不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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「おかえり」「ただいま」

 ここ、か。話を聞いたらしい文に教えてもらった場所に全力で走って辿りついた。人里の道からも迷いの竹林からも離れた、誰も寄り付かないような場所。確かにあいつが好みそうな場所だ。しかしそこに妹紅は居ない。壁に寄り添って瞑目しているお団子頭の少女と、絶えず落ち着かなさそうに歩いている少女が居るだけだ。そわそわしている方の少女は見たことがあった。詳しくは知らないが命蓮寺に居た子だ。

「どちら様でしょうか」

 寄っかかってる方の少女から警戒の色を込めた質問が飛んでくる。いつの間にかじっとりとこちらを見据えていた。そりゃいきなりやってきたら警戒もされるか。俺は隠すことなんか無いから聞かれたままを全て答える。

「若丘八房という人間だ。妹紅は何処に居る?」

「貴方に教える義理があるでしょ・・・・・・」

「妹紅なら外の世界に行ってるぞ」

「・・・・・・こころさん」

 お団子頭の方が呆れ声で注意するけれど、そわそわしていた無表情の方は悪びれる様子もない。それより、

「外の世界?」

 外の世界、つまり俺が住んでいたあの世界ということか。何故そんなところに。異変解決をしていたのではないのか。いや、誰だかは知らなくともここで待ってくれているのだから、外の世界に異変の首謀者が居た、ということだろう。そしてこの二人は妹紅の協力者ということか。

「貴方は何者なのですか。ただの人間が何故このような所に」

「理由が無くちゃ来ちゃいけないのか」

「理由も無いのに来たのですか?」

「・・・・・・あると言えばある」

 だけどたいした理由じゃない。妹紅に会いたくなったから来た。それだけの話だ。そんな他の妖怪どもじゃないんだから企みごとなんて無理だ。

「それよりアンタは何者なんだ。妹紅の知り合いなのか?」

「私は茨華仙。妖怪の山に住む仙人です。妹紅さんが既に行っている状況でなければ、貴方みたいな無謀者を危険から遠ざけるのですが」

「危険?」

「ただの人間が異変に参加してもろくな事にならない」

「俺は別に異変に関わりに来たわけじゃないんだが」

「ならば何故ここに。来る必要が無いでしょう」

「妹紅に会いに来た。それだけだ」

「は?」

 茨華仙さんとやらの口が止まる。そんなに驚くことか。いや驚くことだな。そのためだけにここに来るなんてどうかしているのかもしれない。でも別にいいじゃないか。俺は妹紅が好きなんだから。理屈とか考えなくてもいいんだ。

「あいつはここに出てくるのか」

「え、ええ」

「じゃあ待たせてもらうか」

 茨華仙とは別の木の根元にどっかりと腰を下ろす。いったいどれくらい掛かるのか知らないが、ここから動くつもりは毛頭なかった。

「ほ、本当に妹紅さんに会いに来ただけなのですか?」

 慌てて茨華仙が聞いてくる。慌てたというより驚いたというか、感情では動かないだろうみたいなそんな顔だ。普段の俺ならそれでも間違ってないような気もするけど。

「それ以外に何か理由が必要か」

「何故妹紅さんに会いに」

 何故って、そりゃあ。

「あいつのことが好きだから」

「は?」

 なんだよさっきから鳩が豆鉄砲食らったような顔ばかりして。来る理由なんてそんなもんで充分じゃないか。あいつの顔が見たくなっただけだ。

「私も妹紅のことが大好きだぞ」

「そうなのか。愛されてんなあ妹紅も」

 うろうろしてた少女も賛同してくれる。なんかお面が浮かんでいるがそういう妖怪なのだろうか。こころと呼ばれた少女はそうやってくるくると回る。目が回らないのか、少女は楽しそうだ。

「そういえばお前見たことがある」

「お前じゃなくて八房な。名乗ったんだから名前で呼んでくれ」

「分かったぞ八房! そして私は秦こころだ」

「そうか、よろしくこころ」

「おう!」

 握手を求めてきたので握り返す。見たことがあるってのはやっぱり命蓮寺でのことだろう。まあもしかしたら人里でもすれ違っているかもしれないが、とにかく殆ど初対面の相手でも信頼してくれるらしい。

