「あんまりベタベタ触らないでくれよ」
「だって、面白そうじゃない。これは何て言うの?」
「おいこらLANケーブル引っこ抜こうとすんじゃねえ!」
三日後に幻想郷へ行くことが決まり、荷造りをしている最中なのだが、妹紅はそんなことお構いなしに電子機器に触っては壊れかけさせている。幻想郷に行くと言っても、彼女の力では自由に戻ることはできないらしく、以前に話を聞いた管理者の力を使わなければならない。一応やり方と実力さえあれば自由に行き来出来るというのだが、実力はともかく、術式や何やらには疎いのだとか。どうせ呼べば来るだろうという彼女の楽観的思考に従って、俺は立つ鳥跡を濁さずの精神で会社への辞職願いやら契約の解除やらに追われているのだが、彼女はそれまでの間幻想郷に戻ることはできないといい、まさかこの世間知らずを一人で暮らさせるわけにも行かない(本人よりも他人が危ない)のでこうして俺が住んでいるアパートに連れてきている。が、この手の電子機器が殆ど無い場所から来た彼女は何を見るにも興味津々で、すぐに触りたがるのだ。流石に扇風機に手を突っ込んだ時はやばいと思ったが、再生能力持ちの彼女は全く懲りていない。俺なんかは、怪我とか普通に痛いしそのまま自然治癒なので間違ってもそんなことはできないから、多少羨ましくもある。本人に痛くないのか聞いたら慣れたとのこと。流石俺より千年以上も先輩なお方は言うことが違う。
しかし、このような日用品もどれだけ持っていけばいいのか困るものだ。幻想郷では、妖怪の山と呼ばれる場所の更に一握りにしか電気は通ってないという。あちらの方に俺と同じようにこちらから来た少女と、新技術に興味津々な職人気質の河童が居る事がその理由らしいが、人里にまでその技術は行き届いていない。どうせネットにも繋げないだろうし、パソコンとか持っていく意味も薄いのだが、やや依存症気味の俺には辛い。悩んだ挙句、比較的嵩張らないタブレットだけは持っていくことにして、苦渋の決断だが他は捨てることにした。さてそうと決まれば真っ先にやらなければならないことが一つ。俺は昔親戚に貰ってから放置したままの工具箱の中から錆び付いたトンカチを取り出した。そして目の前のハードディスクに向かって思いっきり振り下ろす。
「わっ! いきなり何してんの危ないなあ」
「処分するためには必要な動作だ」
「そうなの?」
嘘は言っていない。我が秘蔵フォルダを闇に葬り去るにはこの手が一番手っ取り早い。こういう時、普段から整理しておいて本当に良かったと思う。こんなときに必要なデータとそうでないデータを分別しようとしたならば十中八九妹紅に見つかって・・・・・・ああもう、一瞬でも蔑んだ目で見られるのも悪くないと思ったしまった自分が死ぬほど恥ずかしい。俺はマゾヒストじゃないんだ、多分。それなのに、見た目年下の女の子から罵倒されて喜ぶなんて人間としてどうかしてる。
「なんか変なこと考えてない?」
「いや別に」
煩悩の欠片をちりとりで集めて、ポリ袋にまとめて入れる。パソコンも適当に解体してしまうと、ちょっと前までわりと散らかっていたとは思えないくらいにすっきりした部屋になり、同時にちょっとした寂しさも感じる。何分、大学の下宿時代からの付き合いだ。少しくらい感傷に耽ってもバチは当たらないだろう。カーテンを開けると西日が差し込んでくる。目の前の高層ビル群もこれで見納めか。
「でも、外の世界ってすごいよね」
妹紅は俺の隣で同じようにコンクリートジャングルを眺めている。しかし、もう二度とは見れない景色に懐古の情を抱いている俺とは違ってその目に浮かぶのは未知への好奇心。観光スポットに行って荘厳な建造物に目を輝かせている時のものに近い。事実それであっているのだろう。自分で言ったように、幻想郷に行けばこの景色なんか無いのだから。
