不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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秘めた心の胸算用

 一度歩いたことのある道なのに、今回はなんだか心許ない。普段なら周りの自然でも見て楽しんでいるのだが、今は何処からか襲われないかビクビクしながら歩いている。

 妹紅が居ないだけでこんなにも恐ろしい道に変わるのか。彼女は何処で何をやっているのか。一人で行くと言い出したのは俺だが、少し後悔し始めていた。

「あやややや、八房さんが一人で歩いているとは珍しいですね」

 後ろから声をかけてきたのは文だ。総毛立つ思いだったが、安全な相手で良かったと胸をなで下ろす。

「いつまでも妹紅に護られてる訳にいかないからな」

「なるほど、それで試しに一人で歩いていると。いやはや運のいい人だ。いや、霊夢さんの感が鋭いんですね」

「何のことだ?」

 並んで歩く烏天狗から手渡されたのは一枚の御札。霊夢の作った妖怪除けの札だという。俺には何も分からないが、紫は霊夢のことを天才だと言っていたし、効果は十分にあるのだろう。しかし、それを妖怪に持たせて来るとは、大丈夫なのかこれ。

「言葉も通じない、人型にもなれない低級妖怪相手の御札ですからね。私達天狗や紫さんみたいな妖怪には効きませんよ」

「人型の妖怪には効かないのか。今度頼んでパパラッチ撃退の御札でも作ってもらおうかな」

「本当、なんでそんなに記者に厳しいんですか」

「積年の恨みがあるからな」

 そういえば取材された時に話していなかったっけ。いいや、人に話すような話でもない。相手が同業者ならなおさらだ。

「しかし、人型以外の妖怪に会ったことないな」

「人里の近くには滅多に姿を現しませんからね。里には慧音さんも居ますし」

 文の言うことには、低級妖怪は獣と同じ扱いで、人里が危険であることを本能的に理解しているのだとか。理解してない奴は里の実力者か霊夢に退治されている。まあこの御札も保険みたいなものだろうか。

「人型じゃない妖怪って強くないのか?」

「例外はありますが、人間の姿になった方が楽ですからね。余程の好き者でない限り、人型でない実力者は居ませんよ」

「お前も本当は鴉なのか?」

「そうですよ、生まれた時はヒナでしたからね」

「マジかよ」

 ぴぎゃーと泣いてる手のひらサイズの文を想像したら少し和んだ。ヒナだから鴉の姿なんだろうけど。

 人里まではもう少しかかる。もうちょっと効率よく動ける手段はないものか。空も飛べない俺は足しかない。ウォークマンでもあればいいんだが、幻想郷にはそんな便利な物はないしなあ。

「でも、全員がそうという訳でもありません。人から妖怪になった者も居ますから。その場合は妖獣の姿になることができませんね」

「一方通行の進化形態か」

「そんなところですかね」

 文は今日はカメラを構えていない。取材予定がなくて暇なんだろうか。ここに来る前には博麗神社に行っていたってことはネタがないとかそんな感じだろう。

 そろそろ入口が見えてきた。文は人里の内部まで入るつもりはないようで、ご自慢の黒い翼でまた何処かへと飛び立っていく。妖怪と歩いていて里には入れるか心配だったが、衛士に聞けばあの烏天狗人里に堂々と出没しているから顔馴染みなのだとか。あれ妖怪だよな?

 器量が広いのか能天気なのか悩みながら、慧音の待っている寺子屋へ向かう。昼飯を食ってないが、昔は朝夜二食だったんだから問題ない。けしてお金が無いわけではない。寺子屋は昼までで終わり、昼過ぎ辺りの今からは、先生やるための前日授業みたいなものだ。

 寺子屋に足を踏み入れると、慧音と別の誰かが談笑しているのが聞こえた。裏口の玄関から靴を脱いで上がり、声のする方へ向かうと、慧音もそれに気付いて出迎えてくれる。一緒に居るのは誰だろうか。グラデーションのかかった髪に言葉ではうまく説明できないなんか強そうな服。どことなく聖母のような雰囲気の女性だ。幻想郷来てから本当に女の子にしか会ってないな。人里見る限り別に男が居ないわけでもないと思うんだけど。あれか、妹紅の知り合いだから女が多いのか。男の知り合いとか少なそうだしな。なんてひとりでに納得していると、慧音が間を取り持って紹介してくれる。

「よく来たな八房、こちらは人里にある命蓮寺の住職の聖白蓮さんだ。白蓮さん、こちらが先程話していた若丘八房です」

 ミョウレンジ、ジということは寺か。お寺の住職さんが寺子屋に用でもあったのか、あとさらっと俺の話してたのか。白蓮さんも丁寧な物腰でお辞儀をしてくれるので、俺も礼をする。

