「わー、きれい!」
八百屋に魚屋、貸本屋と見て回って思うのだが、フランが目を輝かせて喜んでいるのを見るのは気分がいい。彼女が見ているのは幾つか店を回った後に適当に入ったガラス細工の店で、杯や芸術品がクロスを引かれた机の上に所せましと置かれている。店主は工房だかどこかに引きこもっていて姿を表さず、フランが所せましとはしゃぎ回っているのだが、ぶつかりそうなフランの翼は折りたたみ収納ができたらしく、今は傍目には分からなくなっているし、慧音が歴史を食った影響で普通の女の子と見分けがつかない。この無邪気な子供を見て誰があの吸血鬼の妹だと気付けるだろうか。見た目に似合わず大人びた当主と違ってフランは見た目相応の精神年齢だ。知り合いに会うか、能力でも使わなければ分かりっこない。それにフランとは絶対に能力を使わないと約束した。守れなければすぐに帰ると脅したから彼女が能力を使うことはないだろう。子供であっても聞き分けのない子じゃない。それはよく分かっている。
美鈴ははしゃぎっぱなしのフランを窘めながら、本人もギヤマンのグラスを見て感嘆を漏らしている。彼女は彼女で妖怪らしさが全くない。本人曰く気を操って妖怪であることを隠せるんだとか。随分と便利な能力だ。気とかなんとかは人間にも扱えるらしいから今度師事してみようか、なんてことも考えたが、彼女が師匠というのはなんとなく想像出来なかった。人にものを教えるなら彼女は弟子をとるというより放課後の学校とかで開かれてる道場の指南役の一人、くらいがそれっぽいだろう。厳しそうには見えないし、子供に人気が出てそうだ。でかいし。
二人を観察しているのもそれはそれで面白そうだが、せっかくだし俺も何か面白いものがないか探してみよう。家で使うにはガラスは少し心許ないんだけど、見る分なら関係ない。馬の形をした置物や、誰が買うのかも分からない小型の壺、グラスとか使えるものも多いが、趣味と断言できるようなよく分からないものも多い。でかいビー玉みたいな奴は綺麗だとは思っても値段を見ては検討する気にもなれない。用途も分からない塊に五円は高すぎる。
結局買えそうなものも見つからず、残りの二人が買う物を決めるかウィンドウショッピングに飽きるのを待っていると、美鈴も隣に寄ってきて品物を見ているのはフラン一人になった。
「ねえねえ見て見てー?」
そこへフランが持ってきたのは緑がかったコップだった。彼女の琴線に触れたのだろう、確かに透き通ったガラスは外から差し込む光を受けて輝いているし、形もよく出来ている。俺的には実用性もあるし充分いい品物だった。フランは興奮気味に美鈴に買っていいか頼んでいる。紅魔館には似合うし、美鈴も別に反対するつもりは無いようだ。商談のために、店主を呼ぼうとした、その時だった。
────ピシッ
フランの手元にあったコップにヒビが入り、その亀裂が広がって粉々に砕け散る。フランの顔の色が驚愕、そして悲痛な面持ちに変わる。能力を使ったわけではないことは直ぐに分かった。本人に能力を使いこなせないわけじゃないし、好き好んで帰りたいと思っているはずもない。ただ、ガラスは脆すぎた。人間でも割ろうと思えば握りつぶすだけで割れるのだ。吸血鬼の怪力を考えれば、少し興奮して力が篭った、それだけで簡単に割れてしまったのだろう。彼女に悪意はない、しかしどうしたものか。さっきの言葉を逆にすれば、人間には割ろうとしなきゃ壊せない。特に見た目にはフランはただの女の子だ。意図して割ったと思われかねない。或いは妖怪であるとバレかねない。それはどちらも好ましくない事態だった。どうすれば乗り切れるか。俺がそこに考えが至ったとき、既に美鈴は動き始めていた。
バシッ、とフランの手を叩いたのだ。完全に不意を突かれたフランは手元に残っていた底の部分も取り落としてしまう。そういうことか、美鈴の意図を直ぐに察することが出来た俺は、自分なりに彼女に合わせることにした。
「すいませーん」
店の奥にいるであろう店主に声をかける。しばらくすると頑固親父という言葉をそのまま擬人化したような怖い顔の白髪の爺さんが無愛想に出てきた。
「あの、こちらの品物を落としてしまいまして」
頑固親父の店主殿は厳しい目付きで俺と美鈴を見て、そしてフランを見た。落ちた場所から落としたのは誰かを見極めているのだろう。
「嬢ちゃん。怪我はないか」
「・・・・・・うん」