「前に妹紅と一緒に歩いてるのを見た」

「そうだったのか」

「妹紅さんと、なるほどそういうことですか」

 茨華仙は一人で勝手に得心がいったらしい。こっちに問題が飛び火しなけりゃ何考えてても構わないので、どういうことなのかは聞かないことにする。

「あいつは上手くやれてんのかねえ」

「やってもらわないと困ります」

「それもそうか」

 考え事をしていたのに、すぐ返事が返ってくる辺り茨華仙も心配してくれているのだろう。ただ俺達に出来ることは待つだけだった。

 

 

「私の、負けなのね」

「まあそういうこった」

 目を覚ました女が悔しそうに涙を滲ませる。私に一撃も与えられなかったんだから、本人も認めざるを得ないのだろう。疲労が限界まで達して、動くこともままならないようだ。普段あんなに能力を使うこともないんだろうし、あのペースで使い続ければそりゃ潰れるわな。だけど、私の仕事はこいつをとっちめることでもあるけれど、何より今起こっている異変を解決するのが一番大切だ。今言ったら逆上させそうなので言わないけれど、しばらくしたらやってもらわないといけない。結構時間を使ってしまったから足りるかどうか。いや別に私はこっちに残されても多少は大丈夫か。

「私がこんな何も知らなさそうな奴に負けるなんてね」

「何も知らないってなんだよ」

「そのままの意味よ。親に期待されて、友達なんて関係強要されて。自分のことを理解もしない奴と仲良くなんてなれないわ。でもアンタ達はそんな社会なんて関係無しに勝手気ままに暮らしてるじゃない」

「あのなあ」

 そんなわけないだろ、と言い返してやりたいがそれでは売り言葉に買い言葉だ。それに実際こいつの苦労なんて分からないのだから的外れって訳でもない。だから私は代わりに別の話をした。

「なあお前。名前は?」

「何よいきなり」

「いいから」

「・・・・・・宇佐見菫子よ」

「そうか。菫子、私の知り合いにも外の世界からやってきた奴が居てだな」

 そうして私はヤツフサの話をしてやる。といっても本人から聞いただけの受け売り話。私には分からないけれど、あいつだって似たようなことを何度か言っていたから。もしかしたら似ている存在なのかもしれない。だってどっちもただの人間じゃない。生まれ持った能力を持ってしまった人間なんだから。受験ってものの話も聞いた。危険なことをするなと理不尽に怒られた話とか、高校の時は学校の先生が無駄話ばかりするもんだからサボって図書館に行っていただとか。私にはいまいちよく分からなかったけど、こいつには共感出来るところもあるんじゃないだろうか。そしてヤツフサの体質も軽く説明した上で、本当に言いたかったことを言ってやる。そうやって昔の話をされた時に、あいつから言われた事で一番記憶に残っている話。あいつがどれくらいの年の頃だったのかは教えてもらってないけれど、ずっと感じ続けていたことなんじゃないかと思う。その時だけ凄い悲しそうに見えたから。

 友達と遊んでいると、唐突に自分と彼らは違うんだ、って気持ちが沸き起こってくることがある。それはもちろん体質によるものなのだけれど、それに感じるのは優越感なんかじゃなくて、むしろ劣等感と孤独感ばかりだって。一人だけ取り残されて、周りの奴らはそんなこと欠片も考えていないはずなのに自分のことを置き去りにしているように見えるんだって。だから、どんなに特別だからってそれはプラスにならない。群れなくていいんじゃなくて群れられないだけなんだって。その言葉は私にも突き刺さるものだった。そしてきっとこいつにも突き刺さる。

 ヤツフサがあんなにも簡単に幻想入りを決めたのは根底にそれがあったんじゃないかって思うから。こいつにも同じ感情があって、違いはただ誘いが来たか来てないかだけの違いなんだろうって。

「そんな人も居るのねえ」

「ちなみに受験は一番辛かったけど充実してたとも言ってた」

「マジで?」

 私は辛かったんだけどなあ、と愚痴る菫子にはさっきまでのような刺々しさはもう感じなかった。もしかしたら仲間が欲しかっただけで、自分と同じ境遇の相手が居たから納得したのだろうか。私としてはこれで異変が解決されるならいいのだけれど。

「さて、そろそろ私も戻らないと」

「幻想郷に?」

「そう。戻ったら会いたい人も居るし」

「ほほう」

 何気無く言った言葉に菫子が目を光らせる。なんだかにとりと似た雰囲気がして嫌な予感しかしないんだけど。

「恋人ですか」

「な、なんでそうなるのかな」

「いやー、幻想郷行ってこんな可愛い子と恋人なんてその男が羨ましいねー」

「なんでそこまで!?」

 そもそもヤツフサの名前も性別も言ってなかった筈なのに、どうしてそこまで言い当てられたのだろうか。やはり超能力を使う程度の能力、恐ろしい。そんなことまで読み取ってしまうなんて。

