「貴女には何が見えているの?」
入学早々突然少女に腕を引かれ、振り向いてみればそう投げかけられた言葉。学校内を探検する同級生達は、二人の少女が突然立ち止まる事態よりも探検することが重要なようで一部こちらを見やったものもいたがそれも一瞬で、すぐに一塊りとなって廊下の奥へと歩いて行く。先程先ずは食堂に向かうのだと、先導して行った女の子がいたため幸い見失ってもどうとでもなるが、やはり団体行動を乱すのはどうかと思った。
「ちょっと? え、もしかして聞こえてないとか? もしもーし」
この、底抜けに明るく、とっても間抜けな表情をしている少女はどうやら現実逃避を許してくれないらしい。目の前で大きく手を振って挙げ句の果てには肩を揺する。視界が大きくぶれて溜息が出た。
「何のこと?」
私がそう言っても少女は諦める様子もなく、得意そうに眼鏡を上げてポーズをとり、上から下まで舐めるように視線を移動させてからくすりと笑った。
「うっそだー! 分かってる癖に! 図星だからか多少体温が上がってるわよ。誤魔化しはこの私には効かないの!」
少女はやや早口で捲し立てるようにそう言って指を差す。人に指を差してはいけないと親から教わらなかったのだろうか。
しかし確信があるのか嫌に自信気な表情をしている。そして悪戯をしかけているような表情でもある。だが、その科白は彼女なりの精一杯なヒントなのかそれ以上はなにも言わず黙ってこちらをみている。私としても、久しぶりに人様の顔をじっくりと見る。そんなことは滅多にないのでなかなか新鮮だ。
「分かったわ。放課後、何処かに寄りましょう。こんな所で不毛な争いをしていても授業初日に仲良く迷う未来しか待っていないわけだしね」
そう言ってからちょいちょいと手を振り、無言で一緒に行きましょうと意思表示してみる。すると「あら嬉しい、照れてるのね」と言って見知らぬその少女はこちらへやってくる。性格の割にぎこちなく肩を数度軽く叩かれて腕を掴まれる。そのまま、引っ張られる形で食堂についた頃には既に学友達は何処かへと去った後だった。
慌てて私達は地図を探し、彼女は楽しそうに笑いながら日記帳らしき物に地図や実際に見たその場所のことを書き込んでいった。歩きながらも案外綺麗なそれに感動を覚えて今度私も日記帳くらいは買おうと思った。素敵な物は取り入れるに限る。それに方向音痴な私にはおあつらえむきかもしれない。私は形から入る性質なのだ。
結局、二人だけで校内見学を終えて教室へと戻る。次の授業は自己紹介だった。高校生になってもやはりそういうイベントがあるものなのか。
そして、ここで始めて私は彼女の名前を知ったのだ。
「
そうここは医学を学ぼうとする子供が集まる学校だ。勿論、私も少々理由があってその信念を通そうとしている。医学を学んで助けてしまえばきっと自分の気持ち悪い力に打ち勝てるだろう。そう思ってここにきた。自分勝手なことだと頭では分かっているのだが、そこはどうしようもない。
順に回ってきて最後、私の自己紹介だ。
「
ーー
「で、それぞれ医学部だからにはなにかそれ関係の事情でもあるでしょう?」
少女── 百子はそう言う。やはりどこか確信めいて話されると違和感がある。彼女はその持ち前の明るい性格から既に何人かに声をかけられていたが、どうやら私を優先したらしく、こうして喫茶店に寄って向かい合っているのだ。例え周りに学生が溢れていようと、他人の会話に耳を傾ける暇もない人ばかりなので遠慮するつもりはない。
「ええあるわね。でも、そっちから声をかけてきたんだからそっちが先に話すべきじゃない?百子ちゃん」
「なんだかちゃん付けはむず痒いから呼び捨てでよろしく。ね? 椿ちゃん」
「今のでおあいこね」
「…… 気持ち悪いって思わない?」
急に俯いた彼女に少なからず驚く。きっと私に話しかけたときも勇気を出して一歩踏み出した結果だったのだろう。彼女は少なくとも自分を自分で気持ち悪いとでも思っているのだろう。黒髪に映える赤縁眼鏡を弄くりながら恥ずかしげにこちらを見上げる。始めてできた友達に上目遣いをされるとは思っても見なかった。
「思わないわ。こっちこそ、話すのには勇気がいるんだからね」
釘を刺すように言ってから運ばれてきたマンゴー風味のジュースを飲む。それは、一応催促の合図だったのだが、彼女は苦そうにコーヒーを啜ってからやっと口を開く。
