「と、いうわけで」
「何がどういうわけなのよ!」
カゲロウさん、すまん。どういうわけなのかは俺が聞きたいんだ。それに文句を言うなら妹紅に言ってくれ。
わーきゃー騒いでるけもみみの彼女が今どんな状況になっているかというと、黒焦げになって紐で縛られてる。ただしエロいことには一切なっていない、というのが俺の理解出来る限りでの現状だ。妹紅は何故だがやり遂げたぜとでも言いたいかのようにドヤ顔でふんぞり返っているのでとりあえずチョップする。
「痛いっ!」
偶然、不意打ちとして分け目の辺りにクリーンヒットしたので、目尻に涙を浮かべながら妹紅が抗議してくるが、今回は聞いてやる義理がない。
「さあ理由を説明しろ。何をどうやったら顔を合わせた瞬間逃げられて、なおかつこんな捕まえ方をしなくちゃならなくなるんだ」
カゲロウさんとやらに会うために、妹紅の案内の元竹林を散策していたのだが、一時間ほどうろついて、ようやく会うことが出来たと思ったら、開口一番に女の子が出しちゃいけないような悲鳴を出して逃げ出された。俺も必死に追いかけたが、妖怪と人間の力量差、そして竹林歴で劣る俺が追いつけるわけもなく、すぐさま妹紅共々見失ってしまった。やっとの思いで二人を見つけたらこの状況。とりあえず、流石の俺も怒っている。
「なんで逃げたのかは知らないよ。でも逃げるなら追いかけないと」
「本当に胸を張って何もやってないと誓えるか?」
「うっ・・・・・・」
最初よりも語気を強めて聞くと、やはり後ろめたいことがあるのか目を逸らす。それでも何も言わないということはどういうことだ? そんなに人に言えないようなことをしたのか。それだったらカゲロウさんに顔向けできねえぞ。
だけどこのままにらめっこを続けるわけにもいかないので、じたばたもがいているカゲロウさんの方に質問を向けると、妹紅と違って非常にわかりやすく納得の出来る理由が返ってきた。つまり、屋台で酔っ払い妹紅に絡まれて燃やされかけたのだとか。
全面的に俺達が悪いじゃねえか。妹紅の頭を掴んでむりやり下げて、とりあえず謝る。また悲鳴と抗議が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「それはすまなかった。後でよく言い聞かせておくのでどうか許してやってほしい」
「それはいいけど、早く縄ほどいてよ。食い込んで痛いのよ」
かなり真剣な懇願である。字面だけ見てエロいと思った奴、実際に見ると真面目に痛々しいぞ。もっとも、それを尻目に長々と話している俺も相当な畜生みたいだが。
「ああ、分かった。だけど、俺達もあんたに用事があるから来たんだ。逃げないでくれると助かる」
「どうせ二の舞になるのは分かってるわよ」
「ありがたい」
持参したカッターナイフで紐を切ると、カゲロウさんが観念したと姿勢を直して座り込んだ。この辺り、怒りを引き継がないのは幻想郷の少女達の美点だと思う。酒でも飲めば大事件であるらしい異変すらも全て水に流してしまうというのだから相当だ。
「で、私に用事って何よ。知らない相手に頼られるようなことなんてないと思うんだけど」
「ああ、それなんだけどな。わかさぎ姫に会ってみたいんだ」
「姫に? 人間がどうしてよ」
「ああ、えっと」
そういえば理由を決めてなかったな。正直に話しても構わないのだが、「俺に人魚の血が流れてる」なんて言っても相手からの視線が一段階冷たくなって終わりだろう。御近所さんなんだし、これ以上関係を悪くしたくはないんだけど、どうしたものか。考えた挙句、当たり障りのない程度に事実を話すことにした。
「どうにも人魚に縁のある血筋らしくて、俺は会ったことがないから興味があるんだ」
「ふうん、変なの」
凄い訝しげに見られたけど、単純に変な奴だと思われただけのようだ。そっちの方が傷ついたりする。カゲロウさんは悩む素振りを見せたが、一つの条件と共に了承してくれた。
その条件は、俺には少々辛いものだったのだが。
*
俺は飛べないし、影狼も飛んでいくよりも気が楽だと言ったので霧の湖までの獣道を
