不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

44 / 53
過去編が思ってたより短くなりそうな不具合。
でも結構伏線は回収できそうなので良きかな良きかな


無垢な少女と闇の囁き

「そうなのか。こんな所ではぐれるとは運が無い」

 

 運が無い。そう言った()に対して幼アリス(一応仮)が首を傾げる。生気の感じられない、お人形と表現する以外に、語彙の貧困な俺にはその姿を形容する言葉が思い付かない。途端に泣き止まれたせいで、泣きじゃくっていたのも演技なのではないかと勘繰ってしまいそうだ。今のアリスにも似た部分はあるが、まだ経験が足りないからか、より鮮明に、悪く言えば残酷に()られた笑顔が映る。

 声を掛けた方の()も彼女の在り方を気味悪く感じて眉を顰めた。見えた訳では無いが表情はなんとなく察することが出来る。だって俺自身なんだから。俺がしようとしている表情をしていると思ってまず間違いないだろうし、違っていたら、心と感覚の相違で分かる。

 そして、()も俺が行き着いたのとほぼ同じ結論にたどり着いたようだ。彼女は感情表現が乏しい(或いは激しい)だけで、腹に貯める様なものは何も持っていない。ただ純粋に、正しくキョトンとした顔を浮かべているだけだ。だから()はそのまま言葉を続けた。

 

「この辺りは怪物が良く出るからね。一人で居たら危ないよ」

「…………」

 

 半分は脅しだが、事実も幾分か混ざっている。今居る地域に怪物、もしかしたら妖怪かもしれないがたいした違いはないだろう。とにかく、幼い女の子が一人で居たら危険かもしれない。というより原っぱに幼女が一人ぼっちの時点でスリーストライクアウトだ。今の彼女からは魔力も妖力もほとんど感じられないのだから。襲われたらひとたまりもないだろう。

 

(おい、ちょっと待て)

 

 どうして俺は今自然に魔力と、妖力を感じ取った。別に感じ取れないわけでない。色んな妖怪達に稽古をつけてもらって、気、妖、魔の全てを持ち合わせてはいるのだから、多少は相手の力を測ることも出来る。だからといって、俺の本来はただの人間、たかだか数ヶ月の不思議体験を経たところで、無意識にそれらを感じ取るなんて出来やしない。そこまで俺は慣れていない。

 だったら()が慣れているってことなのか? まさか?

 

「……怪物ってなに?」

「あー、分からないか」

 

 子供だから分からないのも仕方が無い。俺だって昔はお化けだなんだって聞いたものだが、いまいちどういうものかは知らなかったからな。大人になっても映画の中の存在だし、本当に身近に感じるようになったのは幻想郷に来てからだ。

 しかし、このまま放置してしまうのは危険だし、寝覚めが悪い。それにまさかそのまま捨て置くなんて、()がするとは考えにくい。

 

「仕方無いな」

 

 ()が困ったようにそう呟いた。俺だったとしてもたぶん同じ台詞を吐くところだろうが、自分によく似た声で、外側から改めて聞いてみると随分と他人事みたいな声をしている。確かにこれはおかしいと、死にたがりと言われても納得してしまいそう声だ。当の本人はそんなこと欠片も思っていないのに。

 それはそれとして、()が幼アリスに向かって手を差し伸べる。場所が場所ならただの誘拐現場だろうが、こんな広い草っぱらの中では、頭を少しだけ混乱させながらも、おずおずと手を握り返すアリスの姿はどうも絵になってしまいそうだ。自分が似合うとは思わないがな。

 

「お母さんが見つかるまで俺の家に来るかい? あまり贅沢な暮らしはできないが、お母さんを一緒に探してあげよう」

(母親的にはお前が一番の危険人物だろうけどな)

 

 子供を部屋に連れ込む大の大人とか普通に事案だ。なんて言っても心の中なので、話してる当人達には届かない。

 

「お兄さん、優しいの?」

 

 少女の質問に()が頭を捻る。優しい、という言葉の定義が曖昧だとでも思っているのだろうか。しばらく悩んだ末、「薄情ではないと思っているよ」とだけ答える。怪物も知らない相手に、薄情なんて言葉が果たして通じるのだろうか、という俺の不安は見事的中し、少女は可愛らしく首を傾げながら、

 

「はくじょー?」

「うーん……まあ優しいと思ってもらえばいいよ」

 少なくともいたいけな子供を誑かすような悪漢ではない。どうかそうであってくれ。

 

