「おお、飛んだ飛んだ」
「いやー、やっぱり習得するの早いですねえ」
地に足がつかない感覚が心地好い。飛ぶのってわりと楽しいな。妹紅達が歩きたがらないのも分かった気がする。ただ、だからといって普段から飛んで移動するかと言われるとそうする気は起きないんだけどな。例えるならアレだ、子供の頃によく乗った一輪車とか竹馬だ。乗るのは楽しいし移動手段に出来なくもないけど使おうとは思わない、そんな感じ。
「この調子ならそろそろ気力を分け与えなくても大丈夫そうですね」
「マジで?」
これであの地獄のような修行からは開放されるのか。いや言うほど心折られたわけでもないけど。
「異変が終わったら妹紅さんに迎えに来てもらいましょうか」
「異変、まだ終わってないのか」
「ええ、そのようですよ」
異変がどんなものなのかは未だに知らないが、妹紅が危険な目にあってなければいいな。不死身と分かっていても心配なものは心配なのだ。あいつは結構一人で抱え込んじまうからな。会いに行ってやりたいが、あいつの意思を無視するわけにもいかない。
「とりあえず、今日はこれで終わりにしましょう」
「やったぜ」
「自主練は」
「やりません」
強くなりたいわけじゃないからな。飛べるようになっただけで儲けもんだ。それに他にやりたいこともある。
何はともあれ先ずはシャワーでも浴びようか。門番に戻る美鈴に軽い挨拶をして俺は館に向かった。
*
「ん・・・・・・あれ?」
視界がぼやけて何も見えない。えーと、何をしていたんだっけ。ヤツフサが倒れて、異変解決をしようとして、変な仙人と戦って。そうだ、確かその仙人がむちゃくちゃ強かったんだ。それで最後苦し紛れに自爆したんだっけ。たぶん今は目を覚ましたとこなのだろう。隣に誰かいるようだが誰か分からない。
「目を覚ましましたか?」
声が聞こえて、ぼやけた視界のまま起き上がる。やっと目が治ってきて、あのピンク仙人の姿が目に入った。服は所々破れたり煤けたりしているが、本人にそこまで大きなダメージは入っていないようだった。つまり、私は負けたのか。最後の切り札も効かなかったのだ。敗北という他ないだろう。隣に居たのはこころ。逃げろと言ったのに逃げなかったのか。いや怪我はしてないから私が気絶してからやってきたのだろう。今は眠ってしまっている。
「本当なら私が行くべきなのですが。今回は貴方に譲りますよ」
「え?」
急に言われて何のことだ、と少し考えて異変のことだと理解する。負けた私にチャンスをくれるというのだろうか。
「八雲紫が貴女を推したのよ。一度外の世界に行っている貴女の方が適任だと」
「紫が・・・・・・!?」
あの胡散臭い妖怪が私の味方をしてくれたというのだろうか。それは非常に考えにくい。でも、私が外の世界に迷い込んだのを知っている相手はそう多くない。ヤツフサと紫と、後は酔った勢いで口走ってしまった神奈子、それくらいだろう。それに仙人が嘘をついているようにも見えない。
私としては不本意なのだけれど、と茨華仙は目を逸らす。それはそうだ。私に勝ったのに権利を取られてしまったのだから。それはそれで申し訳なく思うけれど、でも譲られた権利を放棄するつもりは無い。
「それと、ご友人にも感謝しておきなさい」
「友人って、こころのことか」
「すぐに戻ってきて貴女のことを心配してたわよ」
「そっか・・・・・・」
私の体質を知った上で心配してくれる奴なんてそう多くない。慧音でさえそれに関しては大丈夫だろうとたかをくくっているのだ。他の奴らは不死身なら痛みも感じないとでも思っているようだ。私のことを心配してくれたのも、ヤツフサと、こいつくらい。
「ありがとうな」
まだ眠ったままのこころの頭を撫でてやる。最初は面倒くさいとも思ったが、なかなかどうしていい奴だ。命蓮寺も聖徳太子もこれに毒気を抜かれたのだろうか。まあ気持ちは分からなくもない。
さて、と。私はこころを起こさないようにして起き上がる。身体はもう完全に治っていた。どれくらい寝てたのか、と聞くとせいぜい数時間程度だ、と返ってくる。思っていたよりも短い。止まったと思っていた私も成長しているのだろうか。それとも外傷はあまり無かったのが大きいのだろうか。まあいい、どちらにせよ問題なく動けるのだから。
「それじゃあちょっと行ってくるよ」
「気を付けてね。外の世界は危険だと聞くので。それとあまり暴れないように」
「あいよ。それに、言うほど危険でもないよ」
ああでも、しんごうには気を付けないとくるまに轢かれるか。そこら辺の知識はヤツフサから教えてもらった。それ以外にも外で暮らす時に必要な知識はいろいろ教えてもらったと思う。
