今回はサブタイトルから分かる通りあのアイドルの登場です。少々短いですがどうぞ
「しかし、本当に地底への入口があるとは」
自分の足元の先、うっかりすれば落ちてしまいそうな大穴を見下ろす。数メートル先まではまだ光が届いているけれども、それ以上は真っ暗闇だ。一般人が足を滑らせたら先ず命は無いだろう。ただの人間がここまでたどり着く事もそう無いだろうが。なんてったって俺達が今居るのは妖怪の山のさらに奥の方だ。俺も初めて来た。萃香と文が居なければそもそも入ることすら出来ないだろう。
それにしても文はやけにあっさり通してくれたな。鬼はかつての上司だからとか何とか言っていたが、今の上司には報告しなくて良かったのだろうか。どうせ鬼には逆らえないということだろうか。
「おーい、何ぼーっとしてんのさ」
「ん、ただの考え事」
当の元上司様に声を掛けられて逸れた思考を本筋に戻す。これからここに入るのだと考えるとちょっと憂鬱にもなろうというもの。飛べるようになったとはいえ、やっぱり不慣れなので落ちた時のことをつい想像してしまうのだ。妹紅に吊るされて遊覧飛行した時とそう大差はないと思うが。
「じゃあ八房は一番最後についてきてね」
「おう」
最初に萃香、次に妹紅が降りていくのを見届けて、よし、と気合いを入れる。自分も早く降りないと置いてかれるな。こんな所で迷うなんて真っ平御免だ。意を決して俺も足を踏み入れた。
下に二本角ともんぺ姿がはっきり見えるのを確認する。光が届かなくて最初は見失ってしまったかと焦ったが、目が慣れてくると辛うじて分かるようになってきた。どれくらい降りたのかは分からない。上を見れば遠くに光の点、下を見れば奈落の底と思わしき闇。周りを見渡すとごつごつした岩壁でここが何処だかまるで分かりゃしない。こんなに潜ったらマントルにでも到達してしまうのではないだろうか。実際にはそんなこと有り得ないと分かっていても距離感が無くなっている今ではまさかと思ってしまう。なんだか子供の頃に林の中で迷った時のような気分だ。幻想郷を初めて歩いた時にも似ている。ようするに何が出てくるか分からない恐怖という奴だろう。
でも、萃香も、それに妹紅も居るし何かあれば何とかしてくれるだろう。その為にわざわざ後ろに居るんだし。ただの人間があれこれ悩むより本職に頼んだ方が賢明だ。
そんなことより地底についてからどうするかについて考えた方が良いだろう。俺達の目指す地霊殿は地底でもこの入口から離れた所にあるらしい。そうなると地底をある程度歩くか、空を横切る必要があるのだが、そうすれば十中八九鬼と遭遇すると言う。一応鬼に絡まれたならば萃香がどうにかしてくれる手筈にはなっている。しかし、萃香でも手に負えないのが一人いるらしい。確か名前は星熊勇儀。かつて萃香と一緒に鬼の四天王として山を治めていた実力者らしい。後二人誰だよというツッコミはさておいて、その勇儀とやらも鬼の常として喧嘩好きの酒好き。出会ったら先ず喧嘩をふっかけられて、まあ死ぬだろうと言われてしまった。
それに地霊殿に着いてからも問題は山積みだ。紫が手紙を出してくれているとはいえ、主の古明地さとりは嫌われ者の嫌い者で有名らしい。心を読むとは言うが、そこまで嫌われるものだろうか。鬼も嫌うってんだから能力より性格に問題があるのではないかと思う。まともに話を聞いてもらえるかどうかすら微妙だ。
────コォォォォォ
「なんだ?」
聞こえてくる謎の音がまたも思考を中断させる。物を考える時間すらくれないのか。地底とは厳しいところだ。
何処から音がしているのだろう。こんな風みたいな音がするような場所は見当たらないし、妹紅と萃香も俺よりもっと下で何事も無く降りている。二人が何も気にしてないなら俺の考えすぎか。やっぱり妖怪の世界というだけあって緊張しているらしい。もう少しリラックスしないといけないな。深く息を吸い込んで──その瞬間首が離れるような気がした。
