「うぅむ」
朝っぱらから唸ってはみるが、特に効果があるわけでもない。しかし、答えの出ない考え事をしていると、つい出てしまうのだ。
妹紅は昨日夜遅くに酔っ払ったまま帰ってきた。どっかで飲んできたのだろうが、その様子が変だったのが気がかりなのだ。嫌われてる訳ではないと思いたいが、ちらちらとこっちを見てくるくせに俺が振り向くと目を逸らしてしまうのだ。何か言いたいことがあるんだとは思うが、何を言いたいのかは言ってもらわないと分からない。
「あら、何かお悩みかしら」
「相変わらず突拍子もなく出てくるのな」
いつの間にか後ろに居た紫は、そういう妖怪ですもの、なんて言って扇子で口元を隠す。胡散臭くするためにわざとやってるんじゃないかと勘繰るくらいには様になっているな。初登場のときも幻想入りのときも神出鬼没な彼女の出現には驚かなくなった。というか、この人ほぼ毎日来てるんですが。
「野次馬根性は別にいいけど、余り人のプライバシーに触れてくれるなよ」
最近はパパラッチや医者とか邪推してくる奴が多い。一緒に住んでいるから仕方ないとはいえど、邪推を超えて干渉してくるのは俺も好きじゃない。そう言うと笑われた。どうやら見当違いだったようだ。
「いやいや、今回はちょっとした招待状を渡しに来たのよ」
「招待状?」
何か招待されるようなことでもしたっけか。紫が招待状を出すのを待つが、このスキマ妖怪はにたにた笑うだけで何もしない。招待するんじゃなかったのか。だったら手紙の一つくらい渡せよ。
いや、紫が何も言わなくても場所が分かった気がする。もし予想があっているのならば、招待状が無いのも納得だ。
「もしかして、博麗神社?」
「正解よ、よく分かったわね」
紫がわざわざやってくる。そのくせ、招待するというのに招待状の一つもない。大妖怪を顎で使えて、何かイベント起こしてそうで、手紙を出すのも億劫がるのは博麗霊夢の居る博麗神社くらいしか思い付かない、と言ったら流石に怒られるだろうか。
「今日の夜、博麗神社で宴会があるのだけれど、貴方達も来ないかしら?」
「宴会、ねえ」
幻想郷では結構な頻度で宴会が開かれている。理由は花見でもいいし月見でもいい。ようするに酒飲みがしょっちゅう集まっているらしい。人間の年長者からすれば、霊夢や魔理沙みたいな年端もいかない女の子が酒を飲むのはどうかと思うが、郷に入っては郷に従え。口を出すことでもないだろう。お呼ばれしたなら行かない理由もない。
「紫? 何の用よ」
起きてきた妹紅が目を擦りながらやってきた。べろんべろんに酔ってたから二日酔いを心配していたが、蓬莱人はアルコールにも強いようだ。眠そうにはしていても具合が悪そうには見えない。
「宴会のお誘いよ」
「宴会? ああなるほど。ヤツフサはまだ行ったことなかったわね」
大きな欠伸を一つ。お前はまず顔を洗ってこい。どうせ行かないという選択肢は無いんだからさ。
妹紅に目覚ましに顔を洗いに行かせた後、紫はまた帰らずに居座っている。こいつどんだけ暇人、じゃなくて暇妖怪なんだ。
「他になんか用でもあるのか?」
「いえ、貴方と藤原妹紅を見ていると、まるで家族みたいだと思っただけですわ」
家族。俺を育ててくれた人は皆いい人ばかりだったが、家族と言えるかは微妙な距離感だった。今まで家族だと思ってきたのは俺が小さい頃に火事で死んでしまったあの二人しか居ないんだが、他人からは妹紅と俺もそう見えるのか。俺としてはただの居候だとしか考えてなかったのだが。
「からかったつもりだったのだけれど、そんな顔して悩むことだったかしら」
紫は冗談のつもりだったらしい。俺が黙ってしまったので、地雷でも踏んでしまったのかと考えているようだ。この人は自分のことしか考えてないように見えて、他人の感情に敏感だ。付き合いの浅い俺でもそれくらいは分かる。
「いや、家族ってなんだろうなと」
「んー、自分の思ったことをきっぱりと言えるような関係?」
適当に流すつもりで言ったのだが大妖怪様は律儀にも答えを返してくれた。なるほど、血の繋がりとか戸籍以外にもそんな考え方もあるのか。思ったことをきっぱりと言える、本音で言い合えるような間柄。
「それじゃあ、俺と妹紅は家族じゃないな」
*
今宵の肴は朧月か。矛盾しているようにも聞こえるが、空気の汚れた都会ではこんなにはっきりとボヤけた月は見られない。こんないい夜に飲む酒は格別だろうと、幻想入りする時に持ち込んだ酒を片手に博麗神社の石段を登る。妹紅は先に行って危険がないか見てくるなんて言っていたが、おおかた歩いて登るのが面倒臭いだけだ。