すっかり意気消沈したフランは俯いて店主と目を合わせようとしない。無理もない。自分が気に入っていた物を自分の手で壊してしまったのだ。気にするな、という方が酷だろう。それに、傍から見れば落としてしまってしょんぼりとしている少女にしか見えない。
「怪我がねえならいい。掃除するからどきな」
頑固親父はそう言うと奥から箒を持ってきてガラスの破片を片付け始めた。美鈴が店を後にすることをアイコンタクトで相談してきたので賛成の頭を振る。フランはさっきまでの元気をまだ取り戻せていないようだし、ここに居てもいいことは無いだろう。
「ごめんなさい」
かき消えそうな声は誰に向けられたものだったのか。しばらく出ていけと言われてその通りに店を出る。足取りは重く、このままでは帰ると言いかねない雰囲気だ。
「ヤツフサ」
「なんだ?」
「怒ってる?」
上目遣いで見つめてくるフランは、本当に怒られて気を落としている普通の少女にしか見えない。そんなフランの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「能力、使ったわけじゃないんだろ?」
「うん」
「だったら俺が言うことは無いさ。怪我しなくてよかったな」
連れ戻されると思っていたのだろうか、フランは俺の言葉を聞いて表情を柔らかくする。能力を使ってはいけないとは言ったが物を壊すなとは言ってない。それに不慮の事故だし本人に悪気はないんだから起こることなんてできないさ。
「今度は気を付けろよ」
「分かった」
同じ間違いはたぶんしないだろう。フランは頭が良い。おそらく出来で言えば俺の何倍もいいだろう。ガラス細工だってテンションが上がってついうっかりやってしまっただけなのだから。
それでも一応フランの調子を戻すために、今度は甘いものでも食べに行こう。おやっさんのところが一番いいだろうか。あそこは妖怪にも多少の理解がある。人里に馴染んでいるとはいえ、アリスも贔屓にしているような店だ。そして何より俺の行きつけだ。知ってる店と知らない店とじゃ安心感が違う。
「饅頭でも食べようか」
「饅頭? 霊夢が食べてる奴?」
「そういやあいつもよく食ってたな」
いったい誰から貰ったんだか。お金がなーいお金がなーいって嘆いているくせに食べ物甘い物には困ってないんだからな。俺の予想では紫か文辺りが甘やかしてるんじゃないだろうか。甘い方々だ。
フランは饅頭については余り詳しくないのか興味津々に色々聞いてくる。好奇心旺盛なのはいいことだ。もしかしたら後で咲夜に作ってもらうつもりかもしれない。瀟洒なメイドなら饅頭くらい作れるだろう。
「八房さんも甘い物食べるんですね」
「どういう意味だこら」
「いや、趣味嗜好が年寄り臭いのではないかと疑っていたものですから」
「喧嘩売ってんの?」
ナチュラルに暴言吐くのやめてくれ。結構酷いこと平然と言うよなこの中国人(人じゃないけど)は、咲夜に滅多刺しにされるのが可哀想に思えなくなってきた。そんなことは最初から思ってないけどさ。
「ヤツフサ、お爺さん?」
「違うからな。こっちはまだ青年で通る年齢だから」
少年だとそろそろきついけど。まだおっさんにすらなっていない、と思う。大体妖怪だらけの幻想郷じゃ年齢なんて大した意味を持たないんだから若いとか年寄りだとか気にすることでもない。
「ほら、着いたぞ」
話を逸らすように見えてきた饅頭屋の看板を指差す。相変わらずお客さんは入っていない模様、そっちの方が都合が良い。暖簾をくぐるとおやっさんがいつものように暖かい笑顔で迎えてくれる。客は他に誰も居ない。
フランにこしあんと粒あんのどちらがいいか聞いてもよく分かっていなかったので美鈴と同じ粒あんを頼んで、俺はこしあんを頼む。テーブル席に座り、運ばれてきたお茶に口をつけると渇いていた喉がようやく癒される。
「他にお客さんが居ないんですね」
「隣に卸してるせいでこっちには来ないんだよ」
「では何故こちらを選んだんです? 霧雨道具店なら他にも妹様が喜びそうな物があったでしょうに」
「そうなの?」
「あー、こっちの方が気楽だったんだよ。落ち着けるからな」
だって座れるし。人居ないし。そうですか、と美鈴は何か理解したような顔でうんうん頷いている。フランは出されたお茶と悪戦苦闘しはじめた。どうやら苦かったようだ。
「なんだい若丘君、家族でも連れてきたのかい」
「いやおやっさん、俺が外来人だって知ってるでしょうが。知り合いだよ、或いは友達と言ってもいい」
