「招待状はちゃんとお渡ししましたからね」
「受け取ったよ郵便屋さん」
「新聞記者ですってば!」
お山の天狗から真面目な顔で手渡された封筒。差出人はお山の神社の神様からだ。長ったらしく尊大な文面だったのでだいぶ読み流したが、要約してしまえばなんてことのない、巫女が迷惑かけたからお詫びに招待しようって話だ。個人的にあの緑巫女にもう一度会うのは勘弁願いたいのだが、せっかくの誘いを無碍にするのもあれだ。妹紅も別段警戒している様子はないし、有り難く受けさせてもらおう。文もこの手紙を渡すためだけにわざわざこっちに来たのかと思うと健気で涙が出るな。さらっと取ってもいない新聞も置いていった辺り強かで同情の余地はないけれど。
ホストの守矢神社は妖怪の山の上にある最近外から越してきたらしい神社だ。妖怪の山にも行ったことないし、参拝道ならまだ安全だとも聞いているから観光もついでにしていこう。それに外の知識を持っている相手と話すのも一興だ。
「今回も歩いていくの?」
「んー、そのつもり」
山を登るのにママチャリは使えないし、飛んでいったら山の風景を十全に楽しめないからな。妹紅も最近は歩く楽しみを覚えたようで、飛ぶ姿を見るのも珍しくなってきた。もしかしたら俺に合わせてくれている部分もあるのかもしれないが、わりと本人も楽しそうなのでまあ気にしなくてもいいだろう。
手紙に書いてある日時は今夜。まだ朝も早いとはいえ昨日の今日絡まれたばかりで、遠出する準備なんて全く出来ていない。まあ遠出と言っても日帰りできる程度だし、あちらで一晩泊めてくれるようだから、荷造りさえ終われば問題は無いし、そもそもその荷造りにも時間がかかる要素なんてないが。二人とも殆ど断捨離生活なのだから持ち物なんてないのだ。これは悲しむべきなのか、物を増やせば足の踏み場がなくなるからむしろ良いことなんだけどな。
「準備できたよー」
「おーう。こっから守矢神社までどれくらいかかるかね」
「歩いたことないから分かんないよ」
「それもそうか」
相手の支度の出来ていない早くに行っても迷惑だろうし、かといって相手を長く待たせるのも失礼だ。今日の夜なんて不明瞭な時間帯も何時に出ればいいのか迷わせる。まあ山道登りながら時間も調整すればいいか。昼飯拵えたら出発しよう。
「ところで、守矢神社の神様ってどんな神なんだ」
「確か軍神と祟り神だよ」
「祟るのかよ」
昔の日本では人に害なすものを敬うことで神様に変えたりもしていたらしいが、そういった類いなのかね。
「表立っては軍神だけだから問題ないでしょ」
「軍神様が幻想郷で何の必勝を祈るのやら」
「弾幕ごっこじゃない?」
「納得した」
手持ち無沙汰のなんでもない会話。出発を昼飯食ってからにすると、この時間が暇になるな。なんて些細な危惧は来訪者のノックの音でかき消された。
以前にわざわざここまで来たのは文くらいのものだが、あの烏天狗は先程帰っていったばかりだし、訪ねてきた変人は一体全体誰なのだろうかね。
俺の方が入口に近かったので妹紅に促されて戸に手をかける。我が家なのに妹紅が臨戦態勢を取っているのはあえて無視することにして、俺自身は特に警戒もせずに開くと、これまた変な帽子をかぶった女の子が立っていた。しかもまた羽を生やしている。羽のシルエットだけで大半の見分けはつきそうだなこの幻想郷。
ピンク色の髪に妹紅よりもさらに小柄な体、ヨーロッパの合唱団か何かが来てそうな服(あくまでも俺の偏見だが)と当然ながら見覚えはない。妹紅の知り合いだろうか。
「えっ、男の人? なんで妹紅さんとこに、え、え?」
相手も俺が居ることは予想外だったのか目を回してえ、え、とひたすら繰り返してる。新聞とかは読んでいないのだろう。そもそも文の新聞がそんなに浸透しているとも思えないし。そして妹紅の知り合いで間違いなかったらしく、俺を押しのけて出てこようとしたので一歩引いて妹紅に正面を譲る。
「誰かと思えばミスティアか。炭が切れたの?」
「妹紅さん! そうなんですよ。炭が切れちゃって、でもなんで男の人が妹紅さんの家に、ってそれは深く聞いちゃいけなくてええと」
「少し落ち着け」
余りにも驚いたのかで呂律も回らない程に困惑した様子で分かりづらい話し方をしているからついツッコミを入れてしまう。俺が言うと逆効果にしかならないだろうから我慢してたんだけど、抑えきれなかった。予想の通り少女は混迷を極め、パンクしたのかゆらゆら揺れ始めた。
「とりあえず、炭持ってくるね」
「おい逃げないでくれ」
俺の懇願も余所に妹紅は裏手に隠れてしまう。そういえば確かに炭を作ったりしていたな。てっきり自分で使うためだと思っていたのだが、ちゃんと販売もしていたのか。まだこっちに来て日も浅いし、妹紅のこともよく知ってるわけじゃないんだよな。俺も自分の身の上なんて話したことないからお互い様だけどさ。
