不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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話の都合上、あるキャラをかなり悪意あるように書いていますが、本人のそのキャラ嫌いとかそういうわけではありません。
気を悪くした人がいたらごめんなさい。


夢の終わり

 甘く見ていた。あの黒い女の忠告をもっと真面目に聞いておくんだった。夢子の言葉の意味を考えるべきだった。()が後悔しているのが分かる。俺にとっては過去のことだから、何とかかんとか言うつもりは無いのだが、あえて言うなら「こんなこと予想出来る訳ない」と言ったところか。今にして思えば夢子との会話からこの状況を予測することは不可能ではなかったかもしれないが、流石に予想外に過ぎる。

 

「ぐっ……」

 

 痛みに顔を歪める。押さえたくとも押さえる場所がもう存在しない。ぶち抜かれたどてっ腹から絶え間なく流れ出る血を焼き止めて、それでも応急処置にならないことを理解した。気休めにでもなれば良い方だ。薄れそうな意識を必死に持ち直して飛ぶ。

 

 撃ち出された弾幕がもう既に動かない左腕を粉砕する。弾幕ごっこなんてお遊びじゃない、本気で殺す為の攻撃だ。唇を噛んで悲鳴を殺し、さらに飛んでくる弾幕を回転して避ける。反撃なんて出来ない。それだけの実力差があった。

 

「くそっ、こんなのあんまりじゃねえか」

 

 ()が舌打ちする。余りにも理不尽だ。アリスが何処か良い家の娘だってことは予想が付いていた。だからアリスを保護していた時には厳重な防御を施して、()自身も気を張り詰めていた。夢子に対してはしらを切ったが、それも警戒されないため。そしてアリスが帰っていったのなら彼女を狙う輩も居ない筈だ。捨てられたわけでもない。それなのになんで──

 

 

 

────どうしてアリスの母親に殺されなくちゃならないんだ。

 

 

 時間は少々遡る。アリスが居なければ()の日常なんてものは暇の一言で、外に散歩にでも出るか、洞穴の中であやとりでもやっているかのどちらかだ。そんなもんでも飽きるということはなく、日がな一日定年退職したおっさんのようにぼうっとしている日々。いや、どちらかというともう余生を楽しむお爺さんの域に達していたな。楽しみと言えばジュースにするための果物を取りに行くことくらい。黒女も他の妖怪も、当然アリスと夢子も訪ねてくることはなかった。

 そういうわけで、訪問者というのは()の生活にはかなり新鮮なイベントだった。

 

「ここで合ってるかしら」

「何が」

 

 突然洞穴に入ってきて、訳の分からないことを言う女性に対してもっと()は警戒心を持つべきだったのだ。少なくとも礼儀正しい相手ではないということくらいは。

 

 その女は白い髪をサイドテールにして、林檎みたいに真っ赤な服を着ていた。アリスや夢子に比べれば明らかに大人なのだが、にこにこと屈託のない笑みが見た目より印象を幼く見せていて、一挙一動がまるで子供みたいだった。

 

「あー。もしかして、アリスの母親か?」

 

 アリスからそんな格好を聞いていたからすぐにわかったらしい。彼女は「ええ、そうなの」と照れ臭そうに認めた。

 恐ろしかった。隠しているつもりがあるのか、無いのか。兎に角歯がガチガチと鳴るほどの殺意が()を貫いていた。人の心をキャンバスに例えるなら、ちょうど黒一色。純粋に()を殺そうとしていた。俺がそれに気付けたのは、それが輝夜が俺に対して持っている殺意に何処か似ていたからだろう。()は全く気が付くことができなかったようだ。

 

「この度はアリスちゃんがお世話になったようで」

「別にそんなこと気にしなくていいさ」

「あらそう?」

 

 殺気がさらに膨れ上がる。もはやキャンバスでも平面に膨らんでいそうな、今までにあった誰よりもどす黒い感情。

 

「それなら心置きなく殺せるわね」

 

 来る、とは思えなかった。あれだけ警戒していたはずなのに、理解できたのは通り抜けた後だった。()に至っては腹部に突き刺さる痛みで漸く気付いたことだろう。

 

「は……?」

 

 彼女の背中に翼のように生えていた禍々しい形状の刃。6つある内のその一つが()の脇腹を吹き飛ばしていた。本当の人間だったら助からないと一目で分かるほどに、というよりも生きていることが、即死でないことが不思議であるほどに致命傷だった。肝臓とかその辺りは潰れて原型も残していないだろう。刃が器用に傷口を抉る。脳みそを揺らす激痛でやっと、自分が殺されそうになっているのだと分かった。

 

 咄嗟に爆発を起こす。目くらましと攻撃の両方を兼ねたものだ。戦うにしても、逃げるにしても先ずは袋小路の洞穴から出なければならない。無理やり刃を引き抜いて、入り口へと翔ける。

 