 少女の手を引くと、()は背中に力を入れる。大きく羽撃き、雲ひとつ無い、自由な空に飛び立つ。自分に翼がある、と今になってようやく気付いた。それも、烏天狗とかと比べても全く劣らず立派で、妹紅と比べても遜色無い輝きを見せる、煌々と燃える赤い翼。後天的な能力とかそんなんじゃないことはすぐに分かる。()は、そして俺の正体はこれで間違いが無いのか。それはやはり予想していない訳ではなかったし、そうだったら格好いいと思う部分も男心に無いわけではなかったが、俺が一番望んでいたのはきっとこれではなかった。そう考えるとやるせなくなる。考えるのが嫌になって俺は意識を逸らした。

 ()も結構な速さで飛んでいるせいで、向かい襲って来る風も生半可なものではない。音にぶつかるほどは速くないけれど、人を吹き飛ばすには十分な、ましてや幼い少女などひとたまりもない暴風だ。想定よりもずっと軽い少女の体が攫われないよう抱き抱えながら、風切り音の中、俺がずっと聞きたかったことを()が聞く。

 

「君の名前はなんて言うのかな」

「……アリス。お兄さんは?」

「■■■■■■って言うんだ」

 

 風のせいか、それとも発音がやけに難しかったせいか。もしくは、自分自身が聞き取ることを望んでいなかったのかもしれない。ざーざーとテレビの砂嵐みたいにノイズがかった名前が頭の中で反響する。アリスにははっきりと聞こえたみたいだが、その名前を口に出そうとして噛んでしまう。数回繰り返したがついに呼び返すことは出来ず、彼女は不思議そうに笑った。

 

「呼び難いね」

「うん、だから知り合いには良く愛称で呼ばれるんだ」

 

 どんな愛称なのかは言わなかった。ただ、頬の筋肉がかなり引き攣っていたようだから、あまり人に呼ばれて喜ぶようなニックネームではないんだろうな。そうでなければ、教えそうなものだ。そうでないと相手にどう呼ばれたいのか分からない。

 アリスはそういった部分では既に感情の機微を理解出来るだけ成長していたらしい。子供は得てして変な部分だけ賢しかったりするものだが、彼女のそれは表情を読むことに長けていたようだ。

 

「じゃあお兄さんって読んでいい?」

「いいよ」

 

 変に呼ばれるよりはずっとマシだ。ヤッフーとかな。

 

 ()が辿り着いたのはファンタジーとかでよく見るようなあなぐらだった。ジメジメしてるかと思えばそうでもなく、住むのには苦労しなさそうだ。少なくとも初期の妹紅の家よりかはよっぽど良い。

 ベッドなんて高尚なものは当然ながら存在せず、代わりに藁が敷き詰められた、鳥の巣みたいな形にされていた。俺が手離すと、アリスが目を輝かせてその巣に飛び込んだ。もふもふして気持ち良さそうだ。俺も身体があったなら駄目になりたいくらいだ。

 

「お気に召したようで何よりだよ」

 

 ()のゆっくりする場所はなくなったけどな。しかし、大の男である俺と、まだ子供であるアリスを比べたら、どちらが体を休めるべきかは決まっている。

 ()は果実を絞ったジュースを、木を刳り貫いて作ったコップに淹れて出してやる。

 

「それで、君のお母さんはどんな姿をしているのかな」

「えーっとね、髪の毛がぶわぁってしててね。雪みたいに真っ白なの」

「ふむふむ」

「それでね、この辺りでこうしてるの」

 

 アリスは左上で髪の毛を括る真似をした。サイドテールのような髪型をしているらしい。()にはいまいち想像がつかなかったようだが、そんなに想像しがたいものだろうか。まあ、当時はサイドテールなんて言葉もきっと無かっただろうから仕方のない所もあるか。

 

「服は林檎みたいでね。とっても優しいんだよ」

「良いお母さんなんだね」

 

 母親のことをよく知らない俺には羨ましい。親のことをそんな楽しそうに話すことなんて無かったからな。ないものねだりとはよく言うが、こんな感覚は同じ境遇の人にしか分からないだろう。

 

(()には理解できるのだろうか。)

 

 そんな疑問が頭の中を過ぎった。

 

 