「初めまして八房さん。聖白蓮と言います。私も時折ここで子供たちにお話をさせてもらってます」

「ああなるほど。若丘八房って言います。一応講師として雇われることになっています」

 聖母と表現したけど、正しくは観音様だったようだ。今日ここに居るのはまったくの偶然のようで、寺子屋の近くで講演した後、どうせだからと帰る前に慧音のとこに来て雑談していたらしい。

「外から来たんでしたね」

「ええ、幻想郷に来たのは一週間くらい前になります」

 改めて言うと恐ろしいな。たった一週間の密度濃すぎるだろ。白蓮さんは俺がどう行動していたのか知らないから別段驚いた様子もないけど、慧音はまた驚いてんのか。

「外の世界はどうなってますか?」

「外の世界ですか。広すぎてなんとも言えませんけど。平和ですよ。便利にはなったけど、人の関わりは薄れてる」

 外に居たときは意識しなかったけど、幻想郷に来て、この人里の活気を見ているとそう思う。都会だなんだと随分殺風景な場所だ。紫に余り外の話をするなと釘を刺されているのでこれ以上は言わないが。それ以外には妹紅に助けてもらっていることを話したり、命蓮寺は珍しくも妖怪に対して門を開いてるという話を聞いた。

「では、私はこれで戻りますが、八房さんも何か困ったことが有ったら命蓮寺を頼ってくださいね」

「頼らなくて済むような事態になることを祈ってます」

 ちょうど帰り際だったので雑談もそこそこに切り上げて白蓮さんは帰っていく。俺の体質については話すタイミングを逸してしまったが、これから関わりを持つようになれば嫌でも知ってもらうことになるだろう。或いは慧音が既に説明していたかもしれないし。

 後は慧音先生の個人授業のお時間で、といっても数学の水準は現代とそれほど変わらないものだった。面倒なのは幻想郷風、というよりかは明治風の書き方を覚えるのと、算盤を使えるようになること。書き方はまだ覚えるだけで楽だが、算盤の方はそうも行かない。筆算とかがメインの現代数学では算盤を早く使うことができないのだ。慧音にも下手すりゃ子供たちよりも遅いと言われてしまった。こちとら算盤限定で小学一年生だっての。

 怒られながら練習していると、また誰かの近付いてくる足音。ここは案外人の集まる場所なんだろうか。今度は紫色のおかっぱ頭の女の子。寺子屋の生徒の一人だろうか。慧音がお茶を持ってきて少女にも着席を促す。

「阿求か、どうした?」

「文さんから外来人がここに来ていると聞きまして」

 外来人ってのは十中八九俺のことか。阿求、聞いたことのあるような名前だ。なんだったか、そうだあのでかいお屋敷の。妹紅に人里を案内してもらった時に言っていた、稗田の当主の名前じゃなかったか。なんだよすごい名士じゃねえか。

「外来人ってのは俺のことだが、何か用でもあるのか?」

「ああいえ、単純な興味本位です」

 阿求は俺の隣に座ってもらったお茶を啜る。俺の手元を見て「算盤?」と首を傾げていたが、教師になるため練習中だと話すと驚きながらも理解してくれた。

 阿求にも遅いと笑われたが、じゃあそういう本人はどうなのかと尋ねると、なんとほぼ全ての数式を暗記しているのだという。試しに練習に使った三桁掛ける三桁の計算を出してみると間髪入れずに答えが返ってくる。すげーなおい。

「八房は算盤さえどうにかなればすぐにでも教えられるようになるんだが」

「無茶言うなっての。算盤なんて触ったの初めてなんだぜ」

 淹れてもらったお茶を飲み込むと自覚していたより喉が渇いていた。熱中症には気をつけないといけないな。慧音の緑茶も渋くて美味いが、どちらかといえば咲夜の淹れる紅茶の方が好みだ。まあ実はコーヒー派なんだけど。

 阿求はどこから聞いたのか(どうせ文だろうが)、俺の体質についてしつこく色々聞いてきた。幻想郷縁起という本を書く以上、詳しく聞いておかないと気が済まないらしい。でも、俺の能力なんて自分でも把握出来てないからな。曖昧に答えてはぐらかして、それでも聞かなきゃ知らんときっぱり答える。算盤を練習する時間も貰えない。

 これは、借りて持ち帰って練習しないといけないかもしれないな。

 

 

「あら?」

 人里の皆さんに仏法を説き、慧音さんとしばらくお話した後に八房さんと会話を幾つか交わして帰ろうとしていたのですが、なんだか不思議な動きをしている人に出会ってしまいました。壁からこっそりと寺子屋を覗いているのは妹紅さんです。いったいどうしたのでしょうか。

「あっ」

 声をかけてみようと近付いたら、妹紅さんは足音で私に気付きました。何か後ろめたいことでもあるのでしょうか。背を向けて逃げようとするのですが、私もうっかり手を掴んでしまいます。動く物って捕まえたくなりません?