ふと、戻ってきたらヤツフサに会いたいな、とそう思った。
*
「ヤツフサー、何読んでるの?」
「ちょっと借り物の本をな」
「パチュリーから?」
「いや、違う」
俺の手にあるのは結構前に霖之助から借りた本。以前からちまちまと読み進めてはいたのだが、ここになって纏まって読む時間を持つことが出来たのだ。内容はややこしい理論が延々と説明されているもので半分も理解出来ないが、あの店主が役に立つだなんて言ったものだから騙し騙し読み続けている。これで何にもならなかったら角であの色男の頭をぶっ叩いてやろう。何、半妖だから心配ないだろう。
「悪いけどこっちに集中したいんだ。こあが遊んでくれるってよ」
「えっ八房さん」
「はーい、こあー遊ぼー」
「ええええ!?」
フランのことを小悪魔に任せて俺は再び読書に戻る。数百ページの大作だがこれでようやく最後の章だ。それは他の章の半分位の薄さしかない。まとめということなのだろう。
結局分からなかった結論がいったいどんな物だったのか。ページをめくる手が速くなる。ざっくばらんに読んでしまっているが仕方の無いことだろう。知りたいのだ。自分では分からなかった答えを見たい。そのために自分はこの本を読んでいるのだから。
「・・・・・・はっ?」
めくる手が止まる。恐る恐る次のページを開いてみるが、そこにはもう何も書かれていない。本の奥付が乗っているだけで、筆者の意見も意図も何も無い。慌ててページを前に戻して書いてある文言に目を凝らす。間違いない。これが結論だ。
「はっ、ははは」
乾いた笑いが止まらない。なんだよ。なんかもう全部馬鹿らしいじゃないか。そこに書いてあった結論はただ一言。『人は理屈では語れない』とだけ。それが答えなのか。俺が今まで幾ら考えても答えが出なかったのはそのせいか。考えようとしている時点で無駄だったのか。余りにも遠い回り道だ。だけど自分の生き方は、まるでこの本と同じ。ぐだぐだと訳の分からないことばかりつらまえて本質を全く見ようとしていなかったんだ。
行かなきゃ、今すぐ妹紅に会いたい。結構我侭聞いてるんだから偶にはこっちの我侭も聞いてもらおう。本を置いて立ち上がる。図書館では小悪魔がまだフランに追いかけ回されていたが関係ない。大図書館を出て廊下ですれ違った咲夜にちょっと外出するとだけ告げる。屋敷から門を出ようとすると、目を瞑ったままの美鈴に話しかけられた。
「行くんですか?」
「お前はいつも見透かしたような言い方するよな」
それこそレミリアみたいに、運命でも見透かしているかのように。
「八房さんがそれだけ分かりやすいんですよ」
「そうか、そうかもな」
それ以上は何も話さない。言うだけ意味がないから。俺は行ってくるとだけ告げて紅魔館を後にした。
*
「っつう、やっぱ煩いなあ」
くるまの鳴らす音に耳を押さえる。排気音だっけ、始めてきた時もやっぱり煩かった。しばらくしたら慣れたけど、やはり何度聞いても気持ちのいいものじゃない。ヤツフサが言うことには好んでこの音を大きくする人も居るようだけど理解不能だ。他人の趣味に文句を言うつもりもないけど。
それでもヤツフサの住んでいた地域と比べるとくるまの量は少ないようだった。天に届くかという高い建物の数も少ない。つまりあそこと比べると人が少ない、ということか。きっとそういうことだろう。しかし人通りはけして少ないわけじゃない。じろじろと私の顔を見て通り過ぎていく人が多いのは、白い髪が珍しいのか。ここの辺りは髪を染めている奴が居ないのだろう、黒髪ばかりだ。
「さて、異変の張本人を探さないとな」
残された時間はあまり多くないらしい。感傷に浸るのもこれまでにして、さったしと黒幕をぶちのめして帰ろう。その黒幕はどうやって見つけようか。あんなことやってのけるのだから当然近くにいるはずだが。
「釣れた釣れた、大量だー」
行き交う人の話し声の中でその台詞だけやけに耳に残る。声がした方を向くと奇天烈な格好をした女が立っていた。紫の服に変な帽子。ってもだいたい幻想郷の連中も変なの被ってるからそれは別にいいか。慧音のに比べれば普通だ普通。
「で、アンタが異変の犯人か?」
「異変? ああオカルトボールの件か」
「そうだ、その件だ」
あんまり驚いてないのねえ、と少女はつまらなさそうだ。そりゃ確かに願いが叶うなんて思ってたら驚くかもな。でも既に嘘っぱちだって気付かれてたぞ。まだまだだな。
「しかも幻想郷には何の変化も起きてないみたいだし」
「幻想郷を壊すのが目的だったのか?」
「ううん、私は幻想郷の秘密を暴くのが目的よ」
「秘密?」
「そう、そのために結界が邪魔だった」
