永遠亭というのは迷いの竹林の更に奥深くにあるという。竹林の中には妖怪も住んでいるし、普通の人間ならまず辿り着けないだろう。俺も一人で行ったなら道に迷って野垂れ死にだ。それでも行くだけの価値はある。
俺は何故死なないのか。もしかしたら分かるかもしれないと期待する気持ちがある。理由が分かったところで俺の人生に大きな変化があるわけではないし、知らなくても生きることに不自由はしない。だけど、自分が何者なのか知りたいという欲求はあって然るべきものだと思う。その為に幻想郷まで来たのだから。
もはや慣れた飛行の仕方で上から竹林を見ると、地面から見るのとはまた違った風景。霧よりも上空から眺めているのだが、うん何も見えない。風景とか景色というもんじゃないなこれ。文から聞いた話ではこの霧の中に強大な妖怪が居ると言っていたのだが、俺が餌にされたりはしないだろうか。妹紅に聞いたら凄い変な顔された。
「それ、あの悪戯兎詐欺の嘘っぱちだよ」
あの、って言われても会ったことがないから分からない。それに聞いたのは天狗だ、とそこまで考えてから天狗も信用ならない妖怪だと思い出した。すっかり騙された。
「と、だいたいこの辺かな」
四方八方をうろうろしていたが、ようやく当たりを付けたようだ。俺には竹林の奥深くとしか認識できないが、妹紅は地形を完全に覚えているだろう。俺一人で歩ける日は来るのだろうか。
降下すると、霧の中に突っ込むことになるが、衣服が濡れたりすることはない。霧に似ているけれど別の物なのか、前は見えないが、体には何も起こらない。しばらく不思議な感覚を楽しんでいたが、急に視界が開けた。どうやら目的地に到達したようだ。
広い屋敷だ。人里で見た稗田邸と遜色ないくらいに大きい。こんなところに四人だけで住んでいるとはなんと豪勢か。床面積があの家の十倍以上あるんだぞ。
「あら妹紅。いったい何の用かしら」
門に立っていた女性が妹紅に話しかける。かぐや姫だ。俺はすぐにその女が誰なのか理解した。大和撫子という言葉の良く似合う長い黒髪にこの世の物とは思えない容姿、傾国の美女とは正しい形容だと思う。だけど何故だろう。彼女の美しさは理解しているのに何故か惹かれない。現在進行形で見惚れてはいるのだが、美術館に飾られた壮大な西洋画を見せられている気分だ。芸術品ではあれど、人として見れない。
「そっちは何? 愛人?」
「余りふざけたこと抜かすとぶち殺すぞ」
いつもの妹紅よりも数段煽り耐性が低い。聞いてはいたが本当に仲が悪いのだろう。手は既に赤く燃え上がり、動き出す機を待っている。対する相手は楽しそうにそれを眺めて次いで視線を俺に向ける。それは打って変わって少し憎々しげな顔なのだが俺、何かしたっけ。永遠亭の方とは関わりを持ったことが無いんだけどな。
かぐや姫が、口を開く。改めて聞くと鈴のように綺麗な声音。
「貴方が、噂の外来人ね」
そうだ、と答えることが出来なかった。喉から空気の漏れでる音が聞こえる。触ると、ちょうど中央に綺麗な穴が。血が流れ出て、焼け付くようは痛みが走る。かぐや姫は動いた様子がない。しかし、他に誰かが動いていたとも思えない。通り穴とかぐや姫は一直線上に居て、他人から俺だけを狙うことは素人でも無理だと分かる。最近、死ぬことが多くなったなあ。フランのあれを一回だと考えてもこっちに来てから既に三回も死んでいる。突然の落下、壊される遊び相手、今回は分からないけど理不尽な死のオンパレードだ。保険にでも入っておけばよかった。そんなもんないけど。
そろそろ意識が薄らいできた。フランとの一件で死に慣れて以来、死んでも少しの間動くことが出来るのだが、これで時間切れのようだ。妹紅が何かを叫びながら女に飛び掛ったのを見て、意識は暗転した。
*
目を覚ますとまた見慣れない天井。新世紀ロボットアニメじゃないんだからこう繰り返すのも如何なものかと思うが、自分の意識でコントロール出来るものでもないか。本当命が幾つあっても足りない世の中だ。今度は畳の上にちゃんと布団を敷かれた状態で寝かされている。敷布団だけでなく枕も掛け布団もあるとか、博麗神社とは比べ物にならないサービスの良さだ。流石は幻想郷随一の医療施設。技術なら現代よりも優れているというのだから驚きだ。月って凄い。
「あっ、生きてました」
声のする方に首を動かすと、戸棚から何かを取り出そうとしている女の子が目に入る。ブレザーにミニスカか。中身を見えそうだったが、また死にたくはないので悟られぬように首を元に戻す。ウサミミまで付けるとあざと過ぎて逆によろしくない。いや、ファッションでやってるんじゃないと思うが。
起き上がると、伝統的な和室であることはすぐに分かる。まあ永遠亭のどこかの部屋に入れられたんだろう。妹紅の姿が見えないのが気掛かりだが、俺が動いたって何にもならないので我慢する。