今日の宴会、誰がいるのかは分からないが普段は関わらないような奴らも居ると聞くし、見聞を広めるいい機会でもある。紫の言うことには紅魔館の連中も来るそうだし、話相手が居なくてぼっちになるということもないだろう。それを見聞を広めたと言えるのかは別として。
博麗神社へ来たのは二度目だが、赤鳥居を抜けて、やっぱり広いと感じる。これだけ人が居るのにまだ余裕があるのか。縁日とか開いても大丈夫そうだな。ちらほらと見覚えがあるのも居るが、半分位は知らない顔だ。
「お、八房も来たのか」
まだ準備中なのに一杯やっている魔理沙がこちらに気付いて手を振ってくる。こっちを向かずに隣で飲んでいるのも金髪だ。本当金髪多いな幻想郷。
「準備は手伝わなくていいのか?」
「おいおい、こっちはか弱い乙女だぜ? 私が何もしなくても力持ちの妖怪がやってくれるさ」
「それもそうか、じゃあ非力な人間も始まるのを待たせてもらうかな」
「大の男なんだから働けよ」
今回はお呼ばれしたんだから動きたくないね。妹紅の姿は見えないし、魔理沙の隣に腰掛けて、一杯頂く。日本酒、それも結構度の強いものだ。始まる前からこんなの飲んでて潰れないだろうか。
「貴方が新聞に載ってた外来人かしら」
「そうだよ。若丘八房、不死身なだけの一般人だ」
「不死身?」
話し掛けてきた金髪の少女と魔理沙も同時に首を捻る。そういえば魔理沙に聞かれた時ははぐらかしたっけな。
「生き返る程度の能力、って言うんだけど、まあ要するに死んでも生き返るだけだ」
「妹紅みたいなもんか」
「あんなに都合良くもないけどな」
不老不死が都合の良い能力かどうかは置いといて。妹紅は自分の能力を快く思ってない節があるからな。他人から便利だなんだと口を挟むわけにもいかないだろう。
ところで、今話しかけてきた少女は誰なのだろうか。自己紹介をまだしてもらっていない。魔理沙もそれに思い当たったのか、またそっぽを向こうとした少女の襟を引っ張ってぐいとこちらに引き寄せた。凄い嫌な顔をしているが、苦しくはないのだろうか。
「そうそう、こいつはアリス」
魔理沙が説明してくれるのを待つが続きの言葉が来ない。俺と魔理沙、アリスと呼ばれた少女の間にしばらく沈黙が流れて、紹介がそれで終わりだとようやく気付いた。なんで誰も彼も会話を変なところで切るのか、これが分からない。少女も魔理沙の投げっぱなしジャーマンに頭を抱えながら自己紹介の続き、というより改めて自己紹介してくれる。
「アリス・マーガトロイドよ。魔法の森で人形を操る魔法の研究をしているわ。ときどき人里にも行くけど」
「人形?」
「あちこちで働いてるあの人形達、全部アリスが動かしてるんだぜ」
俺の疑問に答えてくれたのはアリスではなく隣の魔理沙。言われてみると、確かにいろんな所でデフォルメされたような西洋人形が動き回っている。動きが余りにも自然過ぎて最初は妖精かと思ってた。今はある程度人形達に任せてあるが、本当は自分で操った方が早いのだとか。これでも十分すぎる程に手際が良いのだが、もっと上となるともう自分の体と大差なく操れるんじゃないだろうか。
「本当は全部自分で考える人形を作りたいのだけれど」
アリスの声はそれでも不満気だ。まだまだ先を見据えているらしい。
妹紅や紫、慧音から聞いた話を俺なりに置き換えると、魔法というのはいわゆるパソコンとプログラミングに近いものであるらしい。魔法陣とかで作った命令を魔力というパソコンを用いて作動させる。もちろん複雑であればあるだけ細かかったり強力な魔法になるが、その分
アリスのやっていることはパソコンでいう人工知能の域にまで達しているものだ。外の世界での電王戦よろしくフランにチェスで勝てるようになるのも後少しだろう。しかし、アリスの求めているのは人工知能よりも上の領域、人間を作り出すのにも等しいことではないだろうか。
「まるでピノキオだな」
「ピノキオ?」
「知らないか? 嘘つき人形が改心して人間になる話」
俺が知ってるのもかの有名なアニメくらいだけどな。原作は確かイタリアの風刺小説だったと思うが読んだことはない。まあそこまで大きな違いはないと思おう。
「人形が、人間になるお話」
「へー、外の世界にはそんな話があるのか。なあアリス。アリス?」
アリスは人形と人間をひたすら俯いて呟き続けている。魔理沙の声も聞こえていないみたいだ。まさか地雷でも踏んでしまったか?