咄嗟に両腕を身体の前で交差させて首筋を守る。風切り音は一気に大きくなって音の主が俺の前に現れた。
「もぉぉらぁいぃぃぃ!」
緑色の髪をツインテールにした女の子が鎌を持って桶に入って突進してきた。いや冗談ではなく。振り抜かれた鎌を気で強化した腕で防ごうと試みると、美鈴との修行の成果が出てくれたのか腕で鎌は止まり、首元までは刃が届かなかった。しかし、だからといって無傷でやり過ごせるわけでも衝撃を抑えられるわけでもなく、突進した勢いのまま思い切り壁に叩きつけられる。
あ、やばい。後頭部を強く打ったせいで意識が朦朧とする。飛ばなければやばいのに力が入らない。体ががくんと崩れた。視界が逆さまになり、驚いた顔の妹紅と目が合う。突然の出来事に反応できなかったのか呆けた表情の彼女を通り過ぎて、俺は奈落の底へと落ちていき、意識を手放した。
*
「おっ、目覚めた?」
見覚えの無い天井。腕が痛むということは死ななかったということだろう。あの高さからなんで生きてるのかは分からないが、女の子の声が聞こえたことと腕の痛みが思っていたよりは軽いことを考えると、地面に激突する寸前に助けてもらったとかそんな所だろう。腕にビブスらしきものが着けられているが、この子がやってくれたのだろうか。
「ああ、最悪な目覚めだ」
「まあそんな怪我してたらね。妖怪に襲われてつい逃げ込んだって感じかい」
「当たらずとも遠からずって所だ。っと、いてててて」
起き上がろうとすると流石に腕に力が入らない。そんなに深くはないようだが、妖怪じゃないし、意識して我慢できるだけマシだ。仕方が無いので身体を浮かして寝ていた状態から胡座に体勢を変える。天井の岩しか見えなかった視界が、金色の髪の少女を捉える。また金髪か、幻想郷って実は外国にあるんじゃなかろうか。まさかそんなはずは無いと思うけどな。どっちにしろ今は無駄な思考に時間を割いている余裕は無いだろう。妹紅達とも合流しなきゃいけないし、妖怪に襲われたら一溜りも無い。目の前の女の子も妖怪なんだろうが、助けてくれたってことは話の分かる妖怪ってことだと信じよう。
「助けてくれてありがとうな。えっと・・・・・・」
「黒谷ヤマメだよ」
ヤマメと名乗った少女は水の入った湯呑みにストローを差して持ってきてくれた。俺も自分の名前を名乗ってからそれを有り難く頂く。
「礼を言われるのも悪いもんじゃないね。人間がこんな所に来るなんて正気の沙汰じゃないよ? 送るくらいならしてあげるから早く帰りな」
「あー。心配してくれるのは有り難いが地底に用があってわざわざ来たんだ。そう簡単には帰れない」
「地底に? 人間が?」
凄い怪訝な目で見られた。そりゃまあ普通はそうだよな。妖怪の巣窟に好き好んでやってくるなんて自殺志願者以外の何者でもない。
「ま、知り合いとはぐれちまってね。ゆっくり降りてたら緑髪の桶に入った女の子に叩き落とされたんだ」
「ふうん。そりゃキスメだね」
「キスメ?」
「そ、釣瓶落しのキスメ」
釣瓶落としって妖怪なのか。秋の日は釣瓶落としなんて言うが、あれは確か釣瓶が井戸に落ちるのと秋の日が暮れるのが早いのを掛け合わせた言葉だったから、それを考えるとすとーんと落ちてくる妖怪だろうか。そのイメージとはちょっと違うような気がする鎌持ってたぞあれ。
「ああ、その釣瓶落としのイメージとはちょっと違うよ。そんな生易しいもんじゃない」
ヤマメが何故か笑いをこらえながら間違いを訂正する。ヤマメ曰く、釣瓶落としとは木の上から急に落ちてきて人の首を刈り取ってしまう妖怪だという。怖い妖怪じゃねえか。あと釣瓶なのに井戸関係ねえ。で、俺が襲われたのはまあ人間が降りてきてたからだろうと。つまり妖怪の本分として俺を食おうとしたらしい。
