不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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嘘つき兎とほら吹き人間

「毎度毎度、よく飽きないもんだ」

 夜空に光がちらちらと瞬く。目の前に広がる弾幕を綺麗と表現するべきか、それとも物騒と吐き捨てるべきか。もしそう聞かれたならば、俺は迷わず前者を選ぶだろう。俺じゃなくても答えはそうそう変わらない。弾幕ごっこは幻想郷の華だ。レベルの高い弾幕なら誰もが見とれて当たり前、重ねて言うなら今やっている二人の力量は申し分なく一流なのだろうが、俺には余り良いものには見えなかった。正確には見えなくなってきた。

「いい加減落ちろぉ!」

 妹紅が感情を高ぶらせて炎を放つ。対する姫様はゆらゆらとクラゲみたいに動いたかと思えばいつの間にかてんで違う場所にワープしている。お互いにスペルカードは使い切っているはずなのだが、通常弾幕だけでもう三時間も粘っている。負けず嫌いもいいとこだ。空になった皿の底を指で撫でながら思う。もうかれこれ半日近くも見せ続けられているこちらのことも考えてほしいものだ。

「弾幕ごっこをやった数は一万回もいってないわ。まだ飽きるには早いでしょう」

「元気だなあ。どこぞの廃人じゃあ無いんだから」

「貴方だって元気じゃないの」

「意味が違うよ」

 永遠亭の縁側に腰掛けて団子を口にしながら話すのは輝夜の従者で月の頭脳な八意永琳。中秋の名月にはまだ早いが弾幕ごっこを肴に月見というのも悪くない。なんていって鈴仙に団子を作らせていた。せっかくだからと俺もご相伴に預かって団子を頂いている。

「あら、もうなくなってしまったわね」

 最後の団子も永琳が手に取ると、台所まで聞こえるようにわざとらしい声で言う。

「今作ってますから待ってください!」

 永琳はまたくすくすと笑う。悲鳴を上げる鈴仙の反応が面白いようだ。暴食霊程ではないにしろ、イメージに反して健啖家な永琳は団子を平らげるペースも早い。このやり取りも五回目くらいだと思いながら、俺も割り当てられた小皿から団子を取ろうとして底に指が当たる。

「鈴仙、こっちもなくなったぞ」

「だから待ってくださいってば!」

 なるほど、これは面白い。打てば響くなんて言うけれど、ここまで予想通りの反応を返してくれる相手もそうは居ないだろう。少し永琳の言っていることが分かったような気がした。

 弾幕ごっこは妹紅が負けたようで、永遠亭では普段通りのムスッとした顔で戻ってくる。今までの戦績は三対七とかで負けてるそうだから気に病むなと言ってやりたいが、やはり悔しいものは悔しいのだろう。鈴仙に二人追加と伝えられて発狂しているのは放っておいて、隣に座った妹紅がずっと頬を膨らませているのを眺めていると、玄関の方から聞き慣れない声がした。

「師匠、居るー?」

 まだ幼い少女の声だ。幼いとは言っても見た目の年齢と実際の年齢は関係ないし、話し方はむしろ紫とかあの辺の腹に一物あるようなイメージを抱かせる。そんな少女の師匠とは誰のことだろうか、なんてことは考える必要も無い。

「縁側に居るわ」

 想像通り、永琳が声の主に呼びかける。ドタドタと大きな足音を立ててこちらにやってきたのは、また見たことない兎耳だった。鈴仙なんかはいかがわしい店の店員みたいな耳の付け方だが、こっちの少女は余り耳に違和感は無い。鈴仙の耳なんかはボタンがついてるから実は付け耳ではないのだろうかと密かに疑っているのだが、こちらはそんな疑問は全く思い浮かばない。その兎耳少女はこっちを見てゲッというような顔をする。初対面のはずなのだがいったい何かやらかしていただろうか。やばいな、記憶に無い。これでは妹紅のこと笑えないぞ。

「そういえば八房は会ったこと無かったかしら。彼女は因幡てゐ。この竹林の所有者よ」

「あー、まあよろしくウサ、人間」

 取り敢えず手を差し出されたので握り返しておく。因幡てゐという名前には聞き覚えがある。竹林の幸運の素兎だとか兎妖怪の親玉だとか様々な異名は耳にするが、一番多いのはやはりアレだろう。

 気の抜けない悪戯兎詐欺(うさぎ)。人里にも現れては詐欺を敢行しているらしい。実際に被害にあったという話は聞いたことがないけど。

「よろしくウサ?」

「なんでウサ付けるのよ」

「いやそういう礼儀なのかと思って」

 普通語尾にウサなんて付けないだろ。ぶりっ子したいならこんな態度じゃないだろうし、何か付ける必要でもあるのかと。しかし永琳が笑いをこらえているのを見るとそこまで重要な意味もなかったらしい。俺が恥かいただけじゃねえか。