「やっぱり壊そうとしてんじゃねえか」
詳しくは知らないけれど、結界が破壊されれば幻想郷を維持することは出来なくなる。まあ多少は持つからその間に紫が何とかしてくれるだろうが、自分のしたことがどれだけ危険かも知らない奴だ。
「見ていて腹が立つな」
「おお怖い。幻想郷の奴らってのは好戦的なのね」
「そうだな。特にお前みたいにぬるま湯に浸かってそうな奴はな」
「ぬるま湯だなんて失礼ね」
女が眉を顰める。ぬるま湯と呼ばれたのがお気に召さないようだ。だけど、こんな奴のせいでヤツフサがあんなに苦しんだのかと思うと殺意すら湧いてくる。暴れるなとは言われたけれど、少し異変の黒幕だ。少しくらい遊んでやってもいいだろう。
「問題抱えまくる現代社会の息詰まる学校生活。それを経験していない奴に何が分かる。幻想郷の奴はどうしてこう相手を侮るのかしらね」
「実力差って奴だな」
「人類の叡智か歪みが生んだ悪魔か。どちらが優れているのか試してみなさい!」
そう言って女が懐から取り出したのは変な玩具。それを鈴仙みたいに私に向けて構える。となればその後も同じだろう。すぐさま攻撃が通るだろう場所から離れる。その直後に高速で何かが通過していった。鈴仙のと違って実体がありそうだ。当たらないように気をつけよう。こちらからも何か反撃をしたいのだが、殺してしまうのは寝覚めが悪い。というより絶対にヤツフサが怒る。どのくらいなら死なないかといった手加減は苦手なので、持っている武器を全部壊してしまおう。私は考えると同時に極小の火球を打ち出して弾を発射した玩具を破壊した。
「人類の叡智とやらはその程度か?」
「まさか!」
今度はスカートのポケットから何か取り出す。あれは確かヤツフサも持っていたすまーとふぉんとか言うやつだ。それで何をするつもりなのか。少なくとも攻撃に使えるような機能はなかった筈だが。
「くらえ!」
それを片手間に操ると、周りの物体が宙に浮き始める。それと忘れていたけど周りには関係無い人間が居るのだ。これはヤバい。ヤツフサと同じように、他人に知られて幻想でなくなってしまうのは避けたい。
私は炎の壁でこの女と私を包んでしまう。そしてそのまま上空へ火を球体のようにして浮かび上がらせる。驚いた女も飛んで着いてくるが、浮かしていた物体は入ってこれない。まあこんな無粋なことをいつまでもするつもりはない。ある程度上昇したところで炎を解いてやる。
「何してくれんのよ」
「他人に見られると面倒だからな」
「ふーん、何よその余裕」
「余裕じゃないさ。この勝敗なんかよりよっぽど大切なことだ」
挑発ではあるけれど、全くの嘘でもない。こいつを倒して幻想郷の崩壊を防いだところで、外の人間に周知されてしまっては本末転倒だ。
「馬鹿にして!」
怒りをあらわにして女がこの上空にまで物体を浮かせてぶつけようと振り回してくる。凄い力だが、一つだけ言いたい。それすまーとふぉん関係無いだろ。ただの能力じゃないか。物を動かす程度の能力とかそんなのだろうか。この程度じゃ弾幕ごっこにもなりゃしない。上下左右から飛んでくる瓦礫をほいほいと避け続けるとさらにヒステリックになりながら叫んでくる。
「ちょこまかと!」
ちょっと煽り耐性がなさ過ぎるんじゃないのか。私でももう少し耐えられるぞ。短気だということは理解しているがここまでじゃない。それに怒ったら狙いが甘くなってむしろ避けやすくなる。霊夢みたいにキレる程強くなるようなのもいるが、こいつはそうじゃないらしい。
「燃えろぉ!」
「私に対して燃えろってのはいい冗談だな」
幾らぶつけてもキリがないと分かって今度は火の玉を飛ばしてくる。物を動かすだけじゃなくてそんなものを飛ばすことも出来るのか。でも、私に火で喧嘩するとはいい度胸だ。地獄鴉でもないなら、私に火で勝てる奴なんてそうは居ない。勝てそうな相手を知ってしまっている時点でかなりアレだけど。とにかく、そんな出力の低い炎なんて腕の一振りでかき消える。茨華仙みたいな力任せじゃない。能力を使った気軽な行為だが、相手には奇っ怪に映っているらしい。なんでよ、肩をわなわな震わせているのが見える。
ああ、こいつは弱い。能力は強力だし戦い方も悪くないけど経験が足りないし、何よりこんな激情家じゃ勝てるものも勝てない。
「止めときなよ。そろそろアンタも疲れてきてんじゃないの。肩で息してるよ」
降伏をうながすが、相手にそのつもりは全く無いようだ。そりゃそうか。ヤワだったらこんな異変起こさない。まあ力がなくなるまで待ってやりますか。破壊力も落ちている。持久戦になれば私の方が有利なのだから。
八房、ようやく腹を決める。