる喜多見、確かに自分が息も絶え絶えになっているにも関わらず、榊は平気でしゃべっていられたら、悔しさもひとしおだ。
だが、榊はそれをみて再びを笑みをこぼしていた。
「励め励めー。さてと、クールダウン15分程度ジョグしてまた30分……いける? 」
「うはぁ……! ……よしっ! いけるよ! 」
「よっしゃ」
再びベンチから立ち上がり、トレーニングを続行する意思を示す喜多見。
こうして、再び榊と喜多見は夜の街を走り抜けていった。
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「ぜぇぜぇ……つ、着いた……」
パッションプロに戻ってきた榊と喜多見、しかし疲労度の差は火を見るより明らかだった。
故に喜多見には、さほど綺麗ではないパッションプロダクションの事務所がとても輝いて見えたのだった。
「お疲れ! よぉ、がんばったな! 」
喜多見の頭を撫でながら、労を労う榊。
その呼吸はやはり乱れてはいなかった。
「えっへへ……」
もちろん疲れが癒されるわけではないのだが、喜多見は素直に榊の労いを嬉しく感じた。
榊も同様に一生懸命に頑張る喜多見の姿が、とても喜ばしく思えた。
「うっし。とりあえず、トレルームに戻るか」
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再びトレーニングルームへと戻ってきた二人。
「さてと、あと10分休憩後基礎トレすっぞー」
「……え? 」
「当たり前よー。今までのはウォームアップ! 今から基礎体力を作る上で欠かせない筋肉をつける! あ、もちろんオレも参加するぞい」
あまりにも驚愕な真実に、喜多見は目を丸くする。
「ちょ、超ハードじゃん……」
「とはいっても、バーベル持ってふんふん! ……ってするわけじゃないからな? あくまで、体力づくりの一環。そないに無茶なトレーニングちゃうで。それに筋肉つけすぎて、ムキムキ柚ちゃんにするわけにもいかないし。」
「やだ、それぇー! 」
アイドルのトレーニングには、プロポーションの維持という大事な役割も含まれている。
喜多見の場合、まだまだ成長期だが体力をつけて身体を強くしておくことに何のデメリットも存在しない。
「そそ、まぁ筋トレやってストレッチ今日は終わるから。気合い入れていくでー! あ、BGMにこれを。」
そういうと榊はおもむろにオーディオを持ち出し、セッティングする。
「へぇ、何の曲かけるの? 」
「もちろん、ライブに使う曲よ。繰り返し流してたら自然と歌詞も覚えるって」
「おぉ! これはテンション上がる! 」
「やろ? デモテープには歌も入れてもらってるから、いつのまにか覚えてるさ。さてはじめっか。まずは……」
BGMと共に2人はトレーニングを開始した。
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およそ1時間が経過した。
所々休憩を挟みはしたものの、おおむねトレーニングに時間を費やした。
「ヴィクトリアーン! 終了だ!よく頑張ったな! 」
「マ、マジで隊長っすよ……」
喜多見は床に大の字になって倒れた。
「なにが無茶なトレーニングじゃないだよぉ……」
「にゃはは! 柚が頑張ってくれるから、つい! 」
スクワット50×3セット・腕立て10×3セット・腹筋30×3セットその他諸々……。
どうやら、喜多見にとってはハードな内容だったらしい。
しかし、ここまでの内容になったのは喜多見が厳しいトレーニングにも負けず、付いて来ようとする情熱故。
榊もつい熱が入ってしまったようだ。
「あ”-。全身が笑ってるし、もう筋肉痛いよぉ……」
「うむ! それが若い証拠じゃ! ほら! あんまり汗かいたままやと風邪ひいちまうで。立てるか? 」
「ん……よっと! 」
榊の手を借りて、自分の体を起こす喜多見。
トレーニングはともかく、喜多見の体調管理は榊の至上命題であった。
「よし、そのまま着替えといで。ほんま、お疲れさん! 」
喜多見の肩に手を置いて再び、労う榊。
厳しいかもしれないが、このアイドル時代を生き抜く為には必要なことだった。
しかし、こんな華奢な体の喜多見にそれだけのプレッシャーを背負わせていいものか、と一瞬榊はよぎった。
「うん! それじゃ、着替えてくるね! 」
喜多見はまぶしい笑顔を榊に向ける。
どうやら榊の懸念は、全く見当違いだったようだ。
自分のお節介にやや苦笑しながら喜多見を見る。
「……ふっ。おう、覗かないように頑張る! 」
「や、やめてよね! 」
そういって、更衣室へと向かう喜多見。
疲れからか、榊にはその足取りは少し重たく見えた。
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しばらくして、喜多見が更衣室から出てきた。
「あっ待っててくれてたんだ」
「あたぼうよ。じゃ、ちょっくら事務所寄ってから帰るか! 」
「うん! 」
