本丸は、例の彼女に譲られた。
なにもかもがどうでもよくて、親切に騙されているなどと教えてやる気にもなれなかった。
まあまず、私のことを気にするような酔狂な存在もいないだろう。
あそこは彼女の気で溢れている。
刀剣男士は清い気を好むそうだ。付喪神といえども神の末端、そのような好みもあるのだろう。
職業柄、そういったものを感じ取ることは容易い。
彼女の気は甘くて芳醇で、麻薬のようだった。
騒がしい本殿を背に。一度も振り帰りもせずに、あそこを去った。
せいぜいその麻薬に溺れているがよい___斯様なことを内心で呟きながら、付け続けた面を外して。
これからどうしようなどと、私は一切考えてはいなかった。
いや、政府から言われている通り、新しい本丸には向かう。
しかしとて、あのような場を出てすぐ気の持ちようを切り替えられるほどに、私は器用ではないのである。社に帰りたくてたまらない。
政府も鬼ではない、と信じよう。たまの我儘くらい、許されてもよいではないか。
幸い、役人と会うまでまだ時間がある。早くですぎてしまったようだ。
今いる部屋から抜け出して、他の役人の目を掻い潜れば、あの社に帰ることも可能ではないか。
勿論、そのようにしても直ぐに迎えが来てしまうだろう。私にそこまでの価値があるかどうかは疑問だが、審神者は絶対数が多くはない。あればあるほど、苦労はしないのだろうから。
ここから一時抜け出すことを心に決め、立ち上がった時である。
「藤さん。随分とお早いですね」
役人が来てしまった。
・・・タイミングが悪い。考えるのが遅かっただろうか。
柄でもなく子供の様に燥いでいたのが、一気に冷めていく音がした。
「如何されましたかな」
怪訝そうに此方を見る役人。
思わず八つ当たりをしそうになって、落ち着く。
彼は私の譲られた本丸の担当とは違い、出来た人間であるのを知っていたからだ。
そう思って、先ほどまでに私がしようとしていたことが、彼にどれだけの迷惑かということを自覚した。申し訳なくなった。
「いやはや、申し訳ありませぬ。気がはやっていたようです。」
そう彼に伝えると、彼は柔らかく微笑んだ。
藤、と呼ばれるのは随分と久しい。どこか照れくささを感じながら、私も彼に微笑み返した。
彼の名は成田という。
政府側の役人で、先ほども申した通りできた人間である。
成田は、こういった本丸の移動をする審神者のサポートをする課に勤めており、私と会いまみえた。彼曰く、今回のようなことは彼を含む一部の政府関係者から厭われているものの、何分相手が立場の高い人間なために裁けないのだそう。政府も一枚岩ではないのである。
自分で言うことでもないとは思うが、私は神主をしていただけはあって霊力は高い上に、レア度の高い刀剣を当てやすいという妙な特性がある。前回の本丸_あれは私が一年半就任したものだった_では、最もレア度が高いと言われる三日月宗近を除けば、ほとんどの刀剣が揃っていた。
数時間前まであそこの主だったとは思えないほどに、もうあそこへの思いは消えさっていた。冷めきっていると言えばいいのか、それとも彼らに対する思いなぞもともとなかったのだろうか。
もういい。斯様なことを考えている暇など無いのである。
何が言いたいかと言えば、今回のようなことがまた無いともいえないのだ_____私の担当には、この成田殿がなってくれる。
「お世話になります、成田殿」
「いやはや、こちらこそ。藤さんとは長い付き合いになりそうです」
本当にできた人間だと思う。それこそ長い付き合いをしていきたいと思っているのである。
あんなところ、さっさと忘れるに限る。
それを彼らも望んでいるのではないだろうか。
「あいつ・・・・・何も言わないで出て行ったわね。おじい様に頼んで正解、だったかしら?レア度は高いし、三日月がいないのが難点だけど。私が見つけてあげればいいわよね!」
最後の女の小悪党感ェ・・・・・。