「すっごい! 何あれ!? 人が乗ってるよ!」
「あー、あれはジェットコースターと言ってだな」
門の外からでも見えるアトラクションに妹紅が声を上げた。天気は快晴、最近の暑さも少し和らいでレジャーには絶好の日和だ。まったく運が良い。ここは、まもなく手放す予定の俺の家から電車で三駅の小さな遊園地。最近千葉の夢の国とかでかいところばかりになって、中小は淘汰されているから、ローカルな遊園地もなかなか珍しい。地域ということで規模はお察しなのだが、ジェットコースターに観覧車、お化け屋敷と遊ぶにはそれほど困らないと思う。
見た目以上に幼くはしゃいでいる妹紅は、黒のタンクトップにデニムジーンズとラフな装いだ。これは、流石にもんぺばかりは如何がなものかと、昨日の午後に近くのショッピングモールに行って買ったものだ。適当に見繕うだけのつもりだったのに、やっぱり女の子なのか妹紅が悩み始めたためにかなり時間をかけることになってしまった。その結果が今の妹紅のあどけない笑顔だと考えると欠片も惜しくはないが。あとあれで案外胸が大きいとわかったのもグッド。本人の前では絶対に言えないけど、あの格好は予想以上に破壊力がある。その妹紅が一番お気に召しているのはどうやらジェットコースターらしい。本人曰く空を飛べるのに不思議なものだ。
大人二人分のチケットを買って園内に入ると、平日だということもあってかなり空いている。いや、場末であることを考えれば混んでいると形容してもいいかもしれない。一応、人気のアトラクションには人が並んでいるのだから。
「早く乗ろうよー」
妹紅は一目散にジェットコースターの列へ走っていく。こっちを見ながらなのに的確に人を避けていく様は最適化されたゲームの動きにどことなく似ていた。弾幕ごっことやらはもしかしたら特にゲーム的な要素が強いのかもしれない。ならば、今の動きはかなり熟練されたもの、なんて見たこともないのに勝手に思い込みそうになる自分に笑いながら、妹紅の元へ向かう。体力はないのでゆったり歩きながらだが。
「ヤツフサー、速くー!」
「わかったよ」
そういえば、名前を呼ばれたのはこれが初めてかもしれない。ずっと貴方とかアンタとかばかりだったからな。そもそも名前も苗字も微妙に発音しにくいので、まともに名前で呼ばれることが滅多にない。一番多かったのはヤっちゃんで、後はフーちゃんだとかやけにちゃん付けで呼ばれていた記憶がある。呼んでいたのは周りの大人たちばかりだからそれも当たり前か。小学校の頃から友達は俺のことを苗字で呼んでいたからな。
だけどそれももう昔のことだ。少しだけ過去を懐かしみながら、俺は妹紅に追いつくために足を早めた。
列の近くで待っていた妹紅と合流して最後尾に並ぶ。前を伺い見ると、人はそこそこ並んでいて、立て看板には待ち時間十分と書かれている。頭上前方からは楽しむ叫び声が谺していて、ここのジェットコースターは特に絶叫系の面が強かったことを思い出す。杞憂だとは思うが、妹紅は大丈夫だろうか。ちなみに、俺は絶叫系に対して恐怖感はない。仮に落ちたとしても死なないと思えてしまうからだろう。一度飛び降りたことがあるのも理由の一つか。だから、絶叫アトラクションを楽しむことも苦手なのだ。スリルを感じることができないのだから。とは言っても単純に風を切るのを心地良く思ったりもするのだが。
隣の妹紅は相変わらず未知の乗り物体験にはしゃいでいる。きっとどんな結果でも楽しめたことになるだろうな、と傍から見ても感じる程のハイテンションだ。というか小学生くらいの反応だ。楽しみか、と俺が聞くと目を爛々と輝かせて首をブンブンと振る。
「面白そうじゃない」
「そういうものかね」
楽しんだ経験がないから俺には良く分からないな。