事務所のドアから明かりがこぼれており、どうやらまだ仕事で残っている人がいるようだった。
榊が事務所のドアをあけると千川が自分のデスクに座り なにやら作業をしていた。
「お疲れさまでーす。」
「あっお疲れさま! あらら……柚ちゃん、お疲れみたいね? 」
「えへへ……まぁ」
「頑張るのはいいけど、無理だけはしないでね? 」
「うん、意外と榊さんも無茶苦茶な感じじゃなかったから、大丈夫ですよ! 」
「なんや、意外とは失敬な……ちひろも、お疲れちゃんよ! 」
「い、いえいえっ! 」
千川も喜多見の事を労う。
とはいえ、今の時間まで仕事をしていたのは千川も同様だ。
榊は喜多見はもちろんのこと、千川の体調も同様に心配だった。
「さてと、ちひろん。柚、お疲れちゃんやし送ってくるわいなー」
「了解です! なんだかんだ言って意外とプロデューサーさん過保護ですよね? ふふ! 」
「ちひろは真夜中の廃病院に置き去りにするがな」
先ほどの心配はどこいった。
「ひどい!? ……そのまま上がっちゃいます? プロデューサーさん」
「ん~、何かあるなら戻ってくるけど……どんな感じ? 」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私ももう上がっちゃいますし」
一応榊は千川の身の回りを見渡す。
身の回りのものが、整理され、鞄の中に納まっているようだった。
どうやら、もう帰宅するというのは遠慮ではなく事実であった。
「そうか? つか……ちひろも送ってこか? 」
「いえいえ! 私は事務所から近いので、けっこうですよ! ありがとうございます。」
千川は別に先ほどの置き去りの話をうのみにして、恐がったわけでない。
「じゃあ、ちひろさん。お疲れさまでーす! 」
「おっつ、ちひろ! また明日なっ! 」
「はい、お疲れさまでした! 」
そう挨拶して榊と喜多見は事務所のドアを閉めた。
榊は喜多見を車に乗せ、パッションプロダクションを後にした。
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信号待ちをしていると、ファミリーレストランの看板が目についた。
「柚ー。ちょっと、寄ってくか? スイーツでも食おうぜ。」
「え?いいの?太らないかなぁ……」
「だいじょぶだいじょぶ、それ以上にトレーニングすればいいのよ」
「あ、はい……。じゃあ、いく! 」
榊は車を左折して、ファミリーレストランの駐車場へ停めた。
「アレクサンダーって言うの飽きたの? 」
「やめなさい」
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店内はさほど混雑しておらずすんなりと案内してもらえた。
「好きなもん注文してええぞ。オレの少ないお金で奢ってあげる」
「頼み辛いよ!? 」
「うそうそ。好きな選べーい」
「やった! えっとね……」
喜多見は小さくガッツポーズする。
喜多見のこういった小さな仕草がとても可愛らしく見え、我ながらアイドルにはうってつけだな、とやや親バカ気味な考えに浸る榊。
結局、喜多見はイチゴパフェを注文し榊はホットコーヒーを注文した。
「いやあ、悪いね榊君! 」
「はは、あんま似てへんぞー。ん? 」
「こんな時間でもけっこう学生さんいるんだね! 部活かなにかかな? 」
レジの方へ、目をやると10人近くのエナメルバッグを背負った学生なにやら言いながら騒いでいた。
恐らく、お会計の割り振りを相談しているのだろう、こういったレストランではごくごく当たり前で、正直気にもならないはず……だった。
しかし、榊は彼らに見覚えがあった。
「すまん、柚。ちょっち電話やわ。」
「おっけー。待ってるよ!」
「悪りーな」
そう榊は喜多見に告げ席を外す、別に彼ら、野球部に直接何かをいいにいくわけではなく、少し気になったのだ。
榊が店外へ出ると、先ほどの学生たちがお会計を終えたあと入り口付近でいまだになにか騒いでいた。
会話の内容がどうも気になる榊は店外に置かれた灰皿のそばでタバコをふかす。
「いや、ほんと今日の試合超だるかったぁー。あんなの勝てるわけないじゃん! 」
「ほんとそれ。無理無理」
「勝てる気しないのに、やる気しないわー」
「なぁー」
そう、彼らは今日榊が見にいった高校野球の敗れてしまった方のチームだ。
勝てるところにしかやる気出さないのも妙な話だが、彼らは口々に今日の試合への愚痴をこぼす。
「勝てるとか、思ってたんかね? あの子」
あの子とは、チアをやっていた若林智香の事だろう。
「あぁ、応援の子やろ。ああいうの俺には無理だわ。正直、暑苦しいし」
「それな。自己満足だろ? あんなの。ぶっちゃけ迷惑よな」
「マジそれー。ははは。うぜー」
「っ…あいつら……! 」
榊は寸前の所で、踏みとどまる。
しかし、固く縛った拳は解こうとしない。
学生相手に説教垂れ流すほど、自分は聖者でも賢者でもない。
それに、喜多見の前で自分の醜態を晒し迷惑をかける事などできなかった。
