古道具屋と現代人
「これちゃんと営業してるんだよな?」
「私も滅多に来たことないけど。いつもこんなんだよ」
妹紅の滅多に、は余り当てにならないのだが、今回はどうやら間違っていなさそうだ。うちのような断捨離小屋とは反対にゴミ屋敷のレッテルを貼りたくなるような家だが、廃屋みたいな形でも一応道具屋としては存続しているらしい。紫や魔理沙からの前評判が「閑古鳥が付喪神になっているような店」だったけど、タイトルに偽り無しとは恐れ入った。冷蔵庫やらテレビやら現代日本に生きていた俺としては琴線に触れるものが数多く投げ出されているが、残念なことに幻想郷に電線は通っていないし、地デジ電波も届かない。雷の妖怪にでも頼めれば良いのになんて魔理沙に言ったら苦い顔をされたが過去に何かあったのだろうか。向こう見ずな魔法使いのことだから、利用しようとして失敗したとかそんなところだろうけど。或いは山の上の神社に居る奇跡を起こす巫女にでも頼んでみようか。宴会の時にも居たらしいが全く話すことができなかったし、改めて参拝しに行くのも悪くない。
閑話休題。俺がこの寂れた道具屋に足を運んだのは、いい加減邪魔になっている外の世界の通貨を換金してもらうためだ。ここの店主は外の世界フリークで、その手のものに目が無いらしく、ここに来れば高値で売れると言ったのは確か胡散臭い大妖怪。嘘吐きではないからまあ六割くらいは信用してもいいだろう。残りの四割は話してないだけの面倒臭い部分だと見た。
立付けの悪い扉を開けると、外よりも物置感の増した室内と接客するつもりもない本を読んでいる伊達男がお出迎えしてくれる。開ける時に結構な音がしたので顔を上げてこちらを見向きはしてくれたのだが、すぐに興味も無いと読書に戻ってしまった。泥棒にでも入られたら防ぎようが無いなと思ったが、そもそもこんなニッチな店に物を盗みに来る輩もいないか。周りの多種多様なガラクタにも興味は惹かれるが、そらは無視してカウンターの前まで足を運び、財布の中身を全て広げる。しめて十五万円弱。
「これを換金してもらいたい」
「悪いけど、ガラクタをわざわざ買い取る趣味は無いんだ。冷やかしなら他所を当たって・・・・・・」
気だるげに上げた視線が止まる。ずれた眼鏡を直すのも様になっているしかなりのイケメンだ。性格が良ければ引く手数多だろうな。
「君、これをどこで?」
「外から」
眉間にしっかりと皺を寄せた疑惑の目がこちらに向くが、後ろに居る妹紅を見て理解してくれたようだ。納得したと本を閉じてカウンターの上に載せる。冷やかしではなくて、珍しくもちゃんとした客であると受け取ってもらえたようで有難い。
「君が新聞に載っていた外来人か」
「若丘八房だ。不死身なだけの一般人と覚えてくれればいい」
「不死身とは随分と自分を過大評価しているようだね」
「過大評価なら一般人なんて付けないさ」
「それもそうだ」
すぐに意味を理解してくれて、更に軽口も返してくれる。悪くない話し相手じゃないか。椅子を勧められたので遠慮なく座らせてもらう。妹紅は暇だから外の珍品でも勝手に見て回ると言いながら店を出て行った。煙草でも吸いに行ったのだろう。
店主は森近霖之助と名乗り、俺が置いた紙幣と硬貨を手に取った。興味深く観察しているが、そこまで珍しいものだろうか。お札ならともかく一円玉なんてよく自動販売機の下から幻想入りしてそうなものだが。
「これはお金に類する物で合ってるのかな」
「外の世界のお金その物だよ。幻想郷の価値で言うなら多分十五円くらいにはなるんじゃないか?」
きっと、たぶん、メイビー。詳しい貨幣価値なんて時代どころか世界が違うようなもんだから比べられはしないけど、今までの買い物の値段から鑑みるに一円でだいたい一万円程度だろう。ただ、外の世界の紙幣ということはもちろん希少価値があるわけで。
「二十円で買わないか?」
「それは幾ら何でも高すぎだろう。吹っかけるのも大概にしてくれ」
流石に言いすぎたか。本当に二十円で買ってもらおうなんて虫のいいことは考えてない。だけどまあ、こういう時は先に言った方が主導権を握れるものだ。無理に高値で売りつけようとする理由は無いが、せめて一対一レートには持っていきたいものだ。
