不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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ちょっとした思いと違い

 さてどんなゴシップが書かれるのかと半分憂鬱、半分期待の心持ちで投げ込まれた新聞を手に取ると、思っていたよりも真面目な記事が書かれていた。見出しは「外来人来たる」と無難に抑えられ、内容も俺が語ったことにだいぶ忠実だ。ところどころ面白おかしく脚色されてはいるが、この程度なら十分許容範囲内だ。不思議なのは、俺が不死身であることが書かれていないことだが、幻想郷では案外良くあることで記事にする程のものでもないのだろうか。どちらにせよ、あの烏天狗もまともな記事を書くことが出来たのか。仕事への態度は真摯だったし驚くことでもないのだろうが、なんか意外だ。

 普通の家庭ならこうやって新聞を読みながらトーストでも齧るものだが、残念なことに食料は缶詰食品くらいしかなく、それも底を尽き始めていた。というのも、妹紅は食事を基本的に取らない人間だ。腹が減ったら何処かへ食べに出かけたりはするらしいが、面倒臭がって餓死することも少なくなかったのだとか。餓死して生き返ってようやく食べに行く、なんてサイクルを繰り返していたから当然小屋の中には食料がない。外の世界でも、カップ麺を食う時以外は飯に興味が無い風だったので、嫌な予感がして保存食を幾らか持ってきたのだが、予想的中してしまった。缶詰ばかりじゃ栄養が偏ってしょうがない。他にも生活環境の改善も含めて色々と入り用なので、今日こそは人里に行こうと考えていた。

 本当は初日に博麗神社、翌日には人里に行く予定だったのだが、落下したりパパラッチに遭ったり掃除してたりする間に倍の日数が経っていた。予定通りに行かないとはよく言うが、流石にこれは限度を超えているのではなかろうか。俺のせいもないわけではないので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 妹紅の準備が終わった辺りで出発する。今回は飛ばずに歩いていくつもりだった。いつまでも妹紅に付いていてもらうわけにはいかないし、暮らしていれば俺一人で人里にくらい行くこともあるだろう。ならば歩き慣れておいた方が後のためだ。運が悪けりゃ妖怪にぶつかるかもしれないが、妹紅がなんとかしてくれるだろう。女の子の背中に隠れるとか恥ずかしいなんて言わないでくれ。客観的に考えてこれが一番安全なんだから。

「人里に行くのは久しぶりだなあ」

「仲の良い相手が居るんじゃなかったのか?」

「慧音は心配してウチに来ることの方が多いからね。一月くらいは行ってないんじゃないかな」

 自宅に居ない出不精というのも珍しいものだな。妹紅がそんな性格だから心配しているのだろう。

 お日様も登って昼になろうかといった頃。一応作られているとは言えるくらいの砂利道を無駄話しながら歩けば門らしきものが見えてくる。見張りが俺の顔を見て不思議そうな顔をしたが、妹紅が付いていたのもあって無事に通してもらうことが出来た。門をくぐると、活気に溢れた市場がまず目に入る。八百屋に魚屋(川魚ばかりだが)、甘味処というのだったか団子や餅を売っているような店。何故かやけに繁盛している蕎麦屋。人通りこそ外の世界の繁華街と比べれば少ないが、活気があるという点では引けを取らない。むしろ、店舗が全て通りから隔絶されたように感じられる外よりも、ここの方が物売りの元気のいい声がある分繁盛しているかもしれない。

 余裕があれば何か買ってもいいかもな。現代貨幣は使えないから、妹紅の金になってしまうが、普段からごく稀の食費にしか使ってない彼女もそれなりに持ち合わせはあるらしい。俺の金もどっかで早く換金でも何でもしないとな。紫の話では香霖堂という場所に行けばこちらでの通貨と売買してもらえるそうだ。魔法の森の入口にあって人里からも行けないことはないと言っていた。今度向かってみよう。

「お昼ご飯でも食べようか。慧音もこの時間ならいつもの店に居るはずだから」

「そうすることにするか」

 お腹がすいたんじゃなくて慧音とやらに会いたいんだろうな。別に反対する理由はない。俺としても妹紅の友人であり、人里の有力者でもある上白沢慧音には会っておきたかったところだ。手に職ないのも問題だし、働き口の伝手でももらえたらありがたい。寺子屋の授業もしているというから、子供に混じって受けてみても面白いかもしれない。俺のメンタルが持たないからやらないけど。

