不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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気付けば早2ヶ月。申し訳ない……


鬼に目を付けられる

「それで、こんな所にわざわざ聞きに来たの。全く大した色ボケ具合で妬ましいわね」

「萃香、こいつで大丈夫なのか?」

 

 なんだか最初の一言から馬鹿にされたような気がする。地底のほとんどの妖怪が住んでいる歓楽街、旧都と呼ばれる場所へ入る道、ちょうど入口になる橋の欄干にもたれ掛かって腕組みをする相手は、水橋パルスィと言って、橋姫という種族らしい。魔理沙よりも手入れがしっかりされていて、紫と比べても遜色無いくらいに綺麗な金髪と、吸い込まれそうな緑の眼。尖った耳も幻想的で、女の私から見ても整った顔立ちだと思えるが、それでいて他人の嫉妬心を煽って仲違いさせてしまうというのだから驚きだ。嫉妬を糧にする妖怪とはまた面倒そうなものに会ってしまったものだ。

 八房とはぐれてもう二、三日。あの桶妖怪を叩き落とした後、一歩も進まずに探したのにあいつは見つからなかった。慌てふためいていた私をここに連れてきた張本人は、私と彼女のやり取りの何が楽しいのか、大笑いしながら大丈夫大丈夫と酒を呷っている。

 

「なんだかんだで面倒見はいい奴だから」

「わたしみたいな妖怪を面倒見が良いなんて形容する能天気さも妬ましいわ。そしてそれを簡単に信じてしまう貴女のお気楽さも妬ましい。幾ら鬼だからって相手は妖怪、嘘は吐かなくても騙しはするかもしれないのよ」

 

 もしかして私のことを心配してくれているのだろうか。警告じみた言葉なんて言う必要はないのに。

 

「ほらな、言っただろ面倒見がいいって」

「うん、確かにそうみたい」

「そうやってすぐに信用してしまう素直さも妬ましい」

 

 呆れたように橋姫が首を振るけれど、どうにも格好がつかない。妬ましい、なんて口では言っているけれど、そんなに不機嫌そうでもないし。案外、根は良さそうな妖怪だ。妖怪に性根の話なんかしても意味は無いだろうけど。

 

「それで、どんな男だったかしら。その妬ましそうな男は」

「あ、やっぱりちゃんと聞いてくれるんだ」

「自分に都合のいい考え方をするところも妬ましいわ。早く言いなさい」

「うん、えっと」

 

 彼女に促されるままに、私は八房の特徴を説明する。ボサボサの鳥の巣みたいな頭で、目がちょっと怖くて普段は怒っているような顔をしていること。背はそこそこ高くて、白いシャツと青いズボンを履いていること。こうして見ると結構特徴的っていうか、あんまり同じ格好をしてる人って居ないような。人里で数回見かけたことがあるくらいか。きっとその人達も外来人だったのだろう。外の世界では結構見た覚えがある。菫子はこっち側っぽい服装だったけれど。

 パルスィは口元に手を当てていたけれど、やがて大きく肩をすくめた。

 

「残念、そんなお目出度い男が通るのなんて見てないわね」

「そっか」

 

 残念ながら当ては外れてしまったようだ。八房だったらずんずん進んで行ってしまうかと思ってたのに。いや、血を流してたからどこかで傷を治してるのかな。別に旧都に入る道はこれ以外にもあるし、最初の道はちび萃香がまだ探し回っている。私達は先に入ってしまった方が良いだろう。そう言ったのは萃香なんだけれど。

 

「じゃあ見かけたら教えてくれないか」

「すぐに次の思考に切り替わる前向きさも妬ましいわね。そんなことしなくてもその鬼の一欠片でもそこに置いていけばいいのに」

「私は見張りとか苦手なんだよね。それにもう分割しちゃってるし」

「はあ、貴女達が探してたことくらいは教えてあげるわよ。それ以上はしないわ」

「それだけでも充分だよ。ありがとう」

「礼を言うのに躊躇しない無邪気さも妬ましいわ。用が済んだならさっさと行って頂戴。私だって暇じゃないの」

 

