「女性を待たせるなんて、殿方としてどうなのかしら」
「時間を決めてないのが悪い」
挑発的に笑ってくる相手を軽く流して、俺は周りを見渡した。広い和室に雑多に広げられた様々なもの。外の世界で時代遅れになったゲーム機やら、見たこともない機械があったかと思えば、その辺に落ちているような石ころとか誰が彫ったのか分からない木彫りの熊が投げ捨てられている。ぱっと見た感じでは香霖堂と大して変わらないだろう。住んでいる相手のお陰で無駄に様になっているのも同じだ。
「それで、わざわざ俺だけ呼び出して何がしたいんだ」
この部屋の主、かぐや姫と名高い蓬莱山輝夜に問いかける。一応のあらましは自分を呼びに来た鈴仙から聞いたが、本人の口から改めて聞きたかった。普段なら隣に居てくれるだろう妹紅も今は居ない。目の前の彼女が連れてくるなと言ったのだ。そうまでして何を、というのは聞くまでもない。聞きたいのはどうしてそこまでするのか、だ。だが、輝夜はおそらくそこまで分かっていてしらばっくれる。
「イナバにちゃんと答え合わせだって言われなかったの?」
「何の答え合わせだか聞かされてないからな。予想は付くが、間違っていたら恥ずかしいしな」
「そんなこと欠片も思ってないくせに」
前から思っていたが、俺はこの姫様に随分と嫌われているらしい。特に隠そうともされていないから気付くも何も無いのだが。永遠亭にはそれなりに足を運んだがこいつと話したことは数えるくらいしかない。それはだいたい妹紅と輝夜で殺し合いだかじゃれ合いだかやってて、それを俺が永琳や鈴仙と眺めている。そんな構図のせいも多少はあるのだろうが、それを差し引いても俺は異常と感じるくらいに彼女と言葉を交わしていない。いや、まるで自分はそうじゃなかったみたいな言い方は止めるべきだな。俺もできるだけ話さないようにしていたんだから。俺の方からも避けてたんだ。彼女に対して答えられないものがあったから。気まぐれに問いかけられたくなかったから。
「貴方は幻想郷で何の為に生きるのか。答えは出たのかしら」
月の姫様から頂いた難題。当時の俺は答えられなかった。答えがなかったという方が的確かもしれない。あの頃の俺にそんなもんがあったのかと聞かれると答えられないからな。それじゃあ今はあるのか。あると分かっているから俺を呼びつけたんだろうが、こう何でも分かってますみたいにやられると反発したくなるのが人間ってもんで。
「出てなかったらどうするつもりだったんだ」
「ペナルティ、かしらね」
嫌な予感がした。咄嗟に体を捻るが肩の先が消し飛ぶ。こいつ本気で撃ってきやがった。しかも即死が効果薄いからって死なない所を狙いやがったようだ。僅かながらも反応したのがお気に召したのか輝夜の口角がにっと吊り上がる。
「戦う訓練でもしたのかしら」
「勝手に師匠をつけられてな」
その師匠にもそれなりの数殺されてるわけだけど。容赦というものしらない人だからな。人じゃなくて妖怪だけど。
「じゃあもう少し虐めても大丈夫そうね」
「やめてくれ。言えばいいんだろ言えば」
これ以上傷だらけにされるのはご勘弁だ。痛いのも嫌いだしな。俺の些細な反抗が肩の痛みになって帰ってきたところでそろそろまじめな話に戻りますか。
「俺は妹紅のために生きる」
告白した夜に出た答え。自分が死ぬまでずっと妹紅と一緒に居ると決めたんだ。今はそれが俺の生きる理由だ。胸を張ってそう言うことが出来る。輝夜はその答えには不満足なのか口元をへの字に曲げているが、俺は答えを変えるつもりは無い。
「それはいつまで続くのかしら」
「そりゃあ俺が死ぬまでじゃないのか」
「だからそれが何年後か、それを聞いているのよ」
何年後と言われても、俺は人間なんだからせいぜい後八十年も生きられればいい方だろう。そう答えると、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべてこう言い放った。
「蓬莱の薬を飲めば、いつまでも一緒に居られるのに」
「・・・・・・・・・・・・」
考えたことがないわけではなかった。妹紅と永遠に生きる。その選択肢も俺にはあるだろう。だけど、今それを選ぶつもりは俺には無い。どうして、と輝夜が聞いてくる。俺の中でもどう答えたらいいのか分からないが、それじゃダメな気もするんだ。だけどそんな答えじゃ目の前のじゃじゃ馬姫様は納得しないだろう。だからもっと手軽な答えを返す。