下手に話しかけると更に混乱すること請け合いなので、相手が落ち着くまで心を押し殺して待っていると、深呼吸一つ二つとどうにかこうにか平静を取り戻したようだ。
「ええと、で。結局誰なんでしょう」
「妹紅の家に居候させてもらってる外来人だ。新聞で見なかったか?」
「ああそういえば文々丸新聞にそんなことが書いてあったような気も・・・・・・確か八橋さんでしたっけ」
「八房だよ」
そんな本来よりも焼く前の方が人気のある京都の銘菓みたいな名前にされても困る。八橋なんて俺よりももっと有り得なさそうな名前じゃねえか。まあ霊夢だの阿求だの現代じゃまず聞かないような名前の多い幻想郷で常識に囚われると不都合もあるだろうし、もしかしたら八橋さんという方も何処かにいらっしゃるかもしれないから口に出しては言わないけどさ。居たら土下座待ったナシの暴言である。自覚してるだけマシだとは思いたいがはてさて。
「で、アンタは」
「あ、私ミスティア・ローレライっていう夜雀妖怪です。屋台とかバンドもやってるんで良かったら是非」
「妖怪バンドとは新しいな」
妖怪女将も十分斬新か。ミスティアなんて名前だけれども一応は日本の妖怪なのだとか。焼き鳥撲滅の屋台とかわりとむちゃくちゃやってるのも妖怪だからだろうか。しかし屋台、なんか最近屋台の話を聞いたような気がするな。そうだ、影狼が屋台で妹紅に絡まれたって言ってたな。最近毎日が濃いせいか記憶力が上がってる気がする。気のせいでないなら便利だが、阿求みたいになんでも一発記憶とまではいかなくていいな。世の中忘れたいことだってあるんだから。
「ミスティア、はい頼まれてた竹炭」
いったい何処にそれだけ隠していたのだと同居人の俺が勘繰ってしまうくらいに大量の竹炭を肩に抱えた妹紅が軽々とした足取りでやってくる。もしかして今焼いたか? まさか火を使えば気付くとは思うのだが。
「これで二十銭だっけ?」
「たぶんそうです」
「なんで多分」
商売人が使っちゃいけない単語じゃないのか。そして妹紅の抱えた炭の総量から考えると
「じゃ、ありがとうございましたー!」
お金を払ってミスティアが飛び去っていく。妹紅のどこに現金が眠っていたのか、その答えはこんなところにあったのだなあと一人感心していたが、気になることを一つ聞き忘れていたと思い出す。
「バンドって何やってんだ?」
「ん? 何のこと?」
「いや、ミスティアがバンドやってるなんて言ってたけど楽器があるのかなって」
和楽器バンドなんて言葉もあるけど、まあ普通に考えたらギターとかドラムとかを使うのがバンドじゃないかと俺は思うのだが、幻想郷にそんなものがあったとは初耳だ。
「楽器? あー、命蓮寺の山彦となんかやってるって話は聞いたことある」
「命蓮寺か」
白蓮さんのお寺の名前が確かそれだったはずだ。あの人とも軽い世間話をした程度で、社交辞令の会話はしたけれどその後結局寺には行ってない。
「なんだ、やることあったじゃないか」
まだ行ってないところもある。暇だと嘆くのはまだ少し早かったようだ。
*
八房はいつも唐突だ。思い立ったが吉日という言葉もあるけれど、私はいつもそれに振り回されている気がする。今回だってそうだ。守矢神社に向けて出発するまでの時間が暇なのは私も一緒だけど、だからっていきなり命蓮寺にお邪魔しようとは普通考えない。一人で行くのならともかく、二人で行こうだなんて白蓮に会った時にどんな顔をすればいいのか。八房には知られたくないし、無愛想にしているのも座りが悪い。何食わぬ顔で話せる程私は老獪していない。
憂鬱な気分にはなりながらも、行きたくないと言えばどうしてかと理由を話さなきゃならなくなる。ヤツフサなら事情があると理解してくれて何も聞かずにいてくれるかもしれないけど、そうしたら今度は優しさに付け込んだ自分が嫌になる。だから拒否権なんてものは無い。自分から捨ててしまってる。
「おはよーございまーす!」
命蓮寺の門前では箒で辺りを掃き清めている山彦が陰鬱とした私の神経を逆撫でするがごとくに声を張り上げて挨拶している。ふさふさの耳をピコピコと動かしながら挨拶の合間にぎゃーてーぎゃーてーと習わぬ経も読んでいるけれど、輪廻から外れた私には無縁のものだ。ヤツフサには必要かもしれないけれど、今は気にしなくてもいいはず。
「入門希望の方ですか!」
「いえ違います」
「そうですか!」
ヤツフサは即答するが、山彦は特に落ち込んだ様子も無い。自分の言っている意味も理解出来ていないのではなかろうか。習わぬ経を読めても意味が分からないと効果は無いだろうに。
「あれ、お客さんかな?」