「なあ、幻想郷ってどんな場所なんだ?」
掃除も一通り片付いて手持ち無沙汰になると、ようやく気になっていたことが聞ける。今までの話から、一般人の生活は明治頃の技術で占められていること、いわゆる妖怪が存在し、恐れられることで共存関係を保っていることまでは理解したが、住んでいる人々の話はまだ聞いていないのだ。それこそ物見遊山にもってこいな場所でもあれば是非ともご教授願いたい。
質問の意味が良く分からなかったのか、妹紅は小首を傾げながら「昨日話したじゃない」と言う。
「そうじゃなくて、なんというかな。昨日教えてもらったのは外から見た幻想郷だろ? 俺が今知りたいのは内側から見た幻想郷の町並みというか、暮らしぶりなんだよ」
「えー?」
やっぱり通じていないようだ。むう、俺が説明下手なのも理由の一つであることは間違いない。しかし彼女自身の理解力も乏しいというか、どっか天然入ってるところがある。そこで俺は微妙に質問を変えることにした。
「じゃあ、幻想郷にはどんな人が居るんだ?」
「人? 人間だと紅白巫女とか白黒魔法使いとか、あとは紅魔館のメイドとか」
「紅魔館?」
全員気になるが、とりあえず場所名っぽいのが出たのでそれをまずはそれから聞いてみよう。西洋式の建物っぽい名前だ。教科書にあった鹿鳴館みたいなもんだろうか。
「吸血鬼の住処でね、まあ趣味悪いくらいに真っ赤なの」
「何それ凄く見たい」
某漫画家の紅白ストライプの家くらい奇抜じゃないか。と言っても実際に見に行ったことはないので比べようがないのだが。
「で、なんだって」
「その吸血鬼のメイドで、時を止める程度の能力を持った人間が居るのよ」
「時を止めるって、超能力者かよ」
「そうなんじゃない? 詳しい原理とかは知らないけど。別に珍しくないわよ。紅白巫女は空を飛ぶ程度の能力を持っているし。まあ幻想郷だとだいたいの奴は飛べるんだけど」
「さっきから幻想郷へのイメージがどんどん書き変わっていくんだけど。それって妹紅も飛べるってことか?」
「そうだけど。弾幕ごっこができる奴は皆空飛べるし」
さらに新しい単語が出てきてこんがらがりそうになる。弾幕ごっこ、ごっこというからには遊びの類いだろうけど、どんな遊びなのか想像もつかない。弾幕ってマシンガンでもぶっぱなすのか?
俺がそう言うと、妹紅はまた可愛らしく首を傾げる。マシンガンなんてもんは幻想郷には無いんだろうな。
「弾幕ごっこは弾幕の綺麗さで勝敗を付けるんだよ」
「その弾幕が俺にはわからないんだよ」
「あ、そっか。じゃあ見せてあげよっか」
「ウチが壊れそうだからやめてくれ」
出ることが決まった家を荒らすとか普通に警察呼ばれるぞ。
「そうそれは残念」
「ああ残念だが、見せてもらうのはあっちに無事辿りつけてからにするよ」
会話に一区切りつけてから時計を見ると、朝早くから動いていたというのにもう針は十二時を指している。これで妹紅と会ってから丸一日が経過したわけだが、たった一日とは思えないくらいの濃密さだったような気がする。人生において重大な出来事が起きたときは、大抵光の早さで時が過ぎ去っていったというのに。何処か夢見心地で、何が起きていたのかも理解できないままに、俺は大人になってしまっていたのだ。
ぽんぽん、と肩を叩かれて振り向くと、妹紅の顔がすぐ近くにまで迫っている。
「どうした」
「お腹空いた」
「そうかいじゃあ飯にするか」
ご希望のメニューは聞かなくてもわかる。やかんに水道水を入れて火にかけ、好きなものを妹紅に選ばせる。しばらくして彼女が手にとったのは醤油味の、細麺が特徴的なカップラーメンだ。