「妹紅がそれを望んでいるかどうか分からないから」
「妹紅のことなんてどうでもいいのよ。私が聞きたいのは貴方がどう考えているのか。不老不死になって妹紅とずっと一緒になりたいとは思わないのかしら。貴方が死んだ後も妹紅は生きていくのよ。死んでいくと言った方がいいかしら。それにも貴方は何も思わないの」
「だから妹紅次第だって言ってるだろ。あいつが一緒に居てほしいって言うんだったら俺はいつまでだって一緒に居てやるさ。自分のこととか言われてもな」
「貴方はどうしたいのよ」
どうしたいのか、考えるまでもない話だ。
「俺は死ぬまで妹紅と居たいだけだ。寿命があろうが無かろうが関係無いだろうが」
その答えに何故か輝夜は驚いたような顔をしてそれから、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。何か地雷でも踏んでしまったのだろうか。俺はそんな覚え全くないのだが。強いて言えば我ながら臭い台詞を吐いてしまったことくらいだ。
「呆れたわ。もういい、この話は終わりにしましょう」
「そうかい、俺の答えはお気に召さなかったようで何よりだ」
話が終わったなら長居する必要もない。帰ろうか、いや一度永琳達に顔を合わせていこうか。引き止める声もレーザーも、さよなら言葉も無かった。
部屋を出て無駄に長い廊下を歩く。どうしようか悩んだが、痛む肩を何の治療もしないで放っておくのも破傷風かなんかにかかりそうで怖いから永琳に診てもらってから帰ろう。血はダラダラ流れてるけどまあ鈴仙が掃除してくれるだろう。永琳の私室、というか研究室のドアをノックするとはいはいと声が返ってきて、ちょっとの間と共にドアが開く。
「あら、話はもう終わったのね。怪我は、どうせ姫様にやられたんでしょ」
「大正解だって言っとくよ。軽くでいいから見てくれると有難い」
「分かったわ」
手早く救急箱を取ってくると、永琳が俺に上を脱ぐように言ってくる。言われた通りに上半身裸になると永琳の感心した声が聞こえた。
「案外鍛えてるのね」
「嫌でもやらされたからな」
「まあ、気力を上げるには身体を鍛えるのが一番早いものね」
「分かってたんなら助けてくれても良かったのに」
「私も流石に予想外だったのよ。そろそろなんじゃないかとは思ってたけど、まさか私達の所に来た当日に限界が来るだなんて」
自分の背後から手際良く治療をしてくれる永琳でも予想できないことがあったらしい。月の頭脳も完璧ではないようだ。首だけを後ろに回しながら雑談していたのだが、急に輝夜と何を話したのかと聞かれたので、しばらく考えてからちょっとしたなぞなぞの答え合わせだと話す。永琳は気付いているかも、というより知っているかもしれないが俺から話すのはなんとなく気が引けた。永琳は俺の言葉を聞いて悲しそうな顔を一瞬だけ見せる。どうしたのかと問いかける前に元の穏やかな笑みに戻り、静かにこう言った。
「出来ればの話なんだけれど、姫様を嫌いにならないでちょうだい」
「やけに唐突だな」
「そうかしら。貴方だって自分が嫌われていることくらい気付いているでしょ」
包帯を巻き終わり、最後に軽く肩を叩いて終わったと教えてくれる赤青のお医者様。脱いだワイシャツを着直しながら、俺は彼女の方へ向き直る。
「貴方には意地悪な性格に見えるかもしれないけれど、あの子にもあの子なりの事情があるわ。それを忘れないでいてほしいの」
「どうしたんだよ本当に」
「後で彼女と話さなきゃいけないと思っただけよ」
貴方が思っているよりもずっと傷付きやすい子なのよ、なんて言われても俺にはまったくそんなイメージがない。しかし、かぐや姫のお目付け役である永琳が言うのならそうなのだろう。傷付けるようなことを言った覚えはないが、これから気をつけることにしよう。
「それじゃ私は姫様のところに行くわ。貴方はどうするの?」
「俺もそろそろ帰らせてもらおうか。あまり長居すると妹紅が押しかけて来そうだからな」
「そしたらうどんげに応対を任せましょうか」
「流石にやめてやれよ」
鈴仙の命が風前の灯のように扱われてることに苦笑しか出ない。幸あれ鈴仙。
