不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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二話ほど間に挟んでから次章に行きます。


二人の僅かな日常
秋の暮れには酒をくれ


 たまには外にでも行くかと思い立った秋の暮れ。いつものシャツにジーパンなんて格好はそろそろ寒々しくなってきたのでもう一枚幻想入りのときに持ってきたジャンパーを羽織る。それでも手元が冷えるのは防ぎようが無いのだが、それはあまり気にしなくてもいいだろう。妹紅はいつもと変わらぬサスペンダーにもんぺ姿。寒くないのかと聞いたら寒いなんてめったに感じないと返ってきた。炎を操れる妹紅ならではの意見だろう。こないだあった咲夜はマフラーをしていたし、魔理沙も霊夢も冬服のようだったからな。ただ霊夢はなんでああも腋を出そうとするのかが分からない。

 外に出ると冷たい空気が頬を叩いた。白い息で掌を暖めながら妹紅と並んで獣道を歩く。この寒さはもう冬に近いだろう。元々外に比べれば寒冷な気候の幻想郷だが、暖房器具もほとんど無い分冬は特に過ごしにくそうだ。強いて言うなら炬燵くらいはあるだろうが、あれは悪魔の手先だ。使ったら最後逃げられない。妹紅も流石に手は冷えると見えて、もんぺのポケットの中に手を突っ込んでいる。そのせいでちょっと猫背気味になってしまっているが、蓬莱人なら骨格が歪むこともないし大丈夫だろう。もし悪化したら永琳に任せりゃいいし。

「ミスティアの屋台には行ったことないんだっけ」

「顔を合わせたのが一回しか無いからな」

 今回の目的地は以前会ったことのあるミスティアの妖怪屋台だ。たいていは人里の外に構えているらしいが、見た目には可愛い女将さんだし名物のヤツメウナギも美味しいらしいしで人間にも人気があるらしい。マッチポンプめいたことをやっているという噂もあったが誰も損してないので別にいいだろう。

 日はとっくに落ちる時間帯で、春夏のように夜道が明るいわけじゃない。一寸先は闇というが、こういうことなんだろうなと今さらに思わされる。街灯だらけ、夜まで仕事熱心なビルだらけの外の世界じゃこうはならない。田舎ならこうもなるのかもしれないが、俺が昔住んでいた田舎村でさえここよりはまだ明るかったからな。さらに田舎となると想像がつかない。

「おっと」

「大丈夫か?」

 妹紅が急にバランスを崩す。どうやら小石か何かに蹴躓いたらしい。転ぶことは無かったが、まだ歩き慣れていないようだ。歩き方がやけに慎重になっている。その様子も可愛らしいのだが歩くペースが落ちるのはいただけない。どうしたものかと考えて、俺は左手を妹紅の方に差し出した。

「危なっかしいし、ほら手を繋ぐぞ」

「え!? い、いや大丈夫だよ」

「いいから」

 妹紅の手をポッケからむりやり出して握る。妹紅の手は冷たかった。無理をしていたわけじゃないんだろうけど、自分の手より冷たいと少し心配になってしまう。

「あう」

 妹紅は耳まで真っ赤にしてまともに言葉も喋れなくなってしまっている。別に手を繋いだくらいで大げさな。恋人というのはこういうことくらいするものだろう。いや、妹紅はずっと一人だったのか。少なくとも今まで恋人が居たようには見えない。ま、俺も経験豊富ってわけじゃないし言えたもんじゃないか。

 さく、さく、さくと落ち葉を踏む音がする。俺達が言葉を交わさないから耳によく届くのだろう。そういえば秋の神様には結局出会わなかったな。どうも俺はこういう時に間が悪いらしい。もったいないと思わなくもないが、残念であるとは思わない。今の空間に勝る喜びはそうそう無いからな。なんて、のろけてる自分に少し驚いてしまう。俺も妹紅に影響を受けているのだろうか。最初はとても大人びて見えたのに、一緒に居るとどうにも幼くて、自分じゃ力不足だと分かっていても守りたくなる。自分ものぼせてしまっているのかもしれない。

 お互い無言のままたどり着いた夜雀屋台。芳ばしい香りはヤツメウナギを焼いているからだろうか。これは確かに美味しそうだ。暖簾のせいでよく見えないが、どうやら既にお客が来ているようで、耳の生えたシルエットと見覚えのあるスカートの端。まあ彼女なら遠慮することも無いだろうと入ろうとしたら、手を振り解いた妹紅がさっさと暖簾をくぐってしまった。仕方なく俺も続いて店に入る。

