「貴方が異変解決に乗り出すとは思いませんでしたよ」
「私もこんな時じゃければ参加しないさ」
妖怪の山の入口で見つかったのは例の烏天狗。いつもと同じ新聞記者の格好だけど、態度は天狗としてのもののようだ。葉団扇を構えているのは、私が山に引き起こす災害を警戒しているからだろう。何故かは知らないけど、天狗達には私が戦えば山火事が起こると考えられている。確かに一度迷いの竹林を火事にしてしまったことはあるけれど、幾ら何でもあんまりな扱いだ。
別に押し通ってしまっても構わないのだが、まあ一応交渉でもしてみようかと今回の異変について霊夢から聞かされたことをこいつにも教えてやる。どうせどっかから嗅ぎつけて新聞にするんだろうから私が教えたって同じことだろう。全て聞き終えた文が難しい顔をして立ったまま足を組む。よくそんな器用なことが出来るものだと少し感心しながら私は次の言葉を待った。
「で、そのボールが妖怪の山にあると仰るんですか」
「そうよ。なんてったって霊夢が言ったからね。無いはずがない」
「そう言われてしまうと反論出来そうにありませんね」
困ったような表情を浮かべる文。下手に出ているように見えるがその妖力は言外に帰れと威圧してきている。ヤツフサも同じようだったけど、私はこのカラスが好きではない。いつもおどけてばかりで、本当は強いはずなのにそれを見せようとしない。狡猾と言えば聞こえはいいけれど、実際は道化師を演じていたいだけだろう。自身の力を偽る利点が無いのだから。そんなのだから私は彼女が嫌いだった。
「とにかく、持ってる相手に心当たりがあるなら連れてきてよ。無いなら勝手に入って探すから」
「いやいや、妹紅さんの言いたいことも分かりますがこっちも部外者をはいそうですかと入れるわけにはいかないんですよ。もちろん仲間を売ることも」
「へえ、アンタに仲間意識なんてあったんだ」
これは本心だった。彼女に協調性なんてものが欠片でもあるとは思っていなかった。他の天狗は基本的に自分たちの種族中心で他を馬鹿にしているのに対し彼女は全て平等に取材対象として見ているように思え、むしろ天狗を馬鹿にしているのではないかとすら思える。だから天狗の中でもまだ人里の人間達に親しまれているのだろう。自分を馬鹿にするような奴と仲良くなんてしたくないだろうし。
「そりゃまあ天狗ですから」
「ふーん。まあそんなのこっちには関係無いけどね」
「ですよねー」
とほほ、と大仰に呆れて見せるバカ天狗を尻目に私は妖怪の山へ足を踏み入れようとする。問答している時間がなんとなく惜しかった。普段なら時間は幾らでもあると余裕を持てていただろうに、ヤツフサが居るとこんなに時間が早く感じられるのか。焦りが収まらない。この軽佻浮薄な烏天狗がこのまま見逃してくれればいいのだが、当然そうはいかず後ろから肩を掴まれた。
「だから困りますって」
「うるさいなあ」
「ここを通りたければ私を倒してからにしなさい」
「あっそう」
煩かったのでデコピンをかますと呆気なく文は倒れた。もちろんこいつがそんなに弱いはずもなく、言ってみれば私を通すための大義名分という奴なのだろう。彼女が本気で私を止めるつもりがないのは、監視している他の天狗からもバレバレだろう。しかし、彼女に対しては口を出せないのか彼女がそれを苦にしているように見えたことは一度もない。
「くそー、河童の所に行かせるわけにはー」
「うっさいっての」
なおも足首を掴み、ご丁寧にも棒読みでボールのある場所まで教えてくれる(ついでにカメラを構えてから落胆している)有能なバカ天狗を足蹴にしながら、私は教えられた通りに河童の集落がある場所へと歩を進めることにした。他の天狗達の妖力は遠巻きに感じられるが、近付いてこようとはしない。臆病者と罵ってやりたくなる。少なくとも見た目は良い歳したおっさんが文よりも根性が無いっていうんだから。そもそも私が今まで何度か妖怪の山に入っても、文と犬走椛とかいう白狼天狗以外に出会ったことが無い。そしてその両方共が本気で私と敵対する気がないのだからお笑いだ。まあ文はともかく椛に負ける気はしないんだけれども。