「風は気持ちいいけどさ」
「それも楽しみだよ」
「そうかい。ほら次、俺らの番だぞ」
「え? あ、ホントだ」
都合良く目の前で列が切れる。空中旅行に行って帰って来たカートから乗客が降りると、当然最前列に案内された。二掛ける五の十人乗りだから、横にいるのは妹紅だけだ。係員の指示に従ってセーフティバーだとかいうものを引き降ろすと、妹紅が一瞬固まる。
「どうした?」
「いや、なんか動き縛られてない?」
「落ちたら危ないだろうが」
高さや速さは怖くないが、身動きが取れなくなるのは嫌いなのは、やはり不死ゆえの感覚だろうか。気持ちは想像できる。が、そんなことを言っていては楽しめないアトラクションも数多い。それを妹紅にどう説明すればいいのか、全く思いつかなかったので、別の作戦に出てみる。
「でも腕は動かせるだろ」
「そうだけど」
「こっからしばらく昇るんだけどな、急降下するときには両腕をあげて万歳するって決まりがあるんだ」
「マジで!?」
「おう、ついでに声も上げると尚良し。ほら、前に乗ってた客も同じようなことしてたろ」
「そう言われると確かにやってたような・・・・・・」
再び目が光を取り戻す。動けない怖さよりお約束のアクションをすることへの楽しみに意識が向いたからだ。ガコンと音を立てて、カートがローラーに巻かれて動き出す。目の前の大きな坂をチェーンに運ばれて昇りながら、頂上に辿り着く。落ちる直前一瞬の浮遊感。妹紅に言った手前、俺も両手を上げて叫ぶ。急降下した車体が右へ左へと俺たちの体を大きく揺らし、三百六十度縦ループがもう一度体を宙に浮かせようとする。小高い丘になっているところを思い切り駆け抜ける。風を切ったときの心地良い感覚が頬を撫でた。風圧にさらされながらも隣を見ると、妹紅が楽しそうに笑っている。それだけで俺が楽しむには十分だった。
長いようで短い時間が終わり、カートはスピードを落としながら出発点に戻ってきた。さっきまで高速で走っていたせいで、ふわふわとして、地に足が着いてない気がする。
「楽しかったな!」
興奮さめやらぬと言ったところか。長い髪の毛が風に煽られてボサボサになっていることにも構わずに、もう一度乗ろうと言い出さんばかりの剣幕で妹紅が言う。
「ああ、そうだな」
「なんか反応悪いー」
「いやいや楽しませてもらったさ」
主に妹紅にだけど。自分と常識の違う人ってのは、一々行動が面白いんだよな。あと可愛い女の子と一緒に行くとなんか男の格が上がったような気になる。気の所為だ。
ま、これだけ楽しんでもらえたなら重畳。俺にとってもいい一日になりそうだ。
*
「ごめんってば」
「・・・・・・」
「ヤツフサ、本当に怒ってる? なんか言ってよ」
「別に怒ってるわけじゃないさ」
お通夜モードの妹紅になんと答えるか考えていたのと、園内のカフェで出されたジュースが予想外に美味しかったから堪能していただけだ。腕の火傷はひりひりと痛むが、大怪我というほどではない。数十分ほど中止になってしまった遊園地側の人達には申し訳ないことをしたが。
どうしてこんなことになったのかと言うと、ジェットコースターの後にお化け屋敷に入ろうと提案されたのがきっかけだ。幽霊やお化けの類は見慣れていると自慢げな妹紅が、突然出てきたゾンビ(もちろん中身は人間)に驚いて、周りを燃やそうとしたのだ。俺が咄嗟に抑えて、飛び火することもなかったから実質的な被害は俺の火傷だけだが、慌てて集まってきた従業員にライターを見せながら謝って、俺の不注意ということにしてもらうのに結構な時間を費やした。その結果妹紅は意気消沈、とりあえず一旦休憩しようとカフェに入ったところで現在に至る。
「しかし、炎なんて出せたんだな」