「いや能力なんて使わなくても分かるわ」

「えっ」

「だってその人のこと話してる時すごい楽しそうだったもん」

「た、楽しそう?」

「あー、これは恋しちゃってるんだなーって思いますよもう」

「え、えとあと、その」

 なんて返せばいいんだろうこの場合。違うって言うのは嫌だし、ああでもまだちゃんと話してもいないしだから恋人ではないけどいやそうなりたいとは思ってるしええとええと。

 そんな私の様子を見て菫子がちょっと声を潜める。

「もしかして、片思いの段階?」

「そ、そんな感じ」

「へーえ」

 ヤツフサが私のことをどう思ってくれているのか。まだちゃんと言葉で聞いたことないし。嫌われてはないと思うけど、まさか子供扱いされてたりしたら。いやそしたら怒るけど。

「それならもうアタックするのみよ! 帰ってきたら抱き着いて、耳元で愛を囁くの。それでもう殆どの男はイチコロよ!」

「いやいやいやいや無理だって!」

 そんなことしたら恥ずかしくて死んじゃう!

「アタックよアタック。聞いただけなら結構いい男だしいろんな所から狙われてるかもよ」

「そ、それは」

「否定出来ないでしょ」

「うぐっ」

 確かにヤツフサは色んな奴から好かれてるような、紫もお気に入りみたいだし私の知らない間にも色んな奴と会ってるみたいだし。いや駄目だ考えたら潰れる。話を変えなきゃ。

「そ、そういうお前はどうなんだよ」

「えっ私?」

 苦し紛れだったんだけど予想外に効果があったようだ。わざとらしく目を逸らすということは何かあるのかも。

「悲しいくらいに何もありません」

「あっ・・・・・・すまん」

 何も無かった。一気に場が暗くなってしまう。そういやそんな相手が居たらこんな異変起こしたりしないか。

「も、もう時間だ! 私はあっち(幻想郷)に帰るよ」

「えー、もう少し話してましょうよ」

「そういうわけにも行かないんだ」

 時間ギリギリ、これ以上居ると戻れなくなってしまう。しかもこれから冬になるのだ。紫に頼んで連れて帰ってもらうということも出来ない。

「今度幻想郷の管理者にあったらお前のこと話しておくよ。もしかしたら連れてきてくれるかもしれないしな」

「あっ、待って」

 呼び止められて振り返る。どうでもいい話だったら、無視して帰ろう。

「なんだ?」

「名前まだ聞いてない」

「ああそっか」

 こいつにだけ名乗らせて私が名乗らないも悪い。いつかまた会うかもしれないのだから。

「私は藤原妹紅。縁があったらまた会おうな」

 手を振ったその瞬間、周りの景色が目まぐるしく変わる。幻想郷に戻ろうという力が働いているのか、なんとなく気持ちが悪いけれど、嫌という程でもない。むしろ心地好い。前に乗ったジェットコースターのようだ。

 でかい建築物が消えていき、景色に木々が多くなってくる。ぐるぐるしていた視界が止まり、戻ってきた場所にはちゃんと茨華仙とこころ、そして────

「えっ?」

 ヤツフサが居る。どうして、紅魔館に居たはずじゃ、確かに会いたいとは思っていたけど、なんでここに、居るはずがない。混乱する私を元に、ヤツフサはゆっくりと私に近付いてくる。手を差し出すよりもなお近く、キスをするよりもなお近く。ヤツフサの腕が私を強く抱き締めた。暖かい、ちゃんとヤツフサだ。私の見ている幻覚じゃない、鼓動の音だってちゃんと聞こえる。はは、凄い早くなってる。それはきっと私も同じなのだろう。だって同じ気持ちなんだって分かるから。

 抱きしまえばイチコロだって菫子は言っていたっけ。確かにその通りだ。やられた私がこんなに嬉しいんだから間違いない。それでもキスの一つも出来ない辺り、私もヤツフサも結構な奥手なのだろう。

「・・・・・・おかえり」

「ただいま!」

 八房も何かに吹っ切れたのか、いつもより何倍も明るい声でこっち嬉しくなる。涙が出ているのも嬉しいからだ絶対に。

 この日初めて、私は八房にただいまと言った。

 

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