「邪魔するぜ、熱燗とヤツメウナギくれ。それと影狼もうちょっとそっち寄ってくれ。座れない」

「はいはい、ってアンタ何やったの? なんか妹紅の顔真っ赤になってるけど」

「手握っただけなんだけどな」

「あー、やっぱりあの新聞の話は本当なのね」

「新聞?」

 新聞と聞くと嫌な予感しかしないが、一応聞いてみると思った通りの返事が影狼以外の相手から返ってきた。

「この新聞のことですよ」

 そう言って見せられたのは、蓬莱人に恋人か、と大きく書かれた文々。新聞だ。号外と銘打たれていて、写真には俺が妹紅を抱きしめた時のものがくっきりと写っている。どっから撮ったのやら、妹紅と敵対したくない気持ちは何処へ行ったのやらとツッコミたいところは多々あるものの、個人的に一番恥ずかしい部分は知られていないようなので俺からは一発殴るだけで許してやろう。こん時も恥ずかしいけど、どうせ茨華仙やらこころやらに見られて宴会でも広まってたんだからもう諦める他ない。ところが妹紅はそうは思わなかったようで泡を吹きそうな勢いで慌てふためいている。危ないから落ち着けと言いたいところだが、俺が言えたことでもない。なんだかんだで鼓動が凄い早まって顔が赤くなってるのが解るから。

「なになにー、面白いことー?」

 知らない声がしたと思ったら影狼の膝に金色の幼女がきょとんと座っていた。なんとなく見た覚えがあると思って記憶を遡ってみると、磔にされたときにやってきた少女だということを思い出す。

「アンタは知らなくていいことよ」

「ずるい、影狼が教えてくれない」

 どうやら二人は仲が良いようで、少女もブーブー言いながらも楽しそうだし、影狼も少女とのやりとりに満更でもなさそうだ。なんて、観察していたら影狼から冷めた目で見られた。

「何よ」

「いや、何処で攫って来たのかな、と」

「誰がこいつを攫うのよ」

「影狼に攫われたー?」

「アンタは少し黙ってなさい」

 また二人できゃあきゃあと騒ぎ出したので、誰なのか聞こうとした俺は途方に暮れてしまった。やはり影狼相手に軽口を言うのは話が逸れていけないな。それを察した女将のミスティアが彼女のことを人喰い妖怪のルーミアだと教えてくれた。闇を操る程度の能力を持つ低級妖怪だと言っていたが、闇ってなんか強そうなイメージあるのに面白いな。影狼とよく一緒に居るのらしいのだが、仲の良い原因はミスティアも知らないらしい。そういえば幽香とも知り合いだったし、影狼の交友関係ってわりと不思議だな。というか、どうやって幽香と友人になったのだろうか。

「あ、そうだ。アンタ幽香のところに行ったんだって?」

「え、ああ結構前にな」

「え?」

 普通に答えたら妹紅が驚いてこちらを見た。しまった妹紅には内緒にしていたんだった。俺も忘れていたから気付かれずに済んだのは幸いだったが今になってバレてしまったか。これは後でまた説教を覚悟しなければならないかもしれない。だがまあそれは置いといて。知ってるってことはあの後影狼と幽香は会って話をしてるってことか。結構な頻度で会ってるみたいだな。こういうのは悪いがそれほど有名でもない狼妖怪と花の大妖怪のどこに共通点があるのか。

「本当に命が惜しくないのかしら」

 随分と呆れられてしまった。凶悪で有名な大妖怪のところに何の力も無い人間が行くなんて自殺志願も良いところだろう。俺も後悔した部分が無いわけでもないし。

「あれは浅薄な考えだったと思わないでもないが。それよりも影狼はどうして幽香と知り合いなんだ?」

「えっ、影狼さん幽香さんと知り合いだったの?」

「わはー?」

「あー、そういえば言ってなかったっけ。昔にちょっとあったのよ。でも誰にも言わないでちょうだいよ。あんまり知られたくないの」

 影狼はちょっと嫌そうな顔をしながら声をひそめた。そんなにバレて嫌なことが有るのだろうか。内容も隠しておきたいみたいだし、触れられたくない部分があるのだろう。でも大妖怪と対等な関係というだけで妖怪として誇らしいことにも思えるが。

「知り合いってだけで勘違いして襲われるのは嫌なのよ。アンタだって、妹紅の知り合いだからって殺されるのは勘弁でしょ?」

「納得した」

 確かにそれは勘弁願いたいな。俺だって好きで死にたいわけじゃない。それで避けられるのなら避けようと思うのは当然のことだ。

 やってきた熱燗を空けながら、ヤツメウナギが焼き上がるのを待つ。早く食べてみたいものだが、急かすのも風流がない。せっかくいい匂いがするんだからそれをめいっぱいに楽しもうか。