 妹紅に連れられて入ったのは丼物がメインの定食屋だ。米を食うなんて何日ぶりだろう。少なくとも幻想郷に来てからは一度も口にしてない。妹紅はきょろきょろと辺りを見渡している。たぶん慧音を探しているのだろう。そして一箇所を見つめて止まった。

 もしかして、あれか? 視線の先にいるのはへんてこりんな帽子をかぶった女性。妹紅の純白とは違う、青みがかった白い髪が特徴的だ。なんで幻想郷の住人は皆髪の色が不思議で、室内だろうと独特な帽子をかぶっている者が多いのだろう。気になるが、触れてはいけない気もする。

 妹紅はその女性の方へ近付いていくので俺も後ろからついて行く。

「相席いいかな?」

「構いません、ってその声は妹紅か!?」

 妹紅が声をかけると女性が慌てて振り返った。俺とも目が合ったのでとりあえず会釈しておく。改めて見ると、やはり小さい。百五十くらいしかないんじゃないかこの人。背の低い女教師、有りだと思います。そんなことを考えていたらジト目で見られた。考えていることはバレてないと思いたい。

「貴方が新聞に載っていた外来人ですか?」

「ええ、若丘八房と言います」

 敬語ではあるのだが、慇懃無礼というか、まるで品定めするような目で見るのはやめてくれ。

 促されるままに妹紅の隣、慧音と向かい合って座る。お品書きから山の幸丼を頼んでお冷やをもらった辺りで慧音が再び口を開いた。

「今、妹紅と同じ家に住んでいると聞きましたが」

「そうですね。居候させてもらってます」

「本人の前で言うのもあれですが、妹紅の家は人間によくありません。幸いにして人里の方にも空き家はありますし、そちらに住まわれては」

「あー、なるほど」

 やけに邪険にされてると思ったら、妹紅に悪い虫がついたと考えているらしい。露骨に離しにかかってきた。否定しても、悪い虫かどうかなんて他人からの評価でしか決まらないのだから意味が無いだろう。取り繕うよりも放っておいた方が楽だ。

 しかし、人里に住むというのは悪い案でもない。妹紅と一緒に居るに越したことはないが、男と女一つ屋根の下というのは結構辛い。外では親戚だと押し通したが、あっちでも下手すりゃ通報されていてもおかしくない。何より、あの家は住みにくい。妹紅一人とか俺一人ならそこまで気にもならないが、二人で住むには狭いのだ。私物と言えるものがほとんど無いから足の踏み場を探すなんて事態には陥らなかったが、気を付けないとぶつかってしまいそうになる。

「それもいいかもしれませんね」

「えっ」

「えっ」

 二人共に驚かれた。慧音の方は、俺が妹紅目当てで住んでいると考えていたからすんなり離れることに驚いたのだろうが、妹紅はなんで驚いてるんだ。狭いのはお前も分かっているだろうに。

「どうかしましたか?」

「ああいえ、少しぼうっとしてしまいました」

 俺も人のことは言えないけど、嘘をつくのが下手だな。相手によっては悪く思われるぞ。

「妹紅には色々と助けてもらってますが、つけ込むつもりはありませんよ」

「えっ、ああいやそういうわけでは」

 手を振って否定するが、すぐに項垂れて肩を落とす。妹紅と仲のいい人間からはそう思われるのは仕方ないだろうし俺も気にしてないんだけどな。対人関係ってのは難しい。

 気不味くなった空気を入れ替えるように、ちょうどいいタイミングで頼んでいた品物が置かれた。わざとやったのだとしたらいい店だ。贔屓にしたい。いただきます、と手を合わせて三人とも箸を持った。

 あらかた食べ終えて思ったのだが、この店美味い。椎茸の天ぷらがこんなに美味しいものだとは知らなかった。店はこじんまりとしているが繁盛してほしいものだ。慧音からの誤解も解けたことだし、無駄に敬語を使わなくてもいいようになった。妹紅からは二人とも似合わない敬語で気持ち悪かったとのこと、失礼な話だ。まあ席を立った慧音の頭突きを食らって悶絶していたから俺からは何も言わないでおこう。

「しかし驚いたな。蓬莱人でもないのに不死身の人間が居るなんて」

 牛丼を食べ終えて丁寧に口を吹いた慧音から驚かれたのは、もちろん俺の体質について。新聞で喧伝してくれれば楽だったのだが。人に説明しにくい訳じゃないが、会う人会う人に話すのは面倒臭い。そう言うと、慧音はそれも仕方のないことだと言った。