「あんた美味そうだもんねえ」
「ヤマメは食おうと思わなかったのか?」
「ん、食べられたかった?」
「いや全く」
だから食べられたい人間なんて居ないから。そういう分かりきった質問はやめてほしい。ちょっと出してる妖力増やすのはさらにやめてほしい。怖いから。
「ま、アンタを食う気にはなれないさ。毒キノコに当たったら嫌だからね」
「誰が毒キノコだよ」
「アンタのことだよ。まあそれなりに長く生きてると、襲っちゃあ駄目な奴ってのがなんとなく分かるもんなのさ。アンタはその中でも特別やばい匂いがする。源頼光クラスだ」
「頼光って妖怪退治で有名な人じゃねえか。そんなのと一緒にされても困る。というか会ったことあるのかよ」
「あるよ?」
「えっ」
源頼光といえば酒呑童子、つまりは萃香を退治した人間だ。そんなのと関わりがある妖怪ってかなりの大物じゃねえのか。
「ま、仲間が斬り殺されたんでどんな奴かなって人の姿で二、三話をしたくらいだけどね」
「仲間が殺されたのか」
「知り合いじゃなかったから完全に興味本位だけど。ほら、有名な能にもなってるじゃん。土蜘蛛って」
「お前土蜘蛛だったのか」
冗談抜きで大妖怪じゃないか。そうだよ、なんて手首の辺りからヤマメが糸を出す。腕のビブスもその糸で作ってくれたものらしい。
「数日は動かせないと思うけどね」
「やっぱそうか。困ったな」
死ねばまた元通りなんだろうが、それは本当にどうしようもなくなった時だけにしたい。というか普通に死にたくない。
「連れが居るんだったら探してもいいけど、どっちにしろしばらくは安静にしておかないと駄目だよ」
「この状況で一人で彷徨く程馬鹿じゃないさ」
早く妹紅達に合流したい気持ちはあるけどな。急がば回れなんて言うしな。
それにしても、糸か。糸の魔法はアリスから習ったが、実用段階にはならなかったな。基礎しか習ってないから当たり前のことではあるが。
試しに糸を出してみる。ぐにゃとした青色の糸が浮かび上がるけど、動かそうとするとすぐに消えてしまう。
「なんだ、アンタも糸使うのかい」
「使いたくても使えないんだよ。ま、気長に練習するしかないさ」
「へえ」
俺が糸を改めて出すとヤマメが興味深そうに覗き込んでくる。彼女が糸を掴むとまた煙のように消えてしまった。
「これじゃいつまで経っても使えるようにはならないね。基礎がてんでなってない」
「一応習ったんだけどなあ」
土蜘蛛は魔法の素養もあるのか。しかし、戻ったらアリスにもう一度習いに行くかな。基礎が出来てないと言われたらどうしようもない。
「よし、じゃあ動けるようになるまで私が糸の使い方をみっちり教えてやろうかね」
「妖怪の糸と魔法は違うんじゃないのか」
「本質はそんなに変わらないよ。それに私が教えるのは魔法じゃなくて糸その物。それが分からなくちゃ魔法だろうとなんだろうと役に立たないよ」
糸を知ることが大切なことだとヤマメは言った。確かに糸について良く知ってるかなんてことは言えないな。アリスの魔法を見て使えたら楽そうだと思っただけだし。真面目に習ってみるのも悪くない。
「それじゃ頼む」
「任せたまえー」
妹紅達に無事を伝えられないのは辛いけれど、今は今出来ることをやるしかない。
「ところで、ヤマメはなんでこんな良くしてくれるんだ?」
「んー、そりゃまあ愛想は良くしないとね。ほら私って地底のアイドルだし」
「えっそうなのか」
「えっ」
八房魔改造計画。
そしてまた引き離される妹紅と八房。この二人はどうしてこんなにバラバラになるんでしょうね。
次回はおそらく八房とはぐれた妹紅と萃香サイドの話になると思います。