「じゃあ十八円」
「十三円くらいでも構わないだろう?」
「十三円は低すぎるな。仮にも外の物品で、しかも忘れられにくいもんだ。十八円はするだろう」
「でもこんなものうち以外では引き取らないだろう」
「足元見られるくらいなら紫に渡すね」
むむむ、と互いに睨み合う。霖之助の言うことは間違ってない。わざわざ使えないお金を買う物好きもそうは居ないだろう。折れるのも癪だが、高く売りつけられなくても無料よりはマシか。
「十五円で手を打つか」
「十五円で手を打たないか?」
同時に言葉が出た。考えることは同じらしい。あちらも出来る限りこの価値もない紙を他人には渡したくなかったらしく、妥協点がちょうど良いところで見つかった。これで契約成立だ。霖之助が奥から取り出して来たこっちでのお金を指折り数えて確認し、財布の中に入れる。用事はこれで終わったし、折角だから何か見て帰ろうかと考えていたら扉がいきなり乱暴に開け放たれた。我が物顔で入って来たのは赤白のもんぺ少女ではなく紅白のお目出度い巫女。霊夢は真っ直ぐこっちに向かってきて、俺を押しのけてカウンターに何か乱暴に置いた。何かと思えばいつか俺が賽銭として入れた五円玉九枚だ。
「霖之助さん。これは高く売れるでしょ! 外の通貨よ」
俺の方を一回見てから霖之助にまくし立てる貧乏巫女。先程までちょっとした商談をやっていた身としては言いづらいのだがそれでは文字通り一銭にもならない。さっきの会話で現代と幻想郷の為替レートを覚えた霖之助は穴の空いた硬貨の数字を見て苦笑いを浮かべている。
「あー、悪いけどそれは外の世界では一銭の価値もないんだ」
しょうがないので俺が真実を教えてやると、一攫千金を考えていた霊夢の勢いが目に見えて萎む。
「えっ、あんたそんなちっぽけな賽銭寄越したの? 騙したわね!」
「騙したわけじゃないんだが、すまんな」
お賽銭に十円より多く入れるのはむしろ大金を入れたほうなのだが、少女はそれでは納得してくれない。困ったな。あの国民的スナック菓子が四本も買えると言えば結構な金額に聞こえるが幻想郷にそんなものはないし、最低通貨は一銭。つまり換算して百円程度だ。そりゃゴミとも変わらんわな。どうやって怒りを収めさせるかと頭を悩ましていると、手に取って五円玉を鑑定していた霖之助から助け船が出る。
「お金はあったんだろう? どうして九枚なんて中途半端な数字を?」
「あ、確かにそうね。どうしてよ」
霊夢の意識が少しだけ逸れた。グッジョブ霖之助、後で店の手伝いでもしよう。
「五円って書いてあるだろ。それを御縁と掛けて、九枚で
「へえ、そうなんだ」
ちなみに一枚でも御縁がある。三枚で充分御縁があるという験担ぎもある。そういえば昔からあるものだと思っていたが、昔は一円の価値が違うからこの風習が出来たのももっと後のことになるんだよな。意外と歴史って浅いもんだ。
これで霊夢の怒りから免れることが出来たかと言えばそれとこれとは全くの別問題で今度からはちゃんと幻想郷で価値のあるものを持って来いと怒られた。じゃあ今度は酒でも持ってきてやると言ったらそれは間に合ってるからいいとのこと。我が儘な巫女だ。結局あの無駄に多い五円玉も霖之助が五銭で買い取っていた。やれやれと言いながら霊夢には甘い姿は、近所のお兄さんみたいだったが彼の名誉のために言わないでおいた。後買い取ってもらえてホクホク顔の霊夢がお年玉を貰った子供のように見えたことも。
霊夢は勝手にカウンター裏の居住スペースの方に入っていったので、俺は妹紅が帰ってくるまで店内の骨董品でも見て時間を潰すことにしよう。さっきは失敗したとはいえ助け舟を出してもらったことだし聞かれたことに出来るだけ答えてやるつもりだ。ゲーム機とか一昔前のプロ野球のユニフォームとか分かるものもあるが、理解出来ないししたくもない物もたくさん散らばっている。埴輪とか偽物臭い壺ならまだしも、謎の機械に変な紋様。邪神でも呼び出しそうな本まで置いてある。危ない本は焚書してしまった方がいいんじゃないのかと提案してみても希少なものだからと断られた。
「それにしても、よくもこんなに集めたもんだな」