 ぷいと顔を背けてしまうパルスィにもう一度礼を告げて、橋を通る。他人に感謝されるのは慣れていないのだろうか。耳がほんのり赤くなっているのが見えた。

 いい妖怪じゃないか、なんてことを思っていたら萃香が何か言いたそうにこちらを見ていることに気付いた。

 

「アンタもパルスィのこと言えないと思うよ」

「えっ、何が」

「そのくらい自分で気付きなよ」

「ちょっと、本当に何のことよ」

 

 萃香はそれ以上何も教えてくれなかった。

 

 

「怪我の治りも早いもんだねえ。不死身ってのはそういう部分にも効果があるのかい?」

「そういう訳じゃないと思うけどな」

 

 糸の操作を気力に任せていたのが原因だと思う。この世界の気力って死ぬ程便利だな。傷も治るし頑丈になれるし武器にもなる。どうして誰もが習わないのか疑問なくらいだ。

 ヤマメから糸の扱い方を習って三日目、結局のところ俺には魔力を扱うだけの技術がないことが良く理解出来た。才能がないわけじゃないが、経験不足と言うべきか。まあ何年も研究してようやく使える魔術を、ただの人間が一ヶ月かそこらで使えるようにはならないということだ。最初に糸を出せたことだけで充分凄いことだろう。

 そして、じゃあ糸を動かす原動力の代用品は何があるのかというと、気力、妖力の二択だ。もちろん妖力なんてけったいなものを使うつもりはさらさらないので気力を選んだ。使い慣れてる力の方が動かしやすいのは当たり前で、一気に難解な操作もできるようになった。と言っても、宙に浮かべたまま蝶々結びができるようになったくらいで、アリスやヤマメの様な動かし方はとてもじゃないが無理だ。

 

「当たり前でしょ。そう簡単にやられたらこっちの立つ瀬が無いわ」

「それもそうだけどな」

 ホームランに憧れて野球を始めたってゴロが打てれば良い方だ。地道に訓練でもするさ。

 

「それよりも、萃香が居たって本当なのか」

 

 この数日、ヤマメは手を上手く動かせない俺を手伝ってくれた。何より一番助かったのは食事のことだ。最初は食べさせてくれようとしたのだが、流石にそれはとこちらから丁重にお断りした。その代わりに、手を酷使しなくても食べられる握り飯などを作ってくれるよう要望してみると快く引き受けてくれたので、餓死することにはならなかった。さらには遠巻きながら妹紅達を探してくれたのだから本当に頭の下がる思いだ。

 こうも親切にしてもらうと、何か裏があるのではないかと疑ってしまうが、そもそも土蜘蛛という、力を持った妖怪がただの人間に恩を売る必要はどこにもない。

 

「遠目に見ただけだけどね。すぐに見失っちゃったし、あっちも気付いてくれなかったし」

「それなら、そろそろ合流しないといけないな」

 

 妹紅をこれ以上心配させるわけにもいかないしな。

 腕のビブスはもうとっくに外れていて、動かすことで痛みが走ることもない。

 

「旧都に入ったんなら、あいつに聞けば分かるだろうし、心配することもないさ」

「あいつって、前に話してたパルスィって奴か」

 

 橋に住んでいるなんて言うとホームレスみたいだが、橋姫っていう妖怪らしい。嫉妬深いのが特徴と言っていたが、入口に常に居座っているなら、人の出入りには敏感なのだろう。

 

「行こうか」

 

 ヤマメの言葉に俺は頷いた。

 

 

 水橋パルスィに会うのはそれほど難しくはなかった。話し方が独特なせいで多少面食らった部分もあるが、概ね良い妖怪(この言い方は随分語弊を招くが)だったと言えるだろう。そもそも妹紅達も既に彼女に捜索を依頼していたようで、開口一番「貴方が例の人間ね、全くもって妬ましそうなオーラだわ」と言われてしまった。良く分かったな、と返したが、見れば分かるとヤマメにまで言われてしまい黙らざるを得なくなる。そりゃ外の世界の服装はこっちにはわりと突飛に映るかもしれないが、それならこっちから見ても皆特徴的過ぎて分かりやすい。と、だから一発で分かられたんだった。