「なんか調子狂う人間ね」

「あらそう? 素直で面白いじゃない」

「師匠から見て胡散臭い奴なんてそう居ないでしょ」

「少なくとも目の前に一羽居るわよ」

「俺から見たら二人とも胡散臭いけどな」

「薬の実験体になりたいのかしら」

「なんでもないですごめんなさい」

 条件反射で謝ってから二人程会話に入ってこないのが居るなと思って振り返ってみると、白と黒の蓬莱人が消えていた。団子まだ届いてないというのに。

「永琳、妹紅と輝夜は?」

「気が付いたら消えてたわ、おおかた姫様が能力を使ったんでしょう」

「なんで?」

「知らないわよ」

 月の頭脳でも分からないことがあるのか、と思ったがすぐに背後から爆音がしたので二人が争っているのだと分かった。

「どうやらじゃれてるだけのようね」

「そうみたいだな」

 なんでこのタイミングに、とは聞かなかった。どうせこの賢者様は胡散臭い方と違って聞けば教えてくれるんだろうが、聞かない方が良さそうな気がした。

「そういえば、貴方は死神に会ったことあったかしら」

「死神? 刀抜いて卍解でもするのか?」

「死神と聞いて鎌じゃなくて刀を連想するのは珍しいわね」

「外の世界でそんな漫画が流行ってるんだよ」

 今どうなってるのかは知らんオサレ漫画。俺はそんなに熱心に読んでいたわけじゃないが、死神と言われるとやはりそれか、林檎好きが出てくるのは元少年の悲しき性か。しかし死神、鎌。鎌を持っているのには一人会ったことがあるが、あれは死神だったんだろうか。

「死神って髪の毛は赤いのか?」

「そういう死神も見たことあるわ。質問するってことは会ったのね」

「たぶんな」

 確かわりと最近、数日前くらいだった筈だ。定食屋で世間話をした程度だが、目を離した隙に消えたので狐につままれたような思いをしたのを覚えている。よくよく考えれば、時を止めたりスキマ使ったりするような連中がいるんだし、妖精でも瞬間移動くらい出来るのだから大したことではなかったな。そんなことを考えている時点でかなり幻想郷に毒されている気はするがそれはおいといて。

「それがどうかしたのか」

「いえ、死神に連れ去られたら困ると思っただけよ」

「連れ去られるようなことしたっけ俺」

「普通ならあんたみたいな不死身なんてあの石頭の閻魔が黙っちゃいないね」

 石頭の閻魔ね、こちらの閻魔様はどうやら追加人員らしく幻想郷有力者の例に漏れず女性であるらしい。元が地蔵だというので石頭も仕方なしというところだろう。確かに俺みたいな死なない存在は面倒なのかもしれない。しかも月の民でも妹紅みたいな能力持ちでもない。それ以外はただの人間だからな。

「ま、連れ去られてないってことは大丈夫なんだろ」

「危機感の薄い人間だなあ」

 どうせ俺に対抗する術はない。その時が来たらその時だ。ようやくやってきた団子を食べながら俺はそう答えた。

 

 

「普段から逃げ回っている貴女にしては、素直に来た方だと言えるでしょう」

「情報を餌にされてしまっては、来る他ありませんわ」

 再思の道の奥深く、あと少し歩けばすぐに無縁塚の領域に入るだろう。しかも今居るのは本道から外れた人目につかない場所、邪魔な妖怪は追い払って、対面しているのは私と緑髪ときりりとした顔の良く似合う閻魔様。余り顔を合わせたくない相手なのだけれど、今回に限って提示された条件が少々、いやかなりこちらの興味を引くものだったので来てしまった。閻魔様が騙そうなどと考える筈はないし、情報を握っているのはほぼ間違いなく事実だろう。今目の前に立っている四季映姫とはそういうお方だ。

「それであの人間、若丘八房とはいったい何者なのです?」

 何の変哲もないはずの外来人、そういうには多くの語弊が生じてしまう。妖怪やその他超常現象に対しての反応の鈍さは個人差で説明が付くとしても、あの不死身は何の説明もつかない。そして驚く程に顕著な命への無関心さ。口では命が大事なものだと言いながら心の奥底ではおそらく何とも思っていない。本人も気付いていない闇。レミリア・スカーレットが私に対して忠告をする程の存在。余りにも人間というには逸脱しすぎている。