幻想郷にラーメンはないのか気になって調べてみれば、どうやらラーメンが流行ったのは明治から大正にかけてなので、未開の地だった幻想郷には伝わっていなかったらしい。朝から興味津々で、昼に食べようという俺の言葉をしっかり覚えていた辺り、余程食べてみたかったんだろう。俺は大手ショッピングセンターのブランド物のシーフードを選んで、沸いたお湯を流し込む。タイマーを三分でセットして、箸を重しにしたら後は待つだけだ。
「まだ出来ないのか?」
「あと三分間だけ待ってくれ」
「おう」
三分間無言を貫き通すと、ピピッと完成を知らせる電子音が鳴る。適度に箸でかき混ぜて、席に座って待っている妹紅の前に置き、自分も向かいの席に座る。
「じゃあ頂きますか」
「いっただっきまーす!」
威勢の良い掛け声とは裏腹に麺を口に運ぶさまは慎重だ。食ったことがないんだから当たり前といえば当たり前か。しかし、慎重だったのは一口食べるまでで、その後は喋ることも忘れて一心不乱に口の中にかきこんでいる。カップラーメンは旨いが、ここまでなるようなもんだったっけ?
対照的にゆっくり食べている俺がようやく半分にたどり着こうかというときには、スープ含めて完食を達成していた。腹は満たされてくれたようで、食後のお茶をゆったりと啜っている。
「外の世界の人間は皆こんなに美味しいものを食べているのかしら」
「ご満足いただけたなら何より。どうせならあっちへの手土産に幾つか持っていくか?」
「いいの!?」
「まああっちでもお湯さえあれば作れるしな。このくらいなら大したこともないだろう」
「やった!」
意気揚々と選別に乗り出す彼女を見ていると、どこか微笑ましい気持ちになり、同時になんだが餌付けしている気分にもなって、溜息が出る。一日経つと自分は随分と大それた決断をしてしまったものだと後悔に似たものが込み上げてくるが、後悔そのものは感じていなかった。どれだけ時間をかけようと同じ決断をするだろうと確信していたからだろうか。
さて、改めて周りを見渡してみれば、僅か半日足らずの掃除で部屋の中は誰も住んでいないのではないかと錯覚させるほどに生活感のない殺風景な景色になってしまっている。まさかここまで早く終わるとは思わなかった。というのも、恥ずかしいことに、もっと私物整理に時間を取られると思っていたのだ。下手をすれば一日は潰れることも覚悟していたのだが、なんともはや、実は私物と呼べるものはほとんどなく、パソコン関連を除けば取捨選択に悩む物もなかったのだ。これには軽くショックを受けた。自分というのはここまで無機質な人間だったのかと自問自答を繰り返したくもなった。だが、幾ら心の中で考えようと、結果が目に見える形で出てしまったのだから受け容れる他ない。残っているのは自宅の引き払いと退職届の受理くらいで、三日という制限時間を設けたにも関わらず暇が出来てしまった。さあどうする。
自由に最後の日を謳歌するのも悪くはない。妹紅から幻想郷の話を聞くのもいいだろう。逆に妹紅を何処か遊園地にでも連れていってやるのも彼女が楽しんでくれるならいい。
「妹紅」
名前を呼ぶと彼女は両手に大量のカップ麺を持ったまま振り返った。どうやったのか、器用にも山積みになって手のひらの上に乗っている数は十じゃきかない。どうやっているのか全くわからないし分かろうとも思わないな、うん。
だけどまあ、これだけこっちの文化に興味を持っているのならいいだろう。
「明日、ちょっと外に出かけないか?」
幸い貯金には余裕がある。最後くらい散財してもいいだろう。
もう2、3話くらい現代編続きます