不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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傾奇者の宴 後編

 目が覚めれば相変わらず畳の上。布団を引いてくれるという優しさはないものか。勝手に殺されて運ばれてる時点で俺が何か言う権利はないんだけどな。外からはワイワイガヤガヤと宴を楽しむ声が聞こえてきて、逆に俺の居る部屋は他に誰も居ないせいで静かだ。みんな薄情者だ。なんて独り言を漏らしていると、襖が開いて銀髪のメイドが現れた。

「目が覚めてましたか」

「今さっきな」

 手には何も持ってないし単に様子を見に来ただけらしい。フランが楽しみに待っていると言われ、連れられて外に出ると天国なのか地獄なのかよく分からないごちゃまぜな酔っ払いどもの集団が酒瓶片手に暴れている。酔い潰れているのも既に何人か出ていて、踏みつけられて、ぐぇと蛙みたいに鳴いている少女も居た。

「お嬢様、妹様、若丘八房をお連れしました」

 とばっちりを受けないように慎重に咲夜の後ろを付いていると、博麗神社の桜の木の下で優雅にワインを飲んでいる二人の元に連れていかれる。見た目は完全に幼女だというのにほろ酔いという感じでもないし、まだまだ飲み足りなさそうだ。幻想郷の少女達は体の作りでも異なっているんじゃなかろうか、と思ったらそもそも目の前にいるのは人間ではないことに気付いて納得する。

「あら、貴方も来てたのね」

「ヤツフサー、乾杯しよ乾杯」

 レミリアとフランからそれぞれ歓迎(?)の言葉を賜って隣に座る。出来た従者が俺の分のワインも注いでくれたので、フランとグラスをぶつけ合って飲む。

 レミリアにフランに咲夜

、それとぐうすか寝ている門番の紅美鈴だっけ、が紅魔館からは来ているようで、動かない大図書館と名高いパチュリー・ノーレッジは来ていないようだ。俺まだ会ったことないから話してみたかったのだが、動かないのなら諦める他ない。

「それにしても、宴会も半ばなのにさっきまで何やってたのかしら」

「辻斬りに遭ったんだよ。誰だか知らないが、宴の席で人を斬るとか風情の無い奴だ」

「私としては人間のくせにそんな反応しているのが不思議だわ」

 人間のくせに、と言われても特に大きな害を被ったわけでもない。それで怒るってのは狭量じゃないか。苦りきった顔のレミリアにそう言ったら露骨に不快な表情を浮かべられた。解せぬ。フランは俺の話に興味が無いようで、何故か俺の背中にべったりと張り付いてグラスを傾けている。軽い子供とはいえ人一人分、ちょっと重い。

 咲夜は顎に手を当て、首をかしげてしばらく考え込んでいたが、何かに思い当たって、ああ、と声を上げた。

「それはたぶん妖夢の仕業ですわね」

「妖夢?」

「半人半霊の庭師ですわ」

「庭師がなんで辻斬りなんか」

 その質問に答えたのは人間の従者ではなく吸血鬼の主の方だ。レミリアは咲夜の言葉に疑問が氷解したと言わんばかりに頷いた。

「そういえば前にも斬れば分かるとかなんとか言って襲いかかってきたことがあったわね」

「やだ何その子怖い」

「ちなみに先程霊夢に引っ張られていきました」

 それは良かった。いつまた斬られるかと正直不安だったからな。出会う度に殺されてしまったのでは宴会を楽しむことが出来ない。

「だからフランも今日は壊しちゃ駄目だぞ。怖い巫女がやってくるから」

「はーい」

 流石に鬼巫女が怖いのか、元気よく返事をして俺の背中でバタバタ揺れる495歳児。信じられるか、ついさっきまでこの子に命握られてたんだぜ。以前、大量に壊されたときにフランの能力をなんとなくだけど感じ取れるようになっていた。だからといって避けられるわけもないのだが。

 グラスが空になる頃を見計らって咲夜がまたワインを注いでくれる。別に自分でやっても構わないのだが、進んでやってくれていることだし、甘えておこう。

「咲夜は飲まなくていいのか?」

「御心配なく、私もちゃんと頂いておりますわ」

 瀟洒ながらも自慢げに語るその手にはまた別のグラス。時を止めるメイドは自分の娯楽も完璧にこなすらしい。

「しかし、意外といえば意外ね」

「ん、何が?」

「てっきり藤原妹紅と一緒に居ると思っていたのだけれど」

「あー」

 レミリアは俺と妹紅をセットで考えていたのか。それは間違ってはいないのだが、一心同体というわけでもない。必ずしも一緒に居るとは考えないでもらいたい。ちなみに辺りを見渡しても妹紅はまだやってきていない。先に行くと言っておいて一体全体どこに飛んで行ったのか。方向音痴ではないだろうし、他に用事でもあるのか。