「本当に姫様みたいに生き返るんですね」
「あんな都合の良い能力じゃないさ。それよりも、事情を説明してくれると助かるのだが」
「ああ、すいません。ウチの姫様が迷惑かけちゃって」
俺の言った事情というのはここが何処で、妹紅が何処に居て、貴女は誰なのか、という意味だったのだが、目の前のウサミミ少女は何故姫様が俺を殺したのか、と受け取ったらしい。そう勘違いされても仕方ない言い方だったし、それも気になるので黙って話は聞いておこう。
「姫様、妹紅さんと殺し合うのすっごい楽しみにしてたから。玩具を取られちゃった気分になってたんだと思います」
つまりヤキモチ焼かれて殺されたのか。女の嫉妬って怖い。そんな話じゃなかった。
「普通なら我慢したんでしょうけど、不死身なら大丈夫だと思ったんですかね」
「不死身って誰に聞いたんだ?」
俺が不死身だということは新聞には書かれなかった。だから必然的に誰かから聞いたということになる。一番可能性がありそうなのは紫だが、文の可能性もある。しかし、答えは予想外のものだった。
「妹紅さんからですよ?」
「妹紅が?」
「はい、二日前にやってきて、師匠とお話されてました」
二日前と言えば文の取材が来てボロ屋を掃除していた時か。あれ本当に永遠亭に行ってたんだ。てっきり竹林のどこかで適当に時間潰しているのかと思っていた。ということは、話はだいたい伝わっているのだろうか。そう聞くとウサミミは首を縦に振った。聞けば俺が死んでいる間に採血したのだという。もう少しすれば結果が出るだろうということ。インフォームド・コンセントは何処へ行った。幻想郷に有るはずも無かった。ちなみに妹紅は現在進行形で殺し合いの最中だそうで、いつにもまして怒っていたとも聞いた。鈴仙・優曇華院・イナバというらしい(長いので鈴仙と呼ぼう)ウサミミが野次馬根性で恋人なんですか、と聞いてきたのでとりあえず違うと答えておいた。
知らない屋敷を歩いても迷子になること請け合いになので、一人で待たされるよりはと鈴仙と談笑していたら、襖が開いて、また見たことのない女性が入ってきた。鈴仙が師匠と呼んでいたので、彼女が妹紅の言っていた月の頭脳、八意永琳か。幻想郷ではもはや常識なのか、室内であるにもかかわらず赤と青の奇抜な帽子をかぶっていて、服も同じ色合いだ。目に悪かったりはしないのだろうか。
「貴方が若丘八房ね」
「そうですよ」
ちゃんと返事することが出来た。今度は眉間を撃ち抜かれるかもと考えていたから少し安心した。永琳は鈴仙に妹紅達の様子を見るよう命令して追い出し、残ったのは俺と永琳の二人。永琳が口を開く。
「まずは初めまして。医者の八意永琳です」
「どうも、若丘八房です。それで、血は既に検査されてると聞きましたが」
「世間話をするつもりはないのね」
「普段なら先延ばしにするんですけどね」
待たされたまま放置されるのは辛い。それを汲んでくれて、彼女は結論から話してくれた。
「結論から言うと、分からないわ」
「分からない? 妹紅からは何でも知ってると聞いたのに」
「分からないものは分からないわ。というより説明出来ないと言った方が正しいかしらね。貴方の血そのものは普通ではないのよ」
普通ではない。だったらそれが理由ではないのか? 俺の疑問に永琳は首を振った。
「貴方には人魚の血が流れてる。だけどそれは昔のことで、今では効果を発揮しないほどの薄さになっているわ」
人魚ってのは不老不死になれるんじゃなかったか。それでも関係ないというのならば関係ないのか。他に理由があるに違いない。しかし、それがなんなのかは分からない。そういうことなのだろう。
「おそらくは身体ではなく魂に何かある。だけど貴方の魂は一般人のそれと変わらない」
「結局のところ分からず終いか」
「そうね、魂の専門家に見てもらえば何か分かるのかもしれないけれど、私は魂は管轄外だし、詳しいと思える相手もそう簡単に出会える相手ではないわ」
分かりそうで分からない、ってのはモヤモヤするけど、じゃあどうしろと言われても何も思いつかない。今回は諦めるとするか。一番信頼出来るであろう相手に言われては仕方ない。その後は世間話だ。永琳からはせっかく不死性があるのだから姫様の相手になってやってくれと言われた。後、また妹紅との関係も邪推されたのでとりあえず恋人ではないと答えておいた。
「そういえば」
鈴仙も妹紅達も帰ってこないし、ここまでずっと永琳と無駄話をしていた。おかげでまたタメ口で話せる相手が増えた。というより幻想郷の住民は余りそういうことを気にしないようだし、意識しなくてもいいかもしれない。と、話が逸れたが、妹紅からの前情報では、ここの住人は四人だ。つまりまだ一人出会っていない。
