ストックが無いので更新速度はどうしても落ちてしまいますね
「んん……まだ起きてるー」
「もう夜なんだから寝なさい」
「お話聞かせてよー」
「全く……もうちょっとだけだぞ」
むかしむかし。そんな語り口調で始まるお話。聞いたこともない話だが、創作なのか、実話なのか、それとも何処かの国にある童話なのか。アリスは熱心に聞き入っていたが、ちょっとずつ瞼が降りてきていた。もうとっくに日は暮れているのだから子供は寝る時間だ。昼間はずっと遊んでいたのだから眠くないはずもない。それなのに、ぐっとこらえて
「こうして、王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
定型句で締めくくると、アリスはぐっすりと眠っていた。物語の半分を過ぎたあたりで既に寝ていたけれど、一応最後まで話し切ったらしい。
ぐずっていたアリスのお守りから開放されて、
あれから一ヶ月。アリスの母親は未だに見つからなかった。毎日のように聞いてくる彼女に、答えを持たない
それでも彼女の寂しさを紛らわせられる遊びが無いわけではない。たとえば、さっきしていたような
それと、ある国の王子様と姫様の話。何処かで聞き覚えがあると思ったら、前にアリスが人形劇でやっていた内容だ。ハッピーエンドなのに何処か物悲しい、一度聞いたらしばらくは忘れられないような話。事実は小説よりも奇なり、を体現したようなお話は、ちょうど彼女の琴線に触れたらしい。他の話はだいたい一回ポッキリなのに、その話だけは何度もせがまれた。
もう一つ、彼女のお気に召した娯楽は、あやとりだった。
ここは、こうする。こうなったら完成。手取り足取り教えてもなかなか上手くいかない。それが悔しいのか、彼女は躍起になって挑戦するようになり、ひどい時には一日中紐を指から外さないような日まであるようになった。天才肌のように見えて努力型だったようだ。
あやとりと昔話で一日は終わり、食事は
「えぐ……ひっぐ……」
夜泣きをするのだ。それはもうわんわんと大声を上げるわけではないが、その代わりに切実そうで、長い。寝ているのか起きているのかさっぱり見分けが付かない程だ。俺にはいまいち理解出来ない感覚だった(
ネットでもあれば簡単に探せたのだろうか、今の時代はどうやら中世あたりのようでパソコンどころか電気すら無い。夜中はランタンの灯りが灯っている街もあるが、ほとんどは真っ暗だ。幻想郷の時もそうだが、月明かりだけで歩くのは人間にはなかなか厳しい。不可能ではないけどな。
だからこのご時世、もし夜中に歩いたり飛んだりしているような人影があれば十中八九妖怪だ。どうも日本ではないので妖怪と呼ぶのが正しいかどうかは分からないが、まあレミリアとかと似たような感じ。しかし、それすらも滅多に見ることはない。その上、見つけたかと思ったら
そんなもんだから
*
今夜も月が綺麗である。月が綺麗ですねと伝える相手は今この場所には居ない。勿体無いと思いつつも、俺は夜空を眺めていた。幻想郷よりも遥かに多くの星が瞬いていて、見ている分には面白い。
「ん?」
今日も収穫無しかと思っていたところ、
「どうかしたのか」
もしやアリスの関係者かと
「おい?」
もう一度
「突然斬りかかってくるのは感心しないな」
しかし、
あっさりと一撃を止められたメイドは驚いた顔で剣を手放して距離を取る。改めて顔を見るとアリスによく似ている。金色の髪もそうだが顔付きが姉のようだ。アリスと違って彼女にはもっとちゃんとした表情があるようだが。
「何か探しているようだったから親切心で声を掛けただけだったんだが」
「それは失礼。背後から呼ばれるのには慣れていないもので」
慇懃無礼とはよく言ったもので、丁寧な言葉遣いだが殺気がザクザクとこちらを貫いている。俺なんかは受けててとても気持ちの良い物じゃないが、
「あなたも探しものなのでしょうか」
「そんなところだが、どうしてそう思った」
「あなたの姿は何度か見かけましたから」
「見かけた、ねえ」
こっちは見かけた覚えは無い。かと言って口からデマカセにも思えなかった。話しかけたら攻撃してきたことといい、こちらを見つける度に隠れてやり過ごしていたのだろう。普段はだいたい同じ時間に動き始めるから、
「子供を一人拾ってね、面倒ではあるが親探しだ」
「私ははぐれてしまった妹探しです」
「もう一ヶ月ほど探しているのだがとんと見つからなくて困っていたところだ」
