不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

45 / 53
ひさびさに何とか更新。
ストックが無いので更新速度はどうしても落ちてしまいますね


夢見る子の見る夢は

「んん……まだ起きてるー」

「もう夜なんだから寝なさい」

「お話聞かせてよー」

「全く……もうちょっとだけだぞ」

 

 むかしむかし。そんな語り口調で始まるお話。聞いたこともない話だが、創作なのか、実話なのか、それとも何処かの国にある童話なのか。アリスは熱心に聞き入っていたが、ちょっとずつ瞼が降りてきていた。もうとっくに日は暮れているのだから子供は寝る時間だ。昼間はずっと遊んでいたのだから眠くないはずもない。それなのに、ぐっとこらえて()の話を聞いている。

 

「こうして、王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 

 定型句で締めくくると、アリスはぐっすりと眠っていた。物語の半分を過ぎたあたりで既に寝ていたけれど、一応最後まで話し切ったらしい。

 ぐずっていたアリスのお守りから開放されて、()はやっと一息ついた。保管してあったオレンジを一個取り出して、木のコップの上で握り潰す。果汁百パーセントの搾りたてジュースを飲み干すと、ちょっとだけ苦かった。

 あれから一ヶ月。アリスの母親は未だに見つからなかった。毎日のように聞いてくる彼女に、答えを持たない()は曖昧にはぐらかすか、他の事に意識を向かわせることしか出来ない。もちろん、鳥の巣みたいな住処にたいした娯楽があるわけでもなく、段々と逃れるのが難しくなってきていた。

 

 それでも彼女の寂しさを紛らわせられる遊びが無いわけではない。たとえば、さっきしていたような()が実際に経験した話を聞かせてやること。これは子守唄代わりに良く聞かせている。案外面白くて俺までその話に聞き入ってしまったりもするのだ。畑を耕していた村にたまたま降り立った時の話なんか痛快だった。人間の勘違いってのはこうもおかしい物なのかと思い出し笑いが止まらない。

 それと、ある国の王子様と姫様の話。何処かで聞き覚えがあると思ったら、前にアリスが人形劇でやっていた内容だ。ハッピーエンドなのに何処か物悲しい、一度聞いたらしばらくは忘れられないような話。事実は小説よりも奇なり、を体現したようなお話は、ちょうど彼女の琴線に触れたらしい。他の話はだいたい一回ポッキリなのに、その話だけは何度もせがまれた。

 

 もう一つ、彼女のお気に召した娯楽は、あやとりだった。()があやとりを出来たのもかなり驚いたが、それよりもアリスが意外にも不器用だったことの方が驚いた。

 ここは、こうする。こうなったら完成。手取り足取り教えてもなかなか上手くいかない。それが悔しいのか、彼女は躍起になって挑戦するようになり、ひどい時には一日中紐を指から外さないような日まであるようになった。天才肌のように見えて努力型だったようだ。

 

 あやとりと昔話で一日は終わり、食事は()が集めてきた果物で済ませる。わりと安定した生活のようだが、しかし、彼女はやっぱり親元が恋しいらしい。

 

「えぐ……ひっぐ……」

 

 夜泣きをするのだ。それはもうわんわんと大声を上げるわけではないが、その代わりに切実そうで、長い。寝ているのか起きているのかさっぱり見分けが付かない程だ。俺にはいまいち理解出来ない感覚だった(()もそうだろう)が、早く見つけてあげないといけないと、という焦りを持つのは当たり前だろう。彼女が泣く元気も使い切って完全な眠りについた後、()は日が昇るまでずっと空を飛んで探し続けている。頭を撫でてあやしていたのだが、今日は泣き止むのに時間がかかった。だから今夜はいつもより半刻ほど遅れてからのスタートだ。

 ネットでもあれば簡単に探せたのだろうか、今の時代はどうやら中世あたりのようでパソコンどころか電気すら無い。夜中はランタンの灯りが灯っている街もあるが、ほとんどは真っ暗だ。幻想郷の時もそうだが、月明かりだけで歩くのは人間にはなかなか厳しい。不可能ではないけどな。

 だからこのご時世、もし夜中に歩いたり飛んだりしているような人影があれば十中八九妖怪だ。どうも日本ではないので妖怪と呼ぶのが正しいかどうかは分からないが、まあレミリアとかと似たような感じ。しかし、それすらも滅多に見ることはない。その上、見つけたかと思ったら()を見るなり逃げ出すような始末だ。全くただの人間相手になんて態度だ。ああいや、今は俺じゃないんだったな。

 

