「よう」
「ようって……待ってたの?」
「こっちにも考えるところがあってな」
いつも通りおやっさんの店。当然の如く俺とアリス以外には誰も客が居ないし、寛太はまだ寺子屋だ。俺にとってはそれが好都合なので、アリスを手招いて向かいの席に座らせる。
長ったらしい話は嫌いじゃないが、今回ばかりは人に聞かれたくない話なので手短に済ませよう。おやっさんにも協力してもらったのだから。ただ、先ずは確認からだ。
「■■■■■■」
「えっ……!?」
アリスが身を強張らせる。やはり、あの少女とアリスは同一人物で間違いなかったようだ。目が泳いで明らかに挙動不審になっている。
「色々あって、俺が何者なのか調べていてな。どうやらそれが答えらしい。わざわざ地底まで行って確かめたんだ」
「そ、そうなのね」
「その様子から察するに、最初から分かっていたんだな」
やけに良くしてくれてるとは思っていた。魔理沙は「アリスはなんだかんだおせっかい」だからと言っていたが、そんな理由で魔法まで教えてくれるわけがない。何より、彼女は借りがある、と言ったのだ。俺が■■■■■■であることを、知っていたんだ。
「話さなかったことを怒っているのかしら。それとも母親への報復でもするの?」
「別にそんなこと思ってねえよ」
そもそも出来ないし
「ただ、俺の前世のことを知ってるかどうか確かめたかっただけだ」
「そう、てっきり恨み言でも言うのかと」
「あのなあ」
自虐的になるのは勝手だが、根本的にアリスは勘違いをしている。
「
「でも……」
「それ以上言うと怒るぞ」
何が悲しくて赤の他人の話を聞かされなきゃいけないんだと。俺は懺悔室の神父じゃない。
「それに、本題は別にある」
「本題?」
「ああ、先ずはアリスに話すのが一番早いかと思ってな」
*
「わざわざ天狗に頼んでまで、あの子にゃ知らせたくなかったのかい?」
「ま、そういうわけでそういう話です」
神奈子様が呆れた声を上げる。文に無理言って守矢神社までの護衛(人目に付かない道を行くため)をしてもらったあと神奈子様と諏訪子様に話したい旨を伝えると、すぐに本殿の奥に通してもらえた。あの電波巫女が見違えたように清楚になっていたのは鉄拳制裁でも食らったか、それとも仕事は真面目にこなす性格なのか。
「ま、気持ちは分からなくもないけどね」
「でもその発想は、常識通りというか、常識に囚われないというか」
「分かりやすいでしょう?」
「そりゃそうだけどさ」
諏訪子様が帽子を外して頭をかく。着脱式だったんだあれ。
それからにやりとこっちを見て笑う。俺の質問に困っていたのではなく、むしろ楽しんでいたようだ。
「あまり嘘を言っちゃいけないよ。好きだってんなら尚更ね」
「嘘は言ってませんよ。これも偽り無く本心です」
「だろうね。でもお涙頂戴はできない」
そう言って諏訪子様は舌を出す。
本当に全部バレバレのようだ。流石神様。見た目幼女だけど。
「悩み事が解決したのはいいけど、面倒くさいとこと考えるよ本当に」
「そこまで言われますか」
「うん、暴走したときの早苗くらい面倒くさい」
そこまで言われるのは酷い。あんな人の話を聞かずに人里で襲い掛かってくるようなのと一緒にしないでもらいたい。
「まったく、あんたら話が逸れてるよ」
呆れっぱなしの神奈子様が口を挟んで俺と諏訪子様の無駄話を止める。
「結論だけどね、他の所当たりなさいな。それだと私達は味方出来ないし、たぶんすぐに駄目になる」
そして総まとめをして、それなりに厳しい現実を突き付けてくる。といってもそんなことは最初から分かっていた。
「……ま、一応聞きに来ただけですしね」
「答えは出てるのね」
そりゃあ、まあ。
*
「なるほど、不死鳥ですか。道理でまた覚えがあったわけです」
「会ったことがあるのか」
「うっすらとした記憶ですけどね。閻魔様のお手伝いをしている時に一度。そのときは同じ転生仲間だとかそんな話をしていたと思います」
転生仲間と言ったって、阿求とはだいぶ状況が違う気もするけどな。人間から人間と、人外から人間とでは全く違う。
「それで、本題の方ですが、なんで私のところへ?」
「考えられるもんは全部考えようと思ったからだな。この後は茨歌仙でも探そうかと思ってるし」
「だからといってわざわざ私のところまで、それも数日前から待ってたんでしょう?」
後悔はしたくないからな。そう言うと、阿求は大真面目な顔で「そういうものですか」と聞いた。
「そういうもんだ」
「そうですね。……オススメはしませんよ。八房さんなら尚更」
「どうして?」