「人の顔を見て逃げるのは失礼ですよ」

「白蓮、あんた帰ったんじゃなかったのかよ」

 帰ったというのは、私が寺子屋に居たことを知っていたということでしょうか。ずっと盗み見していたのは何故なんでしょう。そういえば、八房さんは妹紅さんと一緒に暮らしていると慧音さんが話していましたね。八房さんは戦う力を持っていないそうですし、心配でついて来ていたのですね。でも、それなら堂々と隣で歩いていれば良いと思うのですが。

 妹紅さんは逃げることは諦めてくれましたが、ぷいっと顔を背けて目を合わせてくれません。どうやら嫌われてしまったようです。

「八房さんが心配で来たのですか」

「そ、そういうわけじゃ」

「違うのですか?」

 聞き直すと妹紅さんは顔を赤くして黙ってしまいました。でも、女の子らしくて可愛らしい反応です。もしかしたら八房さんのことが好きなのでしょうか。返事が来るのを待っていたら、妹紅さんは悲しそうに息を吐きました。

「・・・・・・私、そんなに分かりやすいのかな」

「そうですね。でも、分かりやすい方が良いと思いますよ。ひた隠しにして誰にも気付いてもらえないのは悲しいですから」

「私は、気付かれたくないのに」

 そう話す妹紅さんは切実な様子でした。自分の恋は実らないと考えているようです。八房には好きな人でもいるのでしょうか。それにしても、妹紅さんの落ち込み具合は普通じゃありません。

「良かったら相談相手になりましょうか?」

 妹紅さんは力なく頷きます。自分の心の中に押し込めていたものがあるのでしょう。私に解決法が見つけられるかは分かりませんが、彼女の中に溜まった物を吐き出させることくらいは出来るはずです。

 命蓮寺でお話を伺おうとも思ったのですが、あそこには響子ちゃんもぬえも居ますから、色恋の話はしない方がいいでしょう。悩んだ結果、例の蕎麦屋の向かいにある甘味処でお話を聞くことにしました。妹紅さんの分のお団子を頼んで、人目につかない奥の方の席を選んで座ります。妹紅さんはその間、落ち込んだままでした。これは重症です。

「それで、何故知られたくないのでしょうか」

「・・・・・・ヤツフサってさ、優しいんだ」

 確かに物腰柔らかな人だとは思いますが、どうかしたのでしょうか。妹紅さんにとってはそれが切実な問題なようです。

「でも、ヤツフサは私ほど永く生きられない。絶対に私を置いて逝ってしまう」

「確かに愛した人と別れるのは辛いことです」

「うん。だけどさ、それはまだ耐えられるんだ。今までも経験したことがあるから。私が耐えられないのは、こう考えていることがヤツフサに伝わってしまうことなんだ。あいつは優しいし、頭も悪くないからきっと苦しんでしまう。私はそれが嫌なんだ」

 堰を切ったように妹紅さんの口から言葉が溢れ出す。いつから我慢していたのでしょう。八房さんは幻想郷に来てから一週間と話していたのに、それまでの間に妹紅さんはここまで思いを八房さんに対して秘めていたのです。それも、自分勝手な心ではなく相手を思いやる心。

「妹紅さん」

 彼女な思いは本物ですし、心配ももっともな物です。だから私も本気で答えるべきでしょう。

「私から何をやれ、ということは言いません。むしろ私の言葉は助言にはならないでしょう。でも、これだけは言わせてください」

 妹紅さんは神妙な顔で私の言葉を待っています。一縷の望みをかけている、そんな風にも感じられます。ごめんなさい、私の言葉は貴女を楽には出来ません。それでも、私は貴女に言いたいのです。

「自分に正直になってください」

「・・・・・・でも」

「八房さんは、きっと貴女の思いに気付いています」

 目が見開く。八房さんが聡いのは少し話しただけでも十分に分かることで、妹紅さんもおそらくは気付いていたこと。自分のせいで好きな人が傷つくという事実を認めたくなくて気付かない振りをしたのでしょう。

「八房さんはきっと貴女を受け入れます。苦しむこともあるでしょう。悩むこともあるでしょう。それでいいのです。人も妖怪も、貴女のような輪廻を外れた人間にも違いはありません。悩み抜いて、一生をかけて答えを出してみてください」

 彼女は黙っていました。私が言ったことは行い難いものであることは分かっています。私も、口ではこう言っても、実際に出来るかと聞かれれば咄嗟に返事はできないでしょう。

「私にはまだ出来ないよ。でも、ありがとう。少し楽になった気がする」

「それはどういたしまして」

 彼女が出来ないと言ったのだから、私はもう何も言えません。ただ彼女が八房さんに話す覚悟が出来るのを祈るだけです。

 それでも、お団子を食べて帰る妹紅さんの後ろ姿は、心無しか足取りが軽いように思えました。

 




ひじりんマジ聖母
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