 そんなもんだから()は真面目に探していても、俺は飽き始めていた。薄情と言われそうだが、どうせ俺が何かしらやっても何の意味も無い。そもそもこれは昔の話だしな。どういう結果になるのかは既に定まっている。俺は観客でしかないんだから、ぐだぐだ何か思う必要も無い。

 

 

 今夜も月が綺麗である。月が綺麗ですねと伝える相手は今この場所には居ない。勿体無いと思いつつも、俺は夜空を眺めていた。幻想郷よりも遥かに多くの星が瞬いていて、見ている分には面白い。()が下ばっかり探しているから落ち着いて見ることができないけどな。

 

「ん?」

 

 今日も収穫無しかと思っていたところ、()が何かに気が付いたような声を上げた。暗闇で良く目を凝らせば、ふらふらと飛んでいる人影がある。妖怪かと思ったが、どうにも違う。どっちかというと魔法使いに近い感じだ。俺の、というと比較対象になるのか不安だが、魔力の質がなんとなく違う。具体的にどう違うのか説明は出来ないのだが、アリスのに若干近い気がする。

 

「どうかしたのか」

 

 もしやアリスの関係者かと()が背後から声を掛けて近付くと、きょろきょろとあたりを見渡していた人影の動きが止まる。距離が縮まると服装もよく見えるのだが、咲夜が着ているようなメイド服だ。こんな夜更けに一人で空飛んでるメイドとか幻想郷でもなければ普通有り得ない。そしてここは幻想郷ではないので、彼女の姿は間違いなく普通の妖怪とは違う。

 

「おい?」

 

 もう一度()が声を掛けると、その姿がゆらりと歪んで消えた。また逃げられたか、なんて呑気なことを思う間もなく、背後から襲い来る殺気。恐ろしいくらいに速い。俺だったなら運が良くてかすり傷ってところか、勇儀の拳より全然速いし、美鈴の蹴りとも遜色無い。反応が遅れれば即死だ。

 

「突然斬りかかってくるのは感心しないな」

 

 しかし、()は平然と振り下ろされた剣を掴んでいた。人差し指と親指でしっかり剣の腹を押さえているので手が切れる心配は無い。もう片方の手でいつでも反撃出来ると挑発しているのは、追撃を防ぐ為だろう。

 あっさりと一撃を止められたメイドは驚いた顔で剣を手放して距離を取る。改めて顔を見るとアリスによく似ている。金色の髪もそうだが顔付きが姉のようだ。アリスと違って彼女にはもっとちゃんとした表情があるようだが。

 

「何か探しているようだったから親切心で声を掛けただけだったんだが」

「それは失礼。背後から呼ばれるのには慣れていないもので」

 

 慇懃無礼とはよく言ったもので、丁寧な言葉遣いだが殺気がザクザクとこちらを貫いている。俺なんかは受けててとても気持ちの良い物じゃないが、()は特に気にしてもいない。気が付いてないはずは無いのだが、慣れっこということだろうか。殺気に慣れるとかどんな人生送ってるんだよ()は。

 

「あなたも探しものなのでしょうか」

「そんなところだが、どうしてそう思った」

「あなたの姿は何度か見かけましたから」

「見かけた、ねえ」

 

 こっちは見かけた覚えは無い。かと言って口からデマカセにも思えなかった。話しかけたら攻撃してきたことといい、こちらを見つける度に隠れてやり過ごしていたのだろう。普段はだいたい同じ時間に動き始めるから、()を誤魔化すことが出来れば問題はない。こっちも真面目に探していたはずだが、範囲から外れてしまえば不可能じゃないだろう。

 

「子供を一人拾ってね、面倒ではあるが親探しだ」

「私ははぐれてしまった妹探しです」

「もう一ヶ月ほど探しているのだがとんと見つからなくて困っていたところだ」

「もう一ヶ月もはぐれたままで、何か良からぬことに巻き込まれたのではないかと危惧しているところです」

「その子は金色の髪なんだがな」

 

 目の前のメイドが目を更に鋭くして大きく息を吐く。溜め息というよりも武術家の呼吸法に近い短いものだ。そんなに臨戦態勢を取るもんじゃないよ。別にとって食いやしないんだから。()は知らないけど。

 

「一応念のためにその娘の名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」

「確かアリスって言ってたはずだな」

「何が望みだ」

 

 急に言葉遣いが変わったのはこちらを敵だと認識し始めたからか。俺は降参するポーズと同じように両手を上げた。争いなんてしたくないから当たり前だ。

 

「別に何も望んでないさ。こっちだって成り行きだし」

 

 名残惜しいとは思っているようだが、親のもとに帰るのが一番だと考えているらしい。その考えには大賛成だ。

 しかし、一ヶ月も見つからないし、アリス自身が(現代で)親のことを随分嫌っていたからどんな薄情な親かと思ったら、少なくとも姉は姉バカと言っていいくらいにアリスを大切にしているらしい。