山彦がいつもの大声でいつもとは違う言葉を喋るものだから、中から別の妖怪が不思議がってやってきた。セーラー服(というらしい。外でヤツフサに教えてもらった)に身を包み、穴の空いた柄杓を構える船幽霊。外世界の女の子はセーラー服の下にスカートを履いていたが、この幽霊は代わりにキュロットを履いている。何か意味があるのだろうか。
「見学希望の者ですが、寺に入るのに許可が必要ですかね」
「見るもんなんて特に無いと思うけど、ああもしかして噂の外来人? モジャ髪だし」
「それで区別付けないでほしい」
ヤツフサは自分の髪型を余り好いていない。理由を聞いても教えてくれなかったが、本人も大したことじゃないと言っていた。嘘を言っているようではなかったので、きっと個人的な理由だろう。でも、見た目に特徴のあるわけではないので、比較的目を引く髪型で覚えられるのは仕方のないことじゃないかな。私も実は遠目に見つける時の目印にしてるし。
「じゃあ、聖を呼んでくるからちょっと待ってて」
入口で待ちぼうけにされたままに、船幽霊は寺の中に戻ってしまう。山彦はこっちには興味を示さずまた箒で道端を掃いてはぎゃーてーと歌う仕事に戻ったようだ。ヤツフサは興味深そうに辺りを見渡して入るけれど、その場から動こうとはしない。しばらくするとやってきた白蓮は私の顔を見てちょっとだけ笑い、ヤツフサを向いて礼儀正しく一礼した。
「訪ねて来るなんて、何か困り事ですか?」
「時間の使い道に困りまして」
怒られそうな言い方だけど、白蓮もこのくらいの冗談には寛容らしい。いや、彼女は私なんかよりもずっと鷹揚だろう。
「なるほど、ではうちのものに案内をさせましょう」
そう言うと白蓮はまた別の尼僧を呼び出した。宗教戦争の時に見たことがある。名前は雲居一輪と言ってたっけ。後ろにいる雲山とかいう入道も覚えている。何か問題が起きることもないだろう。
「では、私はあちらの部屋に居ます」
わざとらしい言い方は、きっと私へのメッセージかな。私も見学の前に白蓮ともう一度話がしたい。白蓮が笑ったのが何故なのか知りたかった。だから動き出してすぐに「厠に行く」と嘘をついてヤツフサ達から離れた。止まろうかと言われたけれどすぐに戻るから先に進んでてほしいと答えた。待っていたらたぶん時間がかかってしまうから。
二人から離れるとすぐに白蓮が居ると言った部屋に向かう。音を立てないように襖を開けると、お茶を用意して待っていた。勧められて私も腰を下ろす。
「あれからどうですか?」
前置き無しに本題から聞いてきた。正直な気持ちはまだ伝えられていない。だけど、いつかお互いに伝えられるようになろうと約束した。そう返すと、白蓮はまた笑う。
「道理で、前よりも表情が明るいと思いました」
「私はここに来るのちょっと憂鬱だったんだけどね」
「あら、どうしてです?」
言わなくても分かるでしょうが、僧侶の癖にこういうところは意地が悪い。
まだ与えてもらったアドバイスを活かしきれてない。それに、あんな相談をした後に当の本人と訪れるなんてなんだか座りが悪いじゃない。
「これからもっと悩むことになりますよ」
「・・・・・・分かってる」
どちらを選んでもきっと後悔する。だから悩んで悩んで悩みすぎるくらいじゃないと重みが無い。後悔しても、自分の判断は間違ってなかったんだと胸を張って言える答えを見つけなきゃならないから。
道を示してくれた白蓮には感謝をしてもしきれないくらいだ。ああしろこうしろといった上から目線で月並みのありふれた答えじゃなくて、仏教の模範のような理解することも困難な答え。でも、正直になれと言ってくれたからこそ私は一歩踏み出した場所で悩むことが出来るのだ。
「頑張ってください。これは貴方だからこそ取り組むことの出来る問題なのですから」
「ありがとう」
感謝の言葉が素直に出る。
「ヤツフサには話さないでね」
「はい、分かりました」
ヤツフサを待たせちゃいけない。話を終えた後は急いで二人の元に向かう。
「おう、随分と・・・・・・いや、何でもない」
ヤツフサが途中で言葉を濁す。何と言いたかったのかはすぐに分かった。気が付けばたったあれだけの会話に結構な時間を費やしていた。禅問答みたいなことになっていたのだろうか。心配をかけてしまったかな。でも何をしていたのかは言わない。いつか、時が来たら一緒に打ち明けようと思う。
「ちょっとあったの。さ、見るなら早くしよう?」
あいつみたいな言葉を使うのは好かないけれど、ヤツフサに合わせて言うならば、私も新しい難題を見つけたのだ。折角だから答えが出るまでは、或いはヤツフサが彼の難題を教えてくれるまでは秘密にしておこう。
守矢神社に行くと思ったか!騙されたな命蓮寺だよ!
はい、すいません。一度こんなノリでやってみたかったんです。本当はそのまま守矢に行く予定だったのですが時間おかしくね?ってなってこうなりました。
次回は本当に守矢神社です。