「え? まあ、元々は私の力じゃないけどね」
「そうなのか?」
「幻想郷みたいな魔窟の生まれや、魔法使いの類でもなければ能力なんて持ってないよ。一応貴方みたいな例外は居るけどね」
「俺は例外扱いかよ」
「そりゃ博麗の巫女でも現人神でも半獣でもないのに能力を持っているなんて普通はないからね。そうね、私とは別に付けるなら、生き返る程度の能力といったところかしら」
「老いはするからな、たぶん」
妹紅の老いることも死ぬこともない程度の能力は、俺の体質の上位互換みたいなものだ。不死に不老が加わって、さらに再生の条件も大きく緩和されている。右手に食われるなんてこともない。ここまで完璧な不老不死を作り出すとは、蓬莱の薬、そして月の薬師恐るべし。対して俺は、「生き返る程度の能力」の名の通り、死なない程度の傷には何の効果も発揮しない。一回心臓でも抉った方が回復は早いだろう。
「抉ってあげようか?」
「やめてくれ」
そんなことをすればここはすぐにでも阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。俺も生き返るとわかっていても殺されるのは怖い。
「殺され慣れといた方がいいと思うんだけどなあ」
「いいか、普通の人間には命は一つしかない。俺だって慣れるためだけに空費したいとは思わない」
「絶対あっちで失うことになるから変わらないと思うけど」
「だったら先延ばすさ。先延ばしは人間の特権だからな」
ジュースのおかわりを頼みに手を上げる。俺はどうやら倹約家だったようで、社会人二年目とは思えないほどの金額が口座に残っていた。大学の頃のバイトが基本収入だったが、そういえば何か明確な理由が有ってバイトをしていたわけでもなし。無駄に貯まるのは自明の理であった。だから、懐を気にする必要もない。
注がれたマンゴージュースを揺らすと、水よりもややとろみを持って動く。これが旨いんだこれが。
「随分お気に入りなのね」
「今時珍しい掘り出し物だよ」
幻想郷で飲む可能性も低いしな。飲めるときに飲んでおこう。
未だに昼前、閉園が六時だからまだまだ遊ぶには時間がある。バイキングにフリーフォール、メリーゴーランドにコーヒーカップと乗ってないアトラクションも盛り沢山だ。三杯目のお代わりには若干後ろ髪を引かれながらも、ナフキンで口を吹いて立ち上がる。
「さて妹紅、次はどこへ行こうか」
「腕は大丈夫なの?」
「このくらいなら最初から問題ないさ。さっ、早く決めないと回る時間が無くなるぞ?」
「うぇ!? えーと、あの船乗りたい!」
そういって指さされたのはいわゆるバイキングと呼ばれる奴だ。確かに見た目は船だな。というかコンセプトが船か。どちらかといえばこれも絶叫系で、妹紅はその手のものが好きみたいだ。ゾンビは怖がったくせに。
「そうと決まれば早速行くか」
支払いを済ませるべく、俺はもう一度店員を呼ぶことにした。
*
「はしゃぎ過ぎたか」
閉園の鐘が鳴る黄昏時、引け目を感じるお化け屋敷以外の全アトラクションをはしごし、さらに三回ほどジェットコースターに乗り直したところで妹紅は疲れてしまったのか、安らかな寝息を立てている。起こすのもかわいそうだし、若干の下心もあっておんぶした状態で家路を辿っているのだが、いかんせん足腰が辛い。電車に乗るわけにもいかず、三駅というのは歩くには少々長い。これでもまだ、行きの時ならば余裕を持っていけただろうが、既に体力いっぱい遊園地内を歩き回った後だ。これならアウトドアの趣味でも持っとけばよかった。
「私が家まで運んであげましょうか?」
「いえいえ結構こちらの都合ですので」
反射的に応対してから首をひねる。俺はいったい誰に声をかけられたんだ?