 ぼとり、と嫌な音がして、地面と激突した。起き上がろうにも右足の長さが足りない。切り取られたのか。本気で殺される。そして、対抗できる相手ではない。

 炎の翼をはためかせて全速力で飛び立った。逃げなければ、何処か、見つからない所へ。()に速さで敵うものは居ない。確かにそうだった。だが、二つ合わされば超えることも出来る。

 

 翼を撃ち抜かれてバランスを崩す。すぐに作り直すも、その間に左腕が犠牲になった。炎を纏い、弾幕を防ごうとしたのだが、当たりどころが悪かったのか、威力が高すぎたのか、焼けるような痛みと共に動かなくなる。

 

「なんで俺が殺されなくちゃならねえんだよ!」

 

 叫ばずには居られない、意識を保つ意味でも頭を冷静にさせる意味でも、このままじゃ頭がおかしくなりそうだ。

 

「だってしょうがないじゃない」

「は?」

「だってアリスちゃんが貴方の話をするのよ。私の話よりも多く。そんなの許せないわ。アリスちゃんを誑かすなんて、最低な畜生よ。そんなの生きている価値が無いわ。居てはいけないのよ。アリスちゃんは私のものなのに。私よりアリスちゃんに懐かれてるなんて、許せないじゃない。それにアリスちゃんに感情を教えたのも。教えるのは私なのに、私だけなのに。アリスちゃんを汚した罪が一回殺したくらいで無くなると思ってるの? 何度でも何度でも殺して殺してボロ雑巾にしてもまだ足りないわ。ええ、許せない。本当に許せない。冒涜よ、私のアリスちゃんに対する。アリスちゃんは貴方如きが触れていい存在ではないのよ。それなのに、触れて、あまつさえアリスちゃんに頼られようとするなんて。何がまた遊びに来い、よ。一度目を合わせるだけでも許さないのに、こんな汚れた穢らわしい場所にアリスちゃんをまた連れ込もうだなんて。殺す、殺すわ。もう一度言ってあげる。死刑よ。分かったら大人しく殺されなさいよ」

「……なんだよその無茶苦茶な話は」

 

 そんなのそもそもアンタがアリスとはぐれたのが原因じゃねえか。自分のことを棚に上げて、相手だけ許せないってか。論理も何も通じないな。

 夢子の言っていた「気を付けて」はこういうことだったのだろう。彼女は自分の母親がどう動くか分かっていたのだ。アリスと関わったのなら必ず殺しに行くと。やってられるかよこんなの。

 

 かといって逃げられそうにはない。元々の実力がこれだけ離れている上に、こちとら動くのも必死なボロボロだ。傷を癒やすことすら許してもらえなさそうで、いっぺん死んだくらいじゃ許してくれそうにもない。

 

「そんなんで諦めるつもりもねえけどな」

 

 少しでも、どうにかしてでも生き残りたい。起死回生の手段はないものか。奴を撒けなくても良い。あれから自分を守ってくれるものは。

 そして、()は思い当たったらしい。自分を追い抜いて、女が向かう先に立ち塞がる。

 

「追いかけっこは終わりかしら?」

「だったらここらでお開きにしようぜ」

「ええ、そうね」

 

 女が背中の翼をより一層力強く広げる。見逃してくれるなんて甘い考えすら出来ない。

 

「死になさい、()()()

「……はは、やなこった」

 

 大切な何かが砕け散る音がした。

 

 

「暇ですねえ……だから仕事なんて早く終わらせるもんじゃないんですよ」

「貴女はいつもいつも怠け過ぎなのです。仕事が終わった後であれば多少は目も瞑りましょう。しかし自身の職務を放棄しての休息など百害あって一理なし。貴女は自分の役目に対する責任感が足りません」

 

 ボヤく部下に軽い説教をする。ただ仕事が少なくて暇なのは同意見だったので、あくまで軽く。

 早く船頭仕事に戻りたいと嘆く小町の頭をぴしりと叩いて、せめて格好くらいは正せともう一つ説教。彼女は間違いなく優秀で、真面目に働けば出世も夢ではないくせに、どうしようもなく態度が緩かった。あるべき欲も無い彼女のことをとやかく言っても仕方がないが、本当は船頭などという肉体労働ではなくこうして事務職として抱えたいくらいだ。サボり癖を矯正する意味を含めて。

 

「サボった罰の分は働いたし、あたしもう船頭の仕事に戻ってもいいですよねえ」

「ええ、明日からは戻っても良いですよ。ですが今日一日はこちらに居なさい」

「ええ……」

 

 せめてこの苦しみを私とともに味わいなさい。仕事すら無い苦しみを。

 

「そもそも、こちらでは貴女の仕事もないでしょう。ここは私達の言う地獄ではないのですよ」

「いやー、カロン様のお手伝いでもしようかと」

「全く、カロン様の邪魔になるでしょうが」

「はーい」

 