徒歩で行くにはやはり少し時間が掛かるのでその間に何をして退屈をしのぐかと言えば、それはもちろん世間話でもするに限る。第一印象は良いものであるとは言えないので、せめて顔を見て逃げられない程度には修復しなければならないだろう。縁起に彼女の頁もおそらく有っただろうが、不幸にも俺はそこまで辿り着けなかったので、先ずは互いに軽い自己紹介から入った。彼女は正しく今泉影狼と言うらしい。陽炎でも蜻蛉でもなく、影に狼という字を使うのだから珍しいと漏らしてしまった俺は悪くない。そしたら俺の八房という名前も変な物だと返されたが、客観的に見て俺の方がまだマシだと思う。狼男ならぬ狼女である彼女は、だからといって別段人を襲うなんてこともしないようだ。以前、何かの異変に巻き込まれて人を襲ったときは見事に返り討ちにされてしまったのだとか。大量のナイフで全身を切り裂かれてから、少々人間に対して恐怖心もあるようだ。ナイフを使い、妖怪を退治できる人間なんて、俺には咲夜しか思いつかないのだが、彼女は友達のすぐ近くにその人間が居るという事実には気付いているのだろうか。俺は別に話すことでもないと感じたので黙っていたままだったのだが。
と、様々な話を聞いたり話したりしている内に、林の中の獣道を抜け、霧の湖のすぐ近くに出る。紅魔館はちょうど向かい側の一番遠いところにあるようだ。改めて遠い所から眺めると、紅魔館の後ろにある山の大きさが際立つ。確か妖怪の山だったか、文とかの天狗、何故か技術力の高い河童、その他たくさんの妖怪が住んでいることから付けられた安直な名前。安直ではあるけれど、簡潔で分かりやすいし、そのセンスは嫌いじゃない。
おっと、話が逸れた。霧の湖にようやく辿り着いて、影狼は湖中に向かってわかさぎ姫の名前を呼ぶ。すると直ぐに水中からどうやって出したのかも分からないが、女の子の声で返事が返ってきた。ぶくぶくと気泡が浮かび、多少の水飛沫を上げて出てきたのは、見るからに人魚ですよと主張している格好の少女。耳の辺に鰓があり、上半身には緑色の着物を着ているが、下は魚のヒレが堂々と出ている。そして初対面なのだが、不思議と親近感を感じさせる。いや、親近感というのは少し違うか。例えるなら、電車の中で面識も理由もないのにある人に視線が向くような感覚。これは人魚の血とやらが関係しているのだろうか。薄いと聞いていたが、それでも効果があるとは恐ろしい。
呼び出されたわかさぎ姫もこちらを見て不思議そうな顔をしている。ただ一人何も分かってない影狼が、図らずも除け者にされていることに気付いたのか、大きく咳払いをして、俺と姫の意識を逸らした。
「こいつは八房って言って、人魚である姫に興味があるんだって」
「私に?」
「そ、悪意はなさそうだから連れてきてあげたけど、変な奴だよ」
「最初の説明がそれなのは割と酷いと思うんだ」
否定はしないけどな。しようがないし。ただその変質者的な言い方は色々と誤解を招くからやめてほしい切実に。多少なりとも自己紹介で挽回する必要があるな。とりあえず高さを合わせるために腰を下ろして、話す体勢を取る。
「どうにも人魚に縁のある血筋でね。俺は会ったことがないから、人魚ってどんな人なのかと気になってたんだ」
「そうなんですか。でも人魚と言っても何かお話できるようなこともありませんよ?」
「そっか、そうだよなあ」
いきなりに人間について教えてくださいと言われるようなものだ。霊長類だとか言語を用いるだとか月並みな説明くらいなら出来るけど、逆に言えば図鑑に載っている以上のことを確信を持って話すことは出来ない。出来ないから哲学という分野があるのだし、もし言えると豪語する奴は救世主か詐欺師か、或いは何処かから毒電波でも受信していやがる。当たり前のことにも気付けていなかったようだ。影狼に変人扱いされるのも致し方ない話だろう。
「ま、見聞を広めるって理由もあるんだけどな」
「でも、私達みたいな低級妖怪ならともかく、軽いノリで妖怪に近付くのは危険ですよ?」
「それなら大丈夫なんじゃない? こいつには怖い用心棒が付いてるから」
嫌味な言い方だ。何だかんだ言ってまだ燃やされたことを根に持ってるのか。なんてことも考えたが、幻想郷の住民は皮肉が得意技だし、それの延長上かもしれない。ついでに怖い用心棒はさっき引っぺがされた。
「ああ、妹紅さんのことね」
「待って、姫がなんで知ってるの?」
影狼が驚くのは当然だろう。俺と初対面の筈なのに、口にすら出していない妹紅の名前がポンと出てきたのだから。だけど俺には心当たりがある。