 それと、妹紅達は旧都にもう入っているらしい。残念ながら詳しい位置までは知らないとのことだったが、こちらとしてはこの街に居ると分かっただけでも大収穫だ。なんたって同じ広さでも人の集まる場所の予想が立てやすい。大通りを彷徨いていれば、見慣れた姿なのだからすぐに見つかるだろう。

 

「さあて、すぐに見つかるといいけどね」

「そうだな」

 

 ヤマメはなんだかんだ最後まで付き合ってくれるようだ。本人曰く、立ち会った方が面白そうだから、と言う事で、それにはパルスィも激しく同意していた。それどころか自分もついて行ったら面白いかもしれないとまで言い出す始末。冗談だったのか、本当に橋を離れることはなかったが。

 旧都は時代劇にでも出てきそうな装いだ。単純に昔の街並みならば、人里もそう変わりはないのだが、それよりも夜の街といった側面、とでも言うべきだろうか。都全体が歓楽街のように騒がしく、見栄えのする光景になっている。川がある、というのも大きな違いだろうか。人里は井戸から水を汲み上げているから、大きな川がない。年中夜のような街の、飲み屋の赤提灯に照らされてキラキラと輝く水面。実に良い。月明かりに照らされる霧の湖もなかなか乙な物だが、こっちは賑やかさがある。

 芳しい焼き魚の匂いが鼻腔を擽った。帰りには妹紅と飲みに行きたいものだ。萃香が居てもいいんだが、あいつが居ると潰れるまで飲まされるからな。ゆったり飲むのが好きなんだ俺は。飲んでは吐いてってのは俺のタイプじゃない。

 ほら、また酒臭い匂いがしてきた。周りにここまで漂っているとなると相当飲んでいるな。少しは抑えてくれないかね。

 

「おっ、ヤマメじゃないか」

 

 ふいと見た酒臭い集団の先頭、額の一本角についた星のマークが良く目立つ、屈強な男達を引き連れた女性が軽く盃を持った手を挙げてこちらに声をかけてきた。ヤマメの知り合いか。角があるということは鬼だろうな。紅い角、星マーク、どこかで聴いたことがあるような。

 

「おや、勇儀じゃないのさ」

「連れてるのはアンタのオトコ、って感じでもないみたいだね。どちら様だい?」

 

 ああ、思い出した。そういえば、来る前に萃香から聞いた名前だ。鬼の四天王に星熊勇儀という名前の鬼がいると。単純な力なら萃香よりも数段上らしい。鬼の中でも同じ四天王である萃香より、さらにランクアップしてるとか、想像するだけでも恐ろしい。目の前の相手は勝ち気な姉御肌なんて感じで、確かに腕っ節は強そうだが、傍目には流石に岩を砕くほどには思えない。まあ萃香がそもそもあの幼女っぷりだから、そんなのは欠片も当てにならないんだけれども。

 

「萃香がちょうどこっちに来てるらしくてね、一緒に来たけどはぐれちまったんだと」

「へえ」

 

 どうはぐらかそうかと考えていたものの、ヤマメがあっさりと答えてしまった。興味深そうに勇儀がこちらを見つめてくる。

 

「若丘八房だ。ただの人間だよ」

「そうかい、私は星熊勇儀。一応ここの顔役をやらしてもらってる。アンタのことは萃香から聞いたよ。何でも不死身なんだって?」

「死んでも生き返るだけだ」

 

 一番知られたくないことが既に知られてしまっているらしい。萃香から聞いた性格が本当ならば、かなり不味いことになったかもしれない。

 

「まあ死なないんならちょうどいい。こんな所に来るんだからそれなりにやるんだろ? ひと勝負しようじゃないか」

「俺は戦えないって言われなかったのか?」

「いやー、隠してるかもしれないし、生き返るんなら殺しても大丈夫だろう」

「大丈夫じゃねえよ」

 死ぬから。

 

 俺の否定などお構いなしであるかのように勇儀はパキポキと首を鳴らす。その間も盃を抱えたままだ。

 