永琳に押されて部屋を出ると、てゐが廊下を走っていくのが見えた。何をやってるのかと気にならないでもなかったが、あの悪戯兎詐欺が何かやらかすのはいつものことらしいし、たいしたことでもないか。そんなことを気にするくらいならさっさと家に帰るべきだと俺は外に向けて足を踏み出した。
*
「どうしたんだ、そんなしけた顔して」
帰ってきたら妹紅が沈痛な面持ちで家の前に立っていた。こういうときは大抵何か言いづらいことを言う時だろう。けして長くない付き合いでもそれくらいは分かる。
「あのさ、話したいことがあるんだ」
「なんだ? とにかく家に入ろうぜ。外は寒くて仕方が無い」
妹紅を促して自分も部屋に入る。家の中も寒いことに変わりないがここには毛布が置いてあるから少しは暖を取ることが出来る。一つしかないので妹紅と一緒に包まりながら(俺がむりやり引き入れた)妹紅の言葉を待つ。
「この間紫から聞いたんだ」
そうして妹紅は話し始めた。異変解決の宴会の時に他の奴らから隠れて話していたことを。俺の正体を知っている相手が地底とやらに居ることを。
地底の話は聞いたことがある。人間と反りの合わない妖怪達が独自のコミュニティを築いているらしい。例えば鬼や土蜘蛛。外来人の俺でも知っていたような有名な妖怪も幻想郷ではマイナーになっていて、多くは地上に住んでいるのだとか。今は相互不可侵を結んでいるらしいが、かつて起きた異変からはわりと緩いものになっているらしい。
「八房はさ、自分のこと知りたいのか?」
それはまるで俺に自分の正体を知ってもらいたくないかのような言い方だった。同時に俺が知りたいと答えるだろうって何処か理解していたような言い方でもあった。
「そりゃ、知りたいさ。妹紅は俺が何者なのか知っているのか」
「私も知らないよ。でも、知らなくてもいいことなんじゃないかとは思う」
「そうか。もしかしたら、そうなのかもしれない」
妹紅のために生きるのだと決めたのだから、俺はもう自分のことを追い求める必要は無い。だけど、目の前に答えがぶら下がっているなら見ないふりすることも出来ない。
「でも俺は知りたいんだ。自分がどうしてこんな体質なのか」
やっぱりね。と妹紅は言った。止められないことも分かっていたようだ。本当にこいつには迷惑ばかりかけるな。
「俺一人で地底に行くのは辛い。一緒に来てくれないか」
「分かってるよ。私だって八房と離れるのはもう嫌だから。それに絶対馬鹿やるしね」
そんなに危なっかしいか。危なっかしいに決まってるじゃない。横に並んでそんな話をする。
こんな時間がやはり一番大切に感じられる。輝夜と話したことをふと思い出すのは、この時間が有限だと知っているからだろう。そういえば、妹紅が輝夜を嫌っている理由はほんの少しだけ知っているが、輝夜が妹紅を嫌う理由は聞いたことがないな。嫌われてる俺は別として、鈴仙とかと話しているのを見た限りそこまで底意地の悪い相手でないのは知ってるけど、どうして妹紅とはあんなに仲が悪いんだろうか。
「なあ妹紅」
「なに?」
「話は変わるんだが、なんで輝夜はお前と仲が悪いんだ?」
「なんでって、前にちょっと話したでしょ」
「お前が輝夜に嫌われてるのがなんでか分からなくてな」
「そんなの私だって分からないよ。ただずっとあんなことを続けているんだから、大した理由でも無いんじゃない?」
「そうなんだろうか」
なんとも腑に落ちないけれど、そういうのならそうなんだろう。
「それよりも問題はどうやって地底に行くかだよ」
「そんなに行きにくいのか。紫に頼めばどうにかなると思ってたんだが」
「だってあいつそろそろ冬眠の時期でしょ」
「ああそういやそんなことも言ってたな」
冬眠とか熊じゃないんだからって思ったような記憶がある。
「待てよ、ってことは紫に頼めないじゃねえか」
「そうだよ。どうするか考えないと」
妖怪の山に入口があるらしいから文に頼めば行けるだろうか。本人に止められるような気もするが、妹紅に任せればどうにかなるか。或いは萃香にどうにかしてもらうとか茨華仙に案内してもらうとか、まあ他にも手立てはあるだろう。
「地底には私も行ったことないんだよね」
「じゃあ誰か案内してくれそうなのを頼むか」
「でも行ったことある奴もそんなに居ないしなあ。霊夢と魔理沙くらいじゃないの」
「なんで人間が妖怪よりも行ってるんだか」
「知らないよそんなの」
あの二人はつくづく規格外だと、話を聞いて思うのだった。