だが、これではあまりにも若林が救われなさすぎる。
何か、彼らに自分たちがいかに恵まれた環境にあったかを教える術はないか、榊は模索する。
(そういや、電話するつって柚に言うて来たんやったな……電話か。オレすげぇアホみたいやけど、このままやったらあまりにもあの子が可愛そうや……! )
榊は珍案を思いついた。
「あっ! もしもーし!! おう」
携帯を耳に当て電話をかける、もちろん電話の相手など存在しない。
電話をしている演技だ。
あまりにも愚かで、あまりにも貧弱な演技で榊は彼らに聞こえるよう、わざと耳障りなボリュームで猿芝居を開始する。
「そうそう!! オレ、好きやからな! 今日見に行ったで! ……そうそう。2試合目のやつやろ? ぜんっぜんおもろなかったで、あの試合。野球以前の問題やろ、13対2ってなんやねんって」
「っ!? 」
彼らの中の榊に近い何人かが、驚いた表情で榊の方へ視線を向ける。
恐らく、野球という単語と点数で自分たちの事だと気づいたのだろう。
「負けた方のチーム、やる気ないわ弱いわやで? あんなん見んかったらよかったわ、時間の無駄やわぁ! あんなん子供とプロ野球やってるみたいなもんや! ほんまゲロ吐きそうなったわ! つまらん過ぎて! 」
「……っおいあんたっ……! 」
一人の学生が榊に何か言いたげな表情で今にも突っかかっていきそうな勢いだった。
「あん? なんじゃ、ボウズ」
「やめとけって……いや、なんでもないっす」
榊に向かってきた一人の学生を慌ててやってきた二人が制止し、引き戻していった。
榊は構わず、続ける。
「……んでさぁ、応援の子の一人かなぁ……チアっぽいごっつい可愛らしい子がおってさ、その子がめっちゃはりきって応援してんねん。その子、めちゃめちゃカッコ良かったわぁ! ほんまやて! それやのに、チームはチーンやで? ふざけてるよなぁ……オレやったらあんな可愛い子に応援されたら、ガチでやるわぁー! 応援してもらえてるだけ、ありがたいこのにな! あんな奴らそんな子に応援される資格ないで、ホンマ……! 」
「……っそろそろ、帰ろっか」
「……だな、帰ろ」
彼らは余程、居心地が悪かったのか皆それぞれ肩を落としレストランの入り口から続々と離れていった。
「そうそう! んでさ……。ったくなにやってんのやろ、オレ」
榊は携帯を閉じ、失笑する。
これで若林が救われる訳でも、榊の心が晴れる訳でもなかった。
だが、榊はこんな小賢しいマネだろうが馬鹿らしく思える事だろうが何かをせずにはいられなかった。
若林の勇気と声援を、あざ笑い迷惑だと罵って笑う連中の顔を少しでも曇らせてやりたかった。
自分でも痛いほど、この行為に意味のない事は分かっていた。
しかし、若林の辛く苦しい表情と涙を知る榊には……何もしないで黙って彼らの醜い笑顔を見続けることなど不可能であった。
「アホじゃ……オレは……」
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店内へと戻り、自分の席へ戻ってきた榊。
「おかえりー! 遅かったね、コーヒー冷めちゃったかもよ? 」
「あはは、すまんすまん。猫舌にはちょうどええわ」
喜多見の屈託のない笑顔に少し、安堵する榊。
冷え切ったコーヒーを飲む榊。
自身の心を温めるには、少し温度が冷たすぎたようだ。
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「ごめんなさい、送ってもらったりご馳走してもらったり……」
「ええって、そんなん。柚の可愛い顔でお釣り出るわ」
喜多見の自宅近くまでやってきた榊は喜多見に自分でもクサイと思うセリフを吐露する。
しかしながら、喜多見の笑顔に救われたのは紛れもない事実だった。
「もう……! うん、そろそろ帰るね! パフェ、おいしかったよ! それじゃまた明日、榊さん! 」
「おう、よく眠るんやでー! お疲れさん! 」
こちらに何度も振り返りながら、手を振る喜多見。
何度みても、飽きない癒される光景だった。
だが、喜多見を見れば見るほど若林の悲しい表情が思い出された。
榊は燻っていたのだ。
「あの子……明日もやねんなぁ……」
喜多見や千川、社長は榊に笑顔を向けてくれる。
剣崎や菱上、玲音も榊の事を案じてくれている。
自分にはこれだけ多くの人が周りにいる。
しかし、若林は違う。
同じ立場の仲間はいるものの、若林の考えや理想を共にする人間はいないように思えた。
いざスタンドに立てば、若林は孤独なのだ。
こんな応援なんて意味がない。
必要だから、自分は声援を送るのか。
こんな思いが若林の中で渦を巻いているはずだ。
それでも、若林は明日スタンドに立つというのか。
満身創痍で自身に向けられる光や声援などなく たった一人で立ち上がろうというのか。
「……させられるか、んな事っ……! 」
榊はもう燻ってなどいない。
焚き付けることができた、己の決意を。
ハンドルを握る手に一層力を込めて、榊はアクセルを踏み込んだ。