いや、忘れられたものだ。と言った方が俺の心境としては正しいな。大切そうな指輪とかも混ざっていて、物に対する執着というものが薄くなってしまったのか。外の世界で生きていた俺がどれだけ無駄な消費をしていたか考えるとなかなかに鬱いものがある。
「君は物を大事にする性格に見えるけどね」
「そうでもないさ」
漏れるのは溜め息。溜めを吐くと幸せが逃げるというが、そんな理由で簡単に止められるものではない。あの夜、妹紅と誓ってから先延ばしにすることが許されなくなった。結論を出そうと模索する度に、どうしても思考は自分が如何に矮小か、というところに逸れてしまう。自虐に走ることで忘れてしまおうとしているのだろう。自覚できているから自分に腹が立つ。
霖之助は読み直していた本の最後のページを捲ると、立ち上がって俺にその本を差し出してきた。貸してくれる、ということらしい。タイトルは読むのも億劫になるくらい分かりづらいものだったが、出会ったばかりの人間に勧めたくなるほど面白い本なのだろうか。
「君の悩み事はこの本で解決するかもしれない」
「いや、なんだよその予知みたいな言い草」
「予知じゃなくて推測だよ。それにもちろんタダというわけではない。君の知識を借りたいと思ったから現物で支払っただけさ」
そう言う霖之助の反対の手には数世代昔の携帯ゲーム機が握られている。使い方を教えろ、というつもりのようだ。面倒臭そうな物もあるし、本一冊で足りるのかどうか甚だ疑問ではあるが、ここは騙されておこう。本を受け取って持ち寄った鞄に入れる。霖之助は部屋の奥に消えて行った霊夢に向かって湯呑みは五つ用意して欲しいと大声で言う。霖之助と霊夢と俺と、他は妹紅と誰だ。正体不明の後一人は考える暇もなく箒に乗ってやってきた。
「お、八房も本当にこんなとこにやって来てたのか」
「家主でもないのにこんなとこ、か。相変わらずだな魔理沙」
「だってよ香霖、こんな魔法の森の入口なんかに構えてる店に来るのは奇人変人の類いだぜ。ただし私は除く」
「こっちからしたら君も充分奇人だよ」
そこに霊夢も戻ってきた。魔理沙を見て呆れて手を額に当てている。
「あんたも来たの? 本当に暇人ね」
「お前にだけは言われたくないな。お前もどうせ香霖堂のところに来ればただで茶を飲めると思ったから来たんだろ」
「何か文句でもあるの?」
「僕にはあるんだがね」
霖之助も二人には逆らえないようだ。霊夢も魔理沙も歯に衣着せぬ物言いである。なんてそれは俺も人のこと言えないか。せっかくまともな客が来たのに冷やかし二人まで来てしまったと嘆きながらもこころなしか楽しそうな霖之助は放っておいて、霊夢がしっかり五人分淹れてきた煎茶を一つ貰い受ける。巫女と一緒に道具屋店主と普通の魔法使いの漫才を眺めていたら、少し遅れて妹紅も店に戻ってきた。店内の面子を見るなり「うわあ」とドン引いた一声。なお霖之助曰くこれでほぼ通常運転の模様。香霖堂の明日はどっちだ。
「ちょいと知識を売ってしまったからまだ時間がかかるんだが妹紅はどうする?」
「帰ってもすることないしここで待ってるよ」
「分かった」
霖之助と魔理沙の兄弟みたいな掛け合いも終わり、霊夢と妹紅と魔理沙で今度は世間話でも始めそうだ。女三人寄れば姦しいとも言うし、この三人なら閑古鳥の鳴き声を超えるバックグラウンドミュージックになるかもしれない。そんなこと霖之助と軽口叩き合って笑いながら、連れられて店の裏にある倉庫に向かう。なんというか、信じられないくらいに大量の廃棄物だ。特に自転車が数え切れないくらいに積み上げられている。明治時代には自転車はなかったようで霖之助自身は速く移動することが出来る道具としか分からないらしい。試してみなかったのかと聞いたらどれもこれも壊れているようで、直せば使えそうだが肝心の直し方が分からないと返ってきた。もしかしたら一人で行動する時の移動時間の短縮に使えるかもと思い、使えそうな奴の修理を条件に一つ譲ってもらえることになった。ただ、自転車が多いといっても、それだけでは半分にも満たない。山になっている骨董品を整理するなんて、全部やってたら大掃除の時よりも何倍も時間がかかる。あの本にそれだけの価値があるのか。ちょっとした不安が頭をよぎって消えた。