燃える水、沈む炎
体が燃えている。全身が火に飲み込まれて咀嚼でもされているのか。何処か一部なんてもんじゃなく体の全て、奥の奥まで焼けている。目もまともに開けられないのにそれだけはよく分かった。かつて妹紅に火傷させられたときとは比べ物にならない苦痛。全身の皮が剥がされているようだ。痛い、痛い、痛みが止まらない。どれだけの時間燃えているのか分からない。一息に死ねたらもっと楽なのに、なんで死なないんだ俺は。苦しい、熱い、頼むから死なせてくれ。もしくはこの燃える体を止めてくれ。
願いが叶ったのか、今度は水の中に沈んていく錯覚が襲いかかる。火は消えたが、全身を走る火傷はさらに大きな痛みで存在を主張している。むしろ悪化したようにすら思える。そうかここは海なのだと唐突に悟った。塩が傷口に染みているんだ。どうにかその答えにたどり着くもすぐに思考が激痛にかき消される。痛い、逃げたい。どうにかして海の底から這い上がらなければならない。どうして、受け入れてしまえばいいのに、なんで俺はもがいている。誰かが居るからだ。誰だっけ。さっきまで隣に居たはずなのに。誰だったのか顔が思い出せない。でもそいつのために俺は沈むわけにはいかない。
だって、泣いた顔なんて見たくないから。
「妹紅?」
見覚えのある天井。だと思うのだけれどすぐには自分の場所が分からなかった。夢の中では思い出せなかった妹紅の姿は無い。あれだけ俺を苦しめていた全身の痛みは綺麗さっぱり夢だったかのように消え去っている。いや夢だったのだろうか。だとしたら随分悪趣味なものだ。何かの暗示であればまだ分かるのだが、暗示であってもどうせ良くないことなんだろうな。
落ち着いて辺りを見渡すと、洋風の調度品からここが紅魔館だと理解する。だが紅魔館に来るような用事はしばらく無かったはずなのだ。それに普段のシャツではなく何故か甚兵衛を着ている。寝巻きでさえ持っていなかったのにどこから持ってきたんだろう。冷静になったら謎が増えてしまった。こんなときに頭の回る人間でないことは自覚しているので、ここでうだうだ悩むより咲夜なりレミリアなりに聞いてみた方が早い。適当に歩けば咲夜辺りは見つかるだろう。
起き上がると足がふらついて倒れそうになった。まだ寝ぼけてるのだろうか、どうにも覚束無い。ベッドに手をかけて力の入らない体を支える。おかしい、幾ら何でも体が重過ぎる。いったい何があったって言うんだ。残っている記憶を探ってみると、永遠亭に遊びに行って日が暮れたから帰って。そこから先の記憶がない。靄がかかったように出てこないのだ。ただ
妹紅が隣に居たことだけはなんとなく思い出せる。
ギィ、と軋む音を立てて部屋の扉が開いた。咲夜か、そう思ったが違った。珍しくも室内に居る中華門番だ。門の守りはどうしたのか。咲夜に任せてきたと返ってきた。何でもかんでもメイド任せにするんじゃないよ。時間が幾らあっても足りないだろうに。少しだけ同情する。
「思ったより早く目を覚ましましたね」
「俺になんかやったのか?」
まるでもっと長く眠っているのが当たり前でいるかのような言い方。まさか何かするはずもないが、一応の確認で聞いてみると、案の定何もしてはいないと答えられた。レミリアのところに連れていってくれとも頼んでみたが、それは望むことはこちらで答えられると止められてしまった。行かせたくない理由があるのではなく、単に面倒臭いとかそんな感じの対応だった。解せぬ。
「でも、まる一日は寝ていましたからね」
「なんでだよ。酒にでも酔いつぶれていたのか?」
「覚えてないんですか?」
「心当たりは無いな」
「そうですか。でも貴方に取っては重要な話ですからちゃんと説明させてもらいますね。妹紅さんからも許可は頂いていますし」
紅魔館で起きた理由になんでそこで妹紅が出てくるのか。俺には理解出来なかった。しかし、次の言葉でなくなっていた記憶が蘇る。
「貴方は血を吐いて倒れたんですよ」