 ああ、レミリアが言いたいのはそういうことか。俺が宴会に来るのは初めてなんだから、一人で来るはずはない。妹紅が付き添っていて当たり前。それなのに影も形も見えないのを意外だと言ったのだ。俺もそう思う。というより妹紅がどこに行ったのかそろそろ心配になってきた。俺なんかよりも遥かに強いから問題無いとは思うけれど、やはり見た目は女の子なのだ。心配するなという方が無理な話だろう。

 酔いを覚ましてくると嘘を吐いて立ち上がる。咲夜とレミリアに礼を言い、紅美鈴に背中のフランを剥がしてもらって、博麗神社の外へ向かうと、霊夢をからかっている紫の後ろをすれ違った。博麗の巫女に目ざとく見つかって何処に行くのかと聞かれたので同じく酔い覚ましだと答える。腑に落ちないと顔に出ていたが、アリスの時と一緒で自分から干渉するつもりは無さそうだ。大した用事でもないし、その方が有難い。

紫は何が面白いのかいたずらを思いついた子供、じゃないな。どちらかというとクラスで集まって恋バナしてる女子みたいな表情で、霊夢に聞こえないように「湖の畔」と教えてくれた。女性というのは妖怪だろうとその手の噂は大好物らしい。

 鳥居をくぐって石段を降りる。神社が宴会で騒いでいたからこそ一歩外に出るといつもより静けさが耳に刺さる。紫の言っていた湖ってのは十中八九、紅魔館の近くにある霧の湖のことだろう。ここからだと少し遠いが、歩けない距離ではない。さあ歩こうと意気込んだら、道の先でスキマが開いた。嫌がらせじゃあるまいし、繋がっている先は妹紅の居場所の近くだろう。本当、お節介な妖怪だ。有り難く使わせてもらおう。スキマを抜けると湖のすぐ近くの森の中で、ここからでも一人で晩酌している妹紅が見える。相方は居ないのに猪口は二つ。

「俺にも一杯もらえるか?」

 後ろからこっそりと近付いて声を掛けると、妹紅は豆鉄砲食らったみたいに目を見開いて固まった。ずっと一人だと思っていたからか完全に思考停止状態だ。仕方ないので自分でなみなみ注いで妹紅の隣に腰を下ろす。静かに二人で酒を飲むのも乙なものだ。どんちゃん騒ぎの宴会とはまた違った風情がある。

「え、宴会に行ったんじゃなかったの?」

 フリーズものの異常事態から復旧した妹紅が、唐突過ぎて事情が飲み込めないながらも震える声で問いかけた。顔が赤くなっているのは酔っているせいだろうか。手も震えているし、相当飲んでいたようだ。なんて、それは流石に無理があるか。妹紅が酒に強いのは知っている。今朝こそ酔っぱらいの風体で帰ってきたが、あれこそ大量に飲まなければならない位に妹紅は、というか幻想郷の少女達は酒に強い。まだ冷酒も二本目だし、素面とそう変わらないはずなのだ。だとするならば、何故顔を赤くしているのか。自惚れでなければその理由は俺だろう。だから、あえて気付かないふりをする。

「酔いを覚ましに来たんだよ」

「ここまで歩いて?」

「いや、紫がここなら良いと連れてきてくれた」

 ほんの少しだけ嘘を混ぜる。バレていてもバレていなくてもどちらでもいい。俺が気恥ずかしかっただけだから。

「どうして宴会に行かないんだ?」

 本音の疑問。事情があることは察せても、心理学者じゃないんだからその事情が何なのかは教えてもらわないと分からない。無理強いするつもりは無いが、教えてもらえるまで戻るつもりは無い。強制はしていない、それでも。

 妹紅の顔は陰り、項垂れて沈黙を貫く。話したいけど話したくない。自信のないテストの点数でも開こうとしているみたいだ。聞かないでくれと暗黙のうちに頼まれたような気がするが、俺も諦めるつもりは無い。妹紅からすれば大きなお世話だろうけど俺の自己満足だ。嫌われたくはないけれど嫌われても仕方ない。

 それでもずっと待っていると、五分くらい経った後でようやく彼女は口を開いてくれる。叱っても怒ってもいないのに、なんだろうこの罪悪感は。

「まだ、気持ちの整理がついてないから」

「そうか」

 気持ちの整理ってなんだ? とは聞かなかった。妹紅にとって大切なことだろうし、俺が口を挟んでいい物事じゃないような気がしたから。それも言い訳で、妹紅の言いたいことが既に察しが付いていて、俺もその気持ちに整理をつけられていないから逃げただけに過ぎない。だけど、今この時につけなければならないものなのだろうか。これはもっと長い時をかけても答えが出ない可能性もある、元々百パーセントの正答なんて存在しない問題だ。一人だけで悩むものじゃない。二人で逃げてしまえばいい話だ。