「不死の人間、それも戦う力が無いなんて知れれば、妖怪共はこぞってお前を襲うだろう」

「配慮してくれた、って訳じゃないよなあ」

 俺が襲われて、それが新聞のせいだと知れれば妹紅と敵対すると考えているのだろう。どうしてこんなキーポジションに居るのか分からない。俺を妹紅の何だと思っているのだろうか。妹紅は自覚が無いのか、訝しげに俺と慧音を見る。お前のことだよ、と言うのもなんだか気恥ずかしかったので適当に流すことにした。

「ま、私に出来ることがあれば言ってくれ。やれるだけやってみよう」

「それはありがたいな。なら、なんか仕事でもくれないか?」

 誤解が解けた瞬間に結構親身になってくれるのは負い目もあるのだろうが、本人がお節介焼きなんだろう。せっかくならとそれに甘えることにする。

「仕事か?」

「外から来たからさ、食い扶持稼ぐ伝手が無い。一応働いてたから、手に職ないと落ち着かなくてな」

「なるほど。しかし身元の不確かな人間を雇ってくれるところは少ないな」 

「そうか。ま、明日も行こうと思ってるところは有るし、無理言ってすまないな」

 いつまでも妹紅にぶら下がる紐になってたんじゃあ悪い虫になってしまうしな。しかし、明日の予定は本命中の大本命。蓬莱の薬とやらを作った月の頭脳、八意永琳さんとやらの居る永遠亭だ。しばらく待ってどっか当てがあればそれで良し、無ければ自力でどうにかしよう。

「いや。ところでお前、勉学は出来るか?」

「うん? まあそれなりには出来るが」

 自慢じゃないが、高校大学と進学校には通えている。その中での成績は良いものとは言えないが、出来る出来ないで言えば出来る方にはなるだろう。

「私は寺子屋で勉強しているんだが、里の会合も有って忙しくてな。臨時で教師をやってみるというのはどうだ? もちろん明日が忙しいなら別の日からでいい」

 教師か。人に物を教えるのは苦手だが、子供の相手をするのは嫌いじゃない。しかし、俺は理系だし外から来たから歴史を教えろなんて言われても無理だ。

「数学くらいならなんとかなるが、歴史とか無理だぞ」

「ああ、読み書きと計算だけでも構わない」

 それなら断る理由もない。俺自身の勉強も兼ねて、明後日から寺子屋に通い、一週間後から教鞭を取ってみるということで決まった。これでフリーターも卒業だ。慧音が出ていった後、話に絡むことができなかった妹紅が膨れていたのでこないだと同じように撫でたら怒られた。何故だ。

「ヤツフサは人里の方に住むの?」

「え?」

 なんで機嫌が悪いのかと思ったらそういう事か。昨日の取材の時に文にも言われた通り、かなり好かれているのか。でもたぶん本人は自覚していないし、何より俺はいつか消える人間だ。不死身だとしてそれは変わらない。「老兵は死なず、ただ消え行くのみ」というのは誰の言葉だったか、俺はたぶん老いには勝てない。だから、妹紅には気付かせないまま、その気持ちも忘れてもらった方がいい。

「物件の話はされなかったからな。まあもうしばらくは住むさ」

 そう言っただけで顔を綻ばせる妹紅を見て俺も何も思わないわけじゃない。だけど、その気持ちも建前の裏に隠してしまおう。

 勘定してもらって店を出る。あの家に調理器具なんてものはないから、まずら基本的な鍋とか包丁などを買って、妹紅に軽く人里の案内をしてもらった。一際でかい屋敷は稗田家といって妖怪について纏めた本を作っている家系らしい。あとは貸本屋とか霧雨道具店という大きな店とかも見た。霧雨ってことは魔理沙の実家だろうか。寺子屋で慧音が子供達相手に講義をしているのもそっと眺めてみたが、大学の偏屈教授なみに難解な授業だ。大半は眠っていたのも仕方ないと思う。

 そうやって人里を観光していると日も暮れてきて、帰らないと危険な時刻になったので、処理しやすい食材を適当に買って家路についた。

 その間、ずっと妹紅が御機嫌だったのを見て、心の奥が少しだけ痛んだ。

 

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