そうだ。あの焼けるような熱さと溺れた時のような息苦しさ。夢なんかじゃない、昔に俺が経験した出来事で、あの夜に同じく苦しめられた苦痛。力の入らない体を動かそうと試みる余裕すらない俺を抱えて泣きわめく妹紅の顔もはっきりと思い出せる。心配しなくていいと言ったのに心配性な奴だ、なんて妹紅を笑う気には到底なれなかった。もし妹紅が同じ状況になれば、俺だって取り乱さずにはいられないだろうから。だから妹紅があんな反応をしてくれたのは少し嬉しかった。と、その話は今は関係がない。
「それと
「ああ、それはですね。お嬢様が貴方の運命を見たことで先に気付くことができたんですよ。そして私は貴方の身に起きたことを知っている」
つまりこうなることは運命で、その理由も知っている、か。病気の類なのだろうか。しかしそれなら美鈴よりも適任が居る。永琳と美鈴、名前が似てるから代わりになるというものでもない。だったら病気ではない。じゃあ呪いとかだろうか。美鈴が呪いの専門家ってのは想像出来ないが。どちらかといえばそれはパチュリーの分野の方がまだ近いだろう。それは美鈴に首を振って否定された。
「もっと単純で、でも分かりにくい話ですよ」
「だったら馬鹿な俺にも分かるように話してくれ」
「そうですね。一言で言ってしまえば、貴方の魂と身体に矛盾が発生した、ということです」
「言っている意味が分からんぞ」
スキマ妖怪みたいな胡散臭いことを言わなくていい。あれにはいつも煙に巻かれてばかりなんだ。確かによくつるみはするが、ちょっと口が回るだけで同類扱いしないでもらいたい。あんなに胡散臭くないぞ。
美鈴は机とセットになっていた椅子を手に取って腰掛けた。長話になるという合図なのだろう。俺もベッドに腰を下ろす。立っているのも実はわりと辛かったりするからな。まずは美鈴が口火を切る。
「ではまず、貴方の身体が妖怪に近づいていることには気付いていましたか?」
「なんだそりゃ」
突拍子もない質問に首を傾げるとやはりみたいな顔で頷かれた。いきなり妖怪とか言われても困る。そもそも俺はただ不死身なだけが取り柄の一般人だぞ。元々は幻想郷の人間ですらない。ここのメイドみたいに空も飛べないんだから。
「でも、貴方はおそらく死ぬ度に妖力を増していってるんですよ。今なら小妖怪くらいの力はあるんではないでしょうか」
「そしたら誰かに指摘されてもおかしくないだろうに」
そんな色眼鏡で見れば、永琳とか怪しい行動もなくはなかったが。でも何より妹紅が気付かなければおかしいだろう。一番長い時間を一緒に居たし、あいつも鈍感ってわけじゃないんだから。
「貴方が気付いていなかったからなかなか気付けなかったんでしょう」
「なんだよそのむちゃくちゃな論理」
「これで荒唐無稽な話でもないんですよ。そして今回の出来事の本質でもあります」
「すまん、どういうことだ?」
「人間から妖怪になるときに、最も大切なのは本人の意思です」
またいきなり訳分からん話が始まった。頭が早くも頭がパンクしそうなんだが。俺の意思と今回のあの苦しみに関係があることだけは分かった。
「つまりどれだけ力があっても本人に意思がなければ人間をやめるのは難しいということです。霊夢さんや魔理沙さんがいい例でしょう」
言われて紅白の目出度巫女と白黒の努力家魔法使いを思い描く。まあ人間離れした強さだよな。妖怪って言われてもおかしくない奴らだ。それでも人間の括りに入るのは本人に妖怪になる意思がないから、ということか。で、仮に俺にも妖力があるとして、俺が自分を人間だと認識しているから溶解に鳴らす人間のままである。それはなんとなく分かる。それがあの痛みと何の関係があるのだ。
「彼女達が人間であるのは人間としての力があるからです。霊夢さんは少々例外ですが、魔理沙さんはぴったしこのケースに当てはまりますね」
「ようやく何が言いたいのか分かってきた気がする」
「それは良かった。ええ、貴方には貴方の内にある妖力を抑えるだけの人としての力が無い、ということです」
