でも結構伏線は回収できそうなので良きかな良きかな
「そうなのか。こんな所ではぐれるとは運が無い」
運が無い。そう言った
声を掛けた方の
そして、
「この辺りは怪物が良く出るからね。一人で居たら危ないよ」
「…………」
半分は脅しだが、事実も幾分か混ざっている。今居る地域に怪物、もしかしたら妖怪かもしれないがたいした違いはないだろう。とにかく、幼い女の子が一人で居たら危険かもしれない。というより原っぱに幼女が一人ぼっちの時点でスリーストライクアウトだ。今の彼女からは魔力も妖力もほとんど感じられないのだから。襲われたらひとたまりもないだろう。
(おい、ちょっと待て)
どうして俺は今自然に魔力と、妖力を感じ取った。別に感じ取れないわけでない。色んな妖怪達に稽古をつけてもらって、気、妖、魔の全てを持ち合わせてはいるのだから、多少は相手の力を測ることも出来る。だからといって、俺の本来はただの人間、たかだか数ヶ月の不思議体験を経たところで、無意識にそれらを感じ取るなんて出来やしない。そこまで俺は慣れていない。
だったら
「……怪物ってなに?」
「あー、分からないか」
子供だから分からないのも仕方が無い。俺だって昔はお化けだなんだって聞いたものだが、いまいちどういうものかは知らなかったからな。大人になっても映画の中の存在だし、本当に身近に感じるようになったのは幻想郷に来てからだ。
しかし、このまま放置してしまうのは危険だし、寝覚めが悪い。それにまさかそのまま捨て置くなんて、
「仕方無いな」
それはそれとして、
「お母さんが見つかるまで俺の家に来るかい? あまり贅沢な暮らしはできないが、お母さんを一緒に探してあげよう」
(母親的にはお前が一番の危険人物だろうけどな)
子供を部屋に連れ込む大の大人とか普通に事案だ。なんて言っても心の中なので、話してる当人達には届かない。
「お兄さん、優しいの?」
少女の質問に
「はくじょー?」
「うーん……まあ優しいと思ってもらえばいいよ」
少なくともいたいけな子供を誑かすような悪漢ではない。どうかそうであってくれ。
少女の手を引くと、
「君の名前はなんて言うのかな」
「……アリス。お兄さんは?」
「■■■■■■って言うんだ」
風のせいか、それとも発音がやけに難しかったせいか。もしくは、自分自身が聞き取ることを望んでいなかったのかもしれない。ざーざーとテレビの砂嵐みたいにノイズがかった名前が頭の中で反響する。アリスにははっきりと聞こえたみたいだが、その名前を口に出そうとして噛んでしまう。数回繰り返したがついに呼び返すことは出来ず、彼女は不思議そうに笑った。
「呼び難いね」
「うん、だから知り合いには良く愛称で呼ばれるんだ」
どんな愛称なのかは言わなかった。ただ、頬の筋肉がかなり引き攣っていたようだから、あまり人に呼ばれて喜ぶようなニックネームではないんだろうな。そうでなければ、教えそうなものだ。そうでないと相手にどう呼ばれたいのか分からない。
アリスはそういった部分では既に感情の機微を理解出来るだけ成長していたらしい。子供は得てして変な部分だけ賢しかったりするものだが、彼女のそれは表情を読むことに長けていたようだ。
「じゃあお兄さんって読んでいい?」
「いいよ」
変に呼ばれるよりはずっとマシだ。ヤッフーとかな。
ベッドなんて高尚なものは当然ながら存在せず、代わりに藁が敷き詰められた、鳥の巣みたいな形にされていた。俺が手離すと、アリスが目を輝かせてその巣に飛び込んだ。もふもふして気持ち良さそうだ。俺も身体があったなら駄目になりたいくらいだ。
「お気に召したようで何よりだよ」
「それで、君のお母さんはどんな姿をしているのかな」
「えーっとね、髪の毛がぶわぁってしててね。雪みたいに真っ白なの」
「ふむふむ」
「それでね、この辺りでこうしてるの」
アリスは左上で髪の毛を括る真似をした。サイドテールのような髪型をしているらしい。
「服は林檎みたいでね。とっても優しいんだよ」
「良いお母さんなんだね」
母親のことをよく知らない俺には羨ましい。親のことをそんな楽しそうに話すことなんて無かったからな。ないものねだりとはよく言うが、こんな感覚は同じ境遇の人にしか分からないだろう。
(
そんな疑問が頭の中を過ぎった。
*
アリスが疲れて眠った後、
それにしても上空から眺めれば流石に街の一つや二つ見つけることができるのだが、これはどうみても日本ではない。大理石っぽい感じで、大きな門が閉じられている街並みは西洋の在り方だ。少なくとも日本の都のような光景ではない。前世の俺はどうしてこんなところに住んでいるのだろうか。
「あまりジロジロと見るのはやめてくれ」
唐突に
「あらバレてた。今回は上手く行ったと思ったのに」
暗闇から女性が顔を出す。目も眩むような金色の髪は、紫のものと比べても美しいと断言できるもので、月の下に居るのが、まさしく正しい姿に見えた。こんな美人さんは初めて見ると、そう思ったのに、何処か見覚えがあるような気がした。
(そうか、輝夜に似ているのか)
完成された美、とでも形容すれば良いのだろうか。完璧すぎて不完全に見える。そんな感じだ。あの当時は西洋の芸術品と形容したんだったか、我ながら上手い例えだと思う。人間らしさが欠片もないからな。
そして、
「あまり俺を舐めるな」
「舐めてないわよ。ただ、身を隠す練習にはうってつけだと思っただけ」
「そうかい」
ぶっきらぼうに返してはいるが、そこまで悪印象があるわけでは無いらしい。俺と文のような会話だ。今みたいな時には絶対に出会いたくない相手であることは間違いないようだが、紫みたいなのに比べればだいぶマシだろう。あいつは見透かしたような言動ばかりするからな。
「貴方が幼い子供を連れ去ってるのが見えたから、わざわざ待っててあげたのに、つれないわね」
「誤解を与えるような言い方はやめてくれ。俺は保護しただけだ」
「どちらでもいいわ。あの子と関わるのはやめなさい」
不自然な警告だった。紫の台詞よりも胡散臭い。
「どういう意味だ」
「意味なんかないわ。ただ気まぐれで奈落に落ちるのは賢くない選択だと思っただけ」
意味なんかない、という言葉を鼻で笑う。そんな虫の知らせにも劣るような理由では、
「やるべきことを放っておくのが賢者なら、俺は愚者でいいさ」
「報いを受けなければいいけどね」
本気の忠告でなかったからか、彼女は言葉を加えなかった。その代わりに皮肉を一つだけ言った。しかし、その言葉が、俺の心臓に矢を突き立てたような痛みを走らせた。何処かでこんな会話をした。思い出せそうで、しかし思い出してはいけないような気がする。
「そうね、貴方が焼き鳥だなんて良い冗談だわ。ねえ■■■」
「そういう呼び方はやめろって言ってるだろ」
「はいはい」
それ以外に言うことはもう無いのか、彼女は再び闇に溶けていく。そうすれば再び彼女の姿を見つけることは出来なくなり、
「なんだってんだ。いきなりやってきて言いたいことだけ言って帰っていきやがった」
俺はあの暗闇みたいな彼女に言われた台詞がいつまでも頭の中でぐるぐる回るのを抑えることが出来なかった。
報いを受けた愚者。なんだかその言葉は俺にぴったりであるような気がした。