「それじゃあ戻ろうか」

「うん、戻ってていいよ」

 ああそうですか、と帰るつもりは毛の先程も無く、居残るつもりの妹紅の手を取る。何度か繋いだことのある手はやはり少女らしい柔らかくて儚げな温もりある手だ。妹紅が驚いて振り払うといとも簡単に離れてしまう。それでも彼女の手を握る。俺がここに来たのは酔いを覚ます為でもまさか黄昏れる為でもない。

「お前も行くんだよ」

「私はいいよ」

「行かないと俺が嫌だ」

 手を握る力を強くする。綺麗な手を通して妹紅の鼓動が伝わってくる。かなり早くなっているけれど、俺もきっとそんなに変わらない。そのことは妹紅にも伝わっている。

「お前が何を悩んでるのか分かる。俺が悩んでいることと一緒だろうしな。二人で悩むのも非効率だろうし、考えても答えは出ないと思う。だったら、今は忘れてしまおう」

 妹紅は泣きそうな顔でこちらを見る。結論は出ないし共有することもできない。俺達の抱えている悩みはそういった類いの面倒臭いものだけれど、お互いが同じことで悩んでるって知るだけでほんのちょっぴり楽になれるものだ。

「忘れても、いつか決断しなきゃいけなくなるよ」

「だったらその時まで先延ばすさ。それは心ある者の特権だからな」

 そういえばつい最近にもこんな会話をしたな。あれは確か遊園地に行った時の話か。一週間ちょっと前のことなのに、俺には彼方昔のことに思える。今まで人生すべてと比較しても半々といったところ、俺にとっても予想以上に妹紅と過ごした日々が大切なものになっていたようだ。そして気付く。

 俺も藤原妹紅という少女に恋をしているということに。

 本当は分かっていたのだ。証拠はないと突っぱねて来たけれど、もう自分を偽れない程に想いが大きくなってしまっていた。俺が妹紅の気持ちを多少なりとも感じ取れたのだから、妹紅も俺の感情に気付いているのだろう。

「今は忘れよう。明日から答えが出るまで考えよう」

 俺の言葉に、躊躇うように妹紅は頷いた。二本目の徳利も空になっていて、もう酒は残ってない。

 俺達のこれは先延ばしではなくて、結論を出すために、無期限の期限を設けた。そんなところだ。

「戻ろうぜ」

「うん」

 待ちかねたぞとスキマが開く。この分だと俺の黒歴史待ったなしな恥ずかしい台詞も聞かれているんだろうな。拡散されていないことだけを祈ろう。広まっていたら妹紅に燃やしてもらおうか、どちらにしろ紫にはそろそろ何か仕返しでもしてやりたいものだ。

 スキマを抜けると三度登った博麗神社の石段。宴もたけなわ(締めの段階ではなく一番盛り上がっているという意味で)といったところで飲めや食えや遊べや騒げやの乱痴気騒ぎの地獄絵図。弾幕ごっこが始まったり、口喧嘩が勃発してたり死人のように酔い潰れた参加者が倒れてたりとめちゃくちゃな状況だが、それでもレミリアや紫、それと大食い姫様といったカリスマ勢はまだ優雅に盃を傾けている。あちらの方に辿り着けばまだちゃんとした酒盛りが楽しめるだろう。妹紅と顔を見合わせて頷いて、先ずは地雷地帯を抜けるために走り出した。

 その後のことは目が覚めた今でも詳しくは覚えていない。出来もしない弾幕ごっこに巻き込まれたり、泥酔したフランに壊されたような記憶はあるけれど、死んで酔いが覚めるとまた潰れる程に酒を飲んだので記憶もだいぶ点々としている。朝になった博麗神社は当然死人がごとく眠る人間と妖怪でいっぱいになっていて、目が覚めているのは俺を含めても数人くらいだ。妹紅は俺の膝を枕にして寝ている。そうだ、酔った妹紅が俺の膝で寝始めたから身動き取れなくなって酒を飲むことを断念したんだった。しかし、初めて会った時は膝枕されていた方なのに、と考えると少し面白いものを感じる。これも運命なのか、と一人呟くけれど、答えてくれそうだったレミリアは静かに寝息を立てるだけだ。咲夜は起きてくる奴らのためにとお粥を作っている。手伝おうかといったら大丈夫だと言われて、逆にそこから動くなと命令されてしまった。メイド長の命令ならば従う他ない。

 視線を下に落とすと、気持ち良さそうに眠っている妹紅がいて、顔がにやけてしまったのは防ぎようのないことだったと思う。いつも寝ていても何処か苦しそうだった寝顔が今日は安らかなのは偶然ではないと勘違いしてもいいだろうと自分に言い聞かせる。

 それにしても本当、嬉しそうな寝顔じゃないか。

 




とりあえず二章はここまで
新章に入るといってもそんなに内容も変わらないわけですが
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