 アリスが疲れて眠った後、()はあなぐらから出て、入り口を隠して飛び立っていた。勿論、親を探すためである。こんな時間だろうと、もし本気で探しているのなら見つかるだろうという目算である。そもそも相手が空を飛んでいない可能性があることには全く気がついていないらしい。確かに、幾ら妖力魔力が無いからといって、あの不自然な幼女を人間と考えるのには無理がある。だからといってそこから飛んでいるはずと結論付けるのは早計ではなかろうか。

 

 それにしても上空から眺めれば流石に街の一つや二つ見つけることができるのだが、これはどうみても日本ではない。大理石っぽい感じで、大きな門が閉じられている街並みは西洋の在り方だ。少なくとも日本の都のような光景ではない。前世の俺はどうしてこんなところに住んでいるのだろうか。

 

「あまりジロジロと見るのはやめてくれ」

 

 唐突に()が呟いた。それは誰かに向けられた言葉で、しかし周りには誰もいない。カマをかけている風でもない。誰か隠れていたのか。全く気が付かなかった。俺の感覚も()に引き摺られて鋭敏になっていた筈なのに。

 

「あらバレてた。今回は上手く行ったと思ったのに」

 

 暗闇から女性が顔を出す。目も眩むような金色の髪は、紫のものと比べても美しいと断言できるもので、月の下に居るのが、まさしく正しい姿に見えた。こんな美人さんは初めて見ると、そう思ったのに、何処か見覚えがあるような気がした。

 

(そうか、輝夜に似ているのか)

 

 完成された美、とでも形容すれば良いのだろうか。完璧すぎて不完全に見える。そんな感じだ。あの当時は西洋の芸術品と形容したんだったか、我ながら上手い例えだと思う。人間らしさが欠片もないからな。

 そして、()は彼女と面識があるらしい。大きな溜め息を吐いて彼女の言に返す。

 

「あまり俺を舐めるな」

「舐めてないわよ。ただ、身を隠す練習にはうってつけだと思っただけ」

「そうかい」

 

 ぶっきらぼうに返してはいるが、そこまで悪印象があるわけでは無いらしい。俺と文のような会話だ。今みたいな時には絶対に出会いたくない相手であることは間違いないようだが、紫みたいなのに比べればだいぶマシだろう。あいつは見透かしたような言動ばかりするからな。

 

「貴方が幼い子供を連れ去ってるのが見えたから、わざわざ待っててあげたのに、つれないわね」

「誤解を与えるような言い方はやめてくれ。俺は保護しただけだ」

「どちらでもいいわ。あの子と関わるのはやめなさい」

 

 不自然な警告だった。紫の台詞よりも胡散臭い。()も彼女の意図が掴めずに眉間の皺を深くする。

 

「どういう意味だ」

「意味なんかないわ。ただ気まぐれで奈落に落ちるのは賢くない選択だと思っただけ」

 

 意味なんかない、という言葉を鼻で笑う。そんな虫の知らせにも劣るような理由では、()の心を揺らすことはできなかったようだ。当たり前だろう。それならまだレミリアに運命だと無い胸張って宣言された方が説得力がある。

 

「やるべきことを放っておくのが賢者なら、俺は愚者でいいさ」

「報いを受けなければいいけどね」

 

 本気の忠告でなかったからか、彼女は言葉を加えなかった。その代わりに皮肉を一つだけ言った。しかし、その言葉が、俺の心臓に矢を突き立てたような痛みを走らせた。何処かでこんな会話をした。思い出せそうで、しかし思い出してはいけないような気がする。()の方といえば薄く笑って、「焼き鳥にならないよう気を付けるさ」と冗談一つ。気にしていないようだ。

 

「そうね、貴方が焼き鳥だなんて良い冗談だわ。ねえ■■■」

「そういう呼び方はやめろって言ってるだろ」

「はいはい」

 

 それ以外に言うことはもう無いのか、彼女は再び闇に溶けていく。そうすれば再び彼女の姿を見つけることは出来なくなり、()の反応から彼女がもうこの場から立ち去ったことを知る。

 

「なんだってんだ。いきなりやってきて言いたいことだけ言って帰っていきやがった」

 

 ()は不機嫌そうに吐き捨てた。よほど言われたことが気に食わなかったらしい。そのまま、空を飛んでアリスの母親を探す作業に戻る。

 

 俺はあの暗闇みたいな彼女に言われた台詞がいつまでも頭の中でぐるぐる回るのを抑えることが出来なかった。

 

 報いを受けた愚者。なんだかその言葉は俺にぴったりであるような気がした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。