舗装された参拝道とは全く違って歩きにくい獣道を行く。そういえば、ここはヤツフサと来たことが無い場所だったな。人間が立ち寄る場所じゃないと言ったらやけにあっさり引き下がったんだっけ。わりと好奇心のあるヤツフサにしては珍しいと思ったけれど、あいつも命が惜しいんだろうと思って流した記憶がある。
それはそれ、今私がするべきは河童の集落とやらを探すことである。見つかったとしても誰かの手に渡っているのなら奪い取らなければならない。交渉や交換で済めば楽だけれど、絶対に手放さないだろうという確信もある。文に行って持ってこさせれば良かっただろうか。いやそれはそれで面倒な対価を要求されるに決まってるか。
「おや、人間かい?」
声をかけられて振り向いてみると、私のそう変わらないくらいの女が居た。背中に背負ったどでかいバッグにどれも似たり寄ったりな青っぽい服装。間違いない、河童だ。ついでに緑の帽子と青い髪には見覚えがあった。宗教戦争の時に暴れていた、確か名前は「河城にとり」
「あれ、私のことを知ってるのか」
「前に見たからね」
「そうかいそうかい盟友に名前を覚えてもらえてるのは嬉しいことだよ。でも君らにこの山は危険過ぎる。早く降りな」
それは本当に心配してくれているようで、珍しい妖怪だなと素直に思う。ここは妖怪の本拠地だ。襲われることこそあれど心配されることなんてそうそうないから。だけど、降りるわけには行かない理由がこちらにはある。私は黄泉比良坂のボールを取り出してにとりに見せる。もちろん取られないように細心の注意を払いながら。
「こんなのを探してるんだ。見てないか?」
ボールをまじまじと見つめたにとりはしばらくうんと唸って、それから思い出したように手を叩いた。
「それならこないだ拾ったね」
「本当か!?」
まさかこんなに早く見つかるとは。それも集落から離れた場所で。
「それが必要なのかい?」
「ああ、譲ってくれないかしら。出来ないなら無理矢理奪い取るしかないが」
礼儀正しくしながら同時に脅しも兼ねて妖力と炎も出しておく。にとりは「ひゅい!?」と驚いて一歩二歩下がる。
「どうする?」
「むむむ、問答無用じゃないだけ霊夢や魔理沙よりマシだけどさ。人間ってのは皆
「さあね、でどうなの?」
「まあいいけどさ。タダは流石に勘弁だね」
「じゃあ何が欲しいんだ」
「そうだね、じゃあそっちのボールを・・・・・・っとと冗談だよ」
炎の揺らめきを大きくするとにとりは慌てて訂正する。
「じゃあ、ちょっと手伝いをしてもらおうかね」
「手伝い?」
「そう、人間でも出来る、簡単なことさ」
そう言って笑うにとりの顔を見てしまったと思ったが遅過ぎた。
──こいつは
*
「で、何かと思えば落とした荷物探しか」
「そ、これは仲間には頼めないからね」
足場が悪い道を苦闘しながらにとりについて歩く。背中には彼女のものにそっくりなリュックを背負わされて、さらにその中には外の世界でヤツフサが持っていたような訳の分からないコード類とやらが詰まっている。その他にもよく分からない円盤やよく分からない何か。一言で言えばよく分からないものでパンパンになっている。よくもまあこれだけ落としたものだ。全部を自分で把握しているのだろうか。
「仲間に頼めないって?」
「だって、掘り出し物を取られちまうだろ?」
「なるほど」
河童も集まって仲良しこよしという訳では無いらしい。そう言えば以前守矢神社が
「しかし、聞いてみれば今の異変に関わってるアイテムなんだって?」
「ボールのこと?」
「そ、さっき文が来て言ってたよ。そんなボールがあったら教えてくれって」
文がそんなことを。思ったより情に厚いのか。それなら少しくらい新聞をとってやってもいいかも。
「痺れを切らした蓬莱人に山を焼かれたくないからだってさ」
前言撤回。今度来たら本人ごと焼き切ってやる。
「蓬莱人ってのはアンタだろ。どうして異変に参加するんだ?」
「楽しそうだから、じゃダメか?」
「だったら交渉なんてしてこないだろ? 諦めるか、霊夢みたいに力づくで持ってくか。まあ圧倒的に後者の方が多いけど」
自分の暇を潰すだけなら相手の都合なんて容赦しないのさ。と、にとりは言う。それは確かにそうかもしれない、と思いかけてからそれはあいつら規格外だけだということに気付く。でも異変に参加しようなんて酔狂者は軒並み規格外だということにも気付いて溜め息を吐く。私以外に常識人は居ないのか。