「そこまで説明いります? もっと良い選択肢があるからですよ。それこそ選り取り見取りじゃないですか。わざわざ不便なことをする必要も意味もありません。私の場合が例外なんですよ」
阿求の言葉には重みがあった。今代に於いては俺より年下なのに、同じ存在として転生で積み重ねた年月は伊達じゃないということか。幻想郷の見た目詐欺は実年齢相応でも起こるらしい。
「邪魔したな」
「いえ、私の方からも色々収穫はありましたし、喉に刺さった小骨が取れた気分です」
「そりゃ良かった」
「……では、幻想郷縁起への記述はまた今度ということで」
「ああ、それで頼む」
*
「私としては別に構いませんよ」
「そりゃまあありがたいこって。ただもしもの可能性だからな」
それに団子口いっぱいに頬張っていても威厳も何もないしな。茨華仙がさっくりと見つかったのは良いのだが、こうも食い意地張った姿を見せられては相談したのは間違いだったんじゃないかと思えてくる。あんた一応仙人だろ。
「貴方は随分と失礼ですね。それに楽な道ではありませんよ。貴方ではすぐに力尽きるかもしれません」
「だからもしもの話だって」
「そう強調されると、最初からその気は無いようですね。分かってはいましたが」
俺はそんなに分かりやすいもんだっただろうか。
「分かりやすいですよ。……あら、霊夢じゃない」
つられて俺も視線を向けると、そこにはいつも通り紅白衣装の霊夢が居た。あれ普段着なのか。霊夢は俺ら二人を見て、台所で虫でも見つけたかのような顔をする。
「何やってんのよあんたら」
「ただの世間話だよ」
「嘘ね。絶対に企みごとよ」
「企みごと、ってなんだよ」
「さあ?」
さあ、って。博麗の巫女お得意の勘という奴なのだろうが、別に異変を起こすなんて大それた真似をする訳でもないのだから放っておいてほしい。
「とにかく、なんかやらかすにしてもこっちに迷惑かけないでね」
霊夢はそれだけ言い含めて去っていく。釘を刺されただけなのに痛い所を突かれたように気味の悪さが腹の中に残っていた。
*
「すいません。案内は出来ないんです」
鈴仙に永遠亭まで連れてってくれるよう頼んだのだが、にべもなく断られてしまった。自分で竹林を歩く自身は無いので、これでは永遠亭に行くことが出来ない。
「なんで駄目なんだ」
「そんなの分かりませんよ。ただ師匠が」
「永琳が?」
「
「…………」
「そもそも八房さんなら妹紅さんと一緒に来ると思ってましたもん。なんで私に案内を……八房さん?」
笑いをこらえるのに必死の姿が奇妙に思えたのだろう。鈴仙が首を傾げる。まあ鈴仙には分からないよな。俺だって永琳がそこまで気付いていただなんて思ってもいなかったし。発想もそうだがどうやって必要な知識を得たんだろうな。彼女には彼女なりの情報網があるということか。本来なら胡散臭く思えることも彼女だと「永琳だから」で済ませてしまう。
「妹紅と二人でなら、来ても良いって言ったんだろ」
「え、ええ。入口まで来たのを止める必要はないって」
なるほど、ちゃんと答えを得てから来いってことか。話を聞くだけのつもりだったが、まあそういう可能性も捨て切れない。
うん、今夜辺りだな。
「八房さん、悪いこと考えてません?」
「悪いことってなんだよ。俺が悪党に見えるのか」
「そういう訳じゃないですけど。なんだか危なっかしいなあって。ちょっと波長が乱れてますし」
波長ってなんだ。そういえば鈴仙の狂気を操る程度の能力の説明を聞いたときにそんな話を聞いたな。波の長短がどうのこうの、っていまいた理解出来なかった覚えがあるが。
「大丈夫だって。ちょっと緊張してはいるが、俺は至って冷静だ」
「何に緊張しているんですか」
「帰ったら永琳にでも聞いてみろ。無理言って済まなかったな」
薬売りの仕事の最中だったみたいだからな。鈴仙は腑に落ちない顔だったが、俺が離れても付いてくることも呼び止めることもなかった。
鈴仙と別れて俺はなんだかんだまだ使ってる自転車に跨り、家までのけもの道を走る。久方ぶりに見た気がする夕日に少々センチメンタルな気持ちになるのは仕方の無いことだろう。
*
「改まって話って何?」
夜、妹紅を外に連れ出して竹林からも離れた場所に出る。家では話せないし、竹林に近付いたままで居るわけにもいかない。
「ずっと、考えてたことがあるんだ」
正直に言えば今でも迷っている。というより考えても答えは出ないことを理解したから、俺はここまで彼女を連れてきたんだ。