一言で言えば気力ですね、と美鈴は続ける。矛盾、というのは俺の人間であろうとする心が妖怪になろうとする身体と相容れないことによる拒絶反応のことらしい。しかし気力が足らないから身体にダメージを負うなんて、俺が無気力な人間だとでも言いたいのか。否定する要素に乏しいのが悲しくなる。
「で、今貴方が動けるのは私が気を貴方に与えたからです」
「それが切れたら?」
「また前に逆戻りですね」
何でもないことのように言ってくれるな。何度も何度もあんな痛みに襲われるのでは命が幾つあっても足りない。
「そうならないために連れてきたんですよ」
「・・・・・・つまり?」
「貴方に修行をつけにきました」
「さ、さいですか」
妹紅からの許可ってそういう意味かよ。なんか凄い嫌な予感がするんだけど。満面の笑みなのが逆に怖い。修行というと漫画みたいな死にそうな修行法を何より想像してしまう。主人公補正なんて俺には無いんだから死ぬぞ。生き返るけど。しかも死んだらまた元の木阿弥だろう。意味があるのかすら疑問だ。
だけど、ここで俺が拒否すれば、またあの痛みに襲われることになる。それは嫌だった。誰だって痛いと分かって放置するのは嫌に決まっている。それに何よりも妹紅をまた泣かせるわけにはいかない。
「一応強制はしませんが」
「拒否権がないのは分かってるさ」
拒否する理由がないってことも。
決まりですね、と美鈴が手を叩く。修行は今日から早速始めるつもりだとのこと。素人の俺はまだ定期的に気を頂かなければならないから、しばらく紅魔館で過ごすことになるだろうとも言われた。部屋はここを自由に使っていいとのお達しだ。ボロ屋とは全く違う豪華な客室で、逆に寝られるかどうか心配だ。枕を変えると寝れない人の気分を理解したような気がする。
「そういえば妹紅は?」
「彼女はこちらには来ていませんよ」
「そうか」
「・・・・・・気持ちの整理がついてないし合わせる顔がないと、そう仰っていました」
「・・・・・・そうか」
あいつが気にすることじゃないのに。なんて言ったらまた怒られるんだろうな。もっと自分を労れ、とかなんとか言って。お前が言うなって話だよ。本当は俺なんかよりもずっと脆いくせに。
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
なんでか知らないけど涙が出ていた。こんなに泣きそうなのってもう随分と久しぶりだ。最後にガチ泣きしたのっていつの頃だったかな。たぶん小学生の高学年くらいじゃないだろうか。そうすると俺も無感動な人間だな。
「そういえば、貴方が倒れた理由ですがもう一つあります。正確には理由を作った理由、ですけど」
「ややこしい言い方はやめてくれって言ってんだろ」
「あはは、すいませんね。ただ、今異変が起きているそうですよ」
異変。確か幻想郷の性質上必ず起こる、誰かが起こすよく分からん暴走現象のことだったか。里が紅い霧に覆われたり、春が来なくなったり、あとは月が沈まなくなったり。それを解決するのは巫女の役目ではあるのだが、別に霊夢だけに与えられた特権ではなく、参加したければ誰でも参加できるのだったか。通り魔鬼巫女が怖くないのであれば、の話だが。美鈴が言うことにはそのせいで霊的な密度が濃くなったのも原因の一つにはなるのだとか。誰だよそんなに面倒臭いことしてくれたのは。
「もしかしたら妹紅さんも異変に参加しているかもしれませんね」
「あいつに限ってそれはない気がするけどな」
普段は本当に動かない奴だからな。むしろ姫様の方が参戦してきそうだ。永琳が止めるような気もするが、命じられて鈴仙くらいなら参加しているかもな。
「原因の一つとして教えておきましたから」
「・・・・・・」
いやまさか、そんな思い上がったことを考えるのは失礼だろう。誰に対して失礼なのか、その答えも出ないまま俺は美鈴に連れてかれるまま部屋を出た。
新章の第1話が訳の分からない話になってしまいました。
文章が拙い故に理解するのが難しいかもしれませんが、ストーリー的に書かざるを得なかった。設定厨の悲しき性でございます。