あの宴会の夜のこと、観客はスキマ妖怪以外にも居たらしい。こそこそ隠れていたわけじゃないし、薄々予想も着いていたが見られていたと意識してしまうとなかなかに恥ずかしい。特に、紫みたいな覗き妖怪ではなく、偶然近くに住んでいて聞かれるとか、爆発しろとか言われそうだ。
「実は二回くらい八房さんを見かけたことがありまして」
「二回?」
はて、もう一つはなんだっただろうか。霧の湖を訪ねたのは今回含めても二回だったと思うけど。それでは姫が何処かに行ったのかそれも少々考えづらい。うんうん頭を捻らせて、やっとのことで思い当たる。
「紅魔館から帰った時か」
「魔理沙の箒に乗ってましたね」
思い出されるのは幻想入り初日、そんなに昔のことでもないはずなのだが、うっかりその可能性を失念していた。おそらく余りにも多くのことが起こり過ぎて結び付けられなくなっていたのだろう。湖を住処にしている氷の妖精にまだ出会ってないのが不思議な程だ。
「紅魔館って、ええ!?」
「見聞を広めるにはいい場所だよ。住人も優しいし」
「でも、あのメイドが」
「咲夜さんもいい人よ? ねえ八房さん」
「そうだねえ、姫」
「なんでそんなに息ぴったりなのよ!」
流石に影狼が声を荒らげて吠える。ぐるるると唸っていると狼みたいで、本当に狼だった。わざとらしく視線を逸らすとわかさぎ姫と目が合う。二人で忍び笑うと、気付かれて怒った影狼がふんと鼻を鳴らした。
ま、言われた通り息はわりと合ってるな。人魚に縁があるということなんだろう。と、おどけて言うと結構な力で小突かれた。女の子とはいえ妖怪の力は人間よりも遥かに高いのだから、思ったより大きな衝撃に背中から倒れてしまう。向きが向きなら湖にドボンしていた。そう抗議すると落ちればよかったと笑われた。
「人魚に縁があるなら泳ぎも得意なんじゃないの?」
「そういう問題じゃないんだよ」
泳ぐのは苦手ではないが、調子に乗って波に流されたこともある。一度は命を落としているので、室内プール以外では余り泳ぎたくはないのだ。というかそれ以前に服がずぶ濡れになってしまうではないか。不死身だからといって風邪は普通に引くんだから勘弁願いたい。
「あら?」
そんな馬鹿話をしていると、少し離れた場所から疑問の声が聞こえてきた。声のした方に顔を向けると誰も居ない。と思ったら背後から肩を叩かれた。ゆっくりと首を戻すと、影狼の顔が青ざめているのが見えて、大体予想のついていた相手に確信が持てる。
「咲夜か」
振り返ると、やはりのメイド服。手提げ袋を持っていて、その中から葱が覗いているということは買い物帰りだろう。人間と人魚と人狼。足を止めるには十分な程に奇妙なメンツだ。特に俺が明らかにおかしい。
「いったい何の集まりなんですか?」
「妖怪の集まりに人間が首突っ込んだだけだ」
集まらせたのもその人間なわけだが。その言葉に咲夜も納得したのか、それとも急ぎだったのかそそくさと、というか一礼した次の瞬間に消えた。本当に顔を出しに来ただけかい。それでも影狼はまだ震えているのだが。
「影狼、大丈夫?」
「う、うん」
「どうみてもトラウマなってるじゃねえか」
ここまで怯えられるとおちょくることも憚られる。ここに呼び出した原因も俺だし、そもそもの目的はとうに終わっていて惰性で残っていただけなので、この辺で影狼を連れてさよならにしよう。
「悪いな、俺達はもうこれで帰るわ」
「あっ、はい。お気を付けて」
見聞は広まったことだし、これもこれで成果があったものだと思うことにしよう。立つのもやっとの影狼を支えながら、元来た道を行く。ここまでにかるなんて、咲夜はいったい何をしたのだか。今度こっそりレミリアに聞きに行ってみようか。
途中でどうにか持ち直した影狼と竹林の前で別れ、妹紅もまだ何処かに行っているようだし、これからどうしようか。
そういえば、草の根妖怪ネットワークについて聞くのを忘れていたことに気付いたのは、影狼の姿が見えなくなってしばらく経ってからだった。
実は影狼さんもかなり好きなキャラです。そもそも東方で嫌いなキャラを上げろという方が難しい話ですけどね。
そしてわかさぎ姫、彼女は人魚なので八房に近い存在ではありますが、実は血縁関係が!とかはありません、たぶん。