饅頭を運んできながらそんなことを聞いてくるおやっさんを軽くあしらいながら、饅頭に興味津々のフランの前で、わざと豪快にかぶりついてやる。甘い、美味しい、熱い。美鈴も真似して同じことをやったのでフランも恐る恐る齧り付いて、美味しい! と顔を綻ばせる。何これ天使か、いや悪魔だ。
饅頭一つでは足りなかったらしく、もう一つお代わりを頼んでそれもペロリと平らげる。三つ目は流石に自重したのか、まだ物足りなさそうだったがお腹いっぱいだと言っていた。別に気を使う必要も無いのにな。
饅頭食べて、食後のお茶でのんびりしていたら、外からドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。おやっさんの息子の
「ヤッフー先生が居るー! 浮気かー?」
「うっさいぞクソガキ」
あらぬ事を言うガキに容赦なく拳骨を落とす。
「痛いぞー、訴えるぞー。懲役五年だぞー」
「なんでそんな無駄に長いんだよ」
子供の戯言というにはちょっとリアルっぽい数字にするんじゃねえよ。有り得そうだと錯覚するじゃねえか。誰がそんなこと教えたんだ。
フランは突然現れて騒ぎ散らす寛太に少し怯えているらしい。体を縮込ませて美鈴の陰に隠れるようにしている。もちろん隠れられているわけではない。寛太は失せ物探しは大の得意だ。
「そっちの子は誰?」
「えっ、えっと」
見た目に同年代の子とは滅多に話さないのだろう。さっきのハプニングで落ち込んでいたのもあって引っ込み思案になっている。美鈴の裾を掴んで引っ張っているようだが、頼みの綱は何処吹く風とばかりにお茶を啜っている。頑張れフラン、普段なら出来るだろう。
「フ、フラン」
「フラン? フラン、遊ぼうぜ!」
「えっ!?」
子供というのは恐ろしいものだ。怖いもの知らずと言い換えてもいい。けど、フランにも他の友達が増えてもいい頃だ。俺も目で行っていいぞと教えてやる。が、フランには通じなかったようだ。不安そうに美鈴の裾を摘んだまま動こうとしない。美鈴にはアイコンタクト通じるんだけどな。そこで美鈴に挑戦してみると、こちらは成功。立ち上がって「遊びましょうか」とフランと寛太を連れて店を出ていく。気をつけてくださいね、と返事まで返された。たぶん彼女に任せれば問題は起こらないだろう。そのためにレミリアが付けたんだろうから。
「すまないね。あの子の遊び相手になってもらっちゃって」
「友達、だよ。そうじゃないと早死するぞ」
「やっぱり、妖怪の子だね」
おやっさんには気付かれていたらしい。まあバレているとは思っていたから特に驚くこともない。
お代を払おうとしたらおやっさんが三つ分だけでいいと言ってきた。本人曰くサービスらしい。そんなんだから儲からないんだよ。とは言わないでおく。俺が行き付けにする理由もこんなところにあるからな。
おやっさんとちょっと世間話をしてから外に出ると、日傘を差したままフランと寛太が楽しそうに遊んでいた。目を離したほんの少しの間にどうも打ち解けていたらしい。しかし残念なことに、人里に来たのがもう昼前だったのもあり、そろそろ日が落ちて来る頃になってしまった。そろそろ帰らないとシスコン姉が心配する頃だろう。咲夜を迎えに出してくるかもしれないな。メイドに無駄足踏ませるのも忍びないのでフランと美鈴に帰ろうと呼び掛ける。フランも満足したのか、打って変わって満面の笑みだ。寛太ともまた遊ぶ約束をしていたし、人里観光はアクシデントも有ったが概ね成功か。
「おい、待ちな」
帰り道、ぶっきらぼうに呼び止められて振り返る。誰かと思えばガラス細工の店の頑固爺だ。その手には何かが握られているようだが、小さなものらしく何が入っているのかは分からない。爺さんはずかずかとこちらに向かってくる。フランを庇うために前に出ようとしたら、美鈴に手で制された。
「手ぇ出しな」
言われるままにフランがおずおずと手のひらを出す。爺さんはその上に手に持っていた何かを置いた。それはビー玉だった。緑色の透き通った球体がフランの手の上で揺れている。
「次は壊すんじゃねえぞ、妖怪の嬢ちゃん」
「・・・・・・・・・・・・」
「返事は!」
「は、はい!」
フランの返事を聞いて初めて爺さんが笑う。それは今までの昔気質なイメージを払拭するようなイタズラっ子みたいな笑顔だった。
訂正、今回のフランとのピクニックはこれ以上ない大成功だった。