「ちょっとあんたら何遊んでんのよ」
怖い巫女も向こうからやってきた。どうやらアリスの操っていた人形が急に動かなくなったから様子を見に来たようだ。口は悪いが、アリスのことを心配しているのはよく分かる。少し話しただけでも、この少女が真面目な性格であることが窺える。そんな彼女が作業を止めるなんて余程のことがあったのだと考えたのだろう。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていただけ」
アリスは何事もなかったかのようにまたお酒を飲み始める。取り繕ったつもりかもしれないけど、俺や魔理沙はアリスの動きが止まったのを見てしまっているし、霊夢も勘がいいというから気付くだろう。しかし彼女は、それなら働けと一言だけ言って踵を返して行ってしまった。アリスは元に戻っているし、残された俺と魔理沙とで気不味い空気が流れる。
「じゃあ俺、他の奴らに挨拶しに行くわ」
沈黙に耐えられなくなって席を後にする。魔理沙が一人で置いていくなと目で訴えてきたが無視した。
準備も既に終わっていて、飲み始めている奴らも多い。見慣れた顔の居る場所に足を運べばいいのだが、どこに行くのが最善かわからない。既に見るだけで酔い潰れそうな量の酒をカッ食らっている萃香と文のとこは論外としても、ピンク色の髪の和服美人と話している紫のところには行きづらいし、他は知らない顔が多い。半分の知り合いと言っても殆ど紅魔館組だし、あっちにお邪魔するしかないか。なんて考えていたら胡散臭い妖怪に捕まった。
「こっちにも顔出しなさいな」
呼び止められたので仕方なく声のする方へ向かう。勧められるがままにもらった盃を傾けると、これもまた度の強い酒。酒には強い方だがこの調子では終わるまで持たないかもしれない。紫は軽々と飲み干すし、ピンク姫はそんな知らんと言わんばかりに料理を平らげているしなんだこの空間。
「貴方は初めましてよね。彼女は西行寺幽々子、冥界の管理者よ」
「うぉうぉひふへえ、ふひひうぉひふへふはふ」
「こら、口の中に物を入れたまま喋らないの」
紫が注意している姿は家族というか母親と子供みたいだ。本人に言ったら腕へし折られそうだけど。
「ふぁあひ」
ピンクの暴食姫こと西行寺幽々子は注意された結果、喋ることをやめて食事に集中するつもりのようで、食べ物の減る速度が目に見えて上がっていく。どうしてこんなに料理が置いてあるのか不思議だったがこれが答えか。食料が尽きかけた頃、別のまた金髪の女性が料理が乗った大量の皿を軽々と運んできた。目が合ったら会釈されたのでし返しておく。幻想郷は美人美少女ばかりだが、その中でも特に蠱惑的な雰囲気を出す女性だ。もう一つ特徴的なのは背中にあるもふもふしてそうな尻尾。聡くない俺でも狐の妖怪なんだとはすぐに分かる。数えてみたら九本あるし九尾の狐ってやつか。俺でも聞き覚えのあるような妖怪なんだから有名なんだろうが、今は紫の従者になっているようだ。傾国の美女を従えるとか紫って凄いんだな。
「彼女は藍、私の式神よ。それにしても貴方って意外と見聞は広めてないのね」
「おいおい、こっち来て一週間しか経ってないということを忘れてもらっちゃ困る」
むしろ一週間で紅魔館に博麗神社、人里に永遠亭と回っているのだからかなりハイペースだ。過労でそろそろ倒れてもいい頃合なんじゃないか。
「それもそうだったわね。じゃあ半分位は幻想郷を歩いた貴方から見て
「えー? 人が人らしく生きられる場所、かな」
白蓮さんとも話したが、外の世界は繋がりというものが希薄だ。知らない人に平気で暴言を吐けるような世界と言い換えてもいい。ネット上での会話が主流になっていた外と比べて、ここは言葉の重みが違う。実際に会う人の関係が何よりも大事で、だからこそ生きづらくも楽しい。
まあ、それはそれとしてだ。
「俺、なんで斬られてるわけ?」
喋ったせいか首がずれて視界がどんどん下に落ちていく。司令塔を失った体も同じように崩れ落ち、周りの人々が驚いた顔をこちらに向けているのが横目に分かる。後ろに誰か居たなら教えてくれても良かっただろうに、紫も人が悪い。
首は刃物ですっぱりと斬られているようで一瞬何が起きたのか自分でもわからなかった。違和感的には紫の問い掛け辺には既に斬られていたと思うのだが、気付いたのは返答した後。なんか怨みでも買ったのか、それともフランの壊したがりならぬ斬りたがりの仕業か。どちらにしても迷惑なことだ。地面にぶつかって跳ねたのか視界がぐらぐら揺れて気持ち悪い。
うん、命が幾つあっても足りないってことは相変わらず幻想郷の基本原理のようだ。
感想してくださった方に予言者(?)の方が居てわちき驚いた。