彼女の決断なら俺は納得できると思ったから。或いは、彼女の決断なら踏みにじれると思ったから。本当にひどい話だ。なんと言われたって、俺が決めた立ち位置は変わらないのに。
「地底に行ってから、俺が俺だと感じられなくなって。いや、その前からずっと。俺は自分に自信が持てなかったんだ。分かりきっていたことから逃げて、自分を隠していた殻がどんどん剥がれていっても、俺はまだ認められなかった」
だけど。ここで一度息を吐く。一言一言が重過ぎて、自分の意思に心が押し潰されてしまいそうだ。だけど。だけど、言うと決めたんだ。言わなきゃならないんじゃない。言う必要なんて何処にもない。だけど、言うと決めたんだ。
俺の言いたい事に察しが付いたのか、妹紅の顔が青ざめるのを、他人事のように感じた。駄目だ、決意が鈍ってしまう。言われる前に言わなきゃ。
「八房もしかして────」
「俺は、蓬莱人になろうと思う」
ずっと吹いていた風が止まった。そんなのは俺の錯覚で、ただ妹紅の答えを聞きたくなくて、自分で耳を塞いでしまっただけだ。逃げるな。そう自分に言い聞かせる。幸いにも妹紅の口は動いていなかった。だから、もう一度、ゆっくりと、宣言する。
「蓬莱人、になる。そう決めたんだ」
「……本気で言ってるの?」
目を開けるのも難しくなるほど熱風が顔に当たる。熱い。だけどいつかの夢よりもずっと心地良い。
一言一句、聞き漏らさないように耳を傾ける。妹紅の言葉を一つも逃さないように。
「誰がそんなことを吹き込んだの。輝夜か、まさか紫か。八房はそんなものを真に受けたの」
「違う。輝夜も紫も関係ない。俺が自分で考えて、自分で決めたんだ。色んな奴らから意見を聞いたりはしたが、誰に言い包められたわけでもない」
「そう、八房が自分で、本当にその結論を出したんだね」
「ああ」
「だったら」
一層強い熱気が右足に当たった気がして、反射的に一歩後ずさる。火の玉がそこを通り抜けたのはけして偶然ではないだろう。掌に炎を浮かべて、妹紅が今までにない鋭い目付きで俺を睨む。
「あんたを殺してでも、私は止める」
それは人の身のまま、長い間生きてきた重みがあった。そんなもので俺を止められると思ったのか。まだ足りない。
「やってみろよ」
その言葉とともに極大の火災が襲い掛かってきた。咄嗟にそこから飛び退いて、間一髪事なきを得る。しかし、起き上がった隙に放たれた炎が俺の左腕を肩から燃やし尽くした。
痛い。これは妹紅が俺のことを思ってくれている痛みだ。それが感じられる限り、俺は折れるわけにいかない。十分なのは分かっていたが、今更無しにするには決意を固め過ぎた。
妹紅から許しが貰えるまで、何度でも言おう。死んだなら生き返った後で言い直そう。一度殺されたくらいでへこたれるなら最初から言ったりしない。
「俺は曲げないぞ」
「死んでも曲げてみせる。その性根を叩き直すよ」
もう一度やってくる突進。左腕を失ったせいで体がぐらついて、避けることは不可能だ。まあ、まだ第一ラウンド。ノックアウトくらい覚悟の上だ。
さあ、来いよ。
「はぁい、そこまで」
懐かしくすら覚えるその胡散臭い声が響いたのと、目の前にあった猛烈な死の気配が無くなったのは、ほとんど同時のことだった。そして俺の背後に爆音が響く。
「邪魔するなよ紫」
振り返ると、ちょうど閉じる所だったスキマと、地面に激突して砂埃を巻き上げた妹紅。そして優雅に扇子で口を隠した紫が居た。突然の出来事に言葉が見つからない。
「全く、気持ちの良い目覚めだと思ったら霊夢に呼び出されて、挙句の果てに痴話喧嘩の仲裁だなんて。不運も良いところですわ」
「だったら放っておいてよ」
「黙りなさい」
たった一言であれだけ激昂していた妹紅が押し黙る。俺も開かない口がさらに縫い合わされて、ツバを飲み込むことも出来ないくらいの緊張に襲われた。
これが、紫の本気なのか。
「八房の聞き分けの無さも、貴女の強さも分かっている。貴方達が本気で喧嘩したら、いつ終わるのかも、どれだけ被害が出るのかも分かりませんわ。管理者としてそれは認められない」
「……じゃあどうしろってのさ。話し合えって? そんなのでカタが付く訳ない。それとも丁半博打でもするか? 冗談じゃない!」
「紫。殴り合い以外で決着を付ける、お互いに納得できる案があるのか」
「お二人とも少し頭を冷やしなさい。ここは幻想郷よ」
幻想郷? まさか────
「弾幕ごっこで決めれば良いのですわ」
とうとうここまでやって参りました。次話から最終章「不死人と蓬莱人」に入ります。
八房の決断。それがどのような結果へと行き着くのか。もう少しだけお付き合いください。