「私ねー、友人から貰ったこの眼鏡があれば伊達でも何の問題もないんだけど、人でもこのコーヒーでも、貴女の飲んでるマンゴージュースでも、このテーブルでもね……」
彼女はもったいぶるように眼鏡を上にずらしてチラリと自分のコーヒーを見る。
「…… 63,3℃。ぬるいわねぇ」
その言葉で大体のことを察した私は「体温計いらずね」と口から漏らす。すると彼女は溜息を吐いて 「自分の身体は視れないから意味ないわよ」 と愚痴を漏らした。つまり、私には普通に見える世界も彼女の眼にはサーモグラフィを見ているようなものに映るらしい。なんて面倒臭い視界だろうか。想像するだけで私には耐えられそうにないと判断した。それよりも、私は彼女の眼鏡が伊達眼鏡だったことに驚いたのであとで素顔を見せてもらうことにする。興味を別のものに向けておいた方が彼女も、私も緊張することなくお喋りができるだろう。
「じゃあ次は私ね。私はね、昔からなんとなく人の死ぬ時期ってのが分かる子供だったのよ」
例えば、近所で良くしてくれるおばさんが週一で行く舞のお稽古で着物を着ていたとするわ。それで、少し会話してから離れるときふと無意識に 「おばさんの着物姿ももう見納めね」 と呟いていたの。言ってすぐになんて不吉なことを、と自分を責めるのだけどなんだかそれが本当になってしまいそうでその日はずっと震えていたわ。でもおばさんが帰る頃にはもう一度姿を見るために外に出ていた。けれど、予感は本当になってしまったの。帰宅途中で彼女は事故に遭ってしまった。勿論、二度と着物姿を見ることはできなかったわ。親しかったといっても血縁でもないし、お葬式には行けなかったから。それが自覚したきっかけ。それから予感がするような人は皆顔を見ると一瞬だけ眼が真っ黒に見えてしまうの。それが怖くて、私は滅多に人の顔を見ないわ。
「……」
黙って聴いていた百子も驚いたようにフリーズしている。やはり、気持ち悪く思うだろうか。そこだけが不安で私は誤魔化すようにジュースのストローへ口をつけた。
「…… 高校の面接試験は一体どうやって受かったのかしら?」
あまりに予想外だったその言葉に咥えるだけだったストローが折れ曲がる。もう少しで口の中の物を吐き出す所だった。危ない危ない。
「滅多に顔を見ないだけで、見ないとは言ってないわよ。眼が真っ黒な人なんてそうごろごろ転がってるものじゃないしね。あとは、筆記試験に全力を尽くした結果かしらね」
「慌てちゃって可愛いわね。不安だったのでしょう? 似たような境遇だろう仲間にあんまり野暮なことは訊けないわよ」
ああやっぱり学年首位だったのは貴女だったのね、と笑ってすっかり冷めてしまっただろうコーヒーを飲む彼女に少なからず安心し、警戒心を解いた。彼女も眼鏡をかけるまでは苦労したのだろう。知られることへの恐怖は私達共有の感情だ。私に打ち明けようと話しかけたときも怖かっただろうに。それを感じさせなかった彼女は十分凄い。
「私はこの能力で告げられた死は絶対だなんて信じてないわ。だから私自身が医学を学んでこの能力を覆してやるの」
「椿はいい夢持ってるねー。んー、私は存在意義の確定? かしらねぇ。こんな力があるからには有効活用しないと損よ損」
そう言って次々とカミングアウトし、私達は親友となったのだ。
・医学の学校
高校生という設定ですが、医学を学べる学校です。高校なのに、という点は未来だからで済ませてください。
・夜須礼椿
読みはやすらいつばき。東方風に言うと「人の死期を知る程度の能力」を持っている。元ネタは意味怖の人の死が分かる息子がテレビを指差したっていう話。引っ込み思案で人の目を見るのが苦手。何故なら、死期の近い人は目を見るだけで分かってしまうから。そんな子。名前の由来は椿が死を連想する花だから。
・華表百子
読みはとりいももこ。東方風に言うと「熱を視る程度の能力」を持っている。視界がサーモグラフィのようになってしまうため、現代妖怪から能力を抑制する特殊な眼鏡を買っている。明るく、ムードメーカー的存在で能力を隠すのに長けている。熱の変化から嘘を見抜いたり、食当たりを回避できたりする。名前の由来は華氏温度から。
・コーヒーの温度
コーヒーが一番美味しく感じられるのは80度以上。
80度以上が熱い、60〜80度未満が温かい。50度未満がぬるい。30度未満が冷めていると感じるそうです。
百子は適温じゃないという意味でぬるいと発言しているようです。