 普段の地獄とは違う光景、違うシステムは非常に興味をそそられるも、招かれた身としては迂闊に近付くことも出来ない。へカーティア様は「好きに動いていい」と仰っていたが額面通りに受け取るべきではないだろう。特に小町を自由にさせれば何をするか分かったものではない。冥界で一斉にストライキでも起きたらどうするのだ。私には責任が取れない。

 

 そうやって与えられた椅子に改めて腰掛けたまま時、急に風切り音が遠くが聞こえてきた。

 何事か、と考えるまでもなく音の主が窓を割って飛び込んでくる。鳥だ。ただし巨大で、燃えていて、血だらけの。

 

「え、え、なんですこれ」

 

 困惑する小町を制し、僅かな時間差で割れた窓から飛び込んでくる女性を視認。この鳥の命を狙っていることは明確だった。

 

「ぐっ……」

 

 元地蔵として止めない訳にはいかない。間に割って入るも、相手の力は上級の神にも匹敵するほどだ。鳥は助けられても私自身が吹き飛ばされる。

 

「貴女達、何者?」

「……こちらの冥界で厄介になっている者です」

「そう、邪魔するなら死んでもらうわ」

 

 気が付けば目の前にその女性が居た。振りかぶった翼がスローモーションに見える。やばい、と思ったとき、女性の姿が消える。

 

「いきなりやってきて迷惑この上ないねえ。あたしらにゃ関係のない事だけど、気に食わない」

 

 小町が能力を使って助けてくれたのだ。女性は最初にいた場所に戻されていた。二度に渡って邪魔をされたのが気に入らないようだ。女性がぎりっ、と歯を食いしばったのが分かる。

 

「もう全部、吹き飛ばしてやるわ」

 

「それは困るわよん」

 

 標的が三つに増えたからか、高火力で薙ぎ払おうと溜めていた彼女の手元が爆発する。

 

「一応この子達は私が預かった訳なのよ。それにそっちの鳥さんも一応知り合い。という訳で殺されると困るのよね、魔界神」

「ヘカーティア……まあいいわ、それはもう助からないでしょうし」

「うんうん、聞き分けの良い神様は大好き」

 

 どこからかやってきたのか、ヘカーティア様が立ちはだかって女性の動きを止めていた。知り合いらしく、二、三言葉を交わすと、かの女性は憎々しげに唇を噛みながら去っていった。助かったのか、ほんの一瞬の出来事だったのに、いやに長く感じた。

 

「大丈夫だった?」

「え、えぇまあ、はい」

「それは何より。大変なのはこいつの方ね」

 

 ヘカーティア様は私達の安否を確認すると、血だらけの巨鳥の方へ向かう。

 

「そちらは……?」

「私の古い知り合いよん。あら、これはもう駄目だわ。人型になる余力も残ってないのね。治療して数日持つか……ん、何か言いたいことがあるのならはっきり言いなさい、って言えないんだったわ」

 

 意思疎通を試みていたようだが、よく分からなかったようだ。ヘカーティア様が顎に手をかけて悩み込む。

 

「えーきちゃん、えーきちゃん」

「な、何でしょう」

「鳥語分かる知り合いって居たりしない?」

「え?」

 

 

「そして私が遠路はるばる呼ばれました。()は人間への転生を望んでいて、いえこの言い方は適切ではありませんね。自然の摂理に則った生まれ変わりを希望し、結果そうなった。それが私が読んだ彼の心と、四季映姫から聞いた話を合わせた全てです」

 

 さとりは無感動に話を終わらせた。対する私は返す言葉を持っていない。萃香と勇儀はとっくに酒盛りに行っていて、ここには居ない。空気を読んでくれたのかもしれないが、興味が無かっただけだろう。

 

 八房はさとりの光を浴びた後に倒れ、そのまま目を覚ましていない。フラッシュバックは一瞬で終わるけれど、情報量が多いせいで理解するのに時間がかかるのだそうだ。

 

 長々しい話だったけれど、八房と……それから私にとって大切な部分は一つしかない。分かりきっていて、それでも聞きたくなかった話。

 

「つまり、八房は人間ではないってことなんだよな」

「彼は不死鳥としての存在を保ったまま輪廻に組み込まれました。本来輪廻の外に居る存在ですが、無理矢理に。おそらく彼の魂は人間という枠には収まらないでしょう」

「そうだろうね」

「貴女達は確証があってここまでやってきたのでしょう?」

「そうかもな」

 

 だけど、違うんじゃないか。そう思っていたのも事実だ。願望と言い換えても良いかもしれない。

 

「八房は大丈夫かな」

「さあ? ただ、彼にとっては厳しい事実なのでしょうね」

 

 本人は気付いているのか分かりませんが。と、さとりは溜息を吐く。

 

「自分は人間だ、人間でないといけない。彼の()()はもはや呪いのようなものでしたからね」




過去編は終了。これよりまた現代の話へ

何話(たぶん、1話2話くらい)か挟んだら最終章に入ります。

よろしければ最後までお楽しみくださいませ。
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