「悪戯兎詐欺ってのは誰のことなんだ?」
「てゐのこと? まだ会ってないのね」
最後の一人の名前はてゐと言うのか。困ることなんてなさそうな永琳が溜め息を吐くとは、余程の問題児なのかもしれない。兎詐欺なんて呼ばれてるのだからそれは悪徳な詐欺師なんだろう。
「棺桶でここまで運ばれてきたからな」
「その言い方だとまるで吸血鬼みたいね。てゐはこの竹林に昔から住んでた兎よ。人を騙すか罠にかけるかばかりしているけれど。今の時間なら落とし穴でも掘り終わって、鈴仙が引っかかったのを見て笑ってるんじゃないかしら」
そんなことを話している内に泥だらけになった鈴仙が妹紅とかぐや姫を連れて帰ってきたのには声を上げて笑ってしまった。かぐや姫はむすっと機嫌が悪そうで、妹紅はまだ怒りが収まっていない。挟まった鈴仙がぐったりと疲れた顔をしている。苦労人枠、なんてところだろう。俺も昔、仲の悪い二人と仲良くなってしまったがために似たような経験をしたことがある。強く生きてくれ。
もう少し永琳と世間話するのも楽しそうだが、これ以上長居するとまた喉元を撃ち抜かれそうなのでお礼を言い、妹紅を連れて帰ることにする。そういえばどうやって俺が殺されたかについてだが、姫様には咲夜に似た時間を操る能力があって、正確には違えども時止めのような能力を行使することが出来るとのこと。そりゃ避けられんわ。
帰りは歩きにした。ここずっと歩きっぱなしで足が痛いけど、常人の俺は何処へ行くにもそれなりに歩く必要がある。こんなもので悲鳴を上げる訳にもいかず、早く慣れなければいけないと思っての行動だ。
「輝夜の奴どういう神経してんだまったく」
妹紅様のお怒りは未だ健在。幻覚じゃなく揺らめいて見えるので少しは落ち着いてほしい。宥めようとしたら逆に怒られた。死に対して無関心過ぎると言われた。いや、正論だけどさ。お前や俺が言うセリフでもないだろ。なんてことを考えていたら、踏みつけるはずの地面がなくなった。
え、考える余裕も無いまま無様に穴の中に落ちる。こんな大きな落とし穴が自然にあるとも思えないし、悪戯兎の仕業だろう。その証拠に妹紅が「てゐぃぃぃ!」と叫びながら何処かへ走って行った。この状態で放置されても俺飛べないから脱出できないんだけど。いや、どうにかすれば脱出できるか? 無理だ、落ちた衝撃で足を挫いてる。立ち上がろうと力を入れただけで痛い。死なない方が不便する体ってのもおかしなもんだ。
とにかく、妹紅が戻ってくるまでやることが無い。今日は厄日だ、肩を落としてそう思った。
「穴があったら入りたい気分だったのかしら」
上からかぐや姫の声がした。顔を上げればその端正な目鼻立ちが見えるが、髪も落ちているせいで貞子にも見える。井戸はどちらかといえば俺の方なんだがなあ。
「空なんて飛べないから困っているだけですよ」
「イナバや永琳には気軽に話すのに私には敬語?」
「そっちがいいならそれでもいいけど」
引き上げてはくれないのか。意地悪な姫様だ。妹紅ならここには居ないのだが、探しに行けばいいだろうにかぐや姫はまだ居座っている。
「貴方、なんで幻想郷に来たの?」
俺で暇を潰すつもりかよ。することもないし、永琳にも頼まれたので受けはするが。その為だけにわざわざ付いてきたとは、姫様は随分と暇を持て余しているらしい。頭上で楽しそうに笑っている。
「俺が何者なのか知るためにだが」
「でも、別に知らなくても構わないのでしょう?」
「それはそうだが」
「だったら貴方は本当にそんな理由で来たのかしら」
「質問攻めは酷くないか?」
一方的に痛いところを突かれ続けるのは気分が良くない。しかし姫様には無視された。妹紅と違って口笛上手いのな。舌戦ではこっちの方が数段強いんだろうな。
「私は隠すようなこともないわ」
「俺だってねえよ」
「貴方にはあるじゃないの。気付いてないのかしら」
かぐや姫はすべて知ってるなんて顔で笑った。ろくに顔も合わせたことも無いのに俺の何が分かるのか。
「幻想郷で何の為に生きるのか。考えておきなさい」
言いたいことだけ言って姫様は踵を返してしまう。引き止めようとは思わなかった。これ以上何か言うのは屁理屈の負け惜しみだと分かっていた。
何の為に生きるのか。外の世界ならなんとなくでも済まされるのに、幻想郷ではそうもいかないらしい。答えは出せなくもないのだろうけど、今の俺には出来なかった。
戻ってきた妹紅に引き上げてもらうときに、心配した様子で妹紅に何かあったのかと聞かれたのは、ずっと考えてしまっていたからだろう。しばらく黙ってから「難題を頂いた」とだけ答えた。
姫様は八房の心境を見ていく中でかなり重要なキャラクターです。
ストーリー的なキーキャラクターは他にも居ますけどね。