「うー、これなら家で飲んでた方が良かったかも」

「何よつれないわね」

 紅潮した頬を膨らませてぼやく妹紅に影狼が唇を尖らせる。さっきから薄々思ってはいたが、影狼は俺達よりも先に来ていたからだろうか、かなり出来上がっているようだ。しかも絡み酒の性質があるらしい。前に燃やされたのは既に忘れてしまったのだろうか。顔を見るなり逃げ回っていたことも有ったような気がするのだが、そんなことは全く気にせずがんがん妹紅に絡んでいってるな。絡むのは構わないが毛を逆立てないでくれ、鼻に入って擽ったい。妹紅も少々同じきらいがあるので絡み好きは絡み好き同士で放って置いて、仕方が無いので俺は普通に酒を楽しもうかね。と、もう一杯頂こうとしたらお猪口にも徳利にも中身が無い。

「すまん、もう一本貰えるか」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね」

 しばらくして新しい徳利がテーブルの前に置かれる。ふと見れば影狼も妹紅も三本近く空けていた。お前ら飲みすぎだ、とも思ったが、俺も意外とハイペースなので人のことは言えない。何の銘柄か知らないが美味しいなこの酒。なんて酒なのか聞いてみるとミスティアは快く教えてくれた。

「雀酒って言うんですよ」

「へえ、夜雀の出す雀酒か」

「ええ、飲みすぎると踊り出すので注意してくださいね」

「どんな酒だよ」

 詳しく聞くと美味しさに踊り始めてしまうくらい、という意味らしいが、霊夢や魔理沙が踊ってたという事実を聞いて不安になる。というより飲んだ人ほとんど全員が踊ったらしい。幻想郷の住民が軒並み限界まで飲むような酒飲みだってことを踏まえても多すぎないか。これ変な薬とか入ってないよな、と聞いたらそれは真っ向から否定された。どうにも話を聞くと雀が孝行者だったから作れるようになったらしい。逸話は先祖を重んじる日本らしい話だな。

「お代わり!」

「私も!」

 ぐいぐいと俺を押しのけて、妹紅と影狼が二人してお代わりを要求する。お前ら少しは自重しろ。ルーミアとやらは疲れ切って眠ってしまっているし、見た目小さな子を膝に乗せたまま暴れるのは如何なものか。あ、落ちた。それでも寝続けているのは凄いことかもしれない。だが放置していると踏まれそうで危ないな。一旦暖簾から出て拾い上げ、ミスティアの居る屋台の裏側に寝かせておいてやるか。

「んー、グシャー?」

「ぐしゃ?」

 寝ぼけ眼で何か言われたが、何のことか。聞いた覚えがあると考えると、なんとなく思い浮かんできた。そうか、愚者か。会ったときにそんな話をしたような気がする。どうしてあんな話をしたのか当時の俺の考え方はよく分からないが、そのせいで俺のことを愚者で覚えられてしまうのは流石に酷い。訂正しなければならないだろう。

「若丘八房な」

「ヤ、ツフサ。焼き鳥は?」

「焼き鳥は無いって言ってるでしょ!」

 ミスティアに怒られてびくっと体を動かすルーミア。これは普段から何度もミスティアに焼き鳥と言っているな。怒られても仕方が無いだろう。とは言っても、本人がそれを覚えているようには思えないけどな。ごしごし目を擦ってはいるが、これはもうすぐに寝るだろう。裏から声を掛けてミスティアに預けると、ヤツメウナギが焼けたと言われた。ようやくまともに飯にありつける。ようやくと言ってもそんなに待ってたわけでもないのだが、あいつらがちょっと煩くて時間が長く感じられていたのだ。

 戻って来ると、妹紅と影狼の姿がない。何処へ行ったのだろうかと思いながらもやってきたヤツメウナギを食べることにする。あいつらなら大丈夫だろうし。一口食べてみると鰻の蒲焼みたいな食感とタレの旨みが口の中に広がって思わず美味いと声が出る。

「でしょ?」

「おう、これは食ってないのは損だったな。と、ところで、妹紅達は何処に行ったんだ?」

 ちょちょいとミスティアに教えてもらうと、自分の真後ろを指差された。なんだか嫌な予感がするけれど、振り返らないわけにはいかない。意を決して振り返ると、やけに御機嫌な妹紅と影狼の二人が腕を組んで下手な歌を歌いながら踊り回っていた。

「よいさよいさ!」

「よよいのよい!」

「・・・・・・何やってんだあいつら」

 雀酒のせいだとは分かっていても、呆れずにはいられない俺であった。

 

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