 しかし、私が幾ら手を尽くしても彼の不死身に関する由来を辿ることは出来なかった。強いてそれらしいものを上げるならば遠い先祖に人魚が混じっていたこと。だから多少の妖怪が入ったことによる副作用のようなものかと思ったが、血はとっくに薄まっていて、それにそれ以降の先祖に不死の力は宿っていないことが事故の記録で窺える。偶然の先祖返りか、それはそれでおかしい。だったら最初から妖怪的な特徴、例えば妖力なりを持っているはずだが、最初に会った彼はそんなものを持ち合わせていなかった。

「先ずは貴女への説教を先に済ましてしまいたいところですが、その前にしなければならない質問が幾つか有ります」

 閻魔様が口元に添えていた悔悟棒を下ろし左手のひらに軽く打ち付ける。彼女が苛立っている時の昔からの癖だ。付き合いだけは無駄に長いせいでこういう所はすぐに理解出来てしまう。

「何故、若丘八房を幻想郷に連れ込んだのです」

 その言葉には非難の色があった。彼女が個人の在り方以外で戒めるような態度を取るのは珍しい。八房にはそれだけの存在理由のあるということかしら。それは単に不死身だから? そんな陳腐な理由だろうか。ただ一人の例外にこれだけの反応を示すとは考えにくい。

「小生意気な吸血鬼に言わせれば、それが運命だったからですわ」

 そう、少なくとも彼に会うまで私自身に彼を連れ込むつもりはなかった。レミリアの言う運命とやらに導かれて二人が出会った時に、彼女達が幻想郷を選んだだけだ。自分に何か考えがあって攫ったわけじゃない。

「運命、ですか。貴女らしくない言い回しですが、だからこそ嘘ではないのでしょう」

「信じてくださって嬉しいわ」

 浄玻璃の鏡を使えば、或いは彼女の白黒つける程度の能力でも嘘か本当か見抜かれるだろう。しかしこの閻魔様はそんな必要も無いくらいに鋭い洞察力と考える頭がある。私が彼女を苦手としている理由の一つだ。

「しかし、その運命のおかげで幻想郷は危機に陥るかもしれない」

「どういう意味でしょうか」

「彼と一緒に面倒なものも引き寄せたということですよ」

 四季映姫・ヤマザナドゥをして面倒と言わせるほどの相手、何者なのか検討がつかなかった。不死身を狙うとか低い程度の相手ならば彼女が警戒などしない。それよりもさらに強力な、例えば神に類するような存在。

「何故彼のようなイレギュラーなだけの人間にそれ程の価値があるのか図りかねますわ」

「貴女はまだ彼を人間(・・)だと思っているのですか? いえ、人間だと思うしかありませんね。私から見ても今の彼は人間なのだから」

 まるで昔の彼は人間ではなかったかのような言い方。やはり魂に何かがあるのか。

 閻魔様は珍しくもったいぶった言い方をする。曖昧にぼかした、と言い換えてもいい。はっきりしない言い方だ。それでも私は待った。彼の存在についてもっと知りたい。それは彼に向けられたものでないことを自分でも理解していた。

「彼の正体は、───です」

「・・・・・・!?」

 やっとのことで閻魔様から告げられた正解は余りにも予想外で、しかし余りにも納得のしやすいものだった。それならば不死にも説明がつくというものだ。

「ですが、だからといって何故彼が狙われなければならないのかしら」

「正確には私にも分かりません。私は彼の話を聞いたわけではないので」

「では何故狙われてると」

「本人がそう仰ったからですよ」

 話を聞いたわけではないのにどうして本人の言だと言うのか。閻魔様が嘘を吐くはずがない。ということは誰かが他に彼の話を聞いた、ということだ。あの昼行灯な船頭か。少し考えて違うと首を振る。

「そうか、あの子ね」

「ええ、少なくとも彼に対しては私よりも適任でしたから」

 幾つかの疑問が氷解する。辻褄は合う、だとするならば、彼の存在は予想の何倍も面倒くさいものだったようだ。

 八房についての話はこれで終わり。これから先は本人が確かめるべき部分だろう。閻魔様の態度が説教モードに移行しつつあるのを感じてスキマで逃げようとしたが、次の言葉でスキマを操る手が止まる。

「しかし、貴女がここまで興味を示すとは思いませんでした」

「・・・・・・別に構わないでしょう」

「ええ、構いません。が」

 開きかけていたスキマか閉じる。しまった、と思った時には遅い。逃げようとした手が掴まれる。

「逃げられるとでも思っていたのですか?」

 やはり、今日ここに来たのはデメリットの方が大きかったかもしれない。

 




ちょっと八房の正体について伏線張りー。
もう感のいい人は予測ついてるような気もしますけどね。
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