「きっと誰もがアンタに言われたくないって思ってるよ」
「なんでよ」
「さあねー? で、結局理由は何なんだい?」
「・・・・・・・・・・・・」
「嫌なら文に聞くけど」
「それだけはやめて」
あいつに話されたらどんな尾ひれをつけられるか分かったものじゃない。しかもこいつは絶対それで後後いじってくるタイプだ。あのウサギみたいにギリギリのラインを見計らって。話すしかないか。とはいっても、誰かに話すような理由でもないのだが。
「知り合いが異変のせいでちょっと参っててさ。恩があるから返したいんだよね」
「ほほう、その知り合いって男? 女?」
「どっちでもいいでしょ」
「いや良くない。そういう反応をするってことは男だね。ってことはあの半獣の教師じゃないのか」
「なんで慧音が出てくるんだ」
「じゃああの一緒に暮らしてた人間の方か」
「なんでそこまで知って──」
そういうことか。こいつ私のこと最初から知ってやがったな。本気で心配してくれた辺り私の強さまでは知らないようだけど。どうやってかそこまで知られてるなら隠すことは不可能だ。がっくりと項垂れて「そうだ」と答えてやる。それを聞いてにとりは顔をぱあっと輝かせて恋人かどうか執拗に聞いてくる。あの夜のことが未だに引っかかってる私ははいともいいえとも答えられず、恥ずかしさだけがこみ上げてくる。
「でもそいつのために動くってことは、そいつのことが好きなんだ」
「そ、それは・・・・・・」
「じゃないとアンタみたいに動かない奴が動くわけないじゃん。好きなんでしょ?」
そう言われてしまっては返す言葉もない。どうにか話を逸らそうと試みるがにとりはそこから離れるつもりは無いようだ。どこまでいっただとか出歯亀のように口うるさい。
「むう、じゃあ嫌いなのかい」
「そういうわけじゃ!」
「じゃあ好きなんだね」
「ぐっ・・・・・・そうだよ、悪いかよ」
猛攻に耐えきれずついに諦める。白蓮にもバレてたし、そんなに隠すのが苦手なのだろうか。にとりに聞くと「分からない方がおかしい」と返されてしまった。じゃああの烏天狗にも知られているのか。うおお、やっぱりあいつだけは焼かないといけない。生かしておけない。
「ほっといても文は何も言わないと思うけどなあ。あいつ、あれでピュアだし」
「ピュア? あの捏造烏天狗が?」
むう、あの文を純粋だと言い張るような奴が居るとは。私の知り合いに聞けば十人のうち九人が嘘だと言うだろう。ちなみに残りの一人は目の前にいるこの河童。
「まあそんな事言うと文に追いかけ回されるから言わないけどね」
今言っちゃってるじゃん。とは言わなかった。
ゴミ拾いもようやく終わり、にとりが自分のバッグから私の持ってる二つによく似たボールを取り出す。これで三つ目。聞いた話じゃ七つあるらしいからだいたい半分が揃ったことになる。とはいえまだ四つもあるので道のりは長いけど。
「それじゃあ程々に頑張りなよー。噂じゃお山の仙人様も動いてるらしいからね」
「仙人?」
山の仙人なんて聞いたこともないが、住人の河童が言うのなら住んでいるんだろう。ピンク髪のシニョンをつけた仙人だと聞かれて、そんな姿を人里で見たことがあるなとなんとなく思い出す。言われてみればなかなかに仙人らしいのに何故分からなかったのだろう。いや団子を如何にも美味しそうに頬張る仙人が居てたまるか。あれはもっと口うるさくて面倒くさいもんだ。
「で、その仙人サマが本当に異変解決してるの?」
「そ、魔理沙が通信で取られたって喚いてた」
「あらまそりゃ可哀想に」
魔理沙を倒すのなら相当な手練だ。というか魔理沙と連絡を取っているのか。だったら魔理沙にボールを取られていそうなものだけど。そう言うと、八つ当たりされるのは面倒だからボールのことは話さなかったから、とにとりは悪びれる様子もない。そのあっけらかんとした表情を見て、やっぱり油断ならないタイプの妖怪だと私は改めて思うのだった。
書いててぴゅあやという謎の単語が浮かんだ。
にとりは最初容赦なく焼く予定だったんですが、どういうわけか上手くやり込められてしまいました。妹紅はボールが手に入ってにとりは燃やされずに済んで万々歳ということで