「あら、驚きはしないのね。少し悲しいわ」
いつの間にか隣に美女が並んでいた。金色の髪に紫の瞳。日本らしからぬドレスを身にまとったその女性は、どこか幼げな部分もあるにしろ、大人のお姉さんと言って概ね差し支えない。
「驚いてますよ」
これは本心だった。どこからか隣に人が現れて、驚かない筈がない。アドレナリンの分泌かなんかでちょっと麻痺しているだけだ。
気が付けば人通りは無かった。俺と妹紅が初めて会ったときみたいに何らかの細工をしているのか。極道の偉い人なら能力なんか使わなくてもできるのだから、妖怪にとっては難しいことでもないのだろう。
「それで、俺に何か用ですか。八雲紫さん?」
「あら、藤原妹紅から私のことを聞いたのかしら。あと敬語じゃなくて構わないわよ」
「それじゃあ遠慮なく。半分は妹紅から聞いたけど、外見的な特徴については一つしか聞いてない」
「特徴?」
「一目で分かるほどに胡散臭い」
聞いた時には理解できなかったが、こうして相対するとよく分かる。雰囲気も言葉遣いも声音も見た目も、胡散臭いという言葉で構成されているかのようだ。理由を言葉にすることもできない。説明するならば、百聞は一見に如かずと俺は言うだろう。それほどに鮮烈で、優美で、そして曖昧だった。
「随分と酷い言われようね」
「言い得て妙だと思うけどな」
紫は気に入らなかったのか、少しムッとして差していた日傘を回す。もう日も沈むのに御苦労なことだ。そんなこと俺には関係なけどな。
「それで、何用か聞いたはずだけど」
「別に、歓迎する前に顔だけでも見ておこうかと思っただけよ。若丘八房という、幻想郷に来ようなんて酔狂な人間を」
「フルネームで呼ばれたのは大学の卒業式以来だ。それに、アンタは分かっていて妹紅を俺と引き合わせたんじゃないのか?」
「それは少し違うわね」
日傘はもう必要ないと判断して畳み、代わりに扇子を口元に当てる。この動作が胡散臭さを倍増させている一因なのは考えるまでもない。
「とある吸血鬼の言葉を借りるならば、貴方と藤原妹紅は出会う運命だったのよ」
私はそれを邪魔しなかっただけ、と紫は言う。つまり、あの時に俺が助けようとしなくても、いやそれ以前に妹紅がこちら側に来なかったとしても俺は彼女に出会っていたのか。たぶん嘘は言っていない。疑いたくなる気持ちで一杯にはなるけど、そんなことをしたって相手には何の得もないのだ。だったら信じた方がお互いのためになる。
「なるほど」
「案外すんなり納得するのね」
「駄々をこねても仕方が無い」
日はすっかり落ち、妖怪の生きる夜の時間になる。紫に食われるかもしれないと思ったが、こちとら死なないだけの一般人。幻想郷屈指の大妖怪に抵抗しても無駄なので、もしそうなったら諦めるとしよう。
何故か紫はずっと俺の隣を歩き続けている。取って食おうって雰囲気じゃないし、俺が家に帰るのを待つなら家に先に行って待っていればいい。先程から他愛もない会話ばかりを続けることに何の意味があるのだろう。少なくとも俺は、妹紅からじゃよくわからなかった幻想郷のことをより知ることができたのだから収穫はあったと言える。しかし、俺よりもはるかに長く生きている相手にメリットはない。なんてことも考えたが、正体がなんだったところで俺には関係ないし、どうせ答えに行き着かないこともわかっていたので、素知らぬ顔をして世間話を続ける。
「じゃあ、賢者様から俺はどう見える?」
「そうねえ、一言で言えば面白い、かしらね」
それはちょっと不名誉な感想だ。
「褒め言葉よ。断言できるわ。貴方なら幻想郷に渡っても上手くやって行ける」
「それはどうも」
あと数百メートル程で家に着こうかというとき、紫は唐突に時間が押していると言って去っていった。その直後に妹紅の目が覚めたのは決して偶然などではないのだろう。妹紅と話すのが面倒で逃げたに違いない。家に着いてシャワーを浴び、ビールを飲みながら、紫の想定していたよりも人間らしい行動原理に苦笑していると、同じように体を洗って出て来た妹紅が奇妙なものを見る目つきで首を傾げていた。
「何かあったの?」
「いいや何も」
紫に会ったことはしばらく秘密にしておこう。驚いたリアクションはさぞ可愛らしいものだろうと、酔った影響か少しにやけている顔をビールを飲むことで誤魔化した。