「やってくれたら、さとりんとこまで連れてってやるよ。あいつは妖怪嫌いだからな、門前払いされるかもしれないだろ」

「書簡を既に送ってるよ」

「あれは手紙なんかじゃ動かないよ。どうせスキマ妖怪だろ? 中身も見ずに破り捨てられちまってる」

「それ、戦いたいからって出任せ言ってるんじゃないだろうな?」

「私は鬼だ。嘘なんかつかないよ。勘はちょっと入ってるけど」

 

 俺の言葉に勇儀は気分を悪くしたのか鼻をフンと鳴らす。鬼に対して失礼だったか。

 しかし、これは相手しないと離してくれそうにない。どうしたものか、と考えていると、ヤマメが「どうする」といった視線でこちらを見てきた。頼めば取りなしてくれるのだろうか。だが、どこまでお世話になるべきか。これ以上迷惑かけるのもはばかられるし、一度は身体張らなきゃな。一つ試してみたいこともあるし。

 

「一回だけならな」

「おっしそう来なくちゃ」

 

 勇儀が後ろの鬼に何かしら話し、それと同時に他の奴らがばらりと囲むようにばらけた。ヤマメも軽い応援の言葉を残してその人だかりに混じっていく。今から始まるのはたぶんリンチなのに、随分なはしゃぎようだ。人が人を読んでどんどん騒ぎが大きくなる。地上以上にお祭り好きとは、まさかここまでのものだったのか。喧嘩は江戸の華って言うし、これもよくある光景なんだろうな。

 

「アンタが死ぬか、私の盃から酒がこぼれたら終いだ」

「了解」

 

 これなら妹紅も騒ぎに気付いてくるかもしれないな。手間が省ければ良いのだが。

 何か言われてた鬼はスタートの合図をするよう言われていたようで、俺と勇儀の間に立っておそらく上に放り投げるのだろう石をお互いに見せる。

 

 石が空に舞い、地面に落ちる。こつり、という音と共に、目を瞑っていても分かるほどの濃密な()が眼前に迫ってきた。自由な方の手でのパンチ。目に見えない程の速さで、どう考えてもパワータイプの速さではない。これで掠れば死ぬんだから不条理甚だしい。

 しかし、()()()()()()()()()

 

「っ!」

 

 辛うじて体を捻り、強烈な一撃を避ける。大振りな攻撃で助かった。最短距離を進んでくるような軌道だったら避けられなかったかもしれない。しかし、これで一つ疑問が解消された。美鈴は強い。今の一撃、ちょっと前の俺なら当然ミンチにされている。今生きてるのは美鈴に扱かれたからだ。もっと速い攻撃が三、四発は連続で飛んでくる。その結果、俺はそれに目が慣れ、元々素質があったらしい死に対する敏感さで避けることが可能なまでになった。

 だからさらに飛んでくる蹴りも避けられる。

 

「なんだ、やるじゃないのさ!」

 

 楽しそうに叫ばれるが、こっちは全神経を回避に注いでるのだから返事をする余裕などない。死なない、というだけで勝てる可能性は万に一つもないのだ。

 

「ほらほらほらぁ!」

 

 スピードがさらに速くなっていく。それでもまだ何とか紙一重で無傷を貫いているが、そろそろ限界かもしれない。美鈴とやる時と違って、完璧に避けられなければそこでゲームオーバーなのだ。破壊力は比べるまでもない。

 

「よくもまあこれだけ避けるもんだ。だけど、それならこいつはどうだい?」

 

 勇儀が大きく足を踏み込む。それだけで地面が揺れたような錯覚に陥った。視界がぐらついて、足がもつれる。

 やばい、と思った時にはもう遅かった。いや、最初から手遅れだったのだが。二回目の踏み込みで間合いを一気に詰められる。これはそもそも離れた間合いでもなかったから不思議なことではない。それなのに、威圧感だけがより一層強まった気さえする。

 

 三歩目。無防備な身体を渾身の一撃が貫いた。

 




しばらく急展開が続きます(更新も早いとは言ってない)
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