「もう一ヶ月もはぐれたままで、何か良からぬことに巻き込まれたのではないかと危惧しているところです」
「その子は金色の髪なんだがな」
目の前のメイドが目を更に鋭くして大きく息を吐く。溜め息というよりも武術家の呼吸法に近い短いものだ。そんなに臨戦態勢を取るもんじゃないよ。別にとって食いやしないんだから。
「一応念のためにその娘の名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「確かアリスって言ってたはずだな」
「何が望みだ」
急に言葉遣いが変わったのはこちらを敵だと認識し始めたからか。俺は降参するポーズと同じように両手を上げた。争いなんてしたくないから当たり前だ。
「別に何も望んでないさ。こっちだって成り行きだし」
名残惜しいとは思っているようだが、親のもとに帰るのが一番だと考えているらしい。その考えには大賛成だ。
しかし、一ヶ月も見つからないし、アリス自身が(現代で)親のことを随分嫌っていたからどんな薄情な親かと思ったら、少なくとも姉は姉バカと言っていいくらいにアリスを大切にしているらしい。
「今は寝入った後だから起こすのは忍びないが、まあ明日にでも連れて行ってくれればいいさ」
「本当に何も望んでいないのかしら。にわかには信じ難いのだけれど」
「なんでそんなに信頼が無いんだよ」
そんなに幼女に興味のある変態に見えるか。幾らなんでもそいつは心外だ。
「年端もいかない子供を打算で助けるほど器は小さくねえよ」
「えっ」
「お前さっきから失礼過ぎない? 泣くよ?」
ガチで震え声になっていた。そんなにダメージを負ってたのか。お前そんなんじゃ幻想郷で生きていけないぞ。幽香やら紫やら輝夜やら軒並み心抉って来るからな。この程度で折れてちゃ話にならない。
「……ごめんなさい」
「謝るなよ」
余計悲しくなるからな。
チクチク刺さってた殺気が風船に針を刺したみたいにしゅんと萎む。逆にいたたまれない、とか思ってるのだろうか。かなり申し訳無さそうな顔だ。
「とりあえず、アリスの保護者ってんなら迎えに来い」
膝から崩れ落ちそうになるのを必死に我慢しながら、
*
アリスを一人放置していては妖怪に襲われかねないし、だからといって子守を頼む相手も居ない。そのため、
「心配性なのですね」
「そりゃ後味悪い思いはしたくないからな」
自分の慢心が原因でアリスに被害がいくのは我慢ならないらしい。洞穴の奥を指差すと夢子は慌てて走っていった。足跡が結構響いているが、これでアリスが起きてしまったりしないだろうか。
アリスはバチバチと燃えていた音にも、夢子のかんかん響く足音にも気付かずすやすやと眠っていた。夢子が抑えきれないといった様子でアリスに駆け寄った。部屋に入ってからは、起こさないようちゃんと足音は消してだなんてプロの犯行だ。何のプロかは言わないが。というか最初からやれよ、焦ってたんだろうけどさ。
「良かった……」
その姿はまさしく妹の無事を喜ぶ姉で、言っちゃ悪いが今まで張り詰めていた気配が嘘に思えるほど無褒美だった。もちろん後ろから攻撃するような不埒な輩がいるはずもないのだが、ちょっとだけ心配になる。
「もう連れていくのか?」
「あまり長く居るとあなたの身も危ないので」
「なんだそりゃ、何かに狙われてもいるのか」
「少し違いますが、似たようなものです」
それならうちに残ったほうがいいんじゃないか、とも思ったようだが人の決意を動かすのも良くないと悟ったらしい。
「ん……ん?」
無駄話をしていたらアリスを起こしてしまった。焦点の合わない目で夢子を見つめ、ぼーっとしていた意識が覚醒するにつれ大きく目が開かれていく。
「夢子お姉ちゃん!?」
「ごめんね、心配したよね。もう大丈夫だから」
「お家に帰ろう。神綺様も待ってるよ」
「……うん」
「どうしたの?」
名残惜しいのは彼女も同じか。こっちをちらちらと見てうんだのと唸っている。
「また遊びに来いよ」
「……うん!」
アリスは顔を輝かせた。夢子はちょっと複雑そうな表情をしていたが何も言わない。
夢子に抱き上げられたアリスが手を差し出したので握ってやると彼女達は洞穴の外に出ていった。帰り際に夢子がこっそり「お気を付けて」と耳打ちしていったのだが、いったいどういう意味があったのだろうか。
次の話でこの訳の分からない過去編はおしまいになると思います。