 

「今は寝入った後だから起こすのは忍びないが、まあ明日にでも連れて行ってくれればいいさ」

「本当に何も望んでいないのかしら。にわかには信じ難いのだけれど」

「なんでそんなに信頼が無いんだよ」

 

 そんなに幼女に興味のある変態に見えるか。幾らなんでもそいつは心外だ。()だってそうだろう。ふんと鼻を鳴らす。

 

「年端もいかない子供を打算で助けるほど器は小さくねえよ」

「えっ」

「お前さっきから失礼過ぎない? 泣くよ?」

 

 ガチで震え声になっていた。そんなにダメージを負ってたのか。お前そんなんじゃ幻想郷で生きていけないぞ。幽香やら紫やら輝夜やら軒並み心抉って来るからな。この程度で折れてちゃ話にならない。

 

「……ごめんなさい」

「謝るなよ」

 余計悲しくなるからな。

 

 チクチク刺さってた殺気が風船に針を刺したみたいにしゅんと萎む。逆にいたたまれない、とか思ってるのだろうか。かなり申し訳無さそうな顔だ。

 

「とりあえず、アリスの保護者ってんなら迎えに来い」

 

 膝から崩れ落ちそうになるのを必死に我慢しながら、()はメイド服のアリス姉に住処の方向を指差した。

 

 

 アリスを一人放置していては妖怪に襲われかねないし、だからといって子守を頼む相手も居ない。そのため、()はいつも入り口に厳重な罠を仕掛けてから探しに出る。夢子と名乗ったメイド服を手で制し、指をパチンと鳴らすと洞窟の入り口から大きな火柱が上がり、すぐに消えた。ちなみに、内側からはただ出れないだけのマジックミラーならぬマジックファイアー設計なので安心だ。

 

「心配性なのですね」

「そりゃ後味悪い思いはしたくないからな」

 

 自分の慢心が原因でアリスに被害がいくのは我慢ならないらしい。洞穴の奥を指差すと夢子は慌てて走っていった。足跡が結構響いているが、これでアリスが起きてしまったりしないだろうか。()その後ろをゆったりと着いていく。

 

 アリスはバチバチと燃えていた音にも、夢子のかんかん響く足音にも気付かずすやすやと眠っていた。夢子が抑えきれないといった様子でアリスに駆け寄った。部屋に入ってからは、起こさないようちゃんと足音は消してだなんてプロの犯行だ。何のプロかは言わないが。というか最初からやれよ、焦ってたんだろうけどさ。

 

「良かった……」

 

 その姿はまさしく妹の無事を喜ぶ姉で、言っちゃ悪いが今まで張り詰めていた気配が嘘に思えるほど無褒美だった。もちろん後ろから攻撃するような不埒な輩がいるはずもないのだが、ちょっとだけ心配になる。

 

「もう連れていくのか?」

 

 ()が問い掛けると、夢子は少しだけ悩んだ後、「はい」と静かに答えた。

 

「あまり長く居るとあなたの身も危ないので」

「なんだそりゃ、何かに狙われてもいるのか」

「少し違いますが、似たようなものです」

 

 それならうちに残ったほうがいいんじゃないか、とも思ったようだが人の決意を動かすのも良くないと悟ったらしい。()の曖昧な受け答えがそんな感情を隠し切れていない。

 

「ん……ん?」

 

 無駄話をしていたらアリスを起こしてしまった。焦点の合わない目で夢子を見つめ、ぼーっとしていた意識が覚醒するにつれ大きく目が開かれていく。

 

「夢子お姉ちゃん!?」

「ごめんね、心配したよね。もう大丈夫だから」

 

 ()に応対した時とは全く違う口調でありすの頭を撫でている夢子。姉妹愛というのは良いものだね。レミリアとフランを見ててもそう思う。別に他意があるわけではない。

 

「お家に帰ろう。神綺様も待ってるよ」

「……うん」

「どうしたの?」

 

 名残惜しいのは彼女も同じか。こっちをちらちらと見てうんだのと唸っている。

 

「また遊びに来いよ」

「……うん!」

 

 アリスは顔を輝かせた。夢子はちょっと複雑そうな表情をしていたが何も言わない。

 

 夢子に抱き上げられたアリスが手を差し出したので握ってやると彼女達は洞穴の外に出ていった。帰り際に夢子がこっそり「お気を付けて」と耳打ちしていったのだが、いったいどういう意味があったのだろうか。

 




次